二塁打
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二塁打(にるいだ)は野球やソフトボールで、打者が打った安打のうち、二塁まで進んだ場合を指す。ツーベース(ヒット)とも呼ばれるがこれは和製英語であり、英語ではdoubleである。また、打球がグラウンドに一旦落ちてからフェンスを超えるなどして野手がこれ以上追うことが出来ない場所に出た場合には、ボールデッドとなって打者走者を含む全ての走者に2個の安全進塁権が与えられる。この場合、打者には二塁打が記録され、これを日本ではエンタイトルツーベースと呼んでいる。
ただし、打者が二塁まで進むことが出来ても、その進塁に野手の失策や野手選択によるものが含まれていた(と記録員が判断した)場合は二塁打ではなく、単打と失策(野手選択)による進塁と記録される。
目次 |
[編集] 日本プロ野球記録
記録は2006年シーズン終了時点
[編集] 通算記録
※は現役選手
順位 | 名前 | 二塁打数 |
---|---|---|
1 | 立浪和義※ | 476 |
2 | 福本豊 | 449 |
3 | 山内一弘 | 448 |
4 | 王貞治 | 422 |
5 | 張本勲 | 420 |
6 | 長嶋茂雄 | 418 |
7 | 榎本喜八 | 409 |
8 | 川上哲治 | 408 |
9 | 松原誠 | 405 |
10 | 野村克也 | 397 |
[編集] シーズン記録
※は現役選手
順位 | 名前 | 所属 | 二塁打数 | 達成年 |
---|---|---|---|---|
1 | 谷佳知※ | オリックス | 52 | 2001年 |
2 | 福浦和也※ | ロッテ | 50 | 2003年 |
3 | P・クラーク | 近鉄 | 48 | 1998年 |
4 | 山内一弘 | 毎日 | 47 | 1956年 |
4 | 福留孝介※ | 中日 | 47 | 2006年 |
6 | 松井稼頭央※ | 西武 | 46 | 2002年 |
7 | 大沢清 | 大洋 | 45 | 1950年 |
7 | 松原誠 | 大洋 | 45 | 1978年 |
9 | 小玉明利 | 近鉄 | 42 | 1961年 |
9 | A・パウエル | 中日 | 42 | 1996年 |
9 | 礒部公一※ | 近鉄 | 42 | 2001年 |
9 | 福留孝介※ | 中日 | 42 | 2002年 |
9 | 福浦和也※ | ロッテ | 42 | 2004年 |
[編集] メジャーリーグ記録
[編集] 通算記録
※は現役選手
順位 | 名前 | 二塁打数 |
---|---|---|
1 | トリス・スピーカー | 792 |
2 | ピート・ローズ | 746 |
3 | スタン・ミュージアル | 725 |
4 | タイ・カップ | 724 |
5 | ジョージ・ブレット | 665 |
6 | ナップ・ラジョイ | 657 |
7 | カール・ヤストレムスキー | 646 |
8 | ホーナス・ワグナー | 640 |
9 | クレイグ・ビジオ | 637 |
10 | ハンク・アーロン | 624 |
[編集] シーズン記録
順位 | 名前 | 所属 | 二塁打 | 達成年 |
---|---|---|---|---|
1 | アール・ウェッブ | ボストン・レッドソックス | 67 | 1931年 |
2 | ジョージ・バーンス | クリーブランド・インディアンス | 64 | 1926年 |
ジョー・メドウィック | セントルイス・カージナルス | 1936年 | ||
4 | ハンク・グリーンバーグ | デトロイト・タイガース | 63 | 1934年 |
5 | ポール・ウェイナー | ピッツバーグ・パイレーツ | 62 | 1932年 |
6 | チャーリー・ゲーリンジャー | デトロイト・タイガース | 60 | 1936年 |
7 | トッド・ヘルトン | コロラド・ロッキーズ | 59 | 2000年 |
チャック・クライン | フィラデルフィア・フィリーズ | 1930年 | ||
トリス・スピーカー | クリーブランド・インディアンス | 1923年 | ||
10 | カルロス・デルガド | トロント・ブルージェイズ | 57 | 2000年 |
ビリー・ハーマン | シカゴ・カブス | 1935年 | ||
ビリー・ハーマン | シカゴ・カブス | 1936年 |