惑星 (組曲)
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大管弦楽のための組曲『惑星』作品32(The Planets, Op.32)は、イギリスの作曲家グスターヴ・ホルストの作曲した代表的な管弦楽作品である。この組曲は7つの楽章から成り、それぞれにローマ神話に登場する神々にも相当する惑星の名が付けられている。第4曲「木星」は非常に人気があり、特に有名である。
目次 |
[編集] 概要
ホルストの代表曲として、ホルスト自身の名前以上に知られており、モーリス・ラヴェル編曲の『展覧会の絵』などとともに、近代管弦楽曲の中で最も人気のある曲の1つである。また、エドワード・エルガーの『威風堂々』、『エニグマ変奏曲』などと並んでイギリスの管弦楽曲を代表する曲であるとも言えるが、むしろイギリス音楽とは意識されず、その枠を超えて親しまれている曲である。ただし、特殊楽器の多用や女声合唱の使用などが実演の障壁になることも多く、全曲を通しての演奏の機会は必ずしも多いとはいえない。また、後述のホルスト自身の不満からもわかるとおり、『惑星』という題名のスケールの大きさに惑わされて、実体とかけ離れてあまりに過大評価されすぎる傾向にあるとする意見もある。
この作品は惑星を題材としているが、(天文学ではなく)占星術から着想を得たものである。地球が含まれないのはこのためである。西欧ではヘレニズム期より惑星は神々と結び付けられ、この思想はルネサンス期に錬金術と結びついて、宇宙と自然の対応をとく自然哲学へと発展した。この作品は、日本語では「惑星」と訳されてはいるが、実際の意味合いは「運星」に近い。それぞれの曲の副題は、かつては「…の神」と訳されていたが、近年では本来の意味に則して「…をもたらす者」という表記が広まりつつある。予てよりホルストは、作曲家アーノルド・バックスの兄弟で著述家のクリフォードから占星術の手解きを受けており、この作品の構想にあたり、占星術における惑星とローマ神話の対応を研究している。
[編集] 作曲の経緯・初演
[編集] 作曲
作曲時期は1914年から1916年。当初は『惑星』としてではなく『7つの管弦楽曲』として作曲が開始された。これはアルノルト・シェーンベルクの『5つの管弦楽曲』に着想を得たものといわれている。
まず「海王星」以外の6曲はピアノ・デュオのために、「海王星」はオルガンのために作曲され、のちにオルガンや声楽を含む大管弦楽のためにオーケストレーションされた。もっとも、オーケストレーションにおけるホルスト自身の関与はピアノスコアに楽器の指定をしたことが中心であり、フルスコアの作成はかなりの部分をホルスト以外の手に負っている。オーケストレーションは想像的かつ色彩的であり、英国国内の作曲家よりもストラヴィンスキーら大陸の作曲家からの影響が強く見られる。
しかし、スコアを見れば分かるが、管弦楽法的には複雑ではなく、多くの楽器、人員を要するのもソロとトゥッティ(複数人で同じ旋律を奏でること)を使い分け音の厚みを変化させたり、和音を吹く際に一つの楽器で全ての音を出せるようにする(例えば、管楽器を各2本だけにすると一つの楽器だけで和音を出せない)などの音響的効果を狙った理由が強い。また声部も基本的に旋律、和音、ベース音など明確に分けられており、編成の大きい割りに曲の構造は分かりやすい。
「火星」の5拍子など民族的なリズムや、海王星などで現れる神秘的な和音など、作曲当時の流行を取り入れている部分はあるが、和声的にはおおむねロマン派の範囲であり、その親しみやすさのおかげで20世紀の音楽としては珍しく日常的に聞く機会に恵まれた曲になったといえる。
[編集] 初演
初演は、1920年10月10日にバーミンガムにて、全曲を通しての公式の初演が行われた。これに先立つ1918年の9月29日にロンドンのクイーンズ・ホールに於て、エイドリアン・ボールトの指揮するニュー・クイーンズ・ホール管弦楽団により非公式の演奏が行われている。
組曲『惑星』は大編成の管弦楽のために書かれており、オルガンや、最後の「海王星」では舞台の外に配置された歌詞の無い女声合唱が使われる。初演に立ち会った聴衆は斬新な響きに驚き、この組曲はたちまち成功を収めた。
『惑星』はホルストの最も知られた作品ではあるが、作曲者自身はこれを佳作の1つとして数えてはおらず、他の作品が尽くその影に隠れてしまうことに不満を洩らしていた、といわれている。ただ自身何度かこの作品を指揮してもおり、また「土星」は気に入っていたという。
[編集] 再評価
初演当初は好評をもって迎え入れられたが、同時代の作曲家の意欲的な作品(たとえばドビュッシーの海やストラヴィンスキーの春の祭典など)と比較してやや低水準とみなされた本作品は、ホルストの名とともに急速に忘れられる道をたどることになり、以後英国内の一作曲家のヒット作という程度の知名度に甘んじるようになった。今日のような知名度を獲得するのは、1961年頃カラヤンがこの作品を発掘し、ウィーン・フィルの演奏会で紹介したことがきっかけである。この演奏で一躍有名になり、それ以後近代管弦楽曲で最も人気のある作品の1つとして知られるようになった。
[編集] 構成
作曲当時太陽系の惑星として知られていた8つの天体のうち、地球を除いた7つの天体(すなわち水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星)に、曲を1曲ずつ割り当てた、全7曲で構成される組曲である。全曲を通した演奏時間は約50分である。各曲の平均は7分弱、最短の「水星」は約3分、最長の「土星」は約10分である。
「火星」と「水星」が逆であることを例外として、各惑星は地球から近い順番に配列されている。「火星」と「水星」の順番が逆なのは、最初の4曲を交響曲の「急、緩、舞、急」のような配列にするために、ホルストが意図的に順番を変えたのだとする意見がある。もう1つの説明として、黄道12宮の守護惑星に基づくという説がある。黄道12宮を金羊宮(おひつじ座)から始まる伝統的な順番に並べるとその守護惑星は、重複と月・太陽を無視すれば楽章の順序に一致する。
[編集] 火星、戦争をもたらす者
- 原題:Mars, the Bringer of War
- Allegro 5/4拍子
日本では、木星に次いでよく知られている曲である。第一次世界大戦の頃の作品のため、その時代の空気が反映されていると指摘されることがある。不明確な調性(一応ハ長調)、変則的な拍子など、ストラヴィンスキーの『春の祭典』からの影響が大きいといわれる。再現部の第2主題と第3主題の順序が入れ代わっているが、ソナタ形式に相当する。
「ダダダ・ダン・ダン・ダダ・ダン」という5拍子のリズムを執拗に繰り返す。
提示部第3主題でのユーフォニアムのソロが、オーケストラにおけるこの楽器の秀逸な用例としてしばしば言及される。
[編集] 金星、平和をもたらす者
- 原題:Venus, the Bringer of Peace
- Adagio - Andante - Animato - Tempo I 3/4拍子
緩徐楽章に相当する。主に三部形式。
[編集] 水星、翼のある使者
- 原題:Mercury, the Winged Messenger
- Vivace 6/8拍子
スケルツォに相当する曲である。ホルスト自身がフルスコアを書いたのはこの曲のみで、この曲を「心の象徴」と述べている。
[編集] 木星、快楽をもたらす者
- 原題:Jupiter, the Bringer of Jollity
- Allegro giocoso - Andante maestoso - Tempo I - Lento maestoso - Presto 2/4拍子
組曲中、日本では最もよく知られている。この曲もスケルツォ風の性格を持ち合わせている。特に中間部Andante Maestosoの旋律が非常に有名である。(後述)
[編集] 土星、老いをもたらす者
- 原題:Saturn, the Bringer of Old Age
- Adagio - Andante 4/4拍子
組曲中で最も長い。ホルスト自身この曲が最も気に入っていたといわれ、組曲中でも中核をなす曲と考えられる。
[編集] 天王星、魔術師
- 原題:Uranus, the Magician
- Allegro - Lento - Allegro - Largo 6/4拍子
スケルツォ風の曲。デュカスの『魔法使いの弟子』に影響を受けたといわれる。
[編集] 海王星、神秘主義者
- 原題:Neptune, the Mystic
- Andante - Allegretto 5/4拍子
この曲では女声合唱も演奏に加わる。消え入るように終わる。
[編集] 編成
木管 | 金管 | 打 | 弦 | その他 | ||||||||||||
Fl. | Ob. | Cl. | Fg. | 他 | Hr. | Trp. | Trb. | Tub. | 他 | Vn.1 | Vn.2 | Va. | Vc. | Cb. | ||
4, (Pic2), (B.Fl1) |
3, Ehr1, (B.Ob1) |
3, B.Cl1 |
3, Cfg1 |
6 |
4 |
3 |
1 |
Euph1 |
Tim2, Cym, B.D., S.D., S.C., タンバリン, Tam-t, 鐘, 鉄琴, Xyl, Cel |
● |
● |
● |
● |
● |
Org, Hp2, 女声合唱 |
注) B.Fl (バス・フルート)は、スコアではG管が指定されているので、今で言うところのA.Fl (アルト・フルート)である。
[編集] 編曲
この曲はオーケストラのための曲ではあるが、しばしば吹奏楽やブラスバンドのために編曲される他、冨田勲によるシンセサイザー編曲、諸井誠によるオルガンと打楽器のための編曲などがある。
[編集] 編曲の制約
ホルストは、この曲に関して非常に厳格な制約を設けていた。楽器編成の厳守(アマチュア団体の演奏に限り編成の縮小を認めた)から抜粋演奏の禁止まで提示しており、死後も遺族によって守られてきた。
しかし1977年、冨田勲によるシンセサイザー用の編曲が許可されて以降、この制約は絶対的なものではなくなっていく。1986年にはエマーソン・レイク・アンド・パウエルの同名アルバムにプログレッシブ・ロックにアレンジされた「火星」が収録され、ついにクラシック音楽の枠からも逸脱した。
現在では、人気のある「木星」と「火星」のみを抜粋して演奏されることがきわめて多くなっている。また、バスオーボエ(バリトンオーボエ)のような普及率がきわめて低い特殊楽器は、他の楽器に代替して演奏されることも多い。
[編集] 「木星」の中間部
「木星」の中間部、Andante maestoso の旋律は、後にホルストの意思とは別にセシル・スプリング=ライスによって "I vow to thee, my country" で始まる歌詞が付けられ、英国の愛国的な賛歌として広く歌われるようになった。1997年にはパイプオルガンに編曲されたものが、ダイアナ元皇太子妃の葬儀において教会で演奏された。また、同曲は日本では2003年5月21日リリースの本田美奈子.のアルバム『AVE MARIA』の1曲として岩谷時子による歌詞でおさめられている。それに先がけて遊佐未森が1999年に発表したアルバム「庭(niwa)」にも「A little bird told me」の題で遊佐自身の詩による曲が収められている。
さらに 平原綾香 のデビュー曲としても知られており、作詞家吉元由美により新たな歌詞が付けられたものが2003年12月17日にシングル盤『Jupiter』としてリリースされている。
ハワード・ブレイクリー作曲、ザ・ハニカムズ歌唱・演奏の「Once You Know」も、この旋律に触発された曲の1つである。
また、木星を舞台としたSEGAのアーケードゲーム「電脳戦機バーチャロン フォース」のエンディングにもこの旋律が流れる。
[編集] 冥王星、再生する者
1930年のトンボーによる発見から2006年の惑星の新定義の決定によって除外されるまで、76年間にわたり太陽系第9惑星として一般に親しまれてきた天体として冥王星が知られているが、上記の通り組曲「惑星」には冥王星に該当する曲が含まれていない。これは1916年の作曲当時にはこの天体は未発見であり、さらに冥王星が発見されたときホルストは存命中(1874年 - 1934年)であったにも関わらず、冥王星を組曲に追加する意欲を示さなかったことによる。
このため、冥王星が惑星とされていた期間中には、この作品は「科学的に内容が古い」などと指摘されることがよくあり、また新惑星の冥王星を組曲に追加して「現代的」に補完しようとする試みもあった。そのうち最も有名なのが、ホルストの専門家でイギリス・ホルスト協会理事の作曲家コリン・マシューズによる「冥王星、再生する者」(Pluto, the renewer)である。これは、ハレ管弦楽団の指揮者ケント・ナガノの委嘱に応じて2000年に作曲されたものであり、同年5月11日に初演されている。
この試みでは、海王星の終結部を少し書き換え、そのままアタッカで冥王星に続くように編作されている。海王星の消え入るような終結に対し、冥王星は消え入るようには終わらず、太陽系の外のさらに広い宇宙空間へと続いていくかのような音響をもって終わる。この点がホルストの原作の音楽的意図とは異なり、賛否が分かれる点でもある。実際、サイモン・ラトルは冥王星付き『惑星』を指揮した折、オリジナル通り海王星でいったん演奏を終えてから冥王星の演奏に入っている。
この8曲からなる通称『惑星(冥王星付き)』は、特にイギリスで好んで演奏され、サー・サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団、マーク・エルダー指揮ハレ管弦楽団、デイヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮スコティッシュ・ナショナル管弦楽団、オウエン・アーウェル・ヒューズ指揮ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団、ポール・フリーマン指揮チェコ・ナショナル交響楽団などの録音が存在する。
2006年8月24日、国際天文学連合総会において惑星の新定義が決定され、冥王星が惑星から除外された。これにより、地球を除いた太陽系の惑星の顔ぶれは、組曲「惑星」の曲目と再び一致することとなった。これを受けてマシューズの冥王星が今後どのような扱いとなるのか気になるところである。なお、奇しくも総会決議の前日に国内盤が発売されたサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の冥王星付き「惑星」は、マスメディアから注目されたこともあり好調な売り上げを記録し、販売元の東芝EMIでは5日間にして1万枚の在庫が切れたという。
[編集] その他の追加曲
惑星に新たな曲を加えようとする試みとして、その他にも類似した試みがなされたことがあった。サイモン・ラトルは4人の作曲家に委嘱して、以下の4曲をベルリン・フィルの演奏会で演奏した。これらは上述のCDにも収録されている。ただし、組曲『惑星』に追加した形式にはなっておらず独立した作品と考えられ、冥王星とは少々事情が異なる。
[編集] 小惑星4179:トータティス
小惑星トータティスを題材としている。カイヤ・サーリアホが作曲。
[編集] オシリスに向かって
恒星HD 209458の惑星、オシリスを題材としている。マティアス・ピンチャーが作曲。
[編集] ケレス
小惑星ケレス(現在は準惑星に分類されている)を題材としている。マーク=アンソニー・タネジが作曲。2006年の国際天文学連合総会において、この天体を惑星に分類しなおす提案がなされたことから特に話題になった。
[編集] コマロフの墜落
宇宙からの帰還中に事故死したソ連の宇宙飛行士、ウラジミール・コマロフを題材としている。ブレット・ディーンが作曲。
[編集] メディア
[編集] 関連項目
- グスターヴ・ホルストの楽曲一覧
- Jupiter
- ラグビー・ワールドカップ: World in Unionの題で「木星」中間部が歌われる。
[編集] 外部リンク
ケロリの間 音の空間 - MIDIの視聴が可能