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零式艦上戦闘機 - Wikipedia

零式艦上戦闘機

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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零式艦上戦闘機

空母翔鶴の艦上で発進準備中の零戦

空母翔鶴の艦上で発進準備中の零戦

零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき: 以下、零戦)は、大日本帝国海軍(以下、海軍)の主力戦闘機。海軍の艦上戦闘機(以下、艦戦)としては実質的な最終型式で、支那事変の半ばから大東亜戦争(太平洋戦争)の終わりまで各地で活躍したことで知られる。大東亜戦争初期に連合国の戦闘機を駆逐したことから、主交戦国のアメリカ軍から「ゼロファイター」の名で恐れられた。設計は三菱だが、三菱と中島飛行機で生産され、総生産数の半数以上が中島製であった。

目次

[編集] 名称について

 零式艦上戦闘機五二型(A6M5)
零式艦上戦闘機五二型(A6M5)

当時の軍用機は採用年次の皇紀下2桁を名称に冠する規定になっていた。零戦が制式採用された昭和15年は皇紀2600年にあたり、下2桁が「00」になったため「零式」という名称になった。なお大日本帝国陸軍(以下、陸軍)では同じ年に採用した兵器を一〇〇式と命名している(例:一〇〇式司令部偵察機一〇〇式重爆撃機)。海軍は昭和17年に零戦の水上機型である二式水上戦闘機などを最後に年次名称を廃止したため、大戦後期に主力となった局地戦闘機「紫電改」や「雷電」などには年次名称は無い。

「『零戦』を『ぜろせん』と読むのは誤り」と言う者もあるが、戦時中の新聞報道に「兵士たちにはゼロセンと呼ばれており・・・」という記述があることからも、「ぜろせん」「れいせん」の両方が使われていたと考えられる。渡辺洋二の著書や坂井三郎を初めとする関係者の話からも、「ぜろせん」という言葉は当時から一般的であり、中央から現場(実戦部隊)にいくにつれて「れいせん」より「ぜろせん」、時代が後になるにつれて「れいせん」より「ぜろせん」と呼ばれる傾向が読み取れる。1942年後半以降は部隊では「ぜろせん」であったらしい。反対に一見それらしく思われる「ゼロファイター」の和訳が戦後一般化したという説には根拠が存在しない。零戦は昭和十九年十一月二十三日の朝日新聞で初めて公開され「荒鷲等からは零戦(ゼロセン)と呼び親しまれ」とルビ付きで紹介されている。

連合軍が零戦に付けたコードネームは「Zeke」(ジーク)。が、米軍側の将兵も「Zero」(ゼロ)と呼ぶ事が多く、逆に「Zeke」のコードネーム自体が「Zero」の綴りに近いから選ばれたと言う説もある。ただし三二型は出現当初、それまでの二一型とは異なり翼端が角張っていたためか別機種と判断され、「Hamp」(当初はHap)というコードネームがつけられた。

[編集] 開発について

零戦の開発は、昭和12年(1937年)9月に海軍から提示された「十二試艦上戦闘機計画要求書」に端を発する。三菱では前作である九六式艦上戦闘機に続いて堀越二郎技師を設計主務者として開発に取り組んだ。十二試艦上戦闘機に対する海軍の要求性能は堀越技師らが「ないものねだり」と評するほど高く、ライバルの中島飛行機が途中で辞退したため、三菱単独の開発となった。昭和14年(1939年)4月に岐阜県の陸軍各務原飛行場で試作一号機が初飛行、翌昭和15年7月に制式採用された。

中島飛行機が辞退したのは陸軍戦闘機(キ-四三・後の一式戦闘機「隼」、キ-四四・後の二式単座戦闘機「鍾馗」)の開発の為とする説と、一二試艦上戦闘機の設計要求が厳しすぎた為とする説がある。零戦と一式戦はほとんど同等の性能だが、一式戦は重量物である翼内機銃搭載の必要はなかった。

[編集] 要求性能

この「十二試艦上戦闘機計画要求書」に記載された要求性能値の設定においては様々な通説があるが、零戦の仕様は「昭和十一年度 航空機種及性能標準」の艦上戦闘機の項に基づいて決定されている。以下にその内容を示す。

機種
艦上戦闘機
使用別
航空母艦(基地)
用途
1.敵攻撃機の阻止撃攘
2.敵観測機の掃討
座席数
1
特性
速力及び上昇力優秀にして敵高速機の撃攘に適し、且つ戦闘機との空戦に優越すること
航続力
正規満載時全力1時間
機銃
20mm1~2。1の場合は7.7mm 2を追加。弾薬包は20mm 1につき60、7.7mm 1につき300
通信力
電信300浬、電話30浬
実用高度
3,000m乃至5,000m
記事
1.離着陸性能良好なること。離艦距離 合成風力10m/sにおいて70m以内
2.増槽併用の場合6時間以上飛行し得ること
3.促進可能なること
4.必要により30kg爆弾2個携行し得ること

ここで目を引くのは航続力が距離ではなく滞空時間で示されている事、目的はあくまでも「敵攻撃機の阻止撃攘」と「敵観測機の掃討」とされ、特性においても「速力及び上昇力優秀にして敵高速機の撃攘に適」する事が第一であり、対戦闘機戦闘は「戦闘機との空戦に優越すること」と方法については触れられていない。

重要なのは、一般に言われているように「長距離進攻する(陸上)攻撃機の護衛」や「格闘戦における旋回性能が九六式艦上戦闘機に優越」、「速度と旋回性能の両立」等は一切書かれていない事であろう。にも関わらず、そのような要求が当初からあったかのように伝えられているのは、当時は大陸で得られた戦訓から海軍の戦闘機に対する要求性能が大きく揺れ動いていた時期であり、その時々に海軍から出されていた要求の追加・変更の内、設計側に強く印象付けられた要点のみが時系列を無視した形で一般に伝えられたためと考えられる。

[編集] 航続力

『昭和十一年度 航空機種及性能標準』で求められている艦上戦闘機を除く各機種の航続力は以下のようなものである。

  • 艦上爆撃機:高度2,000m 巡航160ノット以上で800浬以上
  • 艦上攻撃機:高度2,000m 巡航140ノット以上で500浬以上
  • 陸上攻撃機:過荷重1,300浬以上

この様に、性能標準において滞空時間で航続力を示すのはどちらかと言えば異例であり、艦爆や艦攻に要求されている航続距離と巡航速度から算出した滞空時間が4時間であることから、零戦に求められた6時間の滞空能力は、護衛に用いるには過大であることが分かる。また、上記の性能標準における艦戦の「用途」や艦爆・艦攻の巡航速度の不一致、更にこの当時における戦闘機無用論の台頭を考えると、「艦攻や艦爆の護衛」に用いることを前提に艦戦を開発していたとは考え難い。

艦隊防空を主任務とする艦戦が運用される航空母艦は陸上基地とは異なり、早期警戒のための対空見張り網を構築できないため、常に艦戦を滞空させて対空監視(戦闘哨戒)を行う必要がある(昭和11年当時、レーダーは実用段階まで至っていない)。このような運用を前提とする場合、滞空時間が長ければ長いほど突発的な事態(交代機が故障で上がれない等)において防空網に穴が空きにくいという利点がある。

[編集] 武装

用途の1.に挙げられている「敵攻撃機の阻止撃攘」を可能にするため、当時としては大威力の20mm機銃の搭載が求められている。では、どのような敵攻撃機を想定していたのか?これは「昭和十一年度 航空機種及性能標準」に記載されている300km/h以上で突入してくる800kgの魚雷や対艦爆弾を搭載した艦上攻撃機や、1,500kgの魚雷や対艦爆弾を搭載した陸上攻撃機を一撃の下に撃墜するには、炸裂弾を使用可能な20mm機銃が必要であると判断された為であろう。初期型は20mm機銃2門と7.7mm機銃2挺を搭載しており、米軍戦闘機の12.7mm機関銃4~6門とは対照的とする意見が多い。多くのパイロットは20mm機銃の大威力を認めているが、その反面60発しかない携行弾数(初期型)の少なさも欠点として指摘(やや極端な例だがわずか2回の射撃で全弾が無くなったと証言するパイロットもいる)しており、これに対応して携行弾数を増加させる改修が施されている。20mm機銃については、大戦中盤から初期の一号銃から銃身を長くして破壊力を上げた二号銃が搭載されるようになり、大戦後期にアメリカ軍が12.7mm機関銃6~8門を装備したF6FヘルキャットやP-51ムスタング、P-47サンダーボルトを投入してくると、八九式7.7mm機銃に変えて、米軍のM2 12.7mm機銃のコピーである三式13.2mm機銃を1~3挺搭載している。

十二試艦戦試作一号機が完成する前、大陸で実戦を経験した実戦部隊から7.7mmまたは13mm級機銃の多銃装備を求める意見書が提出されたが、その当時は戦闘機に搭載できる13mm級機銃がないこともあって、結局この意見は採用されていない。堀越技師も海軍からの指示で試作中の十二試艦戦に13mm級機銃を搭載して搭載燃料を減らした場合の試算を行ったが、原案より活躍期間が短くなると感じたと回想している。この判断のため対戦闘機戦で不利になったとして海軍上層部を批判する意見も多いが、13mm級機銃に変更していた場合、12.7mm機関砲を主用した陸軍戦闘機の例から見て、史実より対戦闘機戦で有利となる代わりにB-17を始めとする大型爆撃機に大幅に不利になっていた可能性を指摘する意見もある。

[編集] 防御

欧米で重要視された防御装備は要求項目に記載されておらず、当然ながら設計においてはほとんど考慮されなかった。日中戦争において防弾装備の必要性が痛感されていたにも関わらず、要求の追加すら行われていないのは、日本で実用可能なエンジンが欧米のものより低出力であることと、当時の技術力で実用可能な20mm級機銃弾対応の防弾装備は非常に重く(陸軍の戦車装甲からも容易想像できる)、単発機には搭載不可能であることから、中途半端な防弾装備を施すよりは無防弾として軽量化を図り、速度や運動性等を向上させることで被弾確率を低下させた方が合理的と考えられたためである。

開戦後、米軍機の防御の堅さや鹵獲(ろかく)したB-17の防弾装備を目の当たりにしたことから官民双方で防弾の必要性が再認識され、「昭和十八年度 航空機機種及性能標準」(昭和17年度に計画されたもの)から戦闘機の防御・防弾能力についての記載が現れる。しかし、防弾装備の実用化が遅れていたこと、開戦から一年も経たずにガダルカナル等で始まった連合国軍の反撃に対応するため、改修による生産数や飛行性能の低下が許容出来なかったことから先送りされ、昭和18年末生産開始の五二型後期生産型から翼内タンクに自動消火装置が、翌昭和19年生産開始の五二乙型から操縦席に防弾ガラスが付加、更に五二丙型からは防弾板を追加し、一部の機体は胴体タンクを自動防濡式にしている。

なお、一般に日本機は「防弾装備の実施が遅れていた」と良く言われているが、これが当てはまるのは大東亜戦争初期までに登場する海軍機に多く、陸軍機には(米軍機に比べ技術面で劣るものの)早くから防弾装備が実施されている機体が多い。

[編集] 設計に使われた技術

九六式艦上戦闘機から引き継がれた技術として、全面的な沈頭鋲の採用、徹底的な軽量化と空気力学的洗練、主翼翼端の捻り下げ、スプリット式フラップ、落下式増槽等がある。これらは零戦の高性能の実現にも大きく貢献している。日本の艦上戦闘機として零戦で初めて採用された技術には下記のものがある。

  • 引き込み式主脚。日本の艦上機としては九七式艦上攻撃機についで2番目。
    • 飛行時車輪を機体内に格納して空気抵抗を削減する仕組み。米国から輸入したチャンス・ボート社製戦闘機V143の引き込み脚を模倣しているため、零戦そのものがV143のコピー戦闘機であるという認識が大戦中のみならず、現在でも一部海外で存在する。外見や寸法が似ているグロスターF.5/34(降着装置が半引き込み式で、尾部のとんがりが少々長いが、外形、寸法、各種数値は酷似)をコピー元とする説もあり、本当に日本の独自開発かは疑問である(WADDELL, Norman, Gloster F.5/34 and A6M Zero Fighter -Enigma of Jiro Horigoshi and his design roots 追手門大学文学部紀要 1987)。

オレオシールの品質の低さは終戦時まで解決できず、零戦を含む日本機共通の弱点であった。なお、零戦では、尾輪も引き込み式となっている。

  • 定速回転プロペラ。恒速回転プロペラとも呼ばれる。エンジン回転数に応じてプロペラピッチ(自動車のギヤシフトに相当)を自動的に変更する。日本の艦上機としては九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機についで3番目に装備。なお、零戦に使用されたのは米国ハミルトン社製油圧方式を住友金属工業社がライセンス生産したもの。
  • 超々ジュラルミン。住友金属で開発された新合金で主翼主桁に使用されている。後に米国でも同様の合金が実用化されている。日本・英語圏ともESDと呼ばれるが、日本では「超々ジュラルミン」の英訳である「Extra Super Duralumin」の略であるのに対し、英語圏では「E合金」と「Sander合金」をベースに作られた「Duralumin」という意味の略号である。ちなみに現在のJIS規格では、7000系のアルミ合金に相当する。
  • 操縦索の剛性低下。
    • 零戦の特徴である"低速から高速まで自由自在に機体を操ることができる"操縦性を実現させた技術として有名。人力式の操舵では操縦装置を操作した分だけ舵面が傾く。高速飛行時と低速時では同一の舵角でも舵の効きが全然異なるため、操縦者は速度に合わせて操作量を変更しなければならない。そこで、零戦では操縦索を伸び易いものにし、高速飛行時に操縦桿を大きく動かしても、舵面が受ける風の抵抗が大きいため操縦索が引っ張られて伸び、結果的に適正な舵角を自動的に取れるようにしている。全ての操縦索に採用されたと誤解されがちであるが、採用されたのは昇降舵につながる操縦索のみである。
  • 光像式照準器(九八式射爆照準器)
    • 従来の照準器は「眼鏡式」と呼ばれ、照準用の望遠鏡が前面キャノピーから突き出していたため、空気抵抗も大きくなり、パイロットはスコープを覗き込むため窮屈な姿勢を取らねばならなかった。光像式照準器は、ハーフミラーに十字を投影するもので、キャノピー内に配置できるので空気抵抗を低減でき、さらに照準操作もしやすくなる。この光像式照準器を日本の戦闘機で最初に採用した。ただし、この光像式の技術は輸入したユンカースHe112に付いていたRevi 2b光像式照準機をコピーしたものである。

[編集] 戦闘機としての特徴

  • 500km/hを超える最高速度と高い運動性能(他国の戦闘機よりも旋回性能が格段に優れていた)、長大な航続距離、20mm機銃2挺の大火力を併せ持ち、パイロットの高い技量もあって大東亜戦争の緒戦において無敵ともいえる活躍を見せたことから、大東亜戦争初期の優秀戦闘機と言われる。
    • 1941年にドイツでは「Fw190A」、イギリスでは「スピットファイアMk.V」の配備が開始されている。この2機が最高速度600km/hを超える高速機であることから、100km/h以上劣速の零戦での対抗は困難とする評価もある。しかし空戦においては、最高速度だけでなく運動性能等も重要であり、事実オーストラリアダーウィンで数度行われたスピットファイアMk.Vと零戦の空戦では全て零戦が優勢に戦っている。
  • 第二次世界大戦初期において、陸軍の一式戦闘機「隼」と並び遠隔地まで爆撃機を援護することができた数少ない単発単座戦闘機。
  • ボルトやネジなど細部に至るまで徹底した軽量化を追求したため、極初期型はいささか行き過ぎた軽量化が施されており、昭和16年4月に二一型140号機が急降下飛行時に空中分解して墜落、操縦していた下川万兵衛大尉が殉職する事故が発生、開戦直前まで主翼の構造強化や外板増厚等の大掛かりな対策工事が行われている。設計主務者の堀越技師は、設計上高い急降下性能があるはずの零戦にこのような事態が発生した原因として、設計の根拠となる理論の進歩が実機の進歩に追い付いていなかったことを挙げている。

[編集] 実戦

1940年9月13日、零戦は大陸戦線(中国戦線)で初陣を飾り、味方機の損失(被撃墜)無しで敵機27機全機撃墜という伝説的な戦果を報じた。但しこの戦果は日本側の記録であり、日中両軍が把握している参加兵力と損害は、それぞれ中華民国軍戦闘機34機(I-15×25、I-16×9)中撃墜13機撃破11機、零戦隊13機中被弾3機、着陸時に大破全損1機(主脚故障のため)とされる。その後も大陸戦線での零戦の活躍は続き、初陣から一年後の1941年8月までの間、戦闘による損失は対空砲火による被撃墜2機のみで空戦による被撃墜機は皆無という一方的な戦いを演じた。

空母赤城から離艦する零式艦上戦闘機二一型(A6M2)
空母赤城から離艦する零式艦上戦闘機二一型(A6M2)

大東亜戦争太平洋戦争)劈頭の真珠湾攻撃は全くの奇襲であったため、アメリカ軍の戦闘機との空戦は少なく主に飛行場に対して機銃を用いた攻撃(地上銃撃)で活躍した。開戦直後のフィリピン爆撃では長い航続距離を生かして台湾から出撃する陸攻隊を援護し、短期間にフィリピンのアメリカ陸軍航空隊を壊滅させ、南太平洋においてもラバウルからガダルカナルニューギニアを攻撃した。緒戦における零戦の戦闘能力は高く、零戦が有利であったことは日米双方の記録からもある程度裏付けられているが、戦力バランスが大きく崩れ、更に早期警戒網と対零戦戦術(後述)が確立されたガダルカナル戦中盤以降は徐々に劣勢に追い込まれていった。

戦争中期の1942年6月、アメリカ軍はアリューシャン列島ダッチハーバーに近いアクタン島の沼地に不時着したほぼ無傷の零戦の鹵獲に成功した(パイロットの古賀忠義一飛曹は頭部を強打して死亡していた)。この機体の徹底的な研究により、零戦が優れた旋回性能と上昇性能、航続性能を持つ一方で、高速時の横転性能や急降下性能に問題があることが明らかとなり、その弱点を衝く対抗策として優位高度からの一撃離脱戦法と「サッチ・ウィーブ」と呼ばれる編隊空戦法がアメリカ軍に広く普及することになった。戦争中盤以降、アメリカ軍は2,000馬力級エンジンを装備するF6FヘルキャットF4Uコルセア等の新型戦闘機を投入するようになっていった。しかし、逆に零戦は武装強化や防弾装備の追加などによって重量が増える一方で発動機出力が向上しなかったため、最高速度や上昇力等の飛行性能を大幅に向上させることができなかった。さらに後継機(雷電烈風など)の実用化が遅れたため、終戦まで海軍の主力戦闘機として戦わざるを得ず、最終的に10,000機以上の零戦が生産された。

マリアナ沖海戦ではレーダーを利用して管制された多数の戦闘機と新兵器近接信管(VT信管)を大量配備した対空砲に阻まれ大きな戦果をあげるには至らなかった。結果、アメリカ軍に占領されたマリアナ諸島等から日本本土に襲来する新型爆撃機B-29の迎撃も行ったが、零戦の高高度性能に不足があったため撃墜は困難であった。大型爆弾用懸吊・投下装置を追加した末期型は代用艦爆(戦爆)として、また特別攻撃隊(神風特別攻撃)にも用いられ、レイテ沖海戦硫黄島の戦いで空母の撃沈破するといった戦果をあげた。沖縄戦では、特別攻撃隊に対応して更に強化されたアメリカ軍の警戒網を突破するために日本側も戦術を工夫して突入を成功させ、空母を含む艦船を撃破したものの、艦隊到達前に撃墜される機も多く、アメリカ艦隊を撃退するまでには至らなかった。

[編集] 主な撃墜記録保持者

  • 原則的に日本海軍には公式・非公式を含め、エース・パイロットという個人単位のヒーロー性のあるカテゴリーは存在しないとされるが、一般的に多量撃墜記録保持者としては、下記の搭乗員が有名である。

[編集] 諸元

制式名称 零式艦上戦闘機二一型 零式艦上戦闘機五二甲型
機体略号 A6M2b A6M5a
全幅 12.0m 11.0m
全長 9.06m 9.121m
全高 3.5m 同左
自重 1,680kg 1,894kg
正規全備重量 2,674kg 2,743kg
発動機 栄一二型(離昇940馬力) 栄三一甲型(離昇1,130馬力)
最高速度 533.4km/h(高度4,200m)注1 559.3km/h(高度6,000m)
上昇力 6,000mまで7分28秒 6,000mまで7分1秒
降下制限速度 629.7km/h 740.8km/h
航続距離 3,350km(増槽あり)/2,222km(正規) 全力30分+2,560km(増槽あり)
武装 翼内20mm機銃2挺(携行弾数各60発)注2
機首7.7mm機銃2挺(携行弾数各700発)
翼内20mm機銃2挺(携行弾数各125発)
機首7.7mm機銃2挺(携行弾数各700発)
爆装 30kg又は60kg爆弾2発 同左

注1:主翼外板増厚後の数値。制式化当時は同高度で509.3km/h。
注2:後期生産型は携行弾数各100発。

[編集] 改良型

性能向上や戦訓の取り入れのため、段階的に改良されている。当初、発動機の換装は一号、二号、機体の改修は一型、二型と表されていたが、1942年夏に連続した二桁の数字(最初の桁が機体の改修回数、次の桁が発動機の換装回数を示す)で示すように変更されたため、既存の一号一型/一号二型は一一型/二一型と改称、二号零戦/二号零戦改と仮称されていた新型零戦は三二型/二二型と命名された。後に武装の変更を示す甲乙丙を付与する規定が追加されている。因みに「二一型」「五二型」は、それぞれ「にいちがた」「ごーにーがた」と読む。

以下に改良に伴う形式、発動機、主翼、各種装備の変遷を示す。時系列ではあるが時期を正確に表現したものではない。例えば四一型の計画時期は五二型と同時期である。また表現の限界から全ての装備変遷について網羅したものではない。この他にも胴体銃(7.7mm機銃と13.2mm機銃)の廃止等が行われている。

発動機|                    形  式                    |主翼
---+--------------------------------------------+-----------
栄一二|一一型                                         |翼端折り畳みなし
 〃 | +-→二一型----------------→四一型(計画のみ)           |翼端折り畳みあり
栄二一|     +-→三二型                                 |翼端切り落とし(角型)
 〃 |         +-→二二型→二二甲                         |翼端折り畳みあり
※1 |                 +-→五二型→五二甲→五二乙→五二丙-----→六二型|翼端切り落とし(丸型)
栄三一|                                 +-→五三型-→六三型|  〃
金星 |                                 +-→五四型-→六四型|  〃
---+--------------------------------------------+-----------
   |←   九九式一号機銃   →|←         九九式二号機銃          →|20mm機銃の形式
   |← 60発 →|←    100発     →|←    125発ベルト給弾     →|20mm機銃の弾数
装備 |←          7.7mm機銃          →/←   13mm機銃   →|副兵装
   |←       防弾装備無し      →/←        防弾装備有り       →|防弾装備
   |←         小型爆弾のみ          →|←  250kg  →|←※2→|爆装

    ※1:栄二一、栄三一甲、栄三一乙  ※2:500kg爆弾

[編集] 派生型

引き込み式主脚の代わりにフロートを付けた水上戦闘機型の「二式水上戦闘機」や複座練習機型の「零式練習戦闘機」、胴体に20mm斜銃1挺を追加した夜間戦闘機型(通称「零夜戦」)などがある。

[編集] 零戦に対する見解

搭乗者による戦記や開発者自身の回顧録において様々な記述がなされている本機であるが、そのうち、虚偽と思われる事例や、種々意見が分かれる事例について以下に列挙する。

[編集] 十二試艦上戦闘機計画要求書の内容

零戦に関する書籍やサイトなどで引用されている「十二試艦上戦闘機計画要求書」は、大抵「1.用途 援護戦闘機として敵の軽戦闘機よりも優秀なる空戦性能を備え、迎撃戦闘機として敵の攻撃機を捕捉撃滅しうるもの」の一文から始まっている。しかし、実際の計画書には「1.目的 攻撃機の阻止撃攘を主とし尚観測機の掃討に適する艦上戦闘機を得るにあり」と記述されている。上記の引用文に関しては文芸春秋より出版されたノンフィクション「零式艦上戦闘機」にて著者である柳田邦男によって行われた創作であると主張する説もあるようだが、昭和28年に日本出版共同株式会社から出版された堀越二郎・奥宮正武『零戦』の記述が初見記事かと思われる。本書の記述は要求書の抜粋であり、他の計画要求書と異なる書式や海軍用語として用いられない「軽戦闘機」や「迎撃戦闘機」、海軍の公式文書には通常用いられない「として」と言う文言に疑義が提起されているが、この指摘が妥当であるかという客観的な検証は行われていない。

学研の「零式艦上戦闘機2」内に「十二試艦上戦闘機計画要求書(案)」の原本の一部が載っており、その中に「1.目的 攻撃機の阻止撃攘を主とし尚観測機の掃討に適する艦上戦闘機を得るにあり」との記述がある。また、三菱に提示する「計画要求書」の前の段階の「計画要求書(案)」の時点まで同記述であったことが確認できる。

[編集] 零戦は日中戦争における戦訓を
設計時に取り入れた

よく「日中戦争戦訓からの要求として、旋回性能と長大な航続力が求められた」等と書かれているが、昭和11年に取りまとめられた「十二試艦上戦闘機計画要求書」により、昭和12年度に設計、試作が開始された十二試艦戦に昭和12年に勃発した日中戦争の戦訓を当初から取り入れることは時系列から見て不可能である。

これは、十二試艦戦が零式一号艦戦一型(後の一一型)として九六式陸上攻撃機の護衛に参加し、絶大な戦果を挙げていた事と、前述の捏造された「十二試艦上戦闘機計画要求書」が併記される事が多いために起こった誤解と考えられる。

日中戦争における戦訓が取り入れられたのは「昭和十三年度 航空機種及性能標準」からで、「遠距離戦闘機」の「用途」に「陸上攻撃機援護」と記載されている。これが戦訓に基づく陸上攻撃機の護衛の為の大航続力を持った機体であり、この機体の開発が日中戦争に間に合わなかったため、たまたま実戦化間近で長大な滞空時間、即ち航続力を持っていた零戦が代役として大陸に派遣されたのである。

ちなみに、この護衛専用機は「十三試双発陸上戦闘機」として試作要求が出されたが、試作機は制空戦闘機としては不適とされ、二式陸上偵察機を経て夜間戦闘機「月光」として用いられることとなる。

[編集] 20mm機銃役立たず説

零戦に搭載された20mm機銃は「低初速であるため弾道が下がりやすい小便弾の上に弾数が少なくて役立たず」と一般には信じられている。

この20mm機銃はエリコンFFをライセンス生産した九九式一号銃、FFLをライセンス生産した九九式二号銃及び両者の改良型であり、初速は一号銃(FF)が600m/s、二号銃(FFL)が750m/s、携行弾数は60発ドラム給弾(九九式一号一型・一一型~三二型搭載)/100発大型ドラム弾倉(九九式一号三型または九九式二号三型・二一型~五二型搭載)/125発ベルト給弾(九九式二号四型・五二甲型以降搭載)となっている。

初速については、機首装備の7.7mm機銃が740m/sであることを考えると、一号銃でも極端に遅い訳ではなく、二号銃では僅かであるが逆転している。とは言え、一号銃の初速では弾丸の信管の不具合もあってB-17の防弾板を至近距離でなければ貫通できないことを海軍が鹵獲した実物で確認しており、徹甲弾を減らして焼夷弾を増やす搭乗員が多かったことも貫通力不足に拍車をかけていたと考えられる。高初速の二号銃の採用は、弾道改善のためではなく貫通力改善の意味合いが強いようである(先行して信管の改良も実施)。集弾性については、主翼に二号銃を4挺搭載した紫電、紫電改では指摘されていない事から、発砲時の反動により零戦の主翼構造にぶれが起こる事が原因とも考えられる。

零戦の機銃の集弾性の問題に関し、坂井氏と土方氏がそれぞれ「秋元実著 伝承零戦 光人社」、「碇義朗著 ゼロ戦 光人社」内で、口径の異なる機銃の弾道の違いであるとの見解を述べている。また、ネット上の資料で雷電の場合であるが、warbirdsのAnsQのA2001776に、坂井氏、土井氏の見解と同じ、機銃の集弾性の話が確認出来る。

また、特に初期の60発ドラム弾倉という携行弾数は決して多くはないが、零戦のみならず同時期の欧米機も似たようなものであり、改良によって最終的には倍以上にまで増加していることを考慮する必要がある。なお、APIブローバックを採用するエリコンFFシリーズのベルト給弾化は困難といわれており、本家スイスのみならず、技術先進国といわれたドイツでも実施されておらず、日本の九九式二号四型は空前の存在であった。

なお12.7mm機関砲の威力に不満を持った陸軍も、ドイツからのモーゼルMG151/20(所謂「マウザー砲」)輸入と並行して「ホ-五」と呼ばれる20mm機関砲を開発し、三式戦闘機「飛燕」の後期型や四式戦闘機「疾風」五式戦闘機に搭載した。ホ-五は後述のブローニングM2を参考に開発されたホ-一〇三 12.7mm機関砲の拡大型で、九九式二号銃の後期型やMG151/20に引けをとらない初速と発射速度を持つ上に、同調装置装備により集弾性で有利な機首装備も可能であったが、弾丸が軽量であるため威力の面ではやや見劣りした。ただし比較的軽量で非力な日本機でも機首搭載が容易であった点は特筆される(重量級のイスパノ20mmを採用した米英軍はその搭載方法や重量増に最後まで悩まされている)。

因みに一般に最高の航空機関銃と評価されることの多い米軍のブローニングM2 12.7mm機関銃は、高い初速と優れた弾道特性を持つが、重量が29kgと一号銃より6kg近く重い、炸裂弾が用意されていない(実際に威力不足が指摘されている)、ベルト給弾機構が故障しやすい等の欠点もあったことも併記しておくべきであろう。

ブローニングM2の欠点は、6~8挺という多銃装備(故障対策)と優れた弾道特性を活かした対進射撃・遠距離射撃・偏向射撃の多用、照準器の改良による見越し射撃(目標の未来位置を狙う射撃技術)の一般化、多数機による反復攻撃により補われている。この対策は結果的に平均的な練度の搭乗員でも有効な射撃を可能とし、主に対戦闘機戦において日本軍機にその威力を発揮している。

但し、口径の割に重いブローニングM2の多銃装備は飛行性能の悪化と引き替えであり、また一撃の威力に欠けるため、大戦後半に高速で突入してくる新型爆撃機や特攻機の突入を許すという、まさに零戦開発時に想定された事態が多発した。このため、アメリカ海軍は大戦末期から主力機関銃を20mm(フランス製のイスパノスイザ404機関砲のライセンス生産品)に移行し始め、M61「バルカン」(20mmガトリング砲)を実用化するまで改良を加えながら使用し続けている。

零戦と同じ20mm機銃(二号銃4挺)を装備する紫電改搭乗員の証言にあるように、九九式20mm機銃は「照準が難しく、修正しているうちに弾がなくなる(本田少尉)」ため、特に戦闘機との激しい空戦においてはやや使い難いという欠点があった(一号銃に顕著)が、「照準さえ良ければ一撃でノックアウト可能(松場少尉)」な大威力を活かして開戦直後からB-17すら撃墜し、米軍に大きな脅威を与えていたことも事実である。逆に、日本軍も認めているように、弾道特性が良好なブローニングM2は戦闘機との空戦において大きな威力を発揮したが、口径の割に重い上に故障しやすく、高速機やある程度の防御力を備えた機体(特に中型以上の機体)には効果が薄いという欠点もあった。

このように両銃それぞれ一長一短があるが、ブローニングM2がその優れた弾道特性で日本軍に大きな脅威を与えた様に、九九式20mm機銃はその大威力でアメリカ軍に大きな脅威を与えた有用な機銃と評価できる。

また、「7.7mm機銃よりも20mm機銃の方が弾道特性が悪い」とされるのは、7.7mm機銃が搭乗員の目の前から真っ直ぐ前に発射されて、前に発射された弾丸があとから発射された弾丸に隠れてしまって弾道が下がるのを確認しにくかったのに対し、20mm機銃は、翼から発射されて、斜めに進んでいくように見え連続して発射しても弾道の下がっていくのを確認しやすかったことから、それは見え方による思い込みだったのではないか、という意見もある。

[編集] 二一型最強説

[編集] 序説

強さというのは、相手があって決まる相対的なものである。ある時期、最強と謳われたものでも、時が経ってそれ以上強力な敵が現れれば、もはや最強とは言えない。つまり、最強という言葉は、相手がある相対的なものであり、時代・戦術とともに考え合わせて使われるべきであることが前提である。また、原型のある性能を改善するために他の性能を犠牲にした結果、改良機が以前とは異なる特性となった場合は原型とは異なる特性の戦闘機として運用されるべきである。更に大戦初期にはドッグファイト(巴戦)による単機戦闘が主流であったのが、中後期には高速編隊戦闘が主流になった。つまり、空戦の方式が大戦期間を通して変化してきたことも理解しなくてはならない。

[編集] 零戦の強み

零戦の強みの1つは、その長大な航続力である。航続力が大きければ、開戦時のフィリピン攻略戦の様に本来空母を必要とする作戦でも基地航空隊だけで作戦を完遂できることもある。但し、大航続力に頼った戦術はパイロットに往復だけで過度の負担が加わるため、ベストコンディションで戦闘に入れないといった数字では現れにくい欠点も存在する(逆に敵に近すぎると常に敵の攻撃を受けるため、戦力を急速に消耗する場合もある)。

この航続力において二一型は傑出していると言われるが、これは落下式増槽に加え、胴体内タンクに正規全備時の62Lの2倍を超える135Lの燃料を搭載するという例外的な運用を行った場合のことである。これと同じ条件、即ち落下式増槽を含む全燃料タンクを満載にした状態での航続距離を比較すると、燃料タンクの小さい三二型や「栄」より燃費の悪い「金星」を搭載した五四型を除く零戦後期型(二二型や五二型各型)と二一型の間に大きな差はなく、三二型でも二一型の90~95%程度となる。また、二一型以前の零戦は機体内燃料タンクを満載にした状態では飛行制限があるが、三二型や二二型、五二型にはそういった制限はない。

三二型は開戦からおよそ半年後に配備が開始されたが、これはちょうどガダルカナル戦開始直前にあたり、二一型より僅かに航続距離の短い三二型はガダルカナル戦に投入できず、せっかくの新型機がラバウルで居残りになっていた。このため、この時期のラバウルの現地司令部は上層部に二一型の補充を要求している。また、これは海軍上層部でも問題となって、海軍側の三二型開発担当者が一時辞表を提出しただけには止まらず、零戦の生産計画が見直されるほどの事態となっている。敵味方の相対的戦力で考えると、より高性能であるはずの三二型の特性はガダルカナル戦と言う戦線には合っておらず、むしろ二一型の方が適合していたと言える。

とは言え、航空機に限らず工業製品の開発成功・失敗は「開発時に想定した性能を発揮できたか」で評価されるべきものである。つまり基地設営など戦術的な失敗によって肝心なときに活躍出来なかったといったことは三二型の評価には関係なく、開発時における海軍の想定が甘かったことに帰される問題で、速度・高高度性能・高速時の運動性など、二一型の欠点を補う改修が施された三二型は、後の海軍戦闘機の方向性の魁として評価される必要がある。

[編集] 状況の変化と零戦

アメリカ軍に回収され、アメリカ軍籍でテストされた零式艦上戦闘機
アメリカ軍に回収され、アメリカ軍籍でテストされた零式艦上戦闘機

前進基地が整備されるに従い、三二型もガダルカナル戦に投入可能となったが、その頃にはガダルカナルのアメリカ軍の航空兵力は大幅に強化されており、三二型と言えども有利に戦える状況ではなくなっていた。とは言え、同時期の他部隊や前進基地が完成した後のラバウル方面では、特に三二型に対する不満は存在せず、むしろ低速で高高度性能と火力に劣る上に高速域での横転性能が低い二一型は鈍いとして嫌う搭乗員が多かったようである。また五二型配備後の機材補充の要求には二一型を要求するものはなく、激戦が行われていたラバウル方面の基地戦闘機隊には、二一型ではなく高速・大火力かつ高速域の横転性能が改善された三二型・二二型・五二型等の新型零戦が優先的に配備されていたという事実が存在する。序説にある通り、大戦中盤以降になると空戦の形態が単機同士による巴戦から複数機による一撃離脱へと変化しており、それに対応して一瞬に大量の弾丸を叩き込めるように改修された新型機(特に五二丙型)は一般に流布している評価とは反対にパイロットの評価は高いようである。最も対戦相手であるアメリカ軍が新型機を配備し、新戦術・新技術を実施している状況では、既に零戦自体が旧式となっていたともいえる。

なお、開発者の堀越二郎の著書「零戦」や、一パイロットではあるが坂井三郎の著書「大空のサムライ」には、零戦は初期型の二一型の完成度が最も高く、五二型を始めとする後期型は改良型ではなく改悪型であったという記述がある。その根拠として1944年7月に行われた硫黄島上空の空戦において、「若手の乗った二一型の方がベテランの乗った五二型よりも生還率・戦果が共に大」だったことが挙げられている。戦果に関しては誤認等もあるのではっきりとしたことは分からない。生還率に関しては当該部隊の報告書にある帰還・未帰還者のリストを見ると、経験の少ない若手ほど生還率が低く、ベテランになるほど生還率が高いことが記されている。この報告書には搭乗機の型式は記されていないため、この点での検証は不可能だが、少なくとも「零戦」や「大空のサムライ」の記述は帰還率の点で事実と異なっており、二一型を評価する根拠にはなりづらいことになる。

[編集] 補足

蛇足ではあるが、零戦の金星発動機搭載は、出力向上による飛行性能改善が主目的ではない。誉の増産による栄の生産縮小を受けての措置であった。零戦の性能向上については、栄発動機の出力向上が果たせなかった、あまりにも1000馬力クラスの機体として完成しすぎていたなどが通説となっている。はたして本当であろうか? 諸外国の戦闘機の例では、スピットファイアーやメッサーシュミットのように、開戦時に1000馬力クラスの発動機を搭載していたが、終戦時には2000馬力クラスの発動機に換装し、劇的な性能向上を果たしたものがある。しかしこれらは皆、水冷式発動機を搭載したことによる賜物であった。水冷式発動機は気筒が縦並びであり、気筒数を増やしエンジンの全長を伸ばすことにより、正面面積をほとんど変えずに高馬力化が可能であった。これに対し空冷発動機は気筒が星型に並んでいるため、高出力化は直径の大型化を意味し、機体の空力設計からやり直す必要があった。諸外国の例でも、F4Fは最後まで1200馬力であり、イタリアのマッキ、ドイツのフォッケウルフは空冷から水冷に換装することにより、高性能化を果たしていた。 零戦の性能向上が果たせなかったのは、栄発動機が出力向上に失敗したことに起因するものである。とくに52型丙にいたっては、武装強化と防弾装備により全備重量が3100kgを超えていたにもかかわらず、栄31型の失敗により栄21型を搭載せざるをえず、速度、上昇力ともに大きく劣化した。初期の計画では、栄31型はメタノール噴射を行い、1300馬力以上を発生する予定であった。計画どおりに行けば、零戦52型丙は時速570kmを発生したが、機体強度などの問題からグラマンF6Fに必勝であったかは疑問である。

[編集] 関連項目

[編集] 関連人物

[編集] 外部リンク

  • 零戦 (総合情報+リンク集)
  • 真実一路(航空機種及性能標準や燃料のオクタン価事情等、公式資料に基づいた通説とは異なる解説が豊富)

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