漢字復活
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漢字文化圏 | ||||||||||||||||||||
日本 韓国 ベトナム | ||||||||||||||||||||
派生文字 | ||||||||||||||||||||
国字 方言字 則天文字 | ||||||||||||||||||||
仮名 古壮字 字喃 女書 | ||||||||||||||||||||
契丹文字 女真文字 西夏文字 |
漢字復活(かんじふっかつ)とは、もともと漢字文化圏にありながら漢字廃止論によりいったん漢字を破棄した国が、漢字を見直す機運を指す。ここでは漢字を廃止したベトナム・北朝鮮と、漢字の普及度が日本より低い韓国の状況について述べる。
目次 |
[編集] ベトナム
17世紀にカトリック宣教師が考案したベトナム語のローマ字転写法が、19世紀後半のフランス植民地化以降「クォックグー(国語)」と呼ばれるようになって普及し、1919年の科挙廃止の要因もあって漢文の使用領域がせばまったため、次第に漢字使用は減少した。1945年のベトナム民主共和国成立後、北部では公教育における漢字教育が実質的に消滅したが、南ベトナムでは1975年まで中等教育に「漢文科」が存続していた。
現代ベトナム語に漢字を復活させようとの動きは少ないが、ベトナムの古典は全て漢文及びチュノム(字喃)で表記されていたため、高等学校文系で漢文を選択科目に入れようという主張がある。
[編集] 北朝鮮
北朝鮮における漢字に対する姿勢は、金日成の以下の見解が全てである[要出典]。
「漢字を使う必要はない。しかし、中国や日本・南朝鮮では漢字を使用しているため、漢字を学習する必要はある。」
金日成の見解に基づき、1948年の建国以来廃止されていた漢字教育が、1968年に「漢文」教育として高等中学校の教科に組み込まれた。その内容について確証の取れる情報はないが、韓国の漢字復活派によれば、漢字をきっぱり廃止したはずの北朝鮮のほうが、漢字を廃止するでもなく存続させるでもない韓国の「漢文」教育よりも充実していると言う。
北朝鮮では一般に漢字は用いられず、新聞はチョソングル専用で漢字はまったく用いられないが、現在でもほとんどの人名には対応する漢字が想定されている。人名や地名の漢字表記は外国語表記として存在する。なお、毛沢東から金正日に贈られた漢詩では、簡体字が用いられた。
1948年の漢字廃止と同時に、朝鮮語における漢字語を固有語に言い換える運動が大々的に行われたが、1960年代からその運動がなくなり、現在も北の朝鮮語の語彙の上では多くの漢字語が残っている。
[編集] 韓国
韓国では、建国直後の1948年にハングル専用法が制定され、公文書における文字はハングルのみに限定され、ただし当分の間漢字の使用を認める、と定められた。このため、公文書や教科書においては、漢字の使用はハングルの後カッコにくくって表記する「併用」方式に制限されることとなった。
また、朴正熙政権(第三共和国)下の一時期(1968年-1972年)、政府が学校教育カリキュラムから漢字教育を追放し、マスコミにもハングルのみの表記を強く要求するなどの漢字排斥政策をすすめた(日本語でいうとかな表記のみに相当する。ただし朝鮮語には閉音節があるため、日本語のかな表記よりも朝鮮語のハングル表記の方が一音節あたりの弁別性が高い)。その際、漢字存続を主張した大学教授が、職を追われる事件も起きた。これに対し学界や言論界が正面から反対運動を展開したため、中等教育での漢文教育は容認されるようになったが、その後も漢字教育への関心は低調だった。
しかし1990年代後半以降、一部に漢字存続の主張が強まり、漢字を理解する外国人観光客の利便性を理由に道路標識の地名表記に漢字が併記されるようになるなど、いわゆるハングル専用の徹底度は若干弱まっている。1998年には、漢字教育振興会を発展的に解消し、全国漢字教育推進総連合会が結成された。指導者は李在田。朴正熙時代の陸軍参謀総長である。
全国漢字教育推進総連合会は、次のような主張を掲げる。
ただし、韓国教育部(現:教育人的資源部、日本の文部科学省に相当)は、ハングル専用派の主張を考慮して要求を受け入れなかった。そこで、国防長官が李在田の陸軍士官学校での後輩に当たることに目を付け、徴兵された若者に軍隊の中で漢字学習と漢字使用を義務付ける準備をしていた。が、2004年の李在田の急逝を受け、この計画は暗礁に乗り上げた。
現在、韓国教育部は、「漢字を教えろとは言わないし、教えるなとも言わない」と廃止・存続いずれの立場にも与しない姿勢でいる。そのため、小学校でも校長裁量で漢字を教えることは認められているが、漢字教育に理解のない校長は、自由裁量時間をコンピュータ・テコンドーの時間に充てている。また、理解のある校長でも、市販の教材で漢字教育を行うことになるため、韓国民は出身校によって漢字能力に濃淡が出ることになる。
なお、2005年に国語基本法が制定され、公文書における漢字の括弧内使用は、大統領令が定める場合に限定されることとなった。また、現在教育現場の最前線にいる世代が、最も漢字教育を受けていない世代に当たり、漢字復活をより困難にしている。