ボランチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボランチ、あるいはヴォランチ(葡:Volante)はサッカーのポジションの1つで、中盤の底に入る選手を指す。より厳密に言えば、中盤の選手配置を前後に区切った時に、フォワードの背後で攻撃的な役割を担う攻撃的ミッドフィルダー(トップ下)よりも後方に位置し、より守備的なタスクを担うポジションがボランチである。そのため、日本では守備的ミッドフィールダーとも言われる。守備時にはディフェンダーの前で相手の攻撃を阻止し、攻撃時にはゲームを組み立てていく重要な役割を担う。
ただし、ボランチという用語はブラジルでのみ使われるポルトガル語の用法のひとつが日本に輸入されたものであり、ブラジルと日本以外では通用しない言葉である。ブラジル以外の国にもボランチに相当するポジションが存在するが、その役割と呼び方は国によって異なる。
ボランチの選手を2人置くことが主流となっているブラジルでは、2人の中で、より守備的なタスクを担うボランチをプリメイロ・ボランチ=第1ボランチ、より攻撃的なタスクを担うボランチをセグンド・ボランチ=第2ボランチと区別しているが、日本にはこういった使い分けは定着していない。
目次 |
[編集] ボランチの語源
- 説1 「ボランチ=ハンドル」説
- 元の意味はポルトガル語で「(車の)ハンドル、舵」。
- 語源はハンドルや舵を切るように、チームを操ることに由来すると言われている。
- 説2 「ボランチ=うろつき回る」説
- 南米にサッカーが本格的に伝わった当時、そのフォーメーションはフォワード、ハーフバック、フルバックのピラミッド型のクラシック・システムであった。
- その二列目のハーフバックのうち、真ん中に位置する選手は、フィールドを自由に動き回ることを許された、攻撃と守備を司る特別な選手であった。
- 当時、その選手のことをイギリスでは“ロービング”・センターハーフと呼んだ。ロービングとは、日本語で「うろつき回る」という意味である。その「うろつき回る」をスペイン語に訳すと「ボランテ」、ポルトガル語なら「ボランチ」となる。これが語源だという説。
- ちなみに、かつてアイスホッケーには、フォワードとフルバックの間に「ローバー」というポジションがあった。アイスホッケーはホッケー(フィールドホッケー)を参考に誕生したのだが、そのホッケーはサッカーの戦術を参考にしていた。そしてローバーは、ちょうどセンターハーフの位置に当たるポジションであった。
- ローバー(英:Rover)とは、「漂流者、うろつき回るもの」という意味である。
[編集] 一般的な役割
ボランチは非常にマルチな才能が要求されるポジションである。攻守両面においてチーム戦術の柱となる。
- 守備におけるボランチの戦術的役割
- ディフェンスラインの前にポジショニングを取り、相手の攻撃展開を潰す、あるいは遅らせることである。ボランチがディフェンスラインの前を守ることで守備はより効果的かつ強固になる。
- またボランチのポジションからは相手フォワードへのパスをインターセプトしやすい。それに加え、自らの背後に位置する相手のフォワードにパスを通されたときには、味方のディフェンダーとともに適切に挟み込まなければならない。
- 味方のミッドフィルダーと連携を取り、コンパクトな中盤セクションを形成し、効果的に敵の攻撃の芽を摘んでいく。
- サイドあるいは中央のディフェンダーがオーバーラップし、攻撃参加する局面では、ボランチは守備的なポジショニングをし、オーバーラップしたディフェンダーの守備ゾーンをカバーする。場合によっては最終ディフェンスラインに吸収され、その一翼を担うことで相手のカウンター攻撃に備える。
- コーナーキックや相手ゴールに近い位置でのフリーキックの際には、空中戦に強いディフェンダーの選手を前線に上げるケースが多いが、そのような場合にはボランチが最後尾の守備的プレーヤーとしての責任を負い、相手のカウンターによる反撃を防ぐことになる。
- 攻撃におけるボランチの戦術的役割
- ボールを保持している味方のディフェンダーやミッドフィルダーを適切にフォローし、パスの受け手となる。そしてフィールド全体を見渡して適切なパスを供給していくことである。そのため、短いパス、長いパス、横パス、縦パスなど、状況に応じて使い分ける判断力とキックの精度が求められる。
- 時にドリブルでボールを前方に進めたり、フォワードや攻撃的ミッドフィルダーをフォローし、後方からシュートゾーンに絡んでいくこともある。
- 南米ではわりと昔からゲームを作るのはこのポジションであったが、欧州ではほぼ守備力だけが求められてきた。しかしながら90年代初めヨハン・クライフの率いたバルセロナのジョゼップ・グアルディオラ(イタリアではアルベルティーニ)の出現以降は、より前線にスペースが無くなってきたこともあり、展開力のある選手が起用されるようになってきた。現在ではイタリア代表、2006年ドイツW杯の優勝の原動力となったアンドレア・ピルロがその代表格である。
- コーナーキックなどの際には、ペナルティーエリア境界付近からミドルシュートのターゲット役になることも多い。
- ダブルボランチのシステムの場合は、フィールド中央を走りゴールに迫るプレー(スルーパスを受ける、センタリングに合わせる、など)を期待されることも多い。
- 要求される技術的・戦術的能力
- ディフェンスラインの前にポジションを取るという性質上、ボランチはボールを容易に失ってはいけない。そのため、卓越したボールコントロールのスキルと、体の入れ方や向きによりボールをプロテクトする能力が求められる。また近くにいる味方、あるいは遠くにいる味方に正確なパスを通すことが出来なければならない。
- 相手がボールを保持している時には、できるだけ多くのボールを奪うことが要求される。そして状況により、奪ったボールをドリブルで前に進めるか、チームメートにパスしていく。ミドルシュートが得意であること、相手の守備組織に侵入していく能力が高いことも優秀なボランチの必須要件だ。
- 守備面ではボール奪取能力に加え、空中戦の強さ、あるいはタックルの技術、戦術的インテリジェンスも要求される。相手の攻撃を即座に潰し、あるいはブロックするためには優れたヴィジョンが必要なのである。
- 要求される身体能力
- 幅広いエリアを激しく動き回らなければならないボランチは、持久力・回復力に優れていなければならない。また空中戦を支配するためのジャンプ力も重要だ。
[編集] 各国での呼び名
[編集] ブラジル(ポルトガル語)
ボランチとは、中盤の底で、相手の攻撃の起点となるプレーを潰し、その一方で自分のチームの攻撃の起点となり、あるいは積極的に攻撃参加するミッドフィールダーのこと。攻守両面に関わる、日本よりもオールラウンダー的なイメージの選手。
ブラジルでボランチという言葉が使われるようになったのは1970年代。70年のメキシコ・ワールドカップでのクロドアウドがその起源ではないかと言われている。
最近ではブラジルでも2人のボランチが使われることが多い。そして、その2人を役割によって区別することもある。ひとつはより守備に重点を置くプリメイロ・ボランチ=第1ボランチであり、もうひとつは攻撃の組み立てにも加わるセグンド・ボランチ=第2ボランチである。
[編集] ポルトガル
ポルトガル本国ではトリンコ(葡:Trinco,掛け金)がそれに当たるが、守備専門のミッドフィールダーである。ポルトガル代表ではコスティーニャやペティートがそれにあたる。
[編集] 英語圏
英語では、Defensive midfielder のこと。
ポジション的には、最近よく使われる Central midfielder が相当するが、こちらはミッドフィールド中央の選手全体を表す言葉である。その中でも、最近流行の
- Holding midfielder
- Holding player
- Midfield anchorman
- Anchorman midfielder
などと呼ばれる、主に中盤の底での潰し役を担当する選手が、意味合いとしては近いだろう。
以前、ほぼ全チームが使っていた4-4-2のフォーメーションでは、中盤中央の2人は、少し古い言い方で
- Inside right/Inside left
または
- Right wing half/Left wing half
という呼び方となる。
- (外側の2人はRight winger/Left winger)
[編集] イタリア
イタリア語では、チェントロカンピスタ・チェントラーレ(伊:centrocampista centrale=セントラル・ミッドフィールダー)の一つ、メディアーノ(伊:mediano=「真ん中にいる人」という意味)という語が一番近い。中盤の底に位置する、ダイナモ型の守備専門のMFというニュアンスで使われる。
メディアーノは、その役割の違いによって、
- レジスタ(伊:Regista)
- インコントリスタ
- クルソーレ
などのタイプ別に分けることもできる。
[編集] スペイン
スペインではピボーテ(西:Pivote=ピボット、軸)と呼ばれ、中盤の底で少ないタッチ数でボールをピッチ全体に散らす、パスのさばき役を担う。守備を強化する場合は、2人のピボーテを使う。その内、1人が攻撃を組み立て、もう1人が相手の攻撃を遅らせたりボールを奪ったりという守備的役割を担当する。
[編集] アルゼンチン(スペイン語)
アルゼンチンでは、このポジションは数字でシンコ(西:cinco=5番)、ヌーメロ・シンコ(西:número cinco=ナンバー5)と呼ばれる。アルゼンチン人が一番こだわる番号であり、最初に決まるポジションでもある。 チームの中で、サッカーの最も上手い選手が務める。中盤の底で激しく汚く守備をしつつ、ゲームも組み立てる。ここからボールを散らし始めるというのがアルゼンチン・サッカーのスタイル。
またアルゼンチンでも、ポルトガル語のボランチと同源同形のスペイン語、ボランテ(Volante)という単語が使われるが、実は、最初にこの言葉を使い出したのはアルゼンチンである。ただし、こちらは指し示す対象がミッドフィルダー全体であり、ボランテ・オフェンシーボ(攻撃的MF)、ボランテ・ディフェンシーボ(守備的MF)、ボランテ・ラテラル(サイド・ハーフ)のように、そのあとに役割を表わす言葉をつけ加えてボジションを表現する。
[編集] ドイツ
ドイツ語ではフォアシュトッパー(独:Vorstopper) と呼ばれ、ストッパーがDFラインの前方に位置したものである。
[編集] フランス
フランス語では「6番」と呼ばれ、日本でのボランチの役割に近い。他にも回収や掃除を意味する「récupérateur」を使うこともある。 フランス代表のクロード・マケレレはボール奪取時にその力を発揮する典型的な「6番」である。
[編集] 人数の呼び方
ボランチの人数によって、ダブルボランチ、トリプルボランチと呼びわけられる。前者は2人、後者は3人ボランチを配置するシステムである。
だが、こだわる人は、英語とポルトガル語が混ざっているので使うべきでないとして、ドイスボランチ、トレスボランチという呼び方をする。(ポルトガル語では「2」はドイス、「3」はトリスと言う)。
しかし、現実問題として、ボランチという言葉自体がすでに日本語のサッカー用語となっており、マスコミなどでもダブル― 、トリプル― という言い方が定着している。
また最近では減ってきたが、『守備的ボランチ』と言う言葉はマスコミも使っていたが、これは根本的な間違いである。
[編集] 代表的なボランチ
- フェルナンド・レドンド
- デメトリオ・アルベルティーニ
- ディエゴ・シメオネ
- ジョゼップ・グアルディオラ
- エジミウソン・アウベス
- エステバン・カンビアッソ
- マウロ・シルバ
- エマニュエル・プティ
- エメルソン・フェレイラ
- クロード・マケレレ
- ジェンナーロ・ガットゥーゾ
- シャビ
- シャビ・アロンソ
- シュテファン・エッフェンベルク
- ポール・スコールズ
- スティーヴン・ジェラード
- ダニエレ・デ・ロッシ
- ディディエ・デシャン
- ディノ・バッジョ
- アンドレア・ピルロ
- トゥーリオ・ルストーザ・セイシャス・ピニェイロス
- ドゥンガ
- トニーニョ・セレーゾ
- パトリック・ヴィエラ
- フィリップ・コクー
- フランク・ライカールト
- フランク・ランパード
- マウロ・シルバ
- ミヒャエル・バラック
- ロイ・キーン
- ローター・マテウス
- ジュニーニョ・ペルナンブカーノ
- 稲本潤一
- 名波浩
- 小野伸二
- 阿部勇樹
- 中田浩二
- 今野泰幸
- 福西崇史
- 明神智和
- 戸田和幸
- 服部年宏
- 遠藤保仁
- 鈴木啓太
- 森保一
- 山口素弘
- 中村憲剛
- 谷口博之
- 佐藤勇人