錬金術
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錬金術(れんきんじゅつ、Alchemy)とは、最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属から貴金属(特に金)を精錬しようとする試みのこと。
広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。
錬金術の発達の過程で、現在の化学薬品の発見が多くなされ、その成果は現在の化学 (Chemistry) にも引き継がれている。
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[編集] 概要
一般によく知られた錬金術とは、物質をより完全な存在に変える賢者の石を創る技術のことをいう。この賢者の石を用いれば、卑金属を金などの貴金属に変える事ができるという。
また、人体を永遠不滅に変えて不老不死を得る事ができるとされ、この場合は霊薬、エリクサーとも呼ばれる(なお、賢者の石が文献上に記述されるのはエリクサーよりかなり後である)。
それ故、錬金術は神が世界を創造した過程を再現する大いなる作業であるとされる。
特に中世ヨーロッパにおいて長期間にわたって行なわれたが、これは西洋において他の学問などと同様に一度失伝した錬金術が イスラム世界から再導入されたものである。
Alchemy(アルケミー)はアラビア語 Al kimiyaに由来し、Al はアラビア語の定冠詞(theに相当)であり、この技術がイスラム経由で伝えられたという歴史的経緯を示す。
語源については通説は定まっていない。
- エジプトの地の意のKham(聖書でもHamとして使われた)から、Khemeiaはエジプトの術の意味だという。
- ギリシア語でKhumos(χυμός)(植物の汁の意)で、Khemeia(χημεία)は汁を抽出する術の意味だという。
錬金術とは一般の物質を「完全な」物質に変化・精錬しようとする技術のことであり、さらには人間の霊魂をも「完全な」霊魂に変性しようという意味を持つこともあった(=神に近づく、神になる、神と合一する方法ともいえよう)。 またホムンクルスのように、無生物から人間を作ろうとする技術も、一般の物質から より完全な存在に近い魂を備えた人間を作り出すという意味で錬金術と言える。
錬金術に携わる研究者を錬金術師と呼ぶ。特に高等な錬金術師は、霊魂の錬金術を行い神と一体化すると考えられたので、宗教や神秘思想の趣きが強くなった。
最も真理に近付いた錬金術師は(古代の伝説上の人物)ヘルメス・トリスメギストスと言われ、著したとされる『ヘルメス文書』、『エメラルド・タブレット』は尊重された。
『ヘルメス文書』はあるアラブ人の手によってエジプトの大ピラミッドの内部にあるヘルメス・トリスメギストスの墓から発見されたといわれるエメラルド板に記された文書である。当然ながら原版は現存せず、中世に書かれた写本が現在に残る最も古い完全な写本である。そのためその歴史的信憑性は長年怪しまれてきたが、後年エジプトのテーベで発見された魔術師の墓から見つかったパピルスに『ヘルメス文書』の写しの一部が記述されていたため、現在ではその歴史的価値は一応認められているといえよう。ちなみにこのパピルスは現在「ライデン・パピルス」と呼ばれ、カイロ博物館に保管されている。
錬金術は、中世ヨーロッパの非キリスト教に対して行われた弾圧に対して、弾圧される側の人々が非キリスト教的な知識や行動をごまかすために使った手段であるという見方もある。黄金などの成果を生み出すと言うことで、神秘主義や魔術を含む異教の知識に関わっていた人々が、富豪や権力者の保護を受けることが出来た。
[編集] 錬金術の歴史
[編集] 古代ギリシア
西洋錬金術の起源は古代エジプトの冶金術にあると考えられる。また、古代ギリシアで、アリストテレスの質料・形相論から、卑金属の形相をとり質料因としこれに形相因を与えて金にするという理論がアレキサンドリアで発達した。これにはアリストテレスの四元素説(火・地・空気・水の4リゾータスがアルケーとして万物を構成しているとする)が影響を与えた。
3世紀頃のものといわれる『ライデン・パピルス』『ストックホルム・パピルス』(1828年にエジプトのテーベで発見された)には宝石、真珠の模造偽造方法と金属の変性方法の記載がある。
[編集] イスラム錬金術
アレキサンドリアの錬金術はギリシャ哲学などとともにイスラムに伝わった。 有名な錬金術師は中世錬金術の祖ジャービル・イブン=ハイヤーン、ラテン名ジーベル(他にゲベル、ジャビル)とされる。
次いで9世紀のアル・ラジ、10世紀のイブン=スィーナー(ラテン名アウィケンナ)、またラゼスと呼ばれる学者などが名高い。
十字軍以降イスラムの文献がヨーロッパに翻訳されて紹介され、錬金術書も西ヨーロッパに知られるようになった。
[編集] 西ヨーロッパの錬金術
1144年2月11日チェスターのロバート(Robert of Chester)が『Morienus(モリエヌス)』を『錬金術の構成の書』としてアラビア語からラテン語に翻訳したのが最初とされる。(またバスのアデラード(w:Adelard_of_Bath)が錬金術を紹介した)それから錬金術が注目を集めるようになり、13世紀以降に大きく発展した。初期の有名錬金術研究者、スコラ学者のアルベルトゥス・マグヌス(ヒ素を発見したとされる)、トマス・アクイナスやロジャー・ベーコンは金属生成の実験に関心を持ち実践した。
ルネサンス期の有名な医師・錬金術師パラケルススはアリストテレスの四大説を引き継ぎ、それにアラビアの3原質(硫黄、水銀、塩)である「塩」を触媒とした「水銀」と「硫黄」の結合により、完全な物質であるアルカナ(エリクサー)が生成されるとした(ここで言う塩、水銀、硫黄、金などの用語は、現在の元素や化合物ではなく象徴的表現と解釈する必要がある)。彼を祖とする不老長生薬の発見を目的とする一派はイアトロ化学(iatro‐chemistry)派と呼ばれた。
[編集] 東洋の錬金術
錬金術と同様の試みはインド(有名な錬金術師に龍樹がいる。)や中国などにおいても行われた。またタントラ教の考え方も錬金術の影響があるとされる説もある。 その歴史は中世ヨーロッパの錬金術より古いが、両者は別個に起こったものと考えるのが通説である(異論もある)。
[編集] 中国の錬金術
中国では『抱朴子』などによると、金を作ることには「仙丹の原料にする」・「仙丹を作り仙人となるまでの間の収入にあてる」という二つの目的があったとされている。辰砂などから冶金術的に不老不死の薬・「仙丹(せんたん)」を創って服用し仙人となることが主目的となっている。これは「煉丹術(錬丹術 れんたんじゅつ)」と呼ばれている。
厳密には、化学的手法を用いて物質的に内服薬の丹を得ようとする外丹術である。 仙丹を得るという考え方は同一であるが、気を整える呼吸法や瞑想等の身体操作で、体内の丹田において仙丹を練ることにより仙人を目指す内丹術とは区別すべきであろう。
[編集] 錬金術への批判
すでに、アルベルトゥス・マグヌスは『鉱物書』において、自分で錬金術をおこなったが金、銀に似たものができるにすぎないと述べられており、金を作ることに対して疑問がだされていた。 後世に数々の検証から化学が成立していった。
[編集] 錬金術と科学
現代人の視点からは、卑金属を金に変性しようとする錬金術師の試みを全くの愚行として一笑に付すのは容易である。だが、歴史を通してみれば、錬金術は古代ギリシアの学問を応用したものであり、その時代においては正当な学問の一部であった。そして、他の学問同様、錬金術も実験を通して発展し各種の発明発見が生み出され、旧説、旧原理が否定され、ついには科学である化学に生まれ変わった。これは歴代の錬金術師の貢献なくしてはありえなかったともいえる。
過去の文献からは、成立し始めた自然科学が錬金術を非科学的として一方的に排斥しているわけではなく、むしろ両者が共存していたことが見てとれる。錬金術師たちは、巷で考えられているような研究一辺倒の、恰も魔法使いやマッドサイエンティストのような身なり・生活をしていたのではなく、他の職業を持ちながら錬金術の研究も行うといった人物も多く存在していた。
例えば万有引力の発見で知られるアイザック・ニュートンも錬金術に深く関わり膨大な文献を残した一人である。最近ではこれらの文献を集めた研究書も刊行されるなど、いわば錬金術的世界観の再評価が行われていると言える。自然科学の発展に伴い錬金術の科学性は否定されたが、ニューサイエンス運動の一環として「大いなる秘法(アルス・マグナ)」の思想は研究の対象となっている。
[編集] 錬金術の成果
- ヨーロッパでの磁器の製法
- ヨーロッパでは磁器を中国・日本から輸入しており非常に高価な物だった。それをヨーロッパで生産する方法を発見したのは錬金術師である。フリードリヒ・アウグスト1世 (ザクセン選帝侯)(強健王・剛胆王・強王)が錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに研究を命じ、ベトガーは1709年に白磁の製造に成功した。
- 蒸留の技術
- ランビキ(蘭引、日本には幕末にオランダから伝来。ジャービル・イブン=ハイヤーンが考案したとされるアランビークのこと。)(蒸留器)の発明とそれによる高純度アルコールの精製、さらに天然物からの成分単離は化学分析、化学工業への道を開いた。
- 中国での火薬の発明
- 中国の煉丹術師の道士が仙丹の製作中偶然発明したといわれる。のちに西洋に伝わる。
[編集] 錬金術という語の転用
金を生むという意味から転じて、安い元手から高額の利益(この時点では金の意味はgoldからmoneyに転じている)を生むようなビジネスモデルや、資金洗浄を指して「錬金術」と称する場合がある。同時に、その考案者や運用者を「錬金術師」と表現することもある。 あやしげ、いかがわしいという語感が伴っていることもあるが、新しいビジネスモデルなどの紹介として肯定的に使われることもある。
- 例:政治家の関連企業が二束三文の河川敷の土地を買占めた直後、堤防工事が決まって地価が高騰し、巨額の利益を得た事例。こうした手法も「錬金術」と称されることがある。
- 原子力は「現代の錬金術」と表現されることもある。
- インターネットは「ビジネスチャンスを生む現代の錬金術」と言われることもある。
[編集] 現代の科学による金の生成
錬金術の目的の一つである「金の生成」は現在では可能とされている。金より原子番号の1つ大きい水銀(原子番号80)にガンマ線を照射すれば、原子核崩壊によって水銀が金に変わるのである。ただし、十分な量の金を求めるのなら、長い年月と多くの資金が必要であり、得られる金の時価と比べると金銭的には意味が無いと言える。
いずれにせよ、化学的反応によって卑金属から貴金属を生成することが事実上、出来ないのは明らかである。
[編集] 錬金術師とされる人物の一覧
比喩的に魔術師とも呼ばれる人物を含む
- ヘルメス・トリスメギストス
- ニコラ・フラメル
- パラケルスス
- カリオストロ
- サンジェルマン伯爵
- アイザック・ニュートン 近代物理学がニュートンに始まるため、「最後の錬金術師」と呼ばれる。
- フルカネッリ
- ジョン・ディー
- ゲオルグ・ファウスト
[編集] フィクションへの影響
[編集] 小説
- 『アルケミスト - 夢を旅した少年』(著:パウロ・コエーリョ,Paulo Coelho)
- 『日蝕』(著:平野啓一郎)
- 『アルス・マグナ』(著:千葉暁、角川スニーカー文庫)
- 『福音の少年 ~Good News Boy~』(著:加地尚武、ぺんぎん書房)
- 『ハリー・ポッターと賢者の石』(著:J・K・ローリング)
- 『吉永さん家のガーゴイル』(著:田口仙年堂、ファミ通文庫)
[編集] 漫画
[編集] ゲーム
- 『アトリエシリーズ』(ガスト)
- 『エーデルワイス』(OVERDRIVE)
- 『魔法少女アイ』(colors)
- 『.hack//G.U.』(サイバーコネクトツー)(※武器を錬金術で生成するという設定のみ)
[編集] 関連事項
[編集] 参考文献
- 『錬金術 仙術と科学の間』吉田光邦 中公新書 1979 ISBN 4121000099
- 『黒い錬金術』種村季弘 白水社 1991 ISBN 0701832
- 『ヘルメス叢書』
- 『象形寓意図の書 賢者の術概要・望みの望み』(著:ニコラ・フラメル,Nicholas Flamel)
- 『自然哲学再興 ヘルメス哲学の秘法』(著:ジャン・デスパニエ)
- 『占星術または天の聖なる学』(著:マルクス・マニリウス)
- 『沈黙の書/ヘルメス学の勝利』(著:リモジョン・ド・サン=ディディエ)
- 『闇よりおのずからほとばしる光』(著:マルク=アントニオ・クラッセラーム)
- 『賢者の石について』(著:ラムスプリンク)/『生ける潮の水先案内人』(著:マテュラン・エイカン・デュ・マルティノー)白水社 ISBN 4560022909
- 『魔術と占星術』アルフレッド・モーリー 白水社 ISBN 4560022860
- 『エメラルドタブレット』著:トート、編:M・ドリール)
[編集] 外部リンク
- 西欧中世・近世の化学史の研究動向
- 錬金術時代から純粋化学時代(自然科学としての化学)の確立期まで
- bibliotheca hermetica 錬金術とその関連分野の歴史研究のためのサイト
- 蒸留術とイスラム錬金術、そして『アロマトピア』
- ギリシアの錬金術の系譜