1953年のオールスターゲーム (日本プロ野球)
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[編集] 試合概要
前年、2度目の日本一を達成した読売ジャイアンツ(巨人)監督の水原茂が全セ(オールセントラル・リーグ)を率い、パ・リーグ2連覇を達成した南海ホークスの山本一人監督が全パ(オールパシフィック・リーグ)を率いたオールスターゲーム。
第1戦は両チーム得点のないまま延長戦に突入し、4時間30分・引き分けに終わった前年の第1戦と同様のロンゲストゲームかと思われたが11回表に全パ飯田徳治(南海)のタイムリーで勝ち越し勝利を収め関係者をホッとさせた。続く第2戦も中盤まで点の入らない状況が続いたが今度は全セの代打平井三郎(巨人)の2点適時打が飛び出しそのまま逃げ切った。場所を名古屋に移して開催された第3戦もまた点の入らない展開。そのまま9回に突入し、またもや延長かと誰もが覚悟し始めようとした全パ2死1塁の場面から南海の岡本伊三美、堀井数男、松井淳、そして投手の西鉄・川崎徳次が4連続安打。3点を叩きだし試合を決定付けた。
[編集] 試合結果
[編集] 第1戦
7月1日 後楽園球場 開始14:06(試合時間:2時間17分) 観衆数/40,638人
全パ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 |
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全セ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
(パ) 関根(近)、川崎(西)、荒巻(毎)、○林義(大)-筒井(南)、松井(南)、伊勢川(急)
(セ) 長谷川(広)、金田(国)、別所(巨)、●杉下(名)、大友(巨)-野口明(名)、広田(巨)、徳網(神)
MVP 飯田徳治(南)
[審判] セ島(球) パ横沢三、セ津田、パ苅田(塁) セ筒井、パ二出川(外)
[編集] 第2戦
7月6日 甲子園球場 開始14:05 (試合時間:1時間46分) 観衆数/33,147人
全パ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
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全セ | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | X | 2 |
(パ) 柚木(南)、●川崎、荒巻、柴田(急)-筒井、松井
(セ) 藤村隆(神)、金田、○大友、別所-野口、広田
MVP 平井三郎(巨)
[審判] パ二出川(球) セ筒井、パ苅田、セ津田(塁) パ横沢三、セ島(外)
[編集] 第3戦
7月8日 中日球場 開始19:07 (試合時間:2時間4分) 観衆数/20,711人
全パ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 3 |
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全セ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
(パ) 米川(東)、林義、荒巻、○川崎-筒井、松井
(セ) 杉下、金田、長谷川、大友、別所、●藤本(巨)、藤村隆-野口、広田
MVP 堀井数男(南)
[審判] セ筒井(球) パ横沢三、セ島、パ二出川(塁) セ津田、パ苅田(外)
[編集] ラジオ中継
- 第1戦:7月1日
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- ラジオ東京(現・TBSラジオ) 実況:近江正俊 解説:中澤不二雄、大和球士
- 第2戦:7月6日
- 第3戦:7月8日
[編集] エピソード
- 梅雨の影響もあって1戦と2戦の間が5日間も空いてしまった。しかも2年ぶり開催された第3戦は全く予定外なまでに遅れたため、球宴史上初のナイトゲームとなった。翌年からはリーグ戦の日程も鑑みて2試合制に戻った。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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