織田裕二
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
織田 裕二 おだ ゆうじ |
|
プロフィール | |
---|---|
出生地: | ![]() |
血液型: | A |
生年月日: | 1967年12月13日 |
現年齢: | 39歳 |
活動 | |
ジャンル: | 俳優、歌手 |
活動時期: | 1987年 - |
活動内容: | 1987年:俳優デビュー 1991年:『東京ラブストーリー』 1997年:『踊る大捜査線』 1998年:日本アカデミー賞受賞 |
主な作品: |
映画 『湘南爆走族』 『踊る大捜査線 THE MOVIE』 『ホワイトアウト』 『T.R.Y.』 ドラマ 『振り返れば奴がいる』 『東京ラブストーリー』 『お金がない!』 『踊る大捜査線』 『ラストクリスマス』 CDシングル 『LOVE SOMEBODY』 『Last Christmas』 |
受賞: | ベストドレッサー賞(1991・1999) ベストジーニスト賞(1992) 日本アカデミー賞主演男優賞 (1998・2001・2004) 報知映画賞最優秀主演男優賞 (2000) 第43回ブルーリボン賞 最優秀主演男優賞(2001) 第48回アジア太平洋映画祭 最優秀主演男優賞(2003) 日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞(2000・2003) |
その他 | |
『世界陸上』キャスター | |
織田 裕二(おだ ゆうじ、1967年12月13日 - )は、神奈川県川崎市多摩区出身の日本の俳優、歌手。
身長177.5cm。体重70kg。左利きだったが、現在は主に右を使う。釣竿は左用を使っているなど今でも左を使う時がある。視力は右1.2、左1.2。血液型A型。
桐蔭学園中学校・高等学校卒業。中学1年から高校1年までテニス部に所属。
ピッツバーグ大学日本校中退後、役者の道へ。
目次 |
[編集] 人物・来歴
最初にテレビに登場したのは、1986年、おニャン子クラブを生み出した『夕やけニャンニャン』内で行われた、その男版の息っ子クラブのメンバーの募集に応募。見事勝ち抜きメンバーになる事が決まったが、メンバー入りは辞退する。
その後、1987年4月に東映映画『湘南爆走族』で俳優デビューし、江口洋介と共演。1990年頃には吉田栄作・加勢大周とともに平成御三家とも呼ばれた。
子供から大人まで幅広い年齢層に人気を持つ。デビュー当初はトレンディ路線とアイドル色が強かった為、主に20代女性層を中心にブレイクしていたが、その後は積極的にコメディや映画にも出演している。これにより織田の人柄も広く世間に知られ始め子供にも人気が出る。常に一定の固定ファンがおり、不動の人気を得ている。
役作りでは、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるタイプ(本人談)。なので、脚本は出来る限り早く欲しいそうでそれが企画、脚本段階から作品に関わる理由のひとつだそうである。続編(パート2)嫌い、というより「同窓会的」なゆるい作品作りが嫌いらしい(『踊る大捜査線』に関するインタビュー等)。役作りや演技へのこだわり、作品作りにかける意気込みの強さ故、共演者やスタッフからの評価は高いものの、一部では批判的な見方もあり、ことあるごとに週刊誌のネタとされる。
主な出演作品に、ドラマ『東京ラブストーリー』、ドラマ『振り返れば奴がいる』『お金がない!』『踊る大捜査線』シリーズなど多数。歌手としては1987年4月にデビュー映画『湘南爆走族』の挿入歌のシングルCD「BOOM BOOM BOOM」でデビュー。その他の代表曲に「Love Somebody」(1997年1月)などがある。俳優の余技ではなく、表現手段として音楽活動をする数少ない俳優でもある。主演ドラマの主題歌に本人の曲が使われる事が多い。2005年ゴールドディスク賞受賞。
2001年のドラマ『ロケット・ボーイ』で主演を務めるも、椎間板ヘルニア(持病の腰痛が悪化)による緊急入院で撮影を中断する事態となった。そのため『ロケット・ボーイ』は全11話の予定だったものが全7話に再構成され、第2話放映後の4週分は『ロケット・ボーイ』を休止し、同作共演のユースケ・サンタマリア、市川染五郎の新撮シーンを加えた『踊る大捜査線』の再放送で穴埋めするという異例の措置が撮られた(結果、この視聴率が高かったため「踊る」人気が不動のものということを証明することにもなる)。
基本的に20代から容姿・風貌が変わっておらず、外見的に年齢を見分にくいタイプである。[要出典]20代前半なみの持久力と肺活量をもつスポーツマンでもある。
俳優の石黒賢とは互いに親友の仲である。映画『ホワイトアウト』で石黒を親友・吉岡役に抜擢したのは織田らしい(『ホワイトアウト』公開当時の各媒体インタビューより)。とにかくタバコが好きらしい。演じる役柄がタバコを吸う場合、まず、その銘柄から考えるそう。 葉巻にもはまっている(TVでの織田裕二ドキュメントにて。)
2004年、『東京ラブストーリー』以来13年ぶりに月9ドラマ『ラストクリスマス』に出演することになったが、13年もの間月9に出演していなかったことについて、本人はインタビューで「月9はドラマの王様であり、特別なものだと思うからあえて出演しなかったんです。だから僕は反対勢力にたって、レジスタンス的活動をしていたんですよ」と語っている(ちなみに『東京ラブストーリー』に関しては途中から役柄をつかみきれなくなり(原作と脚本と自分のイメージとのギャップが原因)、結果として演技的に失敗だったとしている(本人の弁によれば「途中放棄」とのこと))。この作品経験をターニングポイントとして、以降の作品では脚本段階から作品に関わる姿勢を強めることになる。 (NHK『トップランナー』での発言より)。
ファンや芸能界からも「主役なタイプ」と評され、あらゆるドラマ、映画では常に主演、主演級で出演。今現在でも、主演格俳優として織田主人公のドラマや映画が多い。2003年1月公開の映画『T.R.Y.』では、中国上海でロケを行い、中国語の台詞に挑んだ。演技面や性格面で、息がぴったりだった女優は、深津絵里だと言われている。大森一樹監督曰く「日本映画界で数少ない、名前で客を呼べる俳優」。
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビドラマ
- プロゴルファー祈子(1987年、フジテレビ)
- 北の海峡(1988年、NHK)
- 十九歳(1989年、NHK) テレビドラマ初主演番組
- 邪魔してゴメン!(1989年、TBS)
- ママハハ・ブギ(1989年、TBS)
- あいつがトラブル(1989 - 1990年、フジテレビ)
- 世にも奇妙な物語 「ロッカー」(1990年 フジテレビ)
- 卒業(1990年、TBS)
- 予備校ブギ (1990年、TBS)
- 東京ラブストーリー(1991年、フジテレビ、全11話)
- 新説・三億円事件(1991年、フジテレビ)
- あの日の僕をさがして(1992年、TBS)
- 振り返れば奴がいる(1993年、フジテレビ、全11話+スペシャル番組)
- 素晴らしきかな人生(1993年、フジテレビ)
- お金がない!(1994年、フジテレビ、全12話)*
- 正義は勝つ(1995年、フジテレビ)*
- 真昼の月(1996年、TBS)
- 踊る大捜査線(1997年、フジテレビ、全11話)*
- 踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル(1997年、フジテレビ)*
- 恋はあせらず(1998年、フジテレビ、全12話)*
- 踊る大捜査線番外編 湾岸署婦警物語 初夏の交通安全スペシャル(1998年、フジテレビ)*
- 踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル(1998年、フジテレビ)*
- ロケット・ボーイ(2001年、フジテレビ、全7話)*
- 真夜中の雨(2002年、TBS、全11話)(※主題歌「そんなもんだろう」[作詞曲・ASKA]を歌う)*
- ラストクリスマス(2004年、フジテレビ)*
- 冗談じゃない!(2007年、TBS)
常に主演クラスでのキャスティングであるためか、エンディングで本人の楽曲が使われる事が極めて多い(主題歌も歌った作品に*を付記)。
[編集] 映画
- 湘南爆走族(1987年、東映)
- 愛はクロスオーバー(1987年、東映クラシックフィルム)
- 将軍家光の乱心 激突(1989年、東映)
- 彼女が水着にきがえたら(1989年、東宝)
- BEST GUY ベストガイ(1990年、東映)
- 波の数だけ抱きしめて(1991年、東宝)
- 就職戦線異状なし(1991年、東宝)
- エンジェル 僕の歌は君の歌(1992年、東宝)
- 卒業旅行 ニホンから来ました(1993年、東宝)
- きけ、わだつみの声 Last Friends(1995年、東映)
- 踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!(1998年、東宝)青島俊作 役
- WHITE OUT(2000年、東宝)
- T.R.Y.(2003年、東映)
- 踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!(2003年、東宝)青島俊作 役
- 県庁の星(2006年、東宝)野村聡 役
- 椿三十郎(2007年12月公開予定、東宝)(織田裕二初の時代劇主演)
[編集] バラエティ
- うたばん(ゲスト)
- LOVE LOVEあいしてる(ゲスト)
- 笑っていいとも(ゲスト)
- ポップジャム(スペシャルゲスト)
- 織田裕二アフリカスペシャル象物語(MC)
[編集] CM
- NTT DoCoMo「携帯電話・ポケットベル」(1996年 - 1998年)
- 参天製薬「サンテFX」
- AGF「マキシムレギュラーコーヒー」
- サッポロビール「焙煎ビール」
- 明治製菓「ティラミスチョコレート」/「ガトーマロンチョコレート」/「チョコトルテ(山瀬まみと)」
- IDO/セルラー電話各社 「cdma One」(1999年 - 2001年)※NTTドコモの契約終了直後にCMが放送され話題となった
- 味の素「紅花オリーブオイル」・「アミノバイタル」
- スズキ「セルボモード」「ジムニー」「ジムニーワイド」
- 日清食品「カップヌードル」
- ポッカコーポレーション「ポッカコーヒーガティ」
- ライオン「デンター」
- カネボウ「JAKE」
- コカ・コーラ「まろ茶」
- 全日空「ANAマイレージバンク」
- U-CAN (ユーキャン)
- 武田薬品工業「新アリナミンA」
- アサヒビール「アサヒ新生」
- 日本郵政公社「ゆうパック」
- JCB
- 横浜ゴム「ECOタイヤ」、「アイスガード」
- 日本赤十字社
- JRA2007度キャラクター
[編集] 書籍
- ベネッセ中学生チャレンジ(インタビューゲストとして登場)
- メンズノンノ(特別モデルとして登場)
[編集] その他
- 中井美穂と共に二年に一度行われる世界陸上のメインキャスターとして活躍しており、軽妙なトークとおもしろおかしい語り口は、お茶の間の多くのファンを魅了している。その一方で、ハイテンションぶりが話題になり、陣内孝則や関根勤にものまねされるほど。織田いわく「自然に出てしまう」らしい。単純なキャスターだけにとどまらず、選手などの分析も細かく行っている。ちなみに、同番組中に織田が「この後すぐ!」と競技開始の予告をすると基本的に待たされることが多く、長い時で数時間後だったことがある。
- 映画バック・トゥ・ザ・フューチャーの主人公マーティの吹き替えを担当したことがある。1997年9月のフジテレビ放映分を担当。ドク役は三宅裕司。Wユウジ吹き替えに挑戦! としてPRされた。リピート以降は声優による新録音版になったため、現在では視聴はほぼ不可能である。
- スズキのCMに出演していた縁もあり、一時期ダートトライアル競技に出場していた。結果等についてはほとんど公にはされていないものの、通信教育のユーキャンのCMにおいて一瞬ではあるが運転シーンが挿入されていた。
[編集] 主な受賞
- ベストドレッサー賞(1991年・1999年)
- ベストジーニスト賞(1992年)
- 日本アカデミー賞主演男優賞(1998年・2001年・2004年)
- 報知映画賞最優秀主演男優賞(2000年)
- 第43回ブルーリボン賞 最優秀主演男優賞(2001年)
- 第48回アジア太平洋映画祭最優秀主演男優賞(2003年)
- 日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞(2000年「WHITE OUT」・2003年「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」)
- 第23回藤本賞(2004年)
[編集] 音楽
[編集] 代表曲
- 歌えなかったラヴ・ソング(1991年2月6日)
- Love Somebody(1997年1月29日、織田裕二withマキシ・プリーストとして)
- Last Christmas/Wake Me Up GO!GO!(2004年11月3日、Yuji Oda with Butch Walkerとして)
[編集] 物真似
織田裕二の物真似をする人は必ず耳と鼻の穴を大きくする。また、大概は「踊る大捜査線」の青島巡査部長の真似をする。
- 内村光良(織田のモノマネの先がけ。ドラマのパロディで披露)
- 関根勤(他の人とは違い、世界陸上の時のまねをする)
- 香取慎吾(昔から織田の大ファンで、『スマスマ』内で織田のパロディを積極的に担当し、本人の前で披露したこともある。)
- 深沢邦之