菌類
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菌界 | ||||
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ベニテングタケ(Amanita muscaria) |
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菌類(きんるい)とは、菌界 (Fungi) に属する生物の総称である。細菌・変形菌などと区別するために真菌(しんきん)とも呼ばれることもある。一般にキノコ・カビ・酵母と呼ばれる生物が含まれる。外部の有機物を利用する従属栄養生物であり、分解酵素を分泌して細胞外で養分を消化し、細胞表面から摂取する。
目次 |
[編集] 菌界
菌類と細菌類は微生物として一括りに扱われる場合もあるが、前者は真核生物、後者は原核生物であり、細胞構造が全く異なる生物群である。
菌界は真核生物に含まれる界 (Kingdom) の一つであり、動物界や植物界などと同じレベルの分類群である。生物を二界に分類していたころは、菌類には運動性がなく細胞壁を持つことなどから植物に分類されていた。この場合、構造が単純であることもあって、葉緑体を失った退化的な植物である、と考えられることが多かった。しかし、菌類についての理解が深まるにつれ、植物とは異なる、独自の生物群であると考えられるようになり、独立した界として認められることが多くなった。現在の分子遺伝学的情報からは、植物よりも動物に近い系統であることがわかっている。動物と菌類を含む系統のことをオピストコンタという。
菌界はツボカビ門、接合菌門、子嚢菌門、担子菌門の4門 (phylum) を含む。子嚢菌門と担子菌門が菌界の大部分を占める。ツボカビ門は鞭毛をもつ遊走細胞を形成し、祖先的形質を持つ。ツボカビ門以外は生活史のどの部分でも鞭毛を形成しない。接合菌門は接合胞子のうを形成するグループで、ケカビなどを含む。子嚢菌門は子嚢の中に胞子をつくるグループで、ビール酵母などを含む。担子菌門はキノコの多くを含む分類群である。
体が多数の菌糸(きんし)と呼ばれる管状の細胞から構成されているものは糸状菌(しじょうきん)と呼ばれ、単細胞のままで繁殖するものは酵母と呼ばれる。キノコ、カビ、あるいは糸状菌および酵母はいずれも分類上の単位ではない。糸状菌は胞子により増殖する。胞子が発芽すると菌糸と呼ばれる管状の構造となり、先端生長する。酵母は出芽または分裂により増殖する。
なお、かつてはその胞子形成の類似等から、変形菌類を菌界に含めて扱っていた。変形菌類、細胞性粘菌、ラビリンチュラ類をまとめて変形菌門(旧)とし、他の菌類を真菌門とするのが通例であった。また、卵菌類・サカゲツボカビ類なども菌類と考えられていたため、これらをツボカビ類とあわせて鞭毛菌亜門に位置づけていた。しかし、現在ではこれらは別の系統に属するものと判明したため、菌類として扱っていない。それらをまとめて偽菌類と呼ぶことがある。
[編集] 菌類の系統進化
現在の理解では、菌類にはツボカビ門、接合菌門、子嚢菌門、担子菌門の四群が含まれる。このうちで鞭毛細胞を持つのはツボカビ類のみである。水中生活をするものがあるのも大部分がこれで、他の群では水中生活のものはあるが、陸上のものが二次的に水中に入ったと考えられるものが多い。したがって、ツボカビ類がもっとも原始的なものと考えて良い。また、接合菌類は形態・構造に単純な面が多く、これも比較的下等なものと見なし、子のう菌、担子菌類がより高等なものと考える。しかし、これらの関係については明らかではない。
子のう菌、担子菌にはそれぞれに酵母型、カビ型、キノコ型の生活をするものが含まれる。これらが進化の系列を示すものか、適応放散の結果であるかは判断が分かれる。
[編集] 不完全菌類
現在は分類群としては扱われていないが、不完全菌類(Deuteromycetes、Mitosporic fungi、Fungi imperfecti)と呼ばれるグループが存在する。これは有性生殖が知られていない子嚢菌(しのうきん)または担子菌(たんしきん)である。体細胞分裂によって形成される分生子(ぶんせいし)と呼ばれる胞子により、あるいは胞子を作らずに菌糸の栄養成長のみによって、または酵母として増殖する。不完全菌類はその分生子形成様式などによって便宜的に学名が与えられているが、完全世代(有性生殖を行う世代)が発見・命名されればその学名が生物名として使用される。不完全菌類としては同じ属に分類されていたものが、完全世代では別の属に分類されることもあり、不完全菌類としての分類はあくまで便宜的なものである。しかし、身近に見られるカビのほとんどはこれであり、また植物病原菌などが多く含まれており、実用上は重要なグループである。
[編集] 地衣類
地衣類は、コケ類と間違われやすいが、菌類の作った構造の内部に藻類が共生して成立している、複合的な生物体である。これらを分けることも不可能ではなく、それぞれに独立した生物と見なすことも可能である。しかし、実際には両者は強く結びついて生活しており、また両者が揃うことで形成される特殊な成分があったり、極めて特殊な環境で生活できたりと言った面から、それを独立した生物群と見なす。菌類としてみれば、子のう菌であることが多い。
[編集] 生態系における菌類
[編集] 分解者としての菌類
菌類は栄養を吸収するために、酵素によって他の動植物を構成する高分子を分解している。 特に、セルロース、リグニン、コラーゲンといった他の生物にとって分解の難しい高分子を炭素、窒素、リンの低分子化合物に分解することができるので、それらの物質を生態系のサイクルに戻す分解者としての役割を担っている。
たとえば、森林内では生産者である植物の現存量は、そのかなりの部分が、消費者に回る前に材や落葉などの枯死(こし)部分として蓄積される。これら植物遺体は主成分がセルロース、リグニンであり、窒素、リンなどの含有量が少ない。そのため多くの動物はこれを直接利用することができない。しかし、これを菌類が分解し、なおかつ周囲から無機窒素化合物などを吸収してその体を作ることで、動物は植物遺体と菌類を同時に摂取し、それを餌として利用することが可能になるのである。
[編集] 共生
菌類は他の生物の病気の原因となるが、その一方、多くの菌類が他の生物と共生している。
地衣類は菌類と緑藻やシアノバクテリアとの共生体である。維管束植物の根と菌類との共生によって形成される器官は菌根と呼ばれる。菌根は植物が水分や養分を吸収する上で重要な役割を果たすことがあり、菌根の種類によって植物に対して主としてリンを供給するものや窒素を供給するもの、さらには有機物を供給するものも知られている。また,土壌病原菌から植物を防御する機能を持つ場合もあると推測されている。一方、菌類の側は植物から同化産物を供給されている。種子植物ではラン科やイチヤクソウ科、シダ植物ではマツバラン科やハナヤスリ科、ヒカゲノカズラ科の植物は発芽の初期に特定の菌類との共生が成立しないと生育できない。植物の葉などの組織内に共生している菌類は内生菌(エンドファイト)と呼ばれ、その機能についてはまだよく分かっていないが摂食阻害物質等の生成に寄与していると考えられるケースが知られている。
なお、ラン科のムヨウランやイチヤクソウ科のギンリョウソウなど、いくつかの種子植物は光合成色素を持たず、地下部の菌根に頼って生活している。これを、腐生植物という。菌根であるので、植物と菌類の共生と見ることもあるが、最近ではむしろ、植物が菌類を一方的に収奪している寄生とみなされている。かつてはネナシカズラなどと同じような生息基質への寄生と見て、土壌中の腐植質に寄生しているとして死物寄生という言葉もあった。最近の研究では、これらの植物が依存している菌類は主として他の植物と共生している菌根菌や植物病原菌、一部は木材腐朽菌であり、腐生植物は菌類を介して他の生きている植物や枯死植物から、間接的に栄養分を摂取していることが明らかになりつつある。イチヤクソウ科の植物は光合成をする種であっても栽培困難なものが多いが、これも菌類を介して周囲の菌根形成植物から栄養分を収奪して生活しているためである。そのため、外生菌根を形成した樹木とイチヤクソウ類を一緒に鉢植えにすると、長期間の栽培が可能であることが実証されている。
昆虫と菌類との共生も知られている。アンブロシアビートルと総称されるキクイムシは菌類を運搬するためにマイカンギアと呼ばれる器官を持ち,自身が樹幹内に掘った孔道の内側に持ち込んだ菌類を繁殖させ、それを摂食している。菌類の側から見ると、こうした昆虫は菌類を生育に適した環境に運搬していることになり、菌類の分散に寄与していると考えられる。また,熱帯に住むハチ目のハキリアリと、シロアリ目の高等シロアリの一部は、巨大な巣を作り、その中に外部から植物片を運び込み、かみ砕いて「苗床」を作り、そこで菌類を「栽培」し、食料としている。
[編集] 人類とのかかわり
[編集] 食材、食品加工、薬品
人間は古くからキノコを食品として利用してきた。現在ではシイタケ、エリンギのように大々的に栽培され、身近なものになっているものもあれば、トリュフ、マツタケなどのように栽培が難しく、高級食材として扱われているものもある。
酵母はブドウ糖、ショ糖をエタノールに発酵する。この能力はビール、ワインなどの醸造に用いられている。また、カビや酵母はチーズを作るために重要な役割を果している。日本酒、焼酎、醤油、味噌など、日本古来の発酵食品では、コウジカビを穀物に培養し、繁殖させた麹(こうじ)を用いて醸造を行う。
そのほか、貴腐ワインの生産には果実につくハイイロカビが必要であるとか、食材を冷暗所に保管し、表面にカビを生やせて熟成させる(金華ハム、鰹節等)など、カビが関わる食品は様々である。
菌類には様々な有機化合物を生産するものがいる。例えば、アオカビの一種は抗生物質のペニシリンを生産する。 ベニテングダケは猛毒のアルカロイドを含んでいる。マジックマッシュルームのように動物の中枢神経に作用し、幻覚症状を引き起こす成分を含んでいる菌類もある。
[編集] 病原体としての菌類
[編集] 植物病原菌
様々な植物に寄生する菌類が知られている。中には農作物に重要な被害を与えるものも多々ある。植物に寄生する菌類は様々な群に含まれる。代表的なものを以下に挙げる。
- ツボカビ門:サビフクロカビ(Synchytriumジャガイモがんしゅ病)
- 接合菌門:コウガイケカビ(Choanephora こうがい毛かび病など)
- 子のう菌門:タフリナ(Taphrina 桜のてんぐ巣病など)・ウドンコカビ(Erysiphe うどんこ病)、ハイイロカビ(Botrytis 各種植物の灰色かび病など)
- 担子菌門
- サビキン綱:サビキン(Puccinia 各種植物のさび病など)
- クロボキン綱:クロボキン(Ustilago コムギ・オオムギの裸黒穂病など)、(Tilletia 小麦・大麦のなまぐさ黒穂病など)
なお、卵菌類にも植物寄生菌があり、アブラナ科の白さび病など菌類の起こすものと似た病気が知られる。
[編集] 真菌症
菌類によって人間が感染する病気として、白癬菌による水虫や、カンジダによるカンジダ症、クリプトコッカスによるクリプトコッカス症などが知られている。真菌による感染症を一般に真菌症と呼び、患部が皮膚真皮に及ばない表在性真菌症と、患部が真皮以降の皮下組織や、脳、肺、心臓などの内部臓器まで及ぶ深在性真菌症に大別される。両者では病気の性質が大きく異なり、治療法および、使用可能な薬剤も異なる。これらの病原菌は多糖類からなるキチン質の強固な細胞壁を持っているのみならず、人体と同じ真核生物であるため菌類の細胞だけに損傷を与えて人体組織に害の少ない薬物は非常に限られたものとなる。そのため、原核生物であり、非対称的に細菌のみに大きな損傷を与えることのできる抗生物質が多く発見されている細菌による感染症に比べ、治療が困難である。
[編集] 生物農薬
動植物への寄生を利用して、害虫や雑草を防ぐ生物農薬として使われる菌類がある。
[編集] その他
この他に、菌類の生産する毒素(毒キノコやカビ毒)による中毒症や、アレルギー症といった病気の原因でもある。