松本サリン事件
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松本サリン事件(まつもとサリンじけん)は、1994年に長野県松本市で、猛毒のサリンが散布され、死者7人・重軽傷者660人を出した事件である。世界の先進国で初めて、一般市民に対して化学兵器が使用されたテロ事件として知られる。
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[編集] 概要
松本サリン事件は、1994年6月27日の夕方から翌日6月28日の早朝にかけて、長野県松本市北深志の住宅街で起こった、テロ事件である。住宅街に化学兵器として使用される猛毒のサリンが散布され、7人が死亡、660人が負傷した。
事件発生直後は如何なる物質が使用されたのか判らず、新聞紙上には「松本でナゾの毒ガス7人死亡」という見出しが躍った。ガスクロマトグラフィー/質量分析計(GC/MS)分析により、散布された物質がサリンであると判明したのは7月3日のことであった。
その後9月頃になって『松本サリン事件に関する一考察』という怪文書が、マスコミや警察関係者を中心に出回っていく。この文書は冒頭でサリン事件は、オウムであると言及するなど、一連の犯行がオウム真理教の犯行であることを示唆したものであった。翌1995年3月に地下鉄サリン事件が発生し、程なく目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件でオウム真理教に対する強制捜査が実施された。その過程でオウム真理教の犯行であることを幹部が自供、オウム真理教松本支部の立ち退きを周辺住民が求めていた裁判でオウム真理教側の敗訴の公算が高まっていたため、教祖松本智津夫は裁判を担当する判事の殺害を指示し、村井秀夫・新実智光・端本悟・中村昇・中川智正・富田隆・遠藤誠一が長野地裁松本支部官舎を狙ってサリンを散布したというものであった。
[編集] 冤罪・報道被害
この事件は、警察のずさんな捜査や一方的な取調べ、さらにそれら警察の発表を踏まえた偏見的な報道により、無実の人間が半ば犯人として扱われてしまったという、冤罪事件・報道被害事件としても知られている[1]。
[編集] 経緯
当初、長野県警察は、被害者でもある第一通報者の河野義行氏を重要参考人とし、連日にわたる取り調べを行った。
また、マスコミは、一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、オウム真理教が真犯人であると判明するまでの半年以上もの間警察発表を無批判に垂れ流したり、河野氏が救急隊員に「除草剤をつくろうとして調合に失敗して煙を出した」と話したとする警察からのリークに基づく虚報情報を流すなど、あたかも河野氏が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた[2]。
- また、サリン=農薬とする誤解は現在に至っても根強く、農薬の安全性が不当に貶められる状況を作り出す事件にもなった[3]。その後も、あたかも農薬を混ぜることによって、いとも簡単にサリンを発生できるが如き発言が続いた。この発言は、農薬からサリンを生成できるという認識を植え付け、冤罪報道の拡大にも繋がった[4]。
- この論調は、特に地元有力地方紙である信濃毎日新聞により伝えられたため、購読者の多い北信地域を中心に未だに報道に関して「当時の状況では仕方なかった」という意見が少なからず残っている。
- マスコミの中で特に悪質だったのが週刊新潮で、『毒ガス事件発生源の怪奇家系図』という見出しの記事で河野家の家系図を掲載してプライバシーを侵害した。地下鉄サリン事件後も河野氏は週刊新潮のみ刑事告訴を検討していたが、謝罪文掲載の約束により取り下げた[5]。
後にオウム真理教が真犯人であると判明し、河野氏の無実が証明された。野中広務国家公安委員長(当時)が謝罪に訪れているが、長野県警は「遺憾」の意を表明したのみで「謝罪というものではない」と捜査の間違いは認めなかった(1995年6月の会見にて)。一方、マスコミ各社は誌面上での謝罪文や訂正記事は相次いで載せられたが、河野氏への直接謝罪は皆無である[6]。また、オウム側もアーレフへ再編後の2000年に謝罪声明を発表しているが、河野氏への直接謝罪は特にない。その後、河野氏は田中康夫長野県知事(当時)によって捜査機関において事件の教訓を生かすために長野県公安委員に任命され、また書籍中で報道被害の実態を語った。なお、河野氏の妻はサリンによる被害を受け、2006年現在も意識不明である。
[編集] 関連書籍・映画
- 「疑惑」は晴れようとも―松本サリン事件の犯人とされた私 文春文庫 ISBN 4167656043
- 松本サリン事件―虚報、えん罪はいかに作られるか ISBN 4773367857
- ニュースがまちがった日 高校生が追った松本サリン事件報道、そして十年 ISBN 4811807146
- これを題材とし、『日本の黒い夏 [冤enzai罪]』(監督:熊井啓)として映画化された
[編集] 註
- ^ ただし逮捕・起訴はされていないので、厳密には冤罪には該当しない
- ^ 警察側も河野氏宅から押収した農薬からはサリン合成が不可能であることを認識していたものの、捜査ミスを認めることへの恐れから表立った捜査方針の転換が遅れることとなった
- ^ 松本サリン事件発生初期、神奈川大学経営学部教授常石敬一の「有機リン系の農薬を原因とする、神経ガスが発生した」という発言が発端
- ^ この時に使用されたサリンは他の薬品と調合していたため臭気があったが実際のサリンは無色無臭
- ^ しかし河野氏との約束は現在もなお守られていない。現在も河野氏は「週刊新潮だけは最後まで謝罪すらしなかった」と語っている
- ^ 報道各社の社員個々人による謝罪の手紙は河野氏のもとに多数届いたとはいう
[編集] 外部リンク
- 『松本サリン事件に関する一考察』
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