成田線
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成田線(なりたせん)は、以下の路線から構成される東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。
- 千葉県佐倉市の佐倉駅~千葉県銚子市の松岸駅間の本線(JR社内では佐松線(さまつせん)と通称される。千葉駅から佐倉駅間と松岸駅から銚子駅間は総武本線を経由する)。
- 千葉県成田市の成田駅~千葉県我孫子市の我孫子駅間の支線(一部常磐線と直通、本線には乗り入れない。JR社内では我孫子線(あびこせん)と通称される)。
- 千葉県成田市の成田駅~同市の成田空港駅間の支線(快速エアポート成田、成田エクスプレスが主に走行。JR社内では空港線(くうこうせん)と通称される)。
目次 |
[編集] 路線データ
- 管轄・路線距離(営業キロ):全長119.1km
- かつては、佐倉駅~成田駅~我孫子駅が本線で、成田駅~松岸駅が支線(松岸線)だったが、実際の運転系統に即して、現在のように改正された。
- 軌間:1067mm
- 駅数:27駅(起終点駅含む)
- 複線区間:佐倉~成田間
- 単線区間:成田~我孫子間、成田~松岸間、成田~成田空港間
- 電化区間:全線(直流1500V)
- 閉塞方式:
- 下記以外:(複線及び単線)自動閉塞式
- 水郷~松岸:自動閉塞式(特殊)
[編集] 概略
[編集] 本線
佐倉駅で総武本線から左に分岐し、千葉県北部の利根川に沿ったルートを走って、運転上の終点となる銚子駅の一つ手前の松岸駅で、再び総武本線と合流する形となる。総武本線のサブルート的な路線であり、千葉~成田~銚子間でローカル列車が運転されるが、佐倉~松岸間では10キロ程度距離が長くなる。
[編集] 空港支線
成田駅からやや北に進んだ場所にある分岐点(イオン成田ショッピングセンターの付近)で東に分岐し、成田空港駅に向かう。元々は計画が中止された成田新幹線のために作られていた施設を転用し、本線に接続してJRの成田国際空港へのアクセス路線とした経緯がある。この分岐点までがJR東日本の第一種鉄道事業区間で、そこから先は成田空港高速鉄道の第三種鉄道事業区間である。そこには黒地に白抜きで「NKT 0.0」と書かれた境界を示す標識が立っている。
[編集] 我孫子支線
正式名「成田線」ではあるものの、上記2つの線とは運転系統が全く異なる、事実上の別路線。常磐線我孫子駅から東へ分岐し、利根川に沿って成田駅に至る常磐線の支線と見た方が良い。車両は常磐快速線と同じ車両を使用する。路線としては成田から我孫子へ向かう電車が「下り」であるが、列車番号は我孫子から成田へ向かう電車に(下りを示す)奇数番号を付番している。我孫子~成田間の区間運転が主で、常磐快速線上野駅とを結ぶ直通列車がある。 1985年11月の「国電同時多発ゲリラ事件」を契機に、運転士の担当を、常磐快速線の電車を担当する松戸運転区に移管した。このため、本線や空港支線など千葉県内のJR線に運休が発生する国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉)のストライキ時でも、我孫子支線は正常に運行される。
正月には、成田山新勝寺への初詣客を乗せた団体専用列車が我孫子支線を運行する場合が多い。
[編集] 我孫子支線の愛称
成田線は上記に記した3つの路線から構成されているが、このうち、成田駅~我孫子駅のいわゆる「我孫子支線」は総武本線には乗り入れておらず、列車により常磐快速線に直通運転されており、全くの別路線とされていた。
そこで2001年の我孫子支線全通100周年を機に一般市民からこの我孫子支線の愛称を募集したところ、その中から「成田四季彩線(なりたしきさいせん)」と「水空ライン」の2種類が最終的な候補になり、フジテレビで同年4月6日に放送されたバラエティー番組「プレゼンタイガー」でJR東日本や沿線の関係者、並びに番組審査員4氏(おちまさと、真島満秀、森下直人、ドン小西)の立会いの下審議した結果、この「水空ライン」が採用されたという。(外部リンク参照)
しかし、我孫子市などの沿線市町村で使われているだけで、JR東日本ではその後も「水空ライン」とは案内されず、成田線の案内のままである。
[編集] 歴史
東京と江戸っ子に親しまれていた成田山新勝寺を鉄道で結ぶ構想は早くから存在しており、1887年の武総鉄道(本所-市川-佐倉-佐原)、1889年の北総鉄道(佐倉-成田-佐原、現在の同名鉄道とは別のもの)構想が立てられた。だが、当初千葉県は東京との交通手段において、鉄道と利根川水運が競合する事による共倒れを恐れて利根運河が出来た以上、同地域には鉄道は不要との見解を取った。そのため、総武鉄道(本所-市川-佐倉、現在の総武本線)がようやく開通したのが1894年であり、そこから成田方面に分岐する鉄道が築かれるまでには更に月日を要したのである。
- 1897年1月19日 成田鉄道が佐倉~成田間を開業。
- 1897年12月29日 成田~滑川(現:滑河)間開業。
- 1898年2月3日 滑川~佐原間開業。
- 1901年2月2日 成田~安食間開業。
- 1901年4月1日 安食~我孫子間開業。
- 1901年8月10日 松崎駅、小林駅開業。
- 1902年7月1日 久住駅開業。
- 1920年9月1日 成田鉄道が買収・国有化。佐倉~佐原間、成田~我孫子間が成田線となる。松崎駅を下総松崎駅に改称。
- 1926年4月1日 大戸駅開業。
- 1931年11月10日 佐原~笹川間開業。
- 1933年3月11日 笹川~松岸間開業。
- 1957年4月1日 郡駅を下総神崎駅に改称。
- 1958年4月1日 新木駅開業。
- 1968年3月28日 佐倉~成田間電化。
- 1973年9月28日 成田~我孫子間電化。
- 1973年9月29日 本佐倉信号場~酒々井~並木信号場間複線化。
- 1974年10月26日 成田~松岸間電化。
- 1984年2月1日 成田~我孫子間の貨物営業廃止。
- 1986年2月24日 佐倉~本佐倉信号場間、並木信号場~成田間複線化。本佐倉信号場、並木信号場廃止。
- 1986年11月1日 香取~松岸間の貨物営業廃止。
- 1987年4月1日 国鉄民営化により東日本旅客鉄道に承継。
- 1991年3月19日 成田~成田空港間開業。
- 1997年 我孫子支線の部分複線化工事開始(用地買収段階で凍結)。
[編集] 使用車両
[編集] 本線・空港支線
- 113系
- 211系3000番台
- E217系(主に総武快速線からの乗り入れ)
[編集] 我孫子支線
現行車両
過去の使用車両
[編集] 駅一覧
[編集] 本線
路線名 | 駅名 | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 | |
---|---|---|---|---|---|
成田線 | 佐倉駅 | 0.0 | 東日本旅客鉄道:総武本線(千葉駅・東京駅方面へ直通あり) | 千葉県 | 佐倉市 |
酒々井駅 | 6.4 | 印旛郡酒々井町 | |||
成田駅 | 13.1 | 東日本旅客鉄道:成田線空港支線(佐倉駅方面と直通)・成田線我孫子支線 京成電鉄:本線・東成田線(京成成田駅) |
成田市 | ||
久住駅 | 20.0 | ||||
滑河駅 | 25.5 | ||||
下総神崎駅 | 31.6 | 香取郡神崎町 | |||
大戸駅 | 36.1 | 香取市 | |||
佐原駅 | 40.0 | ||||
香取駅 | 43.6 | 東日本旅客鉄道:鹿島線(佐原駅・千葉駅方面に直通) | |||
水郷駅 | 47.5 | ||||
小見川駅 | 52.7 | ||||
笹川駅 | 57.7 | 香取郡東庄町 | |||
下総橘駅 | 62.9 | ||||
下総豊里駅 | 66.2 | 銚子市 | |||
椎柴駅 | 71.0 | ||||
松岸駅 | 75.4 | 東日本旅客鉄道:総武本線(銚子駅まで直通) | |||
※ | |||||
銚子駅 | 78.6 | 銚子電気鉄道:銚子電気鉄道線 |
- 路線名欄の※の区間は総武本線
[編集] 空港支線
駅名 | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 |
---|---|---|---|
成田駅 | 0.0 | 東日本旅客鉄道:成田線本線(佐倉駅方面へ直通)・成田線我孫子支線 京成電鉄:本線・東成田線(京成成田駅) |
千葉県成田市 |
根古屋信号場 | (5.3) | ||
空港第2ビル駅 | 9.8 | 京成電鉄:本線 | |
成田空港駅 | 10.8 | 京成電鉄:本線 |
[編集] 我孫子支線
駅名 | 営業キロ | 接続路線 | 所在地 | |
---|---|---|---|---|
我孫子駅 | 0.0 | 東日本旅客鉄道:常磐線(常磐快速線(上野駅まで直通あり)・常磐緩行線) | 千葉県 | 我孫子市 |
東我孫子駅 | 3.4 | |||
湖北駅 | 6.3 | |||
新木駅 | 8.9 | |||
布佐駅 | 12.1 | |||
木下駅 | 14.0 | 印西市 | ||
小林駅 | 18.3 | |||
安食駅 | 23.2 | 印旛郡栄町 | ||
下総松崎駅 | 27.3 | 成田市 | ||
成田駅 | 32.9 | 東日本旅客鉄道:成田線本線・成田線空港支線 京成電鉄:本線・東成田線(京成成田駅) |