ロマ
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ロマは、北インド起源の移動型民族。移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。かつてジプシーとして知られた彼等だが、ジプシーはエジプト人という誤解から来ていること及び既に偏見、差別的に使用されているため(このため、NHK全国学校音楽コンクールで演奏された「ジプシー」という言葉を含んだ曲が、差別表現として放送中止になったことがある)、最近では彼等の自称としてロマ(その単数形のロム)が使用されるようになった。
ジプシーという呼び名は、「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」の頭音消失したものと言われる。彼らの主流は、インドから移動してきたと考えられているが、非インド起源であることをアイデンティティとするジプシーとして、コソヴォ紛争で有名になったアッシュカリィやエジプシャンなどがある。
(アルバニア語を母語とする彼等はロマとアルバニア系等との混血の子孫とみられるが、特にエジプシャンはアレキサンダー大王に従って移民したエジプト系の末裔を自称しており、それぞれがロマとは別のグループであることを主張する傾向がある。)
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[編集] 歴史
彼等は西暦1000年頃に、インドのパンジャブ地方から放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨーロッパなどへとたどり着いた。旅に出た理由は分かっていないが、西に理想郷を求めた、などの説がある。彼らがヨーロッパに史料上の存在として確認できるようになるのは15世紀に入ってからで、ユダヤ人と並んで少数民族として迫害や偏見を受ける事となる。ただしユダヤ人ほどこの事実は強調されていない。
[編集] 皇帝ジギスムントの特許状
初期のロマは神聖ローマ皇帝ジギスムントにより巡礼者として帝国全土の自由な通行を許可されたと称し、いわゆる『皇帝ジギスムントの特許状』[1]を保証として各地を放浪した。しかし15世紀中頃には彼らに対する蔑視が始まり、とくにユダヤ人と彼らを同類とする風説が現れ、18世紀に至るまで広く流布した。1500年には神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世によって『皇帝ジギスムントの特許状』は無効であるとされ、ロマを殺しても基本的には罪に問われないこととなった。ロマが放浪する犯罪者の温床と考えられ、都市では彼らが現れたら教会の鐘を鳴らして合図し排撃した。
[編集] 領邦権力による定住化政策
1761年、オーストリアではマリア・テレジアとヨーゼフ2世の近代化政策の一環として、ロマの定住化が図られた[2]。これらは啓蒙主義に影響された、ある意味でロマへの差別をなくすことを目的とした人道的な同化策だった[3]が、定住や(ヨーロッパ人の考える)文化的な生活の押し付けとなり、ロマたちの拒否するところとなった。1773年にプロイセンのフリードリヒ大王がロマを隔離して定住させようとしたが、結局失敗している。
[編集] ナチスの絶滅政策
第二次世界大戦の最中、1941年ドイツはソ連と戦火を開き、その一部地域を占領した。 この際、ナチスが共産党員とユダヤ人殺害の為に送り込んだ特別行動部隊「アインザッツグルッペン(Einsatzgruppen)」によって、ユダヤ人、共産党員、ソ連軍捕虜、同性愛者のみならず、ロマも多数が殺害されたとされる。
[編集] コソボ紛争
1999年のコソボ紛争では、多くのロマとアッシュカリィが焼け出され、またアルバニア人等による民族浄化に遭い逃げ出した。 逃げ損ねた一部のロマとアッシュカリィはセルビア系居住区へ逃げ込んだ。
[編集] 文化
- タロット(タロー)と呼ばれるカードを使った占い。
- フラメンコの原型とも言われる、独自の音楽、踊り。
- 旅芸人として重宝された。
- ブルガリアやセルビアなどでは、出生・洗礼・誕生日・聖名祝日(Именден)・結婚式などに際して、ロマが呼ばれて演奏する。
[編集] ロマの音楽
ロマの文化(芸能・生活)の一部であるロマ音楽は、現地の文化と相関関係にあり、歴史的に大きな貢献をしている。ルーマニア・ハンガリー文化圏、スペインなどの文化が際立って有名。ロマン派の作曲家の中にはロマ音楽に触発されて曲を書いたものもいた。リストの「ハンガリー狂詩曲」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」(発表当時は編曲とされ、またハンガリー古来の音楽と混同された)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」などである。
[編集] 言語
- ロマ語;インド・ヨーロッパ語族とされるが、流浪した分だけあちらこちらの言語を取り入れている。
また、定住した各土地の言葉を多く取り入れたクレオール言語を使っているグループもある。
[編集] 職業
移動型の人々の職業は、伝統的に鍛冶屋、金属加工、工芸品、旅芸人、占い師、薬草販売等だった。
[編集] 宗教
元々の宗教はヒンドゥー教だったと考えられているが、定住した土地での主流の宗教に改宗することが多い。すなわち、東ヨーロッパでは東方正教またはイスラム教、西ヨーロッパではカトリックかプロテスタントである。独特の神秘主義的な風習はあるが、それは宗教とは別と考えられている。
[編集] ロマの有名人
- 西欧
- カルメン・アマヤ (Carmen Amaya, 1913年11月2日 - 1963年11月19日)- フラメンコダンサー、歌手
- ラモン・モントヤ Ramón Montoya - ギタリスト。
- ジャンゴ・ラインハルト (Django Reinhardt, 1910年1月23日-1953年5月16日)- ベルギー出身のジャズギター奏者。
- チャールズ・チャップリンはアイルランド人とロマの血を引いている。
- ヨハン・シュトラウス二世 Johann Strauss II - 父方がカトリックに改宗したハンガリー系ユダヤ人の家系、母方がロマといわれる。
- マリスカ・ヴェレス - 歌手(ショッキング・ブルー)。父がハンガリー出身のロマ。
- ピシュタ・ダンコー
- ジョルジュ・シフラ (ツィッフラ・ジェルジ、Georges Cziffra, Cziffra György)
- ツィンカ・パンナ(パンナ・ツィンカ(姓); Cinka(Czinka) Panna, Panna Cinková, 1711年-1772年)- 女流ヴァイオリニスト。 [1]
- ビハリ・ヤーノシュ (János Bihari, Bihari János)
- ベルキ・ラースロー (Berki László)
- ボロシュ・ラヨシュ
- ラカトシュ・ローベルト (ロビー・ラカトシュ; Roby Lakatos, Lakatos Róbert) [2]
- カイ・ヤグ Kalyi Jag(黒い炎) - ハンガリーのバンド。;http://www.amrita-it.com/kalyi_jag/index.htm
- ライコー Rajkó Zenekar(ジプシーの子供たち) - ハンガリーのオーケストラ。;http://www.rajko.hu/
- タラフ・ドゥ・ハイドゥークス Taraful Haiducilor, Taraf De Haïdouks - ルーマニアのバンド。
- ヨン・ヴォイク Ion Voicu - ルーマニアのヴァイオリニスト。
- ファンファーレ・チョカリーア Fanfare Ciocărlia - ルーマニア北東出身の世界最速を誇るジプシー・ブラスバンド。
- イヴォ・パパゾフ (Ivo Papazov, 1945年 -)- ブルガリアのクラリネット奏者。トルコ語を話すジプシーの出。
- その他
- ユル・ブリンナー (Yul Brynner(Taidje Khan))- 俳優。母方ロマと自称するも彼自身が申し立てた伝記的事実には偽りが多く、1989年に彼の息子が出版した伝記によると、ブリンナーは父方がモンゴルとスイスの混血で母方がユダヤ系ロシア人の医者の娘だという。
- Andy McCoy
- アジス(ブルガリアの歌手)
- ジプシー・キングス (The Gipsy Kings)
- 1980年代後半に一世を風靡したワールドミュージックの第一人者。日本では発泡酒のCMに使われた「ボラーレ」が有名。
[編集] 世界のロマ呼称
彼らは世界中に散在する事から様々な名で呼ばれる。これには「エジプトから来た」という意味を起源とするジプシー系と、昔ギリシャで「異教徒」を意味したアツィンガニ系の主に二系統がある。
ジプシーという言葉を物乞い、盗人、麻薬の売人の代名詞のように使う人間も多く、注意が必要である。また、ロマという自称を使わないグループも存在する。このため誤解・ステレオタイプ・偏見・無知を避けるよう十分な注意を払う必要がある。もともと流浪の民と定住者とでは、所有観念、勤労意欲や社会的規範の内面化の仕方において文化的に異なり、これが原因で居留地の住民との軋轢が生じ、これが積もり積もって誤解を形成したと考えられる。
- 英語 - ジプシー gypsy
- フランス語 - ジタン gitan、ボヘミアン bohémien、ツィガーヌ tzigane、ロマニシェル romanichel、マヌーシュmanouche
- スペイン語 - ヒターノ gitano
- オランダ語 - ジヘーネル zigeuner
- アフリカーンス語 - シヘーネル sigeuner
- ドイツ語 - ツィゴイナー Zigeuner、シンティ
- ハンガリー語 ツィガーニ cigány
- イタリア語 - ツィンガロ zingaro
- フィンランド語 - ムスタライネン mustalainen
- アラビア語 - ズット
- トルコ語 - ファラウニ
- ロシア語 - ツィガーネ Цыгане(近年は「ロムィ」とも)
- ウクライナ語 - ツィーハヌィ Цигани(近年は「ロマ」とも)
[編集] ロマが登場する主要な芸術作品
古典に類する作品には古い固定観念・偏見が含まれている可能性もある。
- 歌謡、民謡
- 『ジプシーがチーズを食べる』(コダーイ・ゾルターンによる民謡編曲)
- 『流浪の民』(ロベルト・シューマン作曲)
- 歌曲集『ジプシーの歌』(ドヴォルザーク作曲)
- 『黒い瞳』(ロシアの流行歌)
- ヴァイオリン曲
- 『ツィゴイネルワイゼン』(サラサーテ作曲)
- 『ツィガーヌ』(ラヴェル作曲)
- 『ラプソディー第1番』、『ラプソディー第2番』(バルトーク作曲)
- 管弦楽曲
- 『ガラーンタ舞曲』(コダーイ・ゾルターンによる編曲)
- 演劇、歌劇
- 『ジプシー男爵』(ヨーカイ・モール原作、ヨハン・シュトラウス2世作曲)
- 『カルメン』(後述のメリメの小説によりビゼー作曲)
- 『イル・トロヴァトーレ』(ヴェルディ作曲)
- 映画
- 『007 ロシアより愛をこめて』 監督:テレンス・ヤング (ジプシーキャンプが登場。主人公の007に協力する。)
- 『スナッチ』 監督:ガイ・リッチー (作中の「パイキー」はロマの別称)
- 『ガッジョ・ディーロ』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ベンゴ』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ラッチョ・ドローム』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ル・ジタン』 フランス映画、監督:ジョゼ・ジョヴァンニ
- 『ジプシーのとき』 ユーゴスラビア映画、監督:エミール・クストリッツァ
- 『鋼の錬金術師~シャンバラを征く者~』 アニメ 監督:水島精二
- 『ノートルダムのせむし男』(ビクトル・ユゴー原作)
- 小説
- 『カルメン』 (プロスペル・メリメ)
- 『まだらの紐』 (アーサー・コナン・ドイル)
- 『ノートルダム・ド・パリ』(ヴィクトル・ユーゴー)
- 『痩せゆく男』(スティーブン・キング)
[編集] 参考文献
- 阿部謹也著「中世を旅する人びと」(『阿部謹也著作集3』所収)筑摩書房、2000年(初出1975年平凡社)
[編集] 関連項目
- ロマの年表(英語版)
- ラウターリ Lautari
- ロマ音楽 Roma music
- 熊芸能* Ursari, medvetánc (熊や猿をつかう見世物と付随音楽。熊遣い、ウルサーリ)
- エクソニム
- ファンファーラ
- クレズマー
- マイノリティ
- 少数民族
- ホロコースト
- イェニシェ
- サンカ(日本におけるロマと呼ばれることがある。)
[編集] 外部リンク
- The Patrin Web Journal - Timeline of Romani(Gypsy)History (英語)
- Ashkali.org.YU (アッシュカリィのサイト) (英語・他)
- Notes on the experiences of a Slovak art teacher in a Romany school (英語)
- A cigányság/Gipsies (ハンガリー語)
- cigany.lap.hu (ハンガリー語)
- Invatamant pentru rromi-gipsy, gipsies (ルーマニア語)
- EUROPEAN ROMA RIGHTS CENTER
- Union Romani(スペイン)
- ロマの名称について
- 4.Tziganes - BLACK DUTCH (英語)
- Viscri(Deutsch-Weißkirch) (ドイツ語)
- 古館由佳子 http://www.ai-net.gr.jp/gypsy-vl/ - 日本人で、ジプシー風ヴァイオリンの名手。
- ROMA MIGRÁCIÓ
- Kállai Ernő: Cigányzenészek(ハンガリー語)
- Roma-Persönlichkeiten - ROMBASE Pädagogik(主にドイツ語圏のロマについて扱っている)
- List of Roma people