宏観異常現象
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宏観異常現象(こうかんいじょうげんしょう)とは、大きな地震の前触れとして発生ないし知覚されうるとする、生物的、地質的、物理的異常現象とされるものなどを、ひとまとめにして呼称するものである。
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[編集] 概要
地質的現象としては(主に大規模な有感地震などの前後に)地鳴りや地下水・温泉の水位変動などとして現れる事が知られている。また生物的現象としては「ナマズが騒ぐと地震が起きる」といったことわざが伝えられている。
「ナマズが地震を起こす」となると単なる迷信であるが、地震の前に動物などが騒いだり奇妙な行動を取るなどとされる言い伝えには、例えば微振動や地鳴り、低周波の振動などを敏感な動物が感知して騒ぐといった機序も、可能性としては考えることができる。あるいは、地電流の異常やそれに伴う地磁気の変動なども観測されうるといった主張もある。ただし、これらの仮説や主張の妥当性や、「地震予知」の根拠・方法として実際に役立てられる可能性などについては、いずれも全く別の問題である。
また、これらの現象と有感地震との因果関係についても今なお定説として論じられる状況にはなく、少なくとも自然科学の世界において学術的な合意を得られる段階には無い。本来これらは民俗学や広義の社会科学(人文科学)における伝承や迷信として分類されるものであり、これらの原則を逸脱して感覚的に論じることは厳しく戒められなければならない。
宏観異常を論じる際には、これらの多くには何らの科学的な根拠や裏づけ、信頼性などが認められている訳ではないという点を、まず理解しておく必要がある。
[編集] 宏観異常現象をとりまく諸問題
宏観異常現象とされる主張の中には、科学の版図に組み込まれてはいないものの、その周辺分野(周辺科学や未科学などと呼ばれる領域)として実際に研究が行われているものも存在する。 ただし、未科学(プロトサイエンス)と、擬似科学やオカルトまがいの「研究」の違いを、それらの知見を持たない者が区別することは一般的に困難であるため、そこに付け込んだ様々な主張や活動が営利・非営利を問わず実際に多く行われている点は、憂慮してなお余りある。
例えば、東海大学地震予知研究センターでは「ナマズの行動と刺激要素に関する研究」を行っている。また最近では、FM波の異常伝播などといった、(擬似科学やオカルトの「業界」では)比較的目新しい説も存在する(#研究欄参照)。 これらの研究に対し、詳細な観測・研究により証明がなされれば地震予知の一助となる可能性もあり今後の発展が望まれる、などと主張する声も少なくないが、少なくともこれらの研究の「周囲で主張を行う人々」はほぼ例外なく基礎的な科学的知見すら持ち得ておらず、彼らの主張や擁護には何らの根拠や説得力も持たないという事実には、十分に留意する必要がある。
中には地震雲のように、因果関係や機序の説明もデタラメなものまでが広義の宏観異常現象に含まれるとする主張・解釈もあり、これら宏観異常とされる現象の出現様式と検出に定量性や再現性を要求することは困難であるなど、科学的な検証以前に統計としての信頼性は低く、少なくとも自然科学の俎上で論じられる段階には無いと言わざるを得ない。
反面、これらの俗説や主張は昔から広く民間に知られている面があり、口コミやマスコミ、インターネット上の掲示板やホームページ、ブログ等で無責任に取り扱われ、(再)流布することも少なくない。
[編集] 宏観異常現象とされるもの
以下の説は、震災後の証言や民間伝承などによって語られた事象であり、科学的な機序や根拠、妥当性などについて一切の検証・証明は行われていない点に注意が必要である。
[編集] 傾向
地震の起こる3ヶ月位前から異常な現象が現れ始め、10日位前から現象は急増することが多いとされる。また地震の規模が大きい程、宏観異常現象が観測される範囲は広くなると言う。
[編集] 観測されるとする現象
- 鳴動(音)
- 地鳴り、耳鳴り(超低周波音)
- 発光現象
- 電磁波
- 地震雲、竜巻
- 地下水・温泉・海象
- 地下水の水位、温度の異常、潮の異常干満、海面の変色など。
- 動物の異常行動
- 動物が暴れる、鳴く(吼える)、通常いない場所に現れる。
俗説として「地震の前にはナマズが騒ぐ」などといわれるが、それ以外にもことわざや伝承などとして、下記のような主張がある。
- 長く太い帯雲が下のほうにあり、空に長く残るときは近く(その雲の直角線上または延長上)で地震。
- 長く太い帯雲が高くにあり、空に長く残るときは遠くの方(その雲の直角線上または延長上)で地震。
- 井戸から音が聞こえたり、井戸の水の潮位が変動する時は地震の疑い。
- 龍のようなまき雲(竜巻とは違う)がまっすぐ立ち上るときは、すぐに(比較的強い)地震の疑い。
- 夕焼けや朝焼けの空の色が異常な時は地震の疑い。
- 日傘や月のかさが異常に大きい時は数日以内に地震の疑い。
- 月の色(昇ったばかりの月の色などは除く)や光が異常な場合は地震の疑い。
- 朝焼け時の(太陽の)光柱現象は地震の前触れ。
- 赤い地震雲(帯状雲など)は強い地震の疑い。
- 夜、昼間のように明るいとき(発光現象と呼ばれている)、すぐ地震を疑う。
- 地面の下から不気味な鳴動を発し、空気が重く沈んでいるときは即地震がある。
- 鶏が夜中に突然騒ぎ始めるときは、地震がある兆し。
- 日中カラスの大群が移動するとき、地震に注意。
- 日中カラスの大群が異常な鳴き声で騒ぐとき、地震の可能性。
兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)・新潟県中越地震の直前にも上記のような現象を目撃した人が数多くあり、地震の前兆現象とも呼ばれている。
ただし、これらの現象は当然、地震の発生とは関係なく発生しうる現象でもあり、定量的な弁別が付かない限り、これらの現象により地震予知の方法として地震の有無を判断することは避けるべきである。また大きな震災により精神的ショックを受けた人々が後の記憶や印象を頼りに証言する場合も多いため、後付けの理論であると言う意見もある。
特に地震雲については、雲の形と地震発生との関係が全く不明であり、また地震雲であると主張された雲のほとんどが従来の気象状況により発生のメカニズムを証明できるものである等、否定的見解が多数派である。気象庁地震予知情報課も「占いと同レベル」と斬り捨てている。 新潟県中越地震の直後に“地震雲では”と寄せられた情報のほとんどは、飛行機雲、巻き雲、高積雲などだったという。
また発光現象についても、三河地震、兵庫県南部地震、新潟県中越地震で多くの目撃例がある。そのほとんどは揺れが始まってから目撃されているが、揺れの数十秒前の目撃例もある。震源方向の上空に黄色い(または白い)光が数十秒間見られたという証言が多い。ただしこれも、電線からの放電を見間違えた可能性などが指摘されており、科学的に裏付けられていない。 海底で地震が起きるとメタンハイドレートが浮上し、海面上で青白く発光するとも言われている。しかしこれも科学的な証明がなされておらず、根拠のない話という程度にとどまっている。
[編集] 研究
[編集] 電磁波によるもの
地震の前後には、震源およびその近傍から電磁波が放射され、特定の空間帯域あるいは電離層にまで影響を及ぼすといった説があり、これらの現象を直接ないし間接的に捉えることで、切迫した地震の発生を事前に予知しようとする研究が行われている。しかし、電磁波は先進国では至る所から発生していて(人間の身体からですら微弱な電磁波がでているわけだが)、それらがある中でいかに地震前兆によるものとされる電磁波を拾うかといった根本的な問題にも直面する。また、電磁波が発生する機序や仮説そのモデルなども諸説入り乱れており、いずれも定説を導ける段階には程遠い。そもそも、地震の種類、震源地点の地質などの多様性から、一つの定説に絞れるか否かも定かでない。科学的な物としてなんら証明されていない現在においては、すべては読み手や考える者の固定観念の上に成り立つものである。
観測の対象も、地電流を測定するギリシャのVAN法、「東海アマチュア無線地震予知研究会」[1]のアマチュア無線の周波数帯監視、また「八ヶ岳南麓天文台」[2]の串田嘉男などによる方法では既存のFM放送の電波を用いて電離層の変節を観測しているなど、その手法や観測対象もまちまちであり、定見や定説といったものには程遠く、占いやまじないの域を脱する段階には無い。
[編集] 長波
日本では、理化学研究所やJAXAのリモートセンシング研究により極超長波223Hz/17Hzの電磁波予知研究が先駆で、全国各大学など40箇所ほどの観測点があり、データの数量・規模・定量性に関する信頼性は高いとされる。
ただし、地震との因果関係については、少なくとも一般的に論じられる段階には無い。
[編集] 短波(FM波)
放送出力や地形・距離等を勘案すれば、本来直接波による視聴はまず不可能であるはずの遠距離のFM放送局の電波が地震前に受信できる現象(異常伝播)が、2002年12月より57事例あったことが地震学会で発表された(2004年10月・北海道大学)
ただし、短波帯の長距離伝播に関しては、電離層にスポラディックE層(電離層のうち、特異的に電子密度の高い層)が突発的(sporadic)に発生すること、あるいは大気圏に突入した流星によってイオン化された大気が電波を反射する流星エコーや、ダクト現象などによっても異常伝播の説明は可能であり、これらに対する知見や経験が反映されない研究や発表では、これらの事象を混同している可能性が高いという指摘もある。
Eスポ(スポラディックE層)の発生分布には季節変動および時間帯変動がはっきりしており(春から夏にかけての主に昼~夕方に多く発生する)、特異ではあるが異常な現象と呼ぶには当らない。流星痕などによるエコーの発生も同様である。
以上から、少なくともこれらの事象との切り分けが明確にされない限り、単に異常伝播の発生だけをとりあげて地震の前兆であるとする主張は、虚しいものとならざるを得ない。「なにも知らない素人を恐がらせて話題作りや予算獲得の材料にしているに過ぎない」といった批判が存在する点でも、一見すると科学的な手段にも見え易いこれらの主張の取り扱いには注意が必要と言える。
なお、アマチュア無線を含む無線の世界では、以前からこのEスポを利用した研究や遠距離交信も盛んに行われており(1950年代以降、当時の郵政省及びNTT、KDD等)、アマチュアを含む無線技師たちの間では、現在までに、これらの異常伝播の原理や機序に、明らかに地震が関与したと判断し得る事象は見当らないとする知見が支配的である。
また、最近では流星電波観測(HRO)が台頭し、これを多地点で同時観測する動きもある。科学的根拠が全解明されていないこの分野に関しては、何を言っても経験則でしかなく、オカルトと混同されやすく、実際前兆と思われる現象を得たとしても「前兆」ではなく、「前兆と思われる反応の確率が高いものがあった」にとどまる。しかしながら、様々な地質、様々な地震の種類がある中で、全てのケースでの前兆を拾うのは到底不可能であるが、一部の地震については地震発振と同時刻に突如強反応があった事例など、納得させられる結果もある。
- ^ この名称は、複数のアマチュア無線愛好家が共同で研究をする組織のような印象を与えている。しかしながら耳鳴りなど身体の変調を以って“地震近し”などと訴える文面も多く、個人の趣味によるホームページである点に注意が必要である
- ^ 名称がマスコミ等で取り扱われる際、この肩書きが主張に一定の説得力のようなものを与えていることには疑いの余地は無い。が、ここは国立天文台とは無関係な私設機関である点に注意が必要である
[編集] ラドン放射
岐阜大学などが、地中水脈に含まれるラドン放射を計測する観測システム網を構築している。ただし、地震との因果関係については定説を持たない。
[編集] その他
岡山理科大学の弘原海清(わだつみ・きよし)は、大気イオンの濃度変化を用いた地震予知の研究を行っている。ただし、これも同様に地震との因果関係について立証される段階にはない。
そのほか東海大学などが様々な手法を用いて地震予知研究をしており、日本大学も「夜光」という小型衛星の打ち上げを計画しており、大規模な地震の直前に空が発光するとされる現象を宇宙から捉えようとしている。
[編集] 行政の取り組み
静岡県地震防災センターでは「宏観異常現象収集事業」として宏観異常現象を県民から受け付け、ホームページで件数を公開している。また、関西の大学と経済界でつくる関西サイエンスフォーラムでは「地震宏観情報センター」の設置を提言している。
これらは他の科学的データと読み合わせることで、地震予知の一助となる可能性が求められているが、宏観異常現象という概念に対して肯定的な立場の者だけが協力することが考えられ、その入り口で既にフィルタがかかるという科学以前に統計としての問題点があり、その目的・手法・精度に欠くという主張がある。これにより公的機関が科学的立場から逸脱したオカルトじみた事業を行う事には、道義上、また教育的にも問題があるとする意見もある。
[編集] 中国における取り組み
中国では、1975年に発生した海城地震において、国家地震局が動物の行動異常の報告を広く募集する活動によって地震の直前予知に成功し、死傷者の軽減に貢献した事例がある。ただし、その翌年に発生した唐山地震においては同方法による直前地震予知は失敗しており、以後の検証や継続調査なども行われていない。
[編集] 関連項目
- 串田嘉男 : FM波観測(岳南麓天文台)
- 早川正士 : 電磁波観測(電気通信大学)
- 疑似科学
- 阪神淡路大震災で目撃されたとされる宏観異常現象
- 新潟県中越地震で目撃されたとされる宏観異常現象
[編集] 外部リンク
- 宏観異常現象収集事業
- 静岡県地震防災センター
- e-PISCO(岡山理科大学弘原海教授がプロジェクトリーダー)
- 東海大学地震予知研究センター
- 地震に関連する地下水観測データベース(産業技術総合研究所)
- 徳島新聞・地震予知特集