瀬谷駅
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瀬谷駅(せやえき)は、神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷四丁目1番地1号にある相模鉄道本線の駅である。
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[編集] 駅構造
相対式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を持つ地上駅。3番線は通常、使用されない。橋上駅舎をもつ。
戦時中は海軍道路沿いに鉄道の引込み線があった。(分岐点は瀬谷駅より二ツ橋駅に近い)
[編集] 利用状況
- 1日あたり乗降人員 41,517人(2005年度)
[編集] 駅周辺
- 横浜市立瀬谷中学校(通学の便を図るため、駅にほぼ隣接した敷地に作られた経緯がある。)
- 横浜市立瀬谷小学校
- 神奈川県立瀬谷西高校
- 横浜市立瀬谷地区センター
- そうてつローゼン
- マルエツ
- 横浜銀行
- 八千代銀行
- 横浜信用金庫
- 静岡銀行 - 支店は撤退しATMは相鉄ローゼン内にて稼動。
- JA横浜
- 瀬谷郵便局
- 城南信用金庫
- 海軍道路(周辺は桜の名所である)
[編集] 瀬谷駅周辺の開発
1950年代後半、横浜市は瀬谷の市街地造成を打ち出したが、上瀬谷通信施設周辺の工場化・住宅化を嫌った在日米軍が基地周囲に電波緩衝地区の設定を要求、1959年には瀬谷駅を含む極めて広範囲に電波規制、建設規制がしかれた。その影響で瀬谷駅周辺の開発はほとんど進められることなく時代が過ぎ、瀬谷駅には「田舎」の印象が持たれることとなった。
しかし冷戦終結後、1994年に電波規制が解除されると、瀬谷駅周囲の再開発がにわかに行われ、北口の再開発は一部の地域を除いてほぼ完成した。しかし南口の再開発は構想が出てからおよそ12~13年経つ現在でも利権等などから遅々として進んでいない。最近では一部商店がシャッターを降ろすところも出始めたり跡地を駐車場・駐輪場にするところもではじめ、北口や環状4号線沿いの賑わいに比べ活気がなくなっている。
[編集] 路線バス
- 瀬谷駅(北口バスターミナル)
一時は南口より銀座通り経由で下瀬谷行きの相模鉄道バスも運行されていた。
[編集] 歴史
- 1926年(大正15年)5月12日 旧神中鉄道の駅として開業。
- 1968年(昭和43年)8月17日正午頃、瀬谷駅に程近い三ツ境9号踏切付近で、乗客約280人が乗車していた横浜発海老名行き下り電車4両編成と、入換中の貨物列車が正面衝突した事故が発生した。
- 2004年(平成16年)3月28日 新駅舎及び南北自由通路使用開始。なお、同日から労働組合がストライキを計画していた(回避された)ため、新駅舎オープンの張り紙とストライキ告知の張り紙が同時に張り出された中での切り替えであった。
2005年には大和駅側の環状4号線が高架化されたが、現在の駅舎完成を持って再開発が終了したわけではなく、神奈川東部方面線構想に伴い相鉄本線に特急を走らせるため、瀬谷駅下り線に待避線を設け4線化する文言が認可の条件に付帯されている。
瀬谷駅は昔からホームの2面4線化が考えられており、新駅舎自体には待避線を設ける空間は確保されているが、 昔と比べ列車の編成が長大化したことから、線路沿い南側の数軒は移転させる必要があり、今後の動向が注目される。
なお相模鉄道には瀬谷駅を将来的に地下駅化する構想もある。
[編集] 駅名の由来
駅所在地の地名「瀬谷」から。