交響曲第5番 (ベートーヴェン)
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ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67は、ベートーヴェンが作曲した5番目の交響曲である。ベートーヴェン中期の代表作であり、さらにベートーヴェンの全作品中でも特に形式美の面において際立って高い評価を得ている。俗に「運命交響曲」と呼ばれ、クラシック音楽の中でも最も有名な曲の1つとして広く知られている。
目次 |
[編集] 概要
高度な構成力で知られるベートーヴェンの交響曲の中でも最も緻密に設計された作品であり、その音楽的な必然性を伴う主題展開の技法や「暗から明へ」というドラマチックな楽曲構成は後の多くの作曲家に模範とされた。特に、形式美を重んじる古典主義の立場においては、ベートーヴェンの創作の頂点とみなされている。
ベートーヴェンの全作品の中では、中期の「傑作の森」(ロマン・ロラン)の一角をなす作品として位置づけられる。ピアノソナタ第23番(熱情)などが主題や構成の面から関連作品として挙げられる。
交響曲第5番は一般に「運命交響曲」の名で知られている。これはベートーヴェンの弟子アントン・シントラーの「冒頭の4つの音は何を示すのですか」という質問に対し「運命はこのように扉をたたくのだ」とベートーヴェンが答えたとされることに由来するが、現在はこの発言は必ずしもこの作品の本質を表してはいないと考えられており、「運命」という名前で呼ぶことは適当ではないとされる。よって、この愛称はあまり一般的ではないが、日本では一般的に使用されており、またドイツ語でSchicksalとされている場合もある。同じことがショスタコーヴィチの交響曲第5番の愛称「革命」にも言える。(交響曲の標題を参照)
[編集] 作曲の経緯
交響曲第3番『英雄』の完成直後の1804年頃にスケッチが開始されたが、まず先に交響曲第4番の完成が優先され、第5番はより念入りにあたためられることになった。そのほか、フィデリオ、ピアノソナタ第23番(熱情)、ラズモフスキー弦楽四重奏曲、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第4番などをこの間に作曲した後、1807年から1808年にかけて、交響曲第6番と並行して作曲された。ロマン派的な標題音楽の先駆けとも言われる第6番とは対照的に、交響曲第5番では極限まで絶対音楽の可能性が追求された。この2つの交響曲はロブコヴィッツとラズモフスキー卿に献呈された。楽譜の初版はブライトコプフ・ウント・ヘルテル社より出版。
[編集] 初演
1808年12月22日、オーストリアウィーン近郊アン・デア・ヴィーン劇場にて「交響曲第6番」として初演。(現在でいう6番は、同じ演奏会で第5番として初演された)そのときのプログラムは以下の通り。
- 交響曲第5番ヘ長調「田園」
- アリア "Ah, perfido"(作品65)
- ミサ曲ハ長調より、グロリア
- ピアノ協奏曲第4番
- 休憩
- 交響曲第6番ハ短調
- ミサ曲ハ長調より、サンクトゥスとベネディクトゥス
- 合唱幻想曲
しかしこの演奏会は、演奏中の混乱等もあって大失敗に終わっている。当時の記録によれば「暖房もない劇場で、少数の観客が寒さに耐えながら演奏を聞いていた」と言われている。40分前後の交響曲を2曲にピアノ協奏曲、合唱幻想曲、全体で4時間を越えるというコンサートの異常な長さで聴衆と演奏家の体力が大きく消耗したことも、この失敗の原因と考えられるであろう。さらに、第1部で演奏されるはずであったアリアは、出演予定歌手が演奏会当日に急遽出演できないことになり、代わりの歌手が舞い上がりすぎて歌えなくなり割愛された。第2部のフィナーレを飾る「合唱幻想曲」も演奏途中で混乱して演奏を初めからやり直すという散々な出来であった。
[編集] 評価と影響
初演は失敗に終わったが、その評価もすぐに覆され、まもなく多くのオーケストラのレパートリーとして確立された。
交響曲第5番は、後の作曲家にも大きな影響を与えた。ブラームス(交響曲第1番で顕著)やチャイコフスキー(交響曲第4番で顕著)といった形式美を重んじる古典主義的な作曲家はもちろんのこと、ベルリオーズやブルックナー、マーラーのような作曲家も多大な影響を受けている。ベートーヴェン以降の交響曲作曲家はほぼすべてがこの作品の影響下にあるといっても過言ではない。
ベートーヴェン以降は「第5」という数字は作曲家にとって非常に重要な意味を持つ番号となり、交響曲作曲家達はこぞって「運命の第五」を作曲している。これらの中でもとりわけブルックナー、ドヴォルザークの新世界(古い番号で、現在は第9番になっている。)、チャイコフスキー、マーラー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフのものは有名であり、そのいずれもが名作として知られている。
[編集] 楽器編成
ベートーヴェンは交響曲第5番で、史上初めて交響曲にピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンを導入した。当時の管弦楽では「珍しい楽器」だったこれらの楽器がやがて管弦楽の定席を占めるようになったことを考えると、後の管弦楽法に与えた影響ははかり知れず、この点においても非常に興味深い作品であるといえる。
[編集] 曲の構成
交響曲の定型通り、4つの楽章で構成されている。演奏時間は約35分。 「暗から明へ」という構成をとり、激しい葛藤を描いた第1楽章から瞑想的な第2楽章、第3楽章の不気味なスケルツォを経て、第4楽章で歓喜が解き放たれるような構成となっている。
[編集] 第1楽章 Allegro con brio
「ダダダダーン」という有名な動機に始まる。これはこの後何度も用いられる重要な動機である。この動機について、ベートーヴェン自身が「運命はかく扉をたたく」と言ったと弟子のシントラーによる伝記に記されており、ここからこの交響曲を「運命交響曲」と呼ぶようになった。
ここは演奏家の解釈が非常に分かれる部分である。ゆっくりと強調しながら情熱的に演奏する指揮者もいれば、Allegro con brio(早く活発に)という言葉に従ってあっさりと理性的に演奏する指揮者もいる。往年の大指揮者には前者の立場が多く、この演奏スタイルがいわゆる「ダダダダーン」のイメージを形成したと考えられる。しかし、近年では後者がより好まれる傾向にある。シェンカーによると、この8音は全体でひとつの属和音のような機能を果たしており、最後のD音に最も重点があるとされている。
この動機を基にした主題を第1主題として、古典的なソナタ形式のスタイルの音楽が展開される。第2主題は、ソナタ形式の通例に従い第1主題とは性格を異にする穏やかな主題が採用されている。しかし、その導入部において、ホルンが第2主題の旋律の骨格を運命の動機のリズムで提示し、第1主題部から第2主題部へのスムーズな連結が図られている。このように、律動的な第1主題と穏やかで和声的な第2主題のふたつの主題が「運命の動機」を基に絶妙なバランス感覚で統制されているこの楽章は、ベートーヴェンの全音楽の中でも最も緊密に構成され葛藤に満ちたもののひとつとなっている。
[編集] 第2楽章 Andante con moto
主題と3つの変奏、コーダから成る緩徐楽章。二つの主題が交互に変奏される、二重変奏曲である。ハ短調の作品の緩徐楽章に変イ長調を選択することはベートーヴェンにはよく見られることであり、悲愴ソナタの第2楽章が非常に有名であるほか、ヴァイオリンソナタ第7番も知られている。作曲者は変奏の名手で主題に隠された要素を巧みに引き出している。熱情ソナタでも中間緩徐楽章は流麗な変奏曲楽章であり、筆致に同時代の作品であることが読み取れる。
[編集] 第3楽章 Allegro-attacca
- ハ短調 3/4拍子 複合三部形式
複合三部形式であり、スケルツォ - トリオ - スケルツォ - コーダという構成をとる。チェロとコントラバスによる低音での分散和音のあとにホルンによって提示されるスケルツォの主題は、「運命の主題」の冒頭の休符を取り去り、スケルツォの3拍にうまく当てはめたような形になっている。
トリオではハ長調に転じ、チェロがトリオの主題を提示したあと、他の楽器がそれに重なっていく、フガートのスタイルをとっている。トリオのあと再びスケルツォに戻り、不気味なコーダから、アタッカで次の楽章に繋がってゆく。
このコーダは不気味であり、演奏会でこの曲を聴いた子供時代のシューマンは、この部分に差し掛かったときに、同伴していた大人に「とても怖い」と言ったと伝えられている。
[編集] 第4楽章 Allegro
- ハ長調 4/4拍子 ソナタ形式
第3楽章から続けて演奏される。この楽章ではそれまで沈黙していたピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンも演奏に加わり、色彩的な管楽器が増強されたことによってそれまでの楽章に比べて格段に響きが華やかになる。展開部の最後では第3楽章が不気味に回想されるが、それを振り払うようにして再び明るい再現部に入る。最後には長大なコーダをもち、最後は次第に加速して、「暗から明へ」における「明」の絶頂で華やかに曲を閉じる。
[編集] 学術的な問題
交響曲第5番について論じられた論文や書籍は非常に多い。ここでは特に学術的な議論の的になる代表的な点を挙げる。
[編集] 運命の動機
アントン・シントラーの伝記には以下のように記されている。
作曲家はこの作品の深みを理解する手助けとなる言葉を与えてくれた。ある日、著者の前で第1楽章の楽譜の冒頭を指差して、「このようにして運命は扉を叩くのだ」という言葉をもってこの作品の真髄を説明して見せた。
もともとは鳥の囀りからの採譜といわれている。中期のピアノソナタ第18番、ピアノソナタ第23番(熱情ソナタ)いずれにも現れている。ただ激しく第一主題に歌い上げているのは本作が初めてである。
[編集] 第1楽章の第2主題の冒頭
第1楽章の第2主題の冒頭のホルン信号がよく問題になる。提示部ではホルンで演奏されるのに対して再現部ではファゴットで演奏されるように指定されていることをめぐって、再現部はファゴットで演奏されるべきかホルンで演奏されるべきかという論争がある。
ホルンで演奏されるべきだと主張する根拠としては、「当時のEs管ホルンでは再現部のホルン信号は演奏不可能であったため、ベートーヴェンは音色が似通っているファゴットで代用した。しかし楽器が発達した現代ではこの代用は不要である」ということを挙げる者が多い。
一方、ファゴットで演奏されるべきだと主張する根拠としては、「ベートーヴェン自身が書いた音符は尊重されるべきである」「Es管ホルンで演奏不可能なのは事実だが、C管ホルンであれば演奏可能。第4楽章で歓喜を表現するために、わざわざ当時珍しい楽器だったピッコロやトロンボーンを導入した作曲家が、これほど重要な箇所で中途半端な妥協をしたとは考えにくい」などのものがある。
現在ではファゴットで演奏することを主張する立場が主流である。
[編集] 調性
ベートーヴェンの選んだハ短調という調性はベートーヴェンにとって特別な意味を持つ調性であるといわれ、それらの作品はみな嵐のようでかつ英雄的な曲調という共通点を持つといわれる。有名な例としてはピアノソナタ第8番『悲愴』、ピアノソナタ第32番、ピアノ協奏曲第3番、弦楽四重奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第7番、コリオラン序曲、交響曲第3番『英雄』の葬送行進曲などがある。
[編集] 「運命の動機」は具体的にどのように展開されているか
(stub) 運命の動機と関連する動機は、他の作品でも見られる。たとえばピアノソナタ第23番(熱情)、ピアノ協奏曲第4番、弦楽四重奏曲第10番などである。そのほか、同一のリズムや音形が楽章全体を支配する前例としてピアノソナタ第17番(テンペスト)の第3楽章が有名である。
[編集] 音源
以下はw:Fulda Symphonic Orchestraによる演奏である。2000年3月10日に録音。
- I. Allegro con brio(説明ページ) — ブラウザで視聴 (beta)
- II. Andante con moto(説明ページ) — ブラウザで視聴 (beta)
- III. Scherzo. Allegro(説明ページ) — ブラウザで視聴 (beta)
- IV. Allegro(説明ページ) — ブラウザで視聴 (beta)
- うまく聞けない場合は、サウンド再生のヒントをご覧ください。
[編集] その他
- 日本では通俗的に、「ダダダダーン」のフレーズが「不幸の訪れ」の表現として冗談や漫画などに広く使われる。
(同様の使われ方をする楽曲として、J.S.バッハの「トッカータとフーガ・ニ短調」があげられる)
- 「ダダダダーン」のリズム(・・・―)がモールス符号ではVに当たることから、第二次世界大戦中、BBCではこれをvictoryの頭文字として放送開始時にこの曲を放送していた。ほぼ同じ理由で、アルトゥーロ・トスカニーニはイタリアが降伏した1943年9月9日の放送ではNBC交響楽団とともに第1楽章だけを演奏し、「残りはドイツが降伏してから」と予告。そしてドイツが降伏した1945年5月8日の放送で全曲を演奏している。
- 第2楽章が一種のレクイエムとして単独で演奏されることも稀にあり、第二次世界大戦中のスターリングラード攻防戦終結を告げるドイツ側の放送でこの楽章が流されている。
- 1977年にNASAが打ち上げたボイジャー1号とボイジャー2号には、宇宙人へのプレゼントとして銅製のレコード『地球の音(The Sound of Earth)』が積み込まれているが、この曲の第1楽章も収録されている。
[編集] 外部リンク
- ベートーヴェンの交響曲第5番の総譜 (HTML) - IUDLP: The Indiana University Digital Library Program
- ベートーヴェンの交響曲第5番の総譜 (PDF) - IMSLP: The International Music Score Library Project
- ベートーヴェンの交響曲第5番の演奏 (RM,WM) - The Philadelphia Orchestra (全楽章, bit rate:64Kbps)
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