石橋貴明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
著名な活動を行っていない親族(親戚、兄弟姉妹、配偶者、子供等)の名前及び本人が非公開としているプロフィール(本名、生年月日、出身地等)を記載しないでください。詳しくはプライバシー問題に関してを参照してください。ただし、その人物を語るエピソードとして必要な場合は記載する前にノートで合意を形成してください。
|
石橋 貴明(いしばし たかあき、1961年10月22日 - )は、東京都葛飾区出身のお笑いタレント、俳優、歌手。帝京高等学校卒業。とんねるずの大きいほうでリーダー。身長182cm(181cmとうたばんで述べていた事がある)。相方は木梨憲武。離婚歴があり、前妻との間に娘が一人いる。現在の妻は元女優の鈴木保奈美。血液型はA型。タバコはマイルドセブンを愛煙していたが2005年から禁煙。前職はホテルマン(ホテル小田急、センチュリーハイアットに勤務していた)。
愛称は「タカさん」「タカちゃん」「タカアキ」など。20代の頃は主に女性ファンから「タカちゃん」と呼ばれていた。また、「バシタカ」と呼ばれた時期もあった。相棒の木梨憲武、和田アキ子、古舘伊知郎らは「タカアキ」と呼ぶ(木梨はフルネームで呼ぶことも)。またヒロミは「石橋くん」、勝俣州和は「貴明さん」と呼ぶのが基本だが、石橋の振る舞いに怒り興奮すると2人とも「イシバシ!!」と呼び捨てにする事も。飲み友達で、プライベートで親交が深いコージー冨田もテレビでは「石橋貴明」とフルネームで呼ぶことが多い。次長課長の河本準一は、テレビ番組中で「ジジィ!」と呼ぶ。
目次 |
[編集] 人物・芸風
2005年までに公表されていた高額納税者ランキングにおいて芸能人部門のトップ常連であり、相方の木梨憲武と共にランキング上位に顔を出していた。1980年~の20年間の芸能人生涯所得ランキングは、1位の小室哲哉に続き2位にランキングされている。
芸能界きっての傍若無人でかなり強烈な希有の「イジり」キャラのタレントとして有名。芸能界の同じようなキャラとしては横山やすしや上岡龍太郎、やしきたかじんなどが挙げられるが、関東のお笑いタレントの中ではこれほどの「イジり」キャラは石橋の他にはさほど見受けられない。また、言葉遣いや行動等が独創性に富んでおり上に挙げられたタレントらとも一線を画す立ち位置を築いている。
また、ストレートに物事を言うので「イジれる相手」ならば人を選ばないため、騒動を起こしてしまう事もしばしばある。「ミッキーマウスの中に人がいる」とテレビで発言し東京ディズニーランドに出入り禁止となる。フジテレビの1993年F1モナコGP中継にゲスト出演した際に、アイルトン・セナびいきが過ぎた為か、同レース中にライバルのアラン・プロストやミハエル・シューマッハにアクシデントが発生したときに、『オレがプロストのタイヤに穴開けときました』『シューマッハ、やってもぉた!』などそのことを露骨に喜ぶような言動が視聴者やF1ファンからの抗議殺到に至ったほどに大顰蹙を買ってしまい、以後のF1中継に呼ばれる事がなくなってしまったり、共演者に名誉毀損で告訴される(石橋側の謝罪により、後に提訴取り下げ)など賛否両論といえる部分もある。
「イジリ」により「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では、定岡正二、錦野旦、輪島大士といったタレント、スポーツ選手を芸能界でもブレイクさせたり、「うたばん」では「Every Little Thing」のギタリスト・伊藤一朗のおとぼけキャラにいち早く注目し、番組内にてボーカル・持田香織以上に前面に押し出し、「いっくん」というファンの間でしかわからなかったあだ名を、今や全国的なものに広めたりもした。
石橋の特徴として「メインよりもその横にいる埋もれがちな人をトコトンいじる」という事が目立つ。とんねるずのみなさんのおかげでしたの「食わず嫌い王決定戦」で若手芸人コンビが出ると、どちらかというと目立たないほうにスポットを当てたり(例:DonDokoDon・平畠、雨上がり決死隊・蛍原、など)、「うたばん」でもバンド出演の際は、ボーカルではなくベーシストやドラマーの特異な外見に注目したり、ジャニーズ系のアイドルグループが来れば中心人物の横にいそうな「天然キャラ」っぽいメンバーを好む傾向がある(嵐の大野智、KAT-TUNの中丸雄一、V6の坂本昌行など)。
生ダラで血液型占いにこだわる性格である事も判明している。タカVSサダーズのパン焼き対決で、大雑把なパンの作り方をしていた定岡正二を見て「サダは絶対、B型かO型だよ(定岡はO型)。俺はA型だから、サダみたいに大雑把なマネはしない」と言っていた。ちなみにこの後、定岡の作ったパンが黒コゲになってしまい「パンも焼けない、ロクでなしの黒焦げサダ」と言う不名誉なあだ名を定岡は頂戴した。
初の単独レギュラー番組となった「うたばん」におけるアーティストへの「イジリ」はもはや石橋の真骨頂ともいえる。特にモーニング娘。に対しては、メンバー個人個人へスポットを当て知名度上昇の一端を担った。福田明日香に対し「ボウリング娘。」あるいは「ボウリング場の靴を出す人(あるいは受付のおばさん、受付嬢の場合もあった)」、飯田圭織に「ジョンソン」、市井紗耶香に「かあさん」、石黒彩に「黒江さん」または「前へ前へ」と名づけ、その呼び名はメンバーはおろかモーニング娘。たちのファンの間でも通るほどであった。
歴代モーニング娘。メンバーの中では保田圭との絡みが特に有名なところとして挙げられる。デビュー当時、地味で空気のような存在のイメージだった保田をこれでもかとイジりまくり、一時期は「モーニング娘。出演企画=保田圭メイン企画」と見受けられるほどの注目を浴びせ、良くも悪くも保田が大注目されるきっかけにもなり、最終的には「グループの人気を低下させるウザい存在」としてメンバーからの嫌われキャラにまで仕立て上げたほどである(「番組上」としてのネタ話であって、実際の保田本人はグループ内ではサブリーダーとしてメンバーから大きな信頼を寄せられていた)。
しかし、近年のメンバーでは小川麻琴に多少注目していたものの、その他としては背景にモーニング娘。の事務所からの強い推しが当時あったとされる高橋愛のアクセントの独特さをモジり「テッテケテー」と名づけた程度である。石橋からは「薄味なイメージがあるため、イジりようがない。」との嘆きが聞かれた。同様に、可愛いと思えるグラビアアイドルやモデル・歌手・女優・タレントに対しては、一切イジらず優しい言葉で語りかけ、えこひいきするキャラを作っている。
また、番組で出身地である板橋区に関連したゲストが来ると、必ずと言っていいほど東武東上線など地元ネタを絡めたトークを始める(その際、相方の木梨が負けじと同じく出身地である祖師ヶ谷大蔵について勝手にトークに割り込み、石橋が逆に呆れてしまうパターンもある)。過去放送されていたトーク番組「第四学区」においても古舘伊知郎と板橋区トークを展開した。他にも、トーク相手の地元ネタや出身地などを笑いに変えることが目立つ。
また、スポーツ好きとしとも知られており、様々なスポーツ(プロ野球、メジャーリーグ、競馬、オリンピック、ボクシング、プロレスなど)に関する知識が豊富である。1999年秋〜2000年秋に計3回放送された「FNS番組対抗!春秋の祭典スペシャル」(とんねるず司会)では「タカvsカルトQ」という、石橋が他の出演者全員と早押しクイズを対決するという企画があり、そこでスポーツ問題が多数出題され、99年秋・00年春の2回の放送ではほとんどの問題で石橋がことごとく早押しを決めて正解した。
スポーツ観戦にも積極的で2006年3月に米国で開催された第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝の「日本対キューバ」戦においてはスケジュール多忙の中、1泊3日という「弾丸ツアー」を強行して日本が世界一になる瞬間を見届けた。ちなみに、会場で観戦する姿がテレビを通じて放映された。
そのため、スポーツ選手や関係者とは多くの友人が存在し、特に社会人野球時代から友人関係にある野茂英雄投手とは旧知の仲で知られ、大リーグ入団の際、当時マスコミなどから非難を浴びていた野茂英雄をアメリカまで駆けつけて激励したエピソードがある。現在にいたるまで野茂との交流は続いており、野茂もとんねるず関連の番組には積極的に出演している。
そんななか、芸能人やスポーツ関係者の中でも唯一松岡修造だけには苦手意識を持っている。傍若無人でツッコミ屋な性格を持つがゆえに、様々なタイプの芸能人との絡みが出来る石橋だが松岡の「熱血バカ」というキャラクター・性格からか、松岡が石橋出演の番組に出ると石橋のツッコミにも全く動じずマイペースに事を運ぶシーンが繰り返された。
とんねるず自体が「高卒」をウリにし石橋自身も貧乏出身、という環境だったため、育ちの良い芸能人には非常にコンプレックスを感じており、トーク中に皮肉を込めた羨望の言葉を発することも。その反動からか、食べ物の嗜好や趣味などは相棒の木梨と比べると高級志向な物が多い。
映画メジャーリーグ2では謎の日本人選手「タカ・タナカ」として出演。続編にあたるメジャーリーグ3にも出演した。これは、第1作が世界でヒットした作品だったが、日本での興行成績がふるわなかったために、そのテコ入れとしての起用であった。この出演のため、大抵のアメリカ人は石橋のことを知っている。スターと言って、大はしゃぎする者までいた。
2004年、堀江貴文元ライブドア社長が近鉄を買収表明したとき、広島のテレビ番組に出演し、その番組の中で堀江の提案に好意的であるということを発言した。
松田聖子、フジテレビの女子アナウンサーが好み。特に松田聖子については若い頃からの大ファンであり「うたばん」の番組内では同じく松田聖子の大ファンという中居正広との対決の形でファン度を競うクイズ企画があるほど。
毎年、夏に開催されるFNSの日のフィナーレ恒例の「フジテレビ新人アナ披露」では21世紀最初の年・2001年の立会人を担当した。現在の所、芸能人がフジ新人アナ披露の立会人を担当したのはこの回だけである。
最近では、とんねるずとしての活動は縮小傾向にあり、「MLB主義」「イシバシ・レシピ」(共にTBSテレビ)に代表されるように「料理人」「タレント」としての単独での仕事が多い。
「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」では「バラエティ番組でのテロップ編集」を導入、「うたばん」ではカメラワーク・CGを最大限に利用するなど、現在のテレビバラエティでは常套手段となった手法をいち早く取り入れたとされているが、前者のテロップ編集は関西ローカルの探偵ナイトスクープのほうが先にテロップ編集を取り入れていたという事が言われている。その一方で「第四学区」や「イシバシ・レシピ」のような素のトークだけの番組もこなす。
自身の音楽活動としては、「NHK紅白歌合戦」において別名義で2回の初出場(1991年:とんねるず、1999年:野猿)をしている。他には、工藤静香との“Little Kiss”、定岡正二・デビット伊東・福澤朗との“ANDY'S”など。公式CDリリースの無かったものとしては“矢島工務店”(木梨も参加)がある。
また輪島大士の再婚を番組で支援した事もある。
[編集] 略歴
裕福な家庭に生まれるも、小学一年の時、父・武夫の経営する「石橋化成」が倒産。板橋区成増へ移住(夜逃げ)し、その以後から極端な貧乏生活を強いられる。
子供の頃からテレビっ子で、そして意外な事に幼少の頃いじめられっ子であった(ライブのMCでの発言)。小学6年生の時『アフタヌーンショー』の『ちびっ子ものまね大会』に出演し、中学生時代には『ぎんざNOW!』に出演した。この頃からお笑いを意識し始める。
高校生の時、8時だヨ!全員集合の公開収録を見学、当時長髪だった志村けんに「あの長髪の奴、つまんねぇよ」と言っていた事を、志村けんのエッセイ・変なおじさんでカミングアウトされている。
7歳上の兄の影響で野球を始め、帝京高校野球部に入部。甲子園を目指したが、「帝京の秘密兵器」は秘密のまま終わる。交遊のある高校時代の後輩にヤクルトスワローズの元投手の伊東昭光(現ヘッドコーチ)がいる。
高校卒業後、父・武夫の勧めもあってホテルセンチュリーハイアットに就職(ちなみに同ホテルの一期生であり、就職先に同ホテルを選んだのも「うるさい先輩がいなさそうだから」というのが理由)。ここで「オレンジジュースガブ飲み事件」を起こす。その後、高校の同級生の木梨憲武と『貴明&憲武』を結成。「所ジョージのドバドバ大爆弾」に出場するも、あと一息のところで賞金100万円を獲り逃がす。次いで『お笑いスター誕生』に出演。その後とんねるずと改名し、今に至る。
貧乏でも終生誇りを捨てなかった父・武夫を、貴明は生涯尊敬しており、父は常に貴明の味方であったという。中学時代にテレビに出た事を学校側が問題視したが、武夫は「帰宅した後は学校の管轄外だ!帰宅後の子供の行動は私が責任を持つ。それを学校がとやかく言うことか!」と怒鳴り込んだ事もある。そんな父は貴明がデビューしてまもなく死去し、死去した日に友達と遊び歩いていた貴明はそれを知って「最後の最後に親不孝をした」と、死に目に会えなかった事を後悔したという。
1998年、現妻で当時女優の鈴木保奈美と電撃結婚。当時鈴木は妊娠3ヶ月、この結婚を機に芸能界を引退した。石橋には鈴木との結婚前には前妻がいた。また鈴木も離婚経験者であり、鈴木と石橋の間に3人の娘がいる。
2005年、「MLB主義」で共演した牛島和彦監督が率いる横浜ベイスターズのエグゼクティブ・アドバイザーに就任(以前は読売ジャイアンツのファンだった)。
[編集] 作品
[編集] 音楽作品
単独で活動しているもののみ。とんねるずでの音楽作品は「とんねるず」を参照。
- 1997年02月14日 A.S.A.P.(「Little Kiss」名義)
- 1997年07月23日 FREEDOM(「ANdy's」名義)
- 2001年02月14日 関東裸会の唄 (「関東裸会三羽烏」名義)
- 2001年11月21日 答 -answer is my life- (「関東裸会三羽烏」名義)
- 2004年07月07日 Smile on me (「SEIKO & Crazy T」名義)
[編集] DVD
- そろばんずく (2002年03月20日発売.とんねるず映画初主演作品)
- 銃声 LAST DROP OF BLOOD (2003年11月21日発売)
- ウルトラマンゼアス 1&2 (2004年8月27日発売)
- 星野仙一物語 ~亡き妻へ贈る言葉 (2005年9月25日発売)
- メジャーリーグ2 (2000年6月21日発売)
- メジャーリーグ2 (2004年3月05日 発売)
- メジャーリーグ お買い得パック <初回限定生産>(2004年3月5日発売)
- メジャーリーグ3 (2000年7月19日発売)
- メジャーリーグ3 (2004年3月05日発売)
- メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2005年9月30日発売)
- メジャーリーグ2 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
- メジャーリーグ3 <期間限定生産> (2006年6月2日発売)
- イシバシ・レシピ 前編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の前半12回分を収録)
- イシバシ・レシピ 後編(2005年2月16日発売.2003年よりTBS系列にて放送分全24回の後半12回分を収録)
- イシバシ・レシピ2 (2006年1月18日発売.2005年1~3月放送分を収録)
- イシバシ・レシピ ~お袋の味~(2006年1月18日発売)
[編集] 出演
単独で活動しているもののみ。とんねるずでの出演作品は「とんねるず」を参照。
[編集] テレビドラマ
- PUFFYのドラマ ワイルドでいこう(1997年、日本テレビ)
- 今夜、宇宙の片隅で(1998年7月~9月、フジテレビ)
- レッツ・ゴー!永田町(2001年10月~12月、日本テレビ)
- ブラックジャックによろしく (2004年1月3日、TBS)
- 星野仙一物語 ~亡き妻へ贈る言葉~(2005年1月2日、TBS)
[編集] バラエティ
☆は放送終了のもの・★は現在放送中
- ★うたばん (1996年10月15日から放送、TBS)
- ☆第四学区 (1999年、フジテレビ)
- ☆石橋を叩いて笑う~ゴッホの耳~(2002年、テレビ朝日)
- ☆石橋を叩いて笑う~ゴッホの耳2~(2003年、テレビ朝日)
- ☆イシバシ・レシピ (第1期2003年10月から2004年3月、TBS)
- ☆イシバシ・レシピ2 (2005年、TBS)
- ☆イシバシ・レシピ (第3期2005年10月3日から2006年3月27日、TBS、月曜24:55~25:25)
- ☆MLB主義 (2004年、TBS)
- ☆MLB主義'05 (2005年、TBS)
(メジャーシーズン中は『MLB主義』、シーズンオフには『イシバシ・レシピ』というローテーションで交互に放送されていた)。
- ☆ブレインサバイバー (TBS特別枠にて3回放送)
- ☆石橋新鮮組(テレビ朝日にて特別枠にて1回放送)
[編集] ラジオ
- 石橋貴明のレディオイシバシーノ(仮)I、II(ニッポン放送)
[編集] 映画
※括弧内は左から初公開年月・興行会社を表記。
- メジャーリーグ2 (1994年6月、東宝東和、ハリウッド映画)
- 悪魔たち天使たち (1995年5月、東宝東和ハリウッド映画)
- ウルトラマンゼアス (1996年3月)
- ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影 (1997年4月)
- メジャーリーグ3 (1998年6月、東宝東和、ハリウッド映画)
- 銃声 LAST DROP OF BLOOD(2003年6月14日、ザナドゥー)
- SUKIYAKI WESTERN DJANGO(2007年)
[編集] 書籍
- 第4学区(2000年9月発行。集英社インターナショナル・1999年4月~9月にフジTV系で放映されたものと、未放送分を収録したもの)
[編集] ものまねレパートリー
- サリーちゃんのパパ(「魔法使いサリー」より)
- 星一徹の眉毛(「巨人の星」より)
- アントニオ猪木
- 田村正和
- 萩原健一
- ブルース・リー
- 舘ひろし
- 田中邦衛
- 田中角栄
- 石田弘(ダーイシ・ダーイシ男、フジテレビ役員待遇エグゼクティブプロデューサー、フジパシフィック音楽出版取締役)
- 玉置浩二
- 新沼謙治
- 高校の頃の食堂のおじさん
- 薬師丸ひろ子
- 宮里藍