市制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中国で使用されている単位系については市制 (単位系)を参照。
市制(しせい)とは、1888年(明治21年)に制定され、1947年(昭和22年)の地方自治法施行まで日本の市の基本構造を定めた法律である。明治21年4月17日法律第1号の前半。これ以前の郡区町村編制法にかわるもので、地方自治法の施行によって廃止された。制定時の第1条に「此法律ハ(中略)市ト為スノ地ニ施行スルモノトス」とあり、市となる区域で順次この法律を施行(適用)されたことから転じて、区町村から新たに市を設けることを「市制を施行する」と表現するようになった。
目次 |
[編集] 内容と改正
戦前、特に明治初期は、「市民」は即ち「有産者」(ブルジョワジーや地主など)という考え方であったため、人口あたりの有産者比率の低い都市部では、三等級選挙制などの投票権格差がつけられたり、有産者比率の極めて低い三都(東京・大阪・京都→第1回衆議院議員総選挙#その他)には一般の市制ではなく特別市制が施行されたりした。農村部は地主や養蚕業者などの有産者比率が高いため、都市部とは異なる町村制が施行された。
北海道と沖縄には、自治権を弱めた別の制度が用意された。これは全住民に対する和人の比率が低いためで、内地(本土)と別扱いの半植民地的地位を現すものである。
[編集] 1888年制定の市制
市制は、町村制とともに、1888年に明治21年4月17日法律第1号として公布された。なお、市制と町村制はひとつの公布文で公布されているが、それぞれ第1条から始まる別個の法律であり、公布文にも「市制及町村制」と書かれている。市制と町村制は、市と町村を独立した法人と定め、形式上国と別個の自治体として認めた。
市には市会を置き、土地所有と納税額による選挙権制限と、高額納税者の重みを大きくした三等級選挙制によって、市会議員を選出した。市は条例制定などの権限を持つ。市長は、市会が候補者三名を推薦し、内務大臣が天皇に上奏裁可を求めて決めた。市会は別に助役と名誉職参事会員を選出した。市長、助役、名誉職参事会員で構成される市参事会が、市の行政を統括した。
東京・大阪・京都の三大都市は、特例として市制の一部が適用されなかった。「市制中東京市京都市大阪市ニ特例ヲ設クルノ件」(明治22年3月23日法律第12号、全8条)により、東京市、京都市、大阪市の3市には市長と助役を置かず、市長の職務は府知事が、助役の職務は書記官が行うなどの特例が定められた。
市制の実施準備は、以前の区・町・村の合併をすすめつつ各府県ごとに進められ、1889年(明治22年)4月1日を最初として、各地で順次市制を施行された。
- 同日までに市制施行地に指定された都市(告示の記載順)
- 同日、日本で最初に市制を施行された都市
- 上記37都市のうち東京、名古屋、岡山、徳島、高松、松山を除いた31都市
[編集] 1889年の都市人口
- 日本の人口は1888年12月31日現住人口[1]
- 都市の名称および人口は1889年12月31日時点のもの。
- 太字 : 1889年4月1日市制施行の都市。
- ■ : 2007年4月現在の特別区と政令指定都市
都市 | 人口 | |
---|---|---|
日本 | 3962万6600 | |
1 | 東京市 | 138万9684 |
2 | 大阪市 | 47万6271 |
3 | 京都市 | 27万9792 |
4 | 名古屋市 | 16万2767 |
5 | 神戸市 | 13万5639 |
6 | 横浜市 | 12万1985 |
7 | 金沢市 | 9万4257 |
8 | 仙台市 | 9万0231 |
9 | 広島市 | 8万8820 |
10 | 徳島市 | 6万1107 |
11 | 富山市 | 5万8159 |
12 | 鹿児島市 | 5万7465 |
13 | 和歌山市 | 5万6713 |
14 | 長崎市 | 5万5063 |
15 | 福岡市 | 5万3014 |
16 | 函館区 | 5万2909 |
都市 | 人口 | |
---|---|---|
17 | 熊本市 | 5万2833 |
18 | 岡山市 | 4万8333 |
19 | 堺市 | 4万8165 |
20 | 新潟市 | 4万6353 |
21 | 福井市 | 4万0849 |
那覇 | 4万0212 | |
22 | 静岡市 | 3万7664 |
23 | 松江市 | 3万5934 |
24 | 松山市 | 3万2738 |
25 | 高知市 | 3万2241 |
高松 | 3万2081 | |
26 | 盛岡市 | 3万1153 |
27 | 甲府市 | 3万1135 |
28 | 宇都宮町 | 3万0698 |
29 | 弘前市 | 3万0487 |
30 | 大津町 | 2万9941 |
31 | 赤間関市 | 2万9919 |
都市 | 人口 | |
---|---|---|
32 | 米沢市 | 2万9591 |
33 | 秋田市 | 2万9568 |
34 | 松本町 | 2万9319 |
35 | 山形市 | 2万9019 |
36 | 長野町 | 2万8980 |
37 | 高岡市 | 2万8928 |
38 | 鳥取市 | 2万8396 |
39 | 津市 | 2万8156 |
40 | 前橋町 | 2万8115 |
41 | 宇治山田町 | 2万7365 |
42 | 岐阜市 | 2万7089 |
43 | 姫路市 | 2万7055 |
44 | 佐賀市 | 2万6401 |
首里 | 2万6205 | |
45 | 難波村 | 2万5617 |
46 | 水戸市 | 2万5591 |
47 | 久留米市 | 2万4859 |
- 高松の市制施行は1890年2月15日
- 赤間関市は現下関市、宇治山田町は現伊勢市、首里は現那覇市、難波村は現大阪市中央区の各々一部となっている。
- 現在、政令市となっている市の中心をなす当時の自治体は、千葉町(現千葉市)が2万2259人で52位、札幌区(現札幌市)が1万6876人で79位、小倉町(現北九州市)が1万6099人で82位、浦和町(現さいたま市)の人口および順位は不明。
[編集] 1898年の三大都市特例廃止
自治権を与えられなかった三大都市の住民は、市制特例の廃止を要求する運動を起こした。そのため1898年(明治31年)10月1日に三大都市特例は廃止され、他の市と同じ制度となった。
[編集] 1911年の市制改正
1911年、市制は明治44年4月6日法律第68号により全面改正された。
[編集] 1921年の市制改正
1921年(大正10年)に、三等級選挙制度は二等級に緩和され、制限選挙制度の本質は変わらないままだが、やや平等になった。
[編集] 1926年の地方普通選挙制
1925年(大正14年)に衆議院議員選挙法(普通選挙法)が制定されると、翌1926年(大正15年)に市・町村・府県にも普通選挙制度が導入された。このときの市制改正により、市長は市会が選挙することとなり、内務大臣による選択制度は廃止された。
[編集] 1943年の自治権弱体化
1943年(昭和18年)に、市長の選出方法は元の制度に戻された。
[編集] 1947年の廃止
1945年の日本の敗戦により、抜本的民主化の見通しが立ったが、1947年5月3日に地方自治法が制定されるまで、公式には古い市制が有効であった。この間、地方によっては、半公式的な形で民主的選挙を実施し、その結果に従って他の機関が手続きして正式のものにするといった運用が過渡的にとられた。
[編集] 現代日本における市制施行の要件
- 農林漁業以外の産業に従事する人、その同一世帯に属する人の数の合計が、町の全人口の6割以上である。
- 建物の連なりで形成される町の中心の市街地の戸数が、町の全戸数の6割以上である。
- 都道府県で定める条例の要件に合致している。