巨人の星
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『巨人の星』(きょじんのほし)は、梶原一騎原作、川崎のぼる画の、いわゆるスポ根野球漫画。 並びにこれを基にしたアニメ作品。
目次 |
[編集] 概要
主人公の星飛雄馬は、父一徹により幼年時から野球のための英才教育を施される。プロ野球の読売ジャイアンツに入団後、ライバルの花形満や左門豊作らに大リーグボールを武器に戦う。梶原一騎原作・川崎のぼる作画。
漫画は1966年から1971年まで『週刊少年マガジン』に連載され、TVアニメ化もされた(1968年3月30日~1971年9月18日によみうりテレビ系で放映、全182話)。後に続編『新・巨人の星』が描かれて1976年から1978年まで『週刊読売』に連載され、こちらもTVアニメ化された(1977年10月1日~1978年9月30日・1979年4月14日~9月29日の2期に渡りよみうりテレビ系で放映、計75話)。アニメ映画も7作品が製作されている。
2002年10月にWOWOWで『巨人の星【特別篇】 猛虎 花形満』が放送された。これは、花形満の視点で、TVアニメ『巨人の星』全182話を再構成したものである。
2006年8月9日より『週刊少年マガジン』誌上で、梶原一騎・川崎のぼる原作、村上よしゆき作画で『新約「巨人の星」花形』が連載開始。
2007年4月から日テレプラス&サイエンスで、『巨人の星【特別篇】 父 一徹』が放送されている。これは、星一徹の視点で、TVアニメ『巨人の星』シリーズを再構成したものになる予定である。『巨人の星【特別編】猛虎 花形満』からは、5年ぶりの作品となる。
[編集] 時代背景
長嶋茂雄の巨人軍入団(1958年)に始まり、中断をはさんで第一次長嶋政権の4年目(1978年)の中途、『新・巨人の星』として完結した。この時代は、日本が敗戦の混乱期から立ち直り、高度経済成長を経て経済大国を自認しはじめる頃に当たっている。
東京オリンピック(1964年)を前にした交通整備で、一徹のような日雇い労務者も仕事が急増し、収入が増えたことが描写されている。当時高級品だったTV購入も、飛雄馬の青雲高校入学も、こうした五輪景気の建設ラッシュ期における一徹の昼夜兼行の超人的な働きが無ければ不可能(青雲高校は、いわゆるお坊ちゃま学校であったため)であった。なお、インフラ整備や再開発はその後も続き、飛雄馬が生まれ育った長屋も取り壊されている。
登場人物(花形、伴、川上監督夫妻、オズマ)たちが海外に出かける、或いは戻る場面では、勿論舞台は羽田空港。乗客は建物から徒歩で飛行機に向かい、タラップを使って乗降していた。機材もDC-8と思われるナローボディ機材であった。国内線での移動も多々あるが、なぜかB727は登場しない。
主要登場人物の中では、星一徹、川上哲治、水原茂らが太平洋戦争への従軍を経験している。アニメ版オリジナルストーリーで沢村栄治、吉原正喜など戦没野球選手の逸話も描かれた。一方、主人公飛雄馬は、台湾が日本領であった時代を知らないか、知識としては知っていても現地で日本語が通じることには驚いてしまう世代になる。劇中で台湾側が飛雄馬たちを歓迎する文字「歓(歡)迎」「棒球団(團)」などはなぜか、戦後日本の当用(常用)漢字だった。
速水はメキシコオリンピック(1968年)の陸上競技で代表候補だった。(速水のキャラクター造形の参考にされたと思われる飯島秀雄もやはりメキシコオリンピックの代表選手である)
星飛雄馬が左腕投手として巨人に入団した1967年当時、今の東京ヤクルトスワローズがサンケイアトムズ、横浜ベイスターズが大洋ホエールズ(『新・巨人の星』世界の最終年・1978年に「横浜大洋」となりホーム球場も川崎球場から横浜スタジアムになった)、オリックス・バファローズが阪急ブレーブス(と近鉄バファローズ)、北海道日本ハムファイターズが東映フライヤーズ、福岡ソフトバンクホークスが南海ホークス、千葉ロッテマリーンズは東京オリオンズ(物語後半でロッテオリオンズ)、西武ライオンズが西鉄ライオンズだった。
- まず、阪急は『巨人の星』と『新・巨人の星』で日本シリーズのパリーグ代表として何度も登場する。
- 1967年末、二軍だった飛雄馬が速球投手としてプロ初勝利を飾った時の相手が東映フライヤーズ。漫画では東映のユニフォームのチーム名が「FLYARS」となっているが、正しくは「FLYERS」である。
- 1969年、飛雄馬が一度自滅した大リーグボール1号を復活させた時、対戦相手がアトムズ。1970年、『侍ジャイアンツ』の眉月光入団当時はヤクルトアトムズ、1977年、『新・巨人の星』の花形満の入団当時はヤクルトスワローズになっている。
- 同じく1969年、飛雄馬が出場辞退したオールスターで、花形は「近鉄のエース鈴木」からヒットを放っている。
- 1970年、飛雄馬は近鉄とのオープン戦で太田幸司と投げあい、左門の方法で大リーグボール2号に挑戦した土井正博を三振に打ち取っている。また、報道陣のリクエストに応え、試合後に握手もしている。
- 中日に移籍した伴は南海とのオープン戦に代打で出場し、皆川睦男、野村克也のバッテリーに三振に打ち取られている。その試合で、後にホームラン王を2度獲得するジョーンズが一塁を守っている。
- 同じく1970年、飛雄馬が2度のオールスターで対戦した当時の野村克也は南海の選手兼監督だった。
- この試合で野村の後に飛雄馬と対戦したアルトマンはロッテオリオンズ所属。
- 星一徹も我が子飛雄馬との戦いについて記者団に質問された際「西鉄の中西(太)監督に止めをさし、休養に追い込んだのは、義理とはいえ父の近鉄・三原(脩)監督」と、同様の例に引いている。
1967年末、花形の打撃練習を見た記者団の一人が「下手な記事など無用ノ介!」と言っている。この『無用ノ介』は当時、さいとうたかをが『少年マガジン』に連載していた時代漫画のタイトル。
1969年の初め、飛雄馬が橘ルミ、続いて日高美奈と出逢った辺りで、一徹と飛雄馬が当時を形容した「昭和元禄」という言葉を使っている。飛雄馬が参加したボウリング大会の司会が大橋巨泉。
同年、飛雄馬が大リーグボール1号で中日のオズマと対決した場面で、観客が「男なら投げてみな(←男ならやってみな?)、大リーグボール!」と叫んだ。
1969年の月面着陸に、飛雄馬は自身の挑戦精神を重ね合わせている。
1969年末~1970年初頭の伴トレードの時期には、登場人物の台詞で「アッと驚くタメゴロー」が出た。
1970年、消える魔球を打たれて勝手に帰宅した飛雄馬がテレビをつけると藤圭子が「圭子の夢は夜開く」を歌っていた。
同年、大リーグボール3号を開発した飛雄馬が文字通り巨人のスターとなっていた当時、「巨人の星の登場人物一覧→9 その他、実在の人物」にあるように『スター千一夜』で当時の有名人と対談、作中のマスコミ関係者が引田天功 (初代)や吉沢京子と飛雄馬の対談を希望する場面もある。吉沢京子は当時、梶原一騎原作の『柔道一直線』に出演中だった。
連載初期にはテレビは相当な高級品として描かれていた。星家の家計の逼迫が誇張して描かれていたためもあるが、花形や伴ら富裕層の自宅にも2台以上のテレビがあった描写はない。星家のテレビ購入により一挙に親密になった長屋の住人達は、それ以降も星家を訪れ、ブラウン管を通して飛雄馬を応援した。夏には明子が西瓜を振舞ったりするなど、星家はいつの間にかコミュニティの核となっていった。
ビデオが登場するのは「新」の時代からで、左門も花形も飛雄馬攻略にコンピュータを駆使することはついになかった。後の野球漫画で必ずといって良いほど登場するスピードガンも当時実用に耐えるものはなく、飛雄馬の球速が具体的に示されることはなかった。なお、花形が大リーグボール1号を本塁打した際、ビデオのスロー再生を行うに際して「分解写真」という言葉が使われている。
アニメの花形は親の会社の研究班に頼んで、飛雄馬の大リーグボール3号の投球フォームを分析させ、同じ魔球を投げるピッチングマシンを作らせている。
劇中で星飛雄馬の投球する姿を映したビデオが出てくるが、大きなフィルムを使い、旧式の映写機で暗い部屋で見るタイプだった。
牧場の仕事仲間が病院(診療所)で飛雄馬の「破滅」の秘密を録音したテープレコーダーも古い大型だった。
ストーリー展開上の演出のためもあるが、1969年末または1970年初頭の村山実の自宅では火鉢が使われていた。
星一家が住んでいた長屋の家には固定電話もなく、周囲の店の電話を経由するなど、不便な様子だった。9連勝の際、新聞記者が見出しにすると口にした「輝き渡る巨人の星」に感動した飛雄馬がその喜びを伝えようと、遠征先から寿司を注文してついでに折り返し電話するように伝えて欲しいと依頼する。近所の公衆電話(タバコ屋らしい)から折り返すが、かなりの長話となり、10円玉が何枚必要だったか想像もつかない。アニメで一徹が球場に電話して飛雄馬にアドバイスしようとしたときも、電話のあるらしいラーメン屋まで走るが間に合わず、飛雄馬は左門に本塁打を打たれてしまう。飛雄馬と明子はマンションに引っ越して初めて「自宅に電話のある生活」を経験する。原作で飛雄馬のマンションの部屋に電話がかかってきたのは川上監督からと京子から。
旧作の頃(1968年)台湾キャンプで四苦八苦していた飛雄馬も『新』の末ごろ(1978年初頭)には自費でハワイへ自主トレに出かけるくらいになっていたほど、この10年間で海外旅行は日本人にとって身近なものになっていた。
- その他作中で言及のあった史実の出来事と作品の中の時代の流れ
- (飛雄馬誕生前の回想場面などは省く。参考のため、同じく川上V9時代を描いた『侍ジャイアンツ』の始まりと終りも記載→詳しくは「侍ジャイアンツ」の「時代背景」を参照)
-
- 1958年 [G監督;水原]
- (作品で描かれた史実)長嶋茂雄G入団(厳密には1957年末入団発表、1958年春現役開始)。国鉄スワローズの金田正一が長嶋を4打席連続三振に打ち取る
- (作中の話の流れ)飛雄馬が長嶋に魔送球を投げつける。飛雄馬が王貞治(当時早実高)、花形満と対決
- 1959年 [水原]
- (作品で描かれた史実)王貞治25打席(または26打席)ノーヒット
- 1962年 [川上]
- (作品で描かれた史実)荒川コーチの指導で王貞治の一本足打法完成。38本塁打でホームラン王
- 1967年 [川上]
- (流れ)左腕・星飛雄馬G入団(~1970年)。打撃テストで堀内から三塁打
- 1968年 [川上]
- (史実)9/18巨人・阪神戦で大乱闘。王が触身球(死球)を受けて倒れ、長嶋が本塁打
- (流れ)長嶋本塁打のあと花形が大リーグボール1号を予告本塁打。飛雄馬が日本シリーズの対阪急戦で1号改良型を使用
- 1960年代
- (史実)学生運動、ボウリングやゴーゴークラブの流行
- 1969年 [川上]
- (史実)夏の高校野球大会決勝戦で松山商業と三沢高校が延長18回引き分け再試合の名勝負、正力松太郎逝去、巨人OBの水原茂が中日監督に就任、黒い霧事件、金田正一現役引退
- (流れ)飛雄馬がオーロラ三人娘と逢い、ついで日高美奈と出遭うが、日高美奈は病死。一徹が中日コーチに就任。飛雄馬の大リーグボール1号自滅→復活→オズマに打たれ、2号・「消える魔球」登場。金田引退記者会見で飛雄馬と伴が受付担当し、終了後、二人で金田を見送る
- 1960年~1973年
- (史実)ベトナム戦争
- 1970年 [川上]
- (史実)巨人軍日本シリーズを6連覇(最終的に1973年まで9連覇)
- (流れ)オズマ帰国。伴が中日に移籍。花形が2号を本塁打。飛雄馬、大リーグボール3号を開発。オズマがベトナム戦争での負傷がもとで死亡(アニメ版『巨人の星』)。飛雄馬は一徹・伴コンビの中日相手に完全試合達成(最後のライトゴロは微妙な判定だったが)後に失踪。番場蛮G入団(~1974年)
- 1971年 [川上]
- (流れ)年初、左門と京子の結婚式(『巨人の星』最終回、「エピローグ」)
- 1973年 [川上]
- (史実)川上巨人V9
- (流れ)飛雄馬、宮崎の日向三高野球部を臨時コーチ。番場蛮の活躍で川上巨人V9達成。番場は胴上げ投手になる(アニメ版『侍ジャイアンツ』では最終回まで1973年の設定)
- 1974年 [川上]
- (史実)長嶋茂雄現役を引退。巨人V10ならず中日セVで川上監督勇退
- (流れ)番場蛮が試合後に急死(原作『侍ジャイアンツ』最終回)
- 1975年 [長嶋]
- (史実)長嶋監督のもとで巨人軍最下位、広島東洋カープの「赤ヘル旋風」
- (流れ)『新・~』第1話で飛雄馬が入った料理店のテレビで中継された試合は、原作では巨人・阪神戦だったがアニメでは巨人・広島戦で、外木場義郎、衣笠祥雄、山本浩二が活躍。飛雄馬は草野球代打、次に「野球人間ドック」でG復帰を目指す。カープがセV、阪急日本一。長嶋の「来期、パリーグから左の大物打者を獲得予定」の言葉から伴宙太が「巨人、張本獲得」の計画を察知(アニメでは長嶋本人が「張本勲」の名前を告げた)
- 1976年 [長嶋]
- (史実)張本勲が日本ハムファイターズから巨人に移籍
- (流れ)張本がGに移籍と同時に飛雄馬がテスト生として巨人の練習と紅白戦に参加。飛雄馬、右腕投手としてG復帰(~1979年)。GセV、日本一は阪急。飛雄馬は敢闘賞
- 1977年 [長嶋]
- (史実)9/3王貞治756号ホームランを達成。GセV、日本一は阪急。江川卓がクラウンライターライオンズのドラフト指名を拒否して渡米
- (流れ)花形、ヤクルトに入団して球界復帰
- 1970年代
- (史実)後半の独居老人の孤独死の増加
- 1978年 [長嶋]
- (史実)与那嶺要がコーチとして巨人に戻る。ヤクルトV
- (流れ)年初、一徹と伴の協力で飛雄馬がハワイで特訓。現地の人から江川卓と間違えられ、与那嶺要に目撃される。この特訓で大リーグボール右1号・「蜃気楼の魔球」完成。まず、ヤクルトの花形が蜃気楼を打ち、残りの他球団相手に飛雄馬が勝ち続けたことで漁夫の利を得たヤクルトがペナントレース(勝率争い)で浮上。左門も蜃気楼を強打
- (流れ)アニメ『新・巨人の星II』終盤では花形が蜃気楼の打倒直後に倒れ引退。飛雄馬の活躍が続き、史実に反して巨人Vが実現。星一徹没。明子が花形の子を出産。アメリカに向かう飛雄馬に江川が挨拶
- 1979年 [長嶋]
- (史実)江川卓G入団
- (流れ)江川の投球練習に水木炎が乱入。飛雄馬が現役を引退しG二軍コーチに。水木炎G入団テスト合格
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] 主な登場人物(『新・巨人の星』の登場人物を含む)
- 詳細は巨人の星の登場人物一覧を参照
- 星飛雄馬(ほし ひゅうま、声優:古谷徹)
- 本作主人公。時に挫折しつつ、努力と根性で只ひたすらに“巨人の星”を目指す。
- 星一徹(ほし いってつ、声優:加藤精三)
- 飛雄馬の父。飛雄馬に数々の試練を与えた“野球の鬼”。最終的には自身が敵と化し、飛雄馬の前に立ちはだかる。
- 星明子(ほし あきこ、声優:白石冬美)
- 心優しき飛雄馬の姉。母のいない星家唯一の女性でもあり、飛雄馬にとっては母親に限りなく近い存在。
- 伴宙太(ばん ちゅうた、声優:八奈見乗児)
- 飛雄馬とは青雲高校からの友人。義に篤く涙もろい。物語後半では中日に移籍。一徹と共に星の敵となる。
- 花形満(はながた みつる、声優:井上真樹夫)
- 飛雄馬を“我が生涯のライバル”とみなし、挑み続ける花形モーターズの御曹司。阪神に入団。新約「巨人の星」花形では主人公を務める。
- 左門豊作(さもん ほうさく、声優:兼本新吾)
- 飛雄馬が高校時代より縁を持った、熊本出身の巨漢スラッガー。大洋に入団。
- アームストロング・オズマ(声優:小林清志)
- 元アメリカ大リーグ・セントルイス・カージナルス選手。一徹のいる中日に契約選手として入団。
- 速水譲次(はやみ じょうじ)声優:羽佐間道夫
- 元陸上競技候補生の巨人軍選手。
- 牧場春彦(まきばはるひこ)声優:野沢那智、仲村秀生、富山敬
- 常にスケッチブックを持ち歩いている漫画家志望の青雲高校生。後に漫画家。
- 日高美奈(ひだか みな)声優:松尾佳子
- 宮崎の山奥の沖診療所で働く。飛雄馬の恋の相手。
- 京子(きょうこ)声優:武藤礼子、新・新II:小山まみ(現・茉美)
- 新宿繁華街で名の知れた「竜巻グループ」の女番長。通称お京さん。後に左門の妻。
[編集] 大リーグボールの変遷
主人公星飛雄馬の駆使する一連の魔球。当時野球漫画の主人公が投じる奇抜な変化球には前例もあるが、「なぜそのような変化をするか」「それに対して打者はどう対抗するか」を推理小説風の謎解きの興味を盛り込んで描き、現在まで魔球の代名詞的存在となっている。ちなみに魔球の元祖はちかいの魔球。
それぞれの魔球の概要は以下のとおり。
- 大リーグボール1号
- バットを狙う魔球。巨人入団後、「飛雄馬の球質は軽い」というプロとしては致命的な欠点が露呈してしまう。この欠点を克服するため、漁師や禅僧の言葉をヒントにして伴と特訓を積み重ね、大リーグボール1号は完成する。当時大リーグの専売特許だった変化球の新発明を、日本人が最初にやったという意味で大リーグボール1号と名づけられた。ボクシングや剣道を体験して磨いた洞察力で、バッターの動きを予測し、バットにボールを命中させ凡打に打ち取り、ランナーがいれば併殺を狙う。投球ごとに集中を要するため、疲労の激しいのが弱点。また飛雄馬に動揺のある時は使えない。花形は(飛雄馬を試す意味もこめて)「ビーンボールではないか」と抗議したが、審判側は「狙うのはあくまでバットである」として訴えを退けた。その後花形は鉄球を鉄製のバットで受け止めて打ち返す特訓を積んでこれを打倒したが、自身も全身の筋肉が故障するという重症を負った。
- 大リーグボール2号
- 消える魔球。原理は要約すれば「グラウンドの土ぼこりをまとったボールが自身が巻き上げる土煙の中に保護色によって消える」というもの。反則投球ではないのかという指摘は、作中では慎重に退けられている。すなわち、投球時に飛雄馬が高くあげた右足が土ぼこりを舞い立てる、その中にボールを投げ込む、ボールが自身の回転によって土ぼこりを巻き込むのであるから、反則ではないという論理である。これが実際のプロ野球においてまかり通るかはさておき、上述の「謎解きの興味」をもっとも掻き立てた魔球であり、古今もっとも有名な魔球のひとつであることは間違いない。
- 魔送球の最も進化した形とされ、ボールは消える瞬間に地面スレスレまで移動し再び見える頃に浮き上がってキャッチャーミットに届くという軌道を描くため、ストレートの軌道を描いているバットには当たらないという梶原独自の理論で説明されている。
- 原作者の梶原一騎は、川崎のぼるが描く星飛雄馬の投球フォームを見て、この原理を考え付いたらしい。作中では飛雄馬が自宅マンションの屋上で美奈という少女の鞠(まり)つきを見たのがヒント。このいきさつは明子の口から一徹とオズマに知られたが、なぜか花形も「少女は片足を跳ね上げながら鞠をついていた」ということまで知っていた。これが片足を高く上げるフォームにつながり、球のバウンドが魔送球の変化に発展した可能性がある。ただ、飛雄馬は少女から「力を入れすぎると球が想わぬ方向に跳ぶ」という当たり前のことも教わっており、これが魔球にどう関係したか不明。
- 消える魔球の弱点は、その原理同様有名である。すなわち、土煙を利用するのであるから当然、「消える魔球は風に弱い」「消える魔球は水に弱い」。強風や雨天での試合では使えないのである。
- 消える魔球はまたさまざまな攻略法が試みられた魔球としても知られる。「あらかじめホームベース上に何度も倒れこみグラウンドをならしておく」「三塁ランナーが強引な本盗をしかけ、両手で土煙をふせぐ」「ユニフォームの中に水をふくませておいてスイングとともにホームベース上に撒き散らす」「ホームベース上にヘルメットを落とす」などなどである。
- 「とんねるずのオールナイトニッポン」の放送中、リスナーからの葉書で「左門は『消える魔球は風に弱い』」などと言って花形たちに打倒のヒントを教えてしまう」という話が読み上げられたが、「風に弱い」は一徹の台詞(見えないスイング→打撃妨害)で、消える魔球と左門との勝負で判明したのは「水に弱い」という性質の方(背番号の汗→ボーク)である。しかし、左門が採用した打倒策はスイングの「風」だった。一徹は試合後のベンチで、水原監督との話で「風に弱い」と言った。他にはオズマがいただけだが、一徹がこの台詞を言ったことも花形に知られていた。オズマ帰国と伴の移籍で一徹の策は「風」から「地固め」に移る。伴には見えないスイングは無理で、代わりに体重があり、受身はお手の物。
- 最終的には、それまで見せなかった一本足打法のかまえで飛雄馬の動揺を誘い、投球モーションを中途半端なものにし、ボールにまといつく土ぼこりの方を封じるという手段を用いた花形が、攻略第1号の栄誉を担った。
- また、左門が採用しなかった「水」を使う手は、花形による攻略後、アルトマンが採用した。
- 大リーグボール3号
- バットをよける魔球。人差し指一本でボールを押し出すような、独特のアンダースローから投じられる超スローボール。ホームベース上で推進力がほとんどゼロとなり、プロ選手のスイングの起こす風圧によってボールが浮き沈みし、正確なミートが出来ないという原理。張本勲いわく「大リーグボール1号の逆」。飛雄馬自身の分析によれば、誰が投げてもそうなるのではなく、自身の球質の軽さも手伝っているのではないか、という。
- 弱点として、ボールを浮沈させるほどの強振をしない、ローパワーヒッターには弱い、という点がある。そのために、ほかをノーヒットにおさえながら投手に安打を許すようなケースが多く、謎とされた。
- 1970年、優勝のかかった中日戦で、飛雄馬はこの魔球3号を駆使して9回2死までを無安打、無四死球のパーフェクトにおさえる。これは投手にだけヒットされる3号の謎にすがった水原監督が投手陣に長打狙いを指示していたためでもあった。このことから土壇場で魔球の正体を悟った星一徹のうちだした作戦は、長時間の逆立ちによって腕力を奪われた伴を代打に起用し、スイングの起こす風圧を封じるというものであり、これは魔球を打つという点においては成功し、伴は左中間を破る長打性の当たりを放った。ただし、同時に伴は体力をも奪われてしまっていたため、一塁へ走ることができず、外野からの送球と彼のベースタッチとクロスプレーとなり、一塁塁審が新人だったこともあって混乱をきたし、連盟への提訴にまで発展した。『新・巨人の星』での記述にしたがえば、この試合は完全試合として公認されたらしい(アニメでは、このクロスプレーの時点でアウトとなり、しっかり完全試合を達成している)。この1球を投じたことで、飛雄馬の左腕の筋肉は酷使に耐え切れず断裂してしまい、野球生命を絶たれた飛雄馬はこの試合の直後に失踪する。ライバルを失った伴と花形も引退した。完成までに特訓を積み重ねたものの、ライバル達に次々と攻略された1号・2号と比較して、短期間で完成した3号は左腕の崩壊という犠牲を払いながら最後まで攻略される事はなかった点で、究極にして禁断の魔球といえる。
- 大リーグボール右1号
- 『新・巨人の星』で左の代打専門として巨人に復帰し、後に右投手に転向した飛雄馬が開発した「蜃気楼の魔球」。バッターとキャッチャー、それに主審からだけ、ボールが3つに分身して見える。一徹が伴に説明した言い方では「消える魔球とは逆の変化」。原理はとうとう作中ではあかされなかったが、観客や他の野手たちからは平凡なストレートに見えるということなどから、ボールが強烈に左右に揺れ動いて分身しているわけではないらしい。本物のボールには影がある、という点を見抜かれて(最初にそれに気付いたのは星一徹)、ヤクルトで現役復帰した花形や左門に攻略される。キャッチャーもやはり影を見て捕球するので、晴れた日のデーゲームでしか使えないという弱点がある。また、投球ごとに大変な疲労を伴うらしく、3球続けて投げると続投が難しくなるほどだった。
- 結局、星飛雄馬は「バットを狙う魔球」と「バットをよける魔球」、「消える魔球」と「分身する魔球」といったそれぞれ相反する2組の魔球、合計4種類を全部投げたことになる。
- 大リーグボール右1号(アニメ版)
- 『新・巨人の星II』で開発した、原作とは原理が根本的に異なる魔球「蜃気楼ボール」。サイドスローで投げられたボールは、いくつもの分身をランダムに作り出し、捕球直前で元に戻る。アニメオリジナルキャラクターの丸目太は、最初この魔球に恐怖感を覚えていたが、猛特訓の末、完全に捕球できるようになった。原作のような目立った弱点は無く、飛雄馬は勝利を重ねていった。この魔球の弱点は「風に弱い」こと。小さな竜巻を受け、残像が消えてしまうのである。
- 妻・明子の妊娠を知った花形は、自らの野球生活にピリオドを打ちたいと思い、その最終過程としてこの蜃気楼ボールを打ち破ることにした。一徹を訪ね、大リーグボール養成ギブスを使用した特訓の末、残像を消しつつホームランを放つ「ツバメ返し打法」を習得、あと1球で完全試合だった飛雄馬を打ち破った。しかし、わが身を殺すような特訓の反動により、ついにホームイン寸前で倒れ、選手生命も終わりを告げた。
- 大リーグボール養成ギプス
- 花形は大リーグボール養成ギプスを最初に見て、「理想的な訓練法だ」と言ったが、その花形が一徹・オズマコンビより先に「大リーグボール打倒ギプス」を採用せず、鉄球と鉄バットの訓練を選んだのは謎。
- 「打倒ギプス」で特訓したオズマは普通の球でも本塁打できるようになるが、「鉄球鉄バット特訓」を選んだ花形は一時的に1号以外打てなくなった。
- 河崎実と重いコンダラ友の会著『「巨人の星」の謎』と柳田理科雄著『空想科学漫画読本』では、バネが身体の一部を挟む危険性を指摘している。
- 原作を元に検証した柳田理科雄によると、バネは肩と手首を繋ぐように関節を1つ跨ぐ形で着けるべきで、しかも常時着用でなく時々、定期的に短時間ずつ使うのが効果的だそうで、したがって漫画の通りのギプスを常時着用しなかった花形は賢明だったとのこと。
- しかし、アニメ『新・~II』では花形もギプスを採用したらしい。
- その点は一徹の技術が有ったればこそ可能とも言える。
- 大リーグボールの「検証」
- 柳田理科雄が『空想科学読本2』で大リーグボール2号を検証し、『空想科学漫画読本4』で3号を検証している。
[編集] 「ちかいの魔球」との類似点
文筆家で漫画家でもある夏目房之介は、自著「消えた魔球」(双葉社)の中で「巨人の星」と「ちかいの魔球」(原作福本和也、作画ちばてつや)との類似点を指摘している。
「ちかいの魔球」の主人公が最初に投げた魔球は、ボールの後ろの空気の渦でボールが一瞬引き戻され、バッターの間合いを崩してしまうというもの。次いで生まれた魔球は、ボールの残像により、ボールが4つに分身して見えるというもの。3つめの魔球は、主人公が足を高く上げて投球すると、なぜかバッターの前でボールが消えてしまうというもの。大リーグボール1〜3号の内容によく似ていることが分かるだろう。夏目は、大リーグボール2号は「ちかいの魔球」の消える魔球を理論的に説明したもの、と評している(「ちかいの魔球」作中では消えるメカニズムの説明はなかった)。
こういった魔球の内容に加え、主人公がジャイアンツ所属の左投げ投手である点、主人公が魔球の開発にばかり執心な点、クライマックスで完全試合達成のために魔球を投げすぎて倒れる点、ライバルのバッターがタイガース所属で長髪が特徴な点など、両作品の内容が非常に似通っていることを指摘。「ちかいの魔球」(1961年〜1962年)と「巨人の星」(1966年スタート)の両方をリアルタイムで読んでいたことを踏まえ、「はっきりいって『巨人の星』は『ちかいの魔球』のいただきです」と述べている。当時の夏目は「巨人の星」が「ちかいの魔球」の「いただき」(パクリ)であることに気づいていたため、「巨人の星」に対しよい感情を持っていなかったという。
その一方で夏目は、「ちかいの魔球」にない「梶原一騎的」な部分こそが「巨人の星」の名作たる所以と、「巨人の星」の価値も認めている。
[編集] 特訓
梶原一騎原作のスポ根漫画の特色として、特訓(「特別訓練」または「特殊訓練」の略)が挙げられる。とりわけ、『あしたのジョー』と並んでスポ根漫画の代名詞的作品である本作は、作品ストーリーに特訓という要素を組み入れる手法によって連続する対決のマンネリ化を打破し、長期に渡るストーリー展開でも持続性と緊張感の維持が可能である事を、一般に認知させた点で功績は大きい。
この手法は、
- 「特訓」⇒「新しい技(必殺技)の完成」⇒「対決」⇒「一応の決着」⇒「次の展開」
となり、「次の展開」からまた「特訓」に戻ると、勝負の循環サイクルが完成する。
これによって、主人公(飛雄馬)とライバル(花形・左門)との連続する対決も、互いに特訓を繰り返す事で切磋琢磨し、緊張感の維持を可能にした。また、「次の展開」の場面で新たな強敵(オズマ)を登場させる事によって、対決のステージを更にレベルアップさせることも可能となる。
これら一連の手法は、後に週刊少年ジャンプのキーワードとなった「友情」「努力」「勝利」という要素と融合し、『ドラゴンボール』(1984年~1995年)等数多くの作品に踏襲され(※)、「対決もの」のストーリーの延命化に欠かせない重要な手法として定着した。『ドラゴンボール』の場合、人気作品を終了させたくない出版社側の意向で作品の延命化が図られ、この手法の「勝負の循環サイクル」と「ステージのレベルアップ」が何度も繰り返された為に、「強者のインフレーション(膨張)現象」が起こり、これについていけない者は初登場時には強敵だったキャラクター(登場人物)も、作品終了時には雑魚キャラに成り下がるという弊害も生まれた。原作者の鳥山明は、関係者に無理を言って『ドラゴンボール』を終了させたといわれているが、この様に安易にこの手法を使い過ぎると、作者の意向とは違った作品に仕上がりかねないマイナス要素も内包する。
(※)『ドラゴンボール』では主に「修業(しゅぎょう)」と表現されているが、悟空・ピッコロ・ベジータ・ビーデルが「特訓」と表現した事がある
柳田理科雄が指摘しているように、普通の練習が目標に向かってレベルを上げるのと違い、スポーツ漫画の特訓は最初から本番以上の負荷をかけ、しかもスポーツジムや球場などだけでなく冬山や原生林、海、工場などが舞台になることが多い。
星飛雄馬が最初に雪山にこもったのは長嶋茂雄の前例に倣ったものらしい。大リーグボール1号開発の特訓は、ボクシングジム→剣道場→射撃訓練場→野球の練習場→川に浮かぶ小舟の上となり、消える魔球は終始一貫してグラウンドでの投球練習。3号は原作ではグラウンドでの投球だけだが、アニメでは一時、無断で失踪して竹やぶで投球練習。
花形は1号打倒が自動車部品工場での特訓で、消える魔球に対する特訓は雪山だった。蜃気楼の魔球を打つためにグラウンドで3つの球のうち、黒く塗ったものを叩く特訓をしたが、これはマスコミに非公開。
左門が飛雄馬の速球を打つためにやった「グラウンドで投手の位置を前にずらして打撃練習」は花形にもヒントを与えた。その後、消える魔球を打つ練習は冬の九十九里浜で行った。他の球団の選手に先を越されないために秘密特訓にしたのだろう。アニメでは3号打倒のため、弟・妹の協力で花形の鉄球・鉄バット特訓に近い訓練をしている。
オズマが1号を打つための「ギプス装着3連打」と、伴が2号を打つための「サッカーボール打ち」は普通のグラウンド。
星飛雄馬が1号を改良するためにやった特訓のうち、「川面に浮かぶ舟の上」、「霧の中」、「釣り糸につるして揺らした硬貨の的」は単に「悪条件」に入るもので、飛雄馬と伴はこの「悪条件」だけのために門限破りをし、日本シリーズ前半から外された。特訓の目的は「グリップヘッドを狙う」ためで、「的が小さいから制球力を磨く」のが目標である。飛雄馬はこれを事前に球団首脳に説明せず、特訓もグラウンドでしなかった。この「特訓」が目指すことを球団の協力の下で普通の「練習」でやるなら、まず、野球の練習場で打者のグリップの位置にミットか丸い的を固定し、飛雄馬がそれをめがけてボールを投げ、徐々に的をバットのグリップヘッドと同じ大きさまで小さくし、最後に防具をつけた打者に立ってもらってグリップヘッドに当てる練習をする形になるだろう。もし、これを当時の巨人軍が「哲のカーテン」でマスコミ取材禁止の条件化で行えば、飛雄馬が門限破りをする必要もなかった。
大リーグボール1号を打つための花形の鉄球・鉄バット特訓やオズマの打倒ギプス特訓を「普通の練習」でやると、打者がジムなどで普通以上の肉体改造をし、次にグラウンドでバックスイングなしの打法やバスター(バントの構えからヒッティング)を始め、これでまず内野安打を目指し、次に長打を打てるようにするという形になるだろう。
特訓の「負荷」と「場所」の特殊さのために、星飛雄馬は勝手に行方不明となり、花形もスランプになって一度はメンバーから外れている。特に飛雄馬はおそらくこういう自分勝手戦線離脱を繰り返したため、勝ち星を余り稼げなかったといえる。
勝手な挫折から特訓まで、左腕時代の星飛雄馬は思慮の足りなさと勝手な判断による規則違反、勝手な失踪がついてまわる男であった。星飛雄馬が「破滅と引き換えの一瞬の栄光」にこだわる余り、プロ入り3年で10代の内に引退し短命投手として終わったのもそこに原因がある。それも右腕投手として復帰したときは少し是正されていた。
花形はもともと飛雄馬との勝負のために野球界に入った「実業界の御曹司」で球界入りも引退も飛雄馬の都合に合わせており、したがって活躍期間は飛雄馬とほぼ同じく短期で、その代わりに飛雄馬との勝負では幾つかの特訓を駆使して他のライバルより勝っている。
左門は対飛雄馬の勝負では花形に負けて、一時はそれを気にしていたが、もともと家族を養うための職業野球が第一であり、派手な特訓なども少ない代りにプロとして長続きすることを優先しており、その意味で彼が最も現実的な野球選手として成功したといえる。
[編集] 批判意見と問題点
[編集] 他の漫画家からの批判
本作を「野球を知らない人間のかいた話」「ああいう漫画だけは描くまいと思った」と断じる人物がいる。本作以降の野球漫画の第一人者水島新司である。野球漫画の第一人者の地位を不動にしてからも、おりにふれて『巨人の星』批判をくりかえし、中には言いがかりに近いものまであるが、その趣旨はおおよそ以下の様なもの。
- (内容面)野球を苦行か試練の様に描いている。もっとおおらかで楽しいものである野球が、「野球道」というものになってしまっている(あくまで言葉の上だが、水島漫画にも「球道くん」という名の作品およびキャラクターがあり、「球けがれなく道けわし」という標語が出てくる)。
- (描画面)マウンドにピッチャープレートが引いていなかったり、ダイアモンドを上空から見下ろしたシーンで、野手の守備位置が明らかにおかしかったりしている。実在選手の利き手や背番号の間違いなど取材不足も多い(これはしかし、水島自身もしばしば犯しているミスではある)。
- (作品自体について)人気球団の巨人を舞台にすればヒットしてあたりまえ、他の不人気球団で勝負しなかった梶原一騎は男じゃない(上述の「言いがかり」に類するもの)。
ただし、かく言う水島にしても野球漫画家としてスタートするに「打倒巨人の星」が目標だったと語っており、けっして無視できない先行のヒット作だったのは確かである。描画面での細かい間違いを、後年にいたるも指摘しているが、それほど本作を精読していたということでもある。『巨人の星』より現実離れした『黒い秘密兵器』や『アストロ球団』はもっと批判すべきということになるが、『巨人の星』を批判するのも『巨人の星』が大作だからである。
また、『巨人の星』では高校で活躍した飛雄馬も巨人に入ると様々な壁にぶち当たり、実際に新人時代の長嶋や王が不振に苦しんだことも紹介され、「プロの厳しさ」がリアルに出ている反面、『ドカベン (プロ野球編)』では山田や岩鬼が入団直後に簡単に本塁打を打ったり、不知火が初登板でノーヒットノーランを記録するなど、おおらかでありながら現実の野球界や実在の野球選手を甘く見ているような展開になっている。
そもそも「野球を知らない人間のかいた話」というのはファンにとっては周知の話で、梶原一騎はその数々の代表作から言って格闘技漫画の原作が專門であり、川崎のぼるも『巨人の星』の話を受け取ったときは、野球を知らないというので一度は断っている。川崎のぼるの他の代表作も人間ドラマのほうが主体であり、「野球」はたまたま題材にしただけである。むしろ「野球を知らない」立場だった原作者と漫画家があれだけの野球漫画のヒット作を作れたことこそ評価すべきで、水島新司やちばあきお、あだち充も梶原野球漫画による土台がなければヒット作を作れたか疑問である。
梶原一騎は格闘技漫画が專門に近く、初めから柔道や空手のような「道」を描いており、「野球」は単に舞台の1つに過ぎない。また、『巨人の星』は人間成長漫画であり、「野球」そのものを描くのが目的ではない。作品はスポーツ根性ものだけでなく、『夕やけ番長』、『愛と誠』に及ぶ。
『巨人の星』は原作者が格闘技漫画の乗りで話を作ったので、特訓から勝負まで普通の野球を描いておらず、個人と個人の勝負が中心になっている点は、このWikipediaやそれに関する「星飛雄馬」、「一徹」の解説にあるように、ファンの間でも周知の事実である。
手塚治虫は梶原一騎の世界をなかなか理解できなかったようで、スタッフに『巨人の星』を見せ、「これのどこが面白いのか教えてくれ」と頼んだらしい(それでも「巨人の星対鉄腕アトム」というアニメは作られた→「その他エピソード」の項目参照)。その手塚は水島新司に対しては「あなたは野球ばかり描いていればよくていいね」と言い放ったと言われる。
水島新司の『ドカベン』などを見慣れてから『巨人の星』を見ると、これは野球に舞台を借りた格闘技漫画(個人と個人の勝負が中心)だとわかる。それでも『新・~』になるとチームの勝敗や勝率争いまでが視野に入る。今でこそ梶原作品は「野球漫画の元祖」のように言われているが、もともと、『ちかいの魔球』や『黒い秘密兵器』のような前例があり、『巨人の星』が格闘技の「道」に近いのに対し、『黒い秘密兵器』は野球を舞台にしたSF忍者漫画であった。『巨人の星』はそれらよりも現実的な野球漫画を目指していた。梶原野球漫画に対抗してリアル路線を目指したような水島新司やちばあきおも、長い目で見れば『巨人の星』の路線を受け継いだ延長線上にあると言える。また、『ドカベン』に出てくる「秘打白鳥の湖」は『侍ジャイアンツ』で大砲万作(アニメではウルフ・チーフ)が使った「大回転打法」に近く、新変化球の「ドリームボール」や「さとるボール」の発想も「大リーグボール」などの先駆けがなければ受け入れられたかどうか疑問である。
そもそも「野球漫画」自体が漫画全体の縮図のように多種多様なので、「野球漫画はかくあるべし」という決め付けには無理がある。
[編集] 各種関連書籍が指摘する主人公の性格の問題点
また、明らかに『巨人の星』ファンである河崎実と豊福きこうも、星飛雄馬の勝手な「簡単に絶望し、戦線離脱」の癖を指摘し、「プロ失格」、「プロ意識が薄い」と批評している。特に大リーグボール1号をオズマに打たれた後、飛雄馬が川上監督の登板命令に逆った所や、消える魔球を花形に打たれてそのままマウンドを降りて帰ってしまった事がその例である。しかし、この Wikipedia でも言及されているように続編の『新・巨人の星』では飛雄馬の身勝手さは改善されており、豊福きこうも「飛雄馬の人間的成長」と評価している。人間成長漫画は話の流れを見る必要があるが、批判はどうも左腕時代の初期の固定したイメージを批判しているだけで、『新・~』の最後まで目が届いていない。ちなみに、豊福きこうは水島野球漫画と梶原スポーツ漫画を両方、評価している。
梶原作品のファンである柳田理科雄も、『巨人の星』の筋を要約して「元野球選手の息子が巨人に入り、変化球を3つ開発するが、投げすぎで腕を壊し、若くして引退する話」と解説しており、彼が協力した空想科学シリーズの『英語読本』(著者はアメリカ人)では「星は野球を続けるために魔球を開発したと言いながら、魔球を投げすぎてたった3年でやめるなんてどうかしている」という突っ込みが書かれてある。これは10代の頃の飛雄馬が「父親に認められたい」という一心だけで野球をしていたため、親父相手に完全試合を達成し玉砕する道を選び、選手生命を自ら縮めた結果である。ファンにとっては、そういう批判も「支持」の範囲内である。また、『新・~』では20代後半の飛雄馬は親父でなく長嶋巨人のために戦うようになり、もはや、一徹の「作品」ではなくなっている。
[編集] 批判に対する作中での説明らしきもの
また、『巨人の星』では、一徹の「しごき」の是非や、大リーグボール1号のルール上の問題、飛雄馬の極端な性格の問題について、作者が作中で世間からの批評、批判に答えているような節がある。
- 初期『巨人の星』連載当時、すでに一徹のようなスパルタ教育は過去のものとなっており、作中でも星父子は「めずらしい父子」と看做されて、報道陣が星家の長屋におしかけている。また、大リーグボール1号を打った花形を評価した一徹は、明子から「打たれたのは飛雄馬よ」と攻められると、「我が子でなければ関心なしなどというのはそこらの教育ママにでも任せておけ」と言っている。ただし、その直後に「できうれば我が子が見せてほしかった、本当の男のかっこよさを」と言って泣いている。大リーグボール3号出現後、花形が明子に自分の生い立ちを語った所で、花形は一徹・飛雄馬について「日本中でふわふわと根無し草のように西洋化しつつある中で、古き良き日本を守る姿だった」と評価し、英国留学からブラックシャドーズ時代までの自分に対しても、「西洋かぶれの先頭を切っていた」と自省している。
- 花形は大リーグボール1号との対決で、審判に「これはビーンボールではないか」と詰め寄り、ルールブックの一部を暗唱までしており、主審は「星投手が狙うのは打者の肉体ではなく、バットだ」として「ビーンボールではない」と説明している。これは「バットを狙う球はビーンボールではないか」という世間からの批判があった場合、それを牽制する效果がある。ルールに基づく抗議は研究家の左門がやりそうな事で、もともと花形はルールより熱と意気で野球をやる男であり、2号との初対決でも「一選手に抗議権はないぞ」と森から注意されても飛雄馬への抗議を続けていた。1号のルール面の問題については作者が花形の台詞を借りて読者に説明をした可能性がある。しかし、スポーツ漫画にルールを当てはめるのは限界があり、梶原作品でも『侍ジャイアンツ』になるとルールも関係ない世界になっている。
- 左腕時代の飛雄馬は、魔球での絶頂と、打たれた後のどん底の繰り返しだった。大リーグボール1号が花形やオズマに打たれた時、川上監督や明子が「他の打者には通用する」と助言しても飛雄馬は受け入れない。終盤近くの「すべてかゼロか!」で川上が「星、君の生き方、考え方は(両)極端にかたよりすぎとるぞ」という指摘をしている。直後のオールスターでアナウンサーが「2つの魔球は花形やオズマに敗れただけで、他の打者には通用するのではないか」という「一部ファンの声」を紹介するが、解説者の金田が「そうは言うても相手はプロやからねえ」と反論しており、実際に野村とアルトマンが消える魔球を打っている。『新・巨人の星』では右腕の飛雄馬が蜃気楼の魔球を花形に打たれた後も、「他の球団には通用する」という長嶋監督からの助言を受け入れ、登板を続けた。左腕時代と比べると相当な進歩で、これは初期の『巨人の星』へのアンチテーゼでもある。
[編集] ファンによる新旧の評価の違い
同じ『巨人の星』ファンの間でも旧作と『新・巨人の星』における、飛雄馬や一徹のキャラクターの違いを批判する意見もある。特に旧作を重視する人の中に、
- 投手生命とひきかえに最大の敵である一徹といわば刺し違えたはずの飛雄馬が、その後もずるずると現役にしがみつく選手になってしまっている。
- リングで真っ白に燃え尽きた『あしたのジョー』の矢吹丈や、世界タイトルを獲得目前に子供をかばって事故死した『タイガーマスク』の伊達直人ら、他の梶原作品の主人公と違い、「死に場所」を失ってしまったため、彼らと比較してその「余生」はあまり潔いものとはいえなくなっている。
という声もある。 これらに対しては上述の様な「飛雄馬の人間的成長」や、特定のライバルを相手に一瞬で燃え尽きることを許されない野球という団体球技の悲劇性を盛り込んでおり、むしろリアルであると評価する意見も多い。
また、続編を作る際にやむを得ず設定を変えたか、作者が前の設定を覆した場合も多い。
右利きを左利きに直された飛雄馬も箸を持つときは右手を使っていたが、『新・~』の冒頭ではその設定が忘れ去られている。実際は少年時代、左投げで練習していた飛雄馬は箸を右で持ったり左で持ったりしていた(星飛雄馬の「幼少期」の項目参照)。
左腕編のアニメでは、初期の段階で飛雄馬がスイッチピッチャーを目指す話があった。第05話 「幻のスイッチピッチャー」である。
また飛雄馬の左腕破壊も『新・~』の雑誌連載当時は「肩を壊した」という平凡な設定に変えられており、旧作を知らない人のために設定をわかりやすくした形跡がある。この「肩の故障」という記述は連載直後発行の大型の単行本やその後のデラックス版でもそのままで、1995年以降に発行された講談社漫画文庫でようやく「腕が壊れた」という本来の設定に戻った。しかし「大リーグボール」の項目にあるように、飛雄馬の左手は物をつかめるようになっており、飛雄馬の左腕を診察した医者が述べた「左手の機能そのものを失う」という台詞と矛盾している。
また、アニメ版『新・巨人の星』第3話でも、一徹と飛雄馬の台詞で「飛雄馬は完全試合と引き換えに左肩を破壊された」という話に変わっており、花形の車の中で飛雄馬が当時を語るところの回想シーンでは、右腕編最終回で左腕の手首近くを押さえていたはずの飛雄馬が左肩を抑えている場面に変更されている。また、アニメでは一旦「肩」に変えた設定を「腕」に戻すことは不可能だったようで、長嶋巨人の張本獲得案を知った伴が「肩の壊れた左打ちの星はいっそう採れん」と落胆する場面では、原作の台詞の「肩」が文庫で「腕」に変更されているが、アニメの音声では「肩」のままである。
川上巨人時代に飛雄馬の左指の動きをつかさどる腕(肘から先)の筋肉がボロボロになり、ついには切れて、指を動かせなくなったというのは、左腕編の終盤に向けた重要なテーマで、原作は無論のこと、アニメでも何度も繰り返して説明された設定である。それがアニメでは何の説明もなく「肩を壊した」という設定に変わっており、これは新旧『巨人の星』の大きな矛盾点となっている。
[編集] 野球技術論の「古さ」
- 「身体の小さい投手の投げるボールは軽い」という間違った俗説は必ずしも本作のせいばかりではないが、根強く信じられた。もちろん物理学的には同じ重さの球を同じ速さで投げれば、バットに与える球の威力(重量)は同じであり、投手の体格に関係なく速い球を投げられれば球質は重いはずで、ボールの軽さ・重さの真の原因はボールの回転速度にある(ただし、芯を微妙にはずすことなどによって同速度での重い軽いといった感覚的な違いを生むことはある)。困ったことにこの漫画の論理を正しいと思っている日本の野球指導者は少なくない。『新・巨人の星』では一徹や花形は左投手としての飛雄馬の球質の軽さの原因は制球力にこだわりすぎたためや生来は右利きなのに無理に左利きにねじまげたせいのぎこちなさによるものと分析した。
- これは連載当時の野球界での俗説を作者が信じた可能性がある。それでも飛雄馬より大柄で「重い球」を投げる大内山が飛雄馬よりもONによく打たれることや、ジャイアント馬場が投手として脱落したことなど、体重が球質とは余り関係しないことが作中でもうかがえる。また、左腕時代の飛雄馬は特にライバルに打たれるヒットのほとんどが本塁打だったのに対し、右腕投手として復帰すると被安打に対する本塁打の割合が減って、三塁打以下に抑えられる割合が高くなっている。豊福きこうは巨人復帰後の飛雄馬の進歩の一例として取り上げ、「生まれつきの利き腕・右腕の潜在能力」と分析。河崎実は「飛雄馬の球質が重くなった」と表現した。これは体重との関連では説明がつかない。雪山の特訓で飛雄馬の「球質の軽さ」を本人と伴が知った場面でも、「それなら体重のある伴が投げたらいいのでは」という提案がなされていないのも不自然である。
- 1970年代後半の野球アニメ『一発貫太くん』を使った「学研まんがひみつシリーズ」の『一発貫太くん野球のひみつ』でも、「投げる人の体重と、球を打ってよく飛ぶかどうかは関係ない」ということが指摘されており、絵とキャラクターを変えて1993年に発行された改訂版でも同じ内容が説明されている。
- やはり70年代後半の『ドカベン』では賀間剛介が腕力を鍛えて「重い球」を投げ、鉛の砲丸に見えるという設定があった。
- 2003年発行のマッシュー・ファーゴ(Matthew Fargo)著『空想英語読本』の欄外注でも、「アメリカの野球界には『球質が軽い』という言い方も概念もない」と断定している。
- 日本の野球指導者は飛雄馬達がやっている「ウサギ跳び」を強要し、多くの少年達の膝を壊したりもした。
[編集] その他作画や設定の矛盾する点
- 別の項目で述べた星飛雄馬の少年時代の年齢、プロ入りした年の変更のほか、いくつか問題点がある。
- 勝負のときには飛雄馬がボールを投げるまで異常に時間がかかるため、当時「1球投げるのに30分(つまり一話)かかる」と皮肉られた。ルール的には20秒以内に投げないと(ストライク、ボールの)ボールを宣告される(公認野球規則8.04)。
- 反面、飛雄馬がボールを投げてから、キャッチャーミットに収まるまでも時間がかかることがあり、その間に会話が成り立つこともあった。例えば消える魔球が左門の風起こし作戦でその軌道が明らかになったときなどである。球速は徒歩並みの超スローボールだったのだろうか。実際には球速80キロ程度でも会話なんて無理である。もっとも、「ドカベン」などでも速球のはずなのに、岩鬼が「絶好球!」といいながらタマを打つことがあるなど、野球漫画のお約束ではある。
- 花形が阪神に入団した年の年末、練習で本塁打を連発する花形を見て嬉しそうに笑う藤本定義監督を指差し、記者が監督の心境を推察して「哲よ、ことしはいただくぜ、それが本心だろう」と言っているが、この時点での「今年」はすでに巨人の優勝が決まったあとで、花形は「来年の勝負が楽しみだ」と心で飛雄馬に語っている。
- 原作漫画でのホームとビジターのユニフォームの使い分けはめちゃくちゃで、後楽園球場の巨人・大洋戦、甲子園球場の阪神・大洋戦以外は現実と乖離している。
- 作中では大洋のホームのユニフォームは68年のオールスター戦以外はすべてビジターの「TAIYO」である。帽子のマークは左門入団直後と牧場春彦の「うっかり口すべらし」の場面では「T」(60年代前半のタイプらしい)で、終わり近くの大リーグボール3号との対決で「W」になっている。
- その他のチームはどこににいってもホームのユニフォームである場合が多い。
- 例えば70年の後楽園でのオールスター・「屈辱の“夢の球宴”」では、野村(南海ホークス)はユニフォームが「Hawks」で、アルトマン(ロッテオリオンズ)は「LOTTE」(これは現実でもビジター・ホームとも共通のロゴだったが、色が異なった)。阪急ブレーブスの長池は帽子が「H」でユニフォームが「Braves」。
- 大リーグボール3号が初登場したオールスターで張本のユニフォームの文字は「Fighters」だったが、「大根切り攻略」で一徹がこの件について語ったときの回想場面では「Braves」になっていた。
- 「血ぞめの大リーグボール3号」の後半、伴が中日球場で本塁打を放った場面では、ビジターである広島東洋カープの帽子のマークが「H」(68年~71年使用)でユニフォームは「CARP」になっている。
- 『新・巨人の星』では巨人と阪神はどこでもホーム用。それ以外のユニフォームはホーム、ビジターとちゃんと使い分けることが多くなったが、相変わらず大洋だけは本拠地でもビジター用だったり、ホーム用だったりごちゃごちゃである。例えば75年秋の川崎球場での巨人・大洋戦の場面(「泥濘の章」)では、左門の帽子が「W」でユニフォームが「TAIYO」、対する巨人は胸に「GIANTS」と書いてある。
- アニメでは絵を動かしやすくするためか、胸のマークは1字だけで、例えば巨人は「G」だけ、阪神は「T」だけになる。
- まず、人物を先に描き、後に背景を描く方法だったのか、時折、人物と背景の位置関係がおかしい場合がある。
- 1995年発行の講談社漫画文庫版8巻123ページで、オズマが見えないスイングで打った打球を顔面に喰らった観客の場面がある。スタンドを何度もはねかえって落ちるボールの軌道を示す曲線は、本来なら倒れた客の右腕の上(つまり読者から見て手前)を通るはずだが、実際の絵では曲線が腕の向こう(下側)に引かれている。ボールが勝手に倒れた客の腕の下をくぐったか、客が倒れたままの姿で宙に浮いているような格好になっている。
- 同文庫版4巻254ページにある一徹と飛雄馬が向き合っている場面で、正座する一徹の上着の一番下の端が隣の机の角の上にかぶさった形になり、一徹が正座したまま机の高さの分だけ宙に浮いているように見える。また、3ページ進んで257ページ目になると、先程のただの机がミカンの置かれたコタツに変わっている。部屋の中での一徹、飛雄馬、机(コタツ)の位置関係も大きく変わって、前半の机は読者から見て一徹の左、一徹から見て右にあったのが、後半のコタツは一徹と向き合った飛雄馬の右、一徹から見て左になっている。
- 上記2.の場面は単行本の中の「新しい門出」という一話の中だが、雑誌連載では二話にまたがっていた可能性がある。途中で作者が「正月なのでコタツがいい」と判断したのだろう。雑誌連載漫画をそのまま単行本に収録すると、多くの場合、CMを省いて録画したように、各話の境目で似た場面や台詞が反復される結果となり、他の作品では『はだしのゲン』でそれが極端に見られた。場合によっては上の例のように人や物やそれらの配置が変わっていたりする。それでも『巨人の星』では単行本収録に当たって重複した台詞を一つにまとめたような工夫の跡が随所に見られる。ちなみに『巨人の星』単行本にあるサブタイトルは雑誌連載時の話の切れ目とは必ずしも一致していない。特に最終回がそうである。
- 他の項目でも触れてあるように、絵にはおかしい点が多い。恐らくはアシスタントの作画によるミスである可能性が高い。
- 阪神の花形が練習中、監督とコーチは新聞(大洋の左門がやった速球打ち練習の記事)を見ていたが、向かって左の面長で眼鏡の人物はユニフォームの柄が左右のコマで違っている。
- 原作で、花形が魔球3号と対戦した後のインタビューで高校時代の血染めのボールの話をしているが、その回想シーンで星と花形の帽子(またはヘルメット)とユニフォームのデザインが巨人と阪神のそれに近くなっている。正確には青雲高校と紅洋高校のユニフォームのはず。
- 伴宙太が巨人軍の帽子を前後逆にかぶっている場面で、YGマークが本来あるはずのない箇所に描かれていたり、中日に移籍した後の伴宙太の帽子のマークがYGだったりする場面がある。最終回では巨人軍の捕手・森の顔が伴だったりする。
- 最終回で伴が最後に打った場面では打席を三塁方向から見た構図で打球が手前に大きく描かれ、三遊間ないしはレフト方向に飛んだように見えるが、外野に飛んだ場面では一塁を超えたライトのポール近くに飛んでいる。そしてライトからファーストへの返球がセカンド経由になっている。アニメのスタッフもこの問題点に気付いたようで、テレビ版では最後の打球はレフトに飛んだことになっている。
- 『新・巨人の星』で飛雄馬が伴重工業のグラウンドのベンチから巨人の星を見上げる場面で、手に巻いたはずの包帯が描かれていない。
- 飛雄馬が打撃練習から投球練習に移る際、“ビッグ”ビル・サンダーがグラブを右手で飛雄馬に渡す場面で、反対側の左手にもう一つの大きなグラブが突然現われている。飛雄馬に渡したグラブより格段に大きい。柳田理科雄が『空想科学漫画読本』シリーズで「サンダーの手は大きすぎて、普通のグラブでは手が入らないはずだ」と指摘している。また、サンダーがスイッチピッチャーで、グラブを左右二つ持っていたか、大柄なので專用のグラブを隠し持っていた可能性もある。ただ、ミットは共用のようで、飛雄馬が思わず右で投げた直後、サンダーは伴が使用したミットをそのまま拾ってはめている。
- 「時代背景」の箇所にもあるとおり、飛雄馬がプロで初勝利をした相手の東映フライヤーズ(FLYERS)のユニフォームのロゴが「FLYARS」になっている。また、この二軍戦のほとんどの描写では東映のベンチに当たる箇所に椅子はなく、選手たちはグラウンドに直に座るか立っていたが、1コマだけ木でできたベンチのような長椅子が描かれている。
- マスクをつけたキャッチャーの顔を橫から見た絵では、顔の目の箇所が描かれていない場合が多く、まるで透明人間が帽子をかぶってマスクをつけたように見える。また、捕手の交代が描かれていないのに、試合の途中で捕手の背番号が変わっている場合もある。
- 川上監督が一徹に巨人二軍コーチ就任を要請して一徹が断った時、二人の新聞記者が壁の向こうの隙間に隠れて話を聴いており、長屋の住人に発見されている。当然、新聞記事となるが、どうやって撮影したのか写真までついており、川上監督と一徹が会話している場面、さらに一徹の顔写真も載っていた。
- 原作『新・巨人の星』冒頭で飛雄馬が入った料理屋のテレビで巨人・阪神戦を中継していた。マウンドは巨人の新浦で阪神の攻撃中。アナウンサーは「三回にしてすでに阪神は六点の大量リード」と言っていたが、スコアを見ると
-
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 T 3 0 2 0 1 0 3 0 0 G 0 0 1 0 0 0 0 1 0
- 3回表阪神攻撃の時点で5点リードにすぎず、阪神が6点目を獲ったのは5回表。しかも3回裏で巨人が1点返しているので5回表でも5点差になっている。アナウンサーも間違うようである。アニメでは設定が変わり、巨人の相手は「広島東洋カープ」になっている
- 上記の飲み屋での話の後、助っ人の飛雄馬が劇中で2度目の本塁打を打った場面では、「ワワッ、やりやがったぁ~~~ッ!!」という台詞の右のコマに喜んだ顔が3名、左のコマに落胆した顔が4名描かれている。表情からは両チームの監督と選手のように見えるが、帽子のマークを見ると両方とも同じ「M」になっている。その下のコマで打たれた投手が所属する相手チームの帽子にあるイニシャルが「D]で胸のチーム名は「DONGURIS」だとわかる。飛雄馬に助っ人料を渡したのは、当然、喜んだ側の「M」の監督らしき人物で、胸にある文字は「DONMIS」のように見える。なぜ帽子に「M」とあるのか、また、同じ「M」の帽子を被った4人が、なぜ落胆したのか謎。草野球でも「会社名または地域名」と「チーム名」で分けているのかも知れない。
- 『新・巨人の星』において、飛雄馬が右投手としてはじめてマウンドに上がった対阪神戦、掲示板に書かれた阪神のメンバーを見ると、1番・藤田、2番・中村、3番掛布となっているが、実際には1番・中村、2番・島野、3番・掛布となっている。また、巨人のメンバーもセカンドの選手は、ジョンソンになっているが、その回の守備ではセカンドに土井が入っており次の回の代打でジョンソンが出ている。そしてその代打で飛雄馬の右投手としての初の勝ち星となるホームランを放っている。
- 左腕編で花形がオズマの打法を真似て大リーグボール1号を打った試合(単行本サブタイトル「あやうし! 大リーグビール」)で、アナウンスでは阪神の打順が「3番ゲインズ」の次が「カークランド」、次が「4番田淵、5番花形」で、カークランドの打順が無視されている。
[編集] パロディ
なお「批判」とまではいかないが、本作ほどパロディ化された漫画は比類がないかも知れない。笑いの要素が一切ない悲壮で求道的な世界観、登場人物たちの強烈なキャラクター、非常に印象的な魔球や特訓の内容などが、様々な漫画などでパロディ化されている。 例えば、作品の中の飛雄馬の口癖である「俺は今猛烈に感動している!」などはもはや今日ではギャグ扱いである。 (「ああ!俺は今猛烈に感動している!」「何に?」「強いてあげれば、月がとっても青いから、ってとこかな」~進めパイレーツより)
[編集] アニメ
TVアニメ版の本作は『巨人の星』、『新・巨人の星』、『新・巨人の星II』の三作品が制作され、毎週土曜日の19時から19時30分までの30分番組として、よみうりテレビ制作・日本テレビ系で全国放送された。特にメインストーリーである『巨人の星』は人気が高く、何度も再放送されDVD化もされた。アニメ版は原作の構図や表現方法をほぼ忠実に再現しているが、アニメ版独自のストーリーやダイナミックな表現方法もふんだんに盛り込まれ(特に大リーグボール3号については、花形が専用のピッチングマシンを作らせ、攻略しようとしたものの、マシンがその力に耐え切れず爆発してしまう描写や、一徹が大リーグボール3号を投げた後、あまりの激痛でうずくまり、医者に見せた所、無理な筋肉の酷使により危険な状態になると言う描写など、大リーグボール3号がいかに危険な投法なのかを、原作以上に解説している)、非常に本作の魅力を最大限引き出すことに成功したと言える。なお、最終回では番組の最後に飛雄馬、明子、一徹、花形、左門が登場、飛雄馬が挨拶して番組の終了を告げる、というシーンが登場した(本放送のみで再放送では放送されず)。
[編集] 「巨人の星」シリーズ放送後消された差別用語
巨人の星の再放送の第11話「青雲のせまき門」の回で、高校の面接中、伴PTA会長の声が消えているシーン、及びその他の回の一徹の回想シーンや「新・巨人の星」と「新・巨人の星 II」等でも時々声消されているシーンがあるが、これは工事現場の人に対しての業界差別用語「ドカチン」を言った所を取り除いた為である。当時社会問題となり、日本テレビ(系列よみうりテレビ)と東京ムービーとキョクイチの3社が相談し、消す方針を取った。その「ドカチン」は現在は差別用語とは思われないが、再燃させない為に現在も消されている。ちなみにDVDシリーズでも消されている。
[編集] 巨人の星
- 放送期間:1968年3月30日 - 1971年9月18日(全182話)
- ※各話サブタイトルについては外部リンク先の本作DVD情報ページより“ALL ABOUT 巨人の星”の“STORY”を参照の事。
[編集] スタッフ
- 原作:梶原一騎(作)、川崎のぼる(画)
- 脚本:松岡清冶、佐々木守、辻真先、斉藤次郎 他
- 演出:長浜忠夫
- 作画監督:楠部大吉郎
- 音楽:渡辺岳夫
- 協力:東京読売巨人軍
- 作画:Aプロダクション
- 音響:映音
- 現像:東洋現像所
- 制作:よみうりテレビ、東京ムービー
- 主題歌「ゆけゆけ飛雄馬」(作詞:東京ムービー企画部/作曲:渡辺岳夫/歌:アンサンブル・ボッカ)
- ナレーター:小林恭治
[編集] あらすじ
一徹と飛雄馬の父子特訓から、ライバル達と出逢い甲子園での激闘、巨人入団後に大リーグボールを開発して更なる激闘、左腕が崩壊し完全試合を達成、父子の闘いの終焉までが描かれている。本作のメインストーリー。
[編集] 新・巨人の星
- 放送期間:1977年10月1日 - 1978年9月30日(全52話)
- 新たなる栄光の星へ
- 謎を秘めた代打屋
- 再会を拒む父と子
- 果てなき野球地獄
- 伴と星・涙の再会
- 謎のビル・サンダー
- 影の友情・左門メモ
- 対エース作戦開始
- 新しい標的・タブチ
- 大どんでん返しの正体
- 背番号90との再会
- 右投げ・新たなる波紋
- 驚異の長島構想
- 電話の謎・明子の迷い
- 冷たい復帰への道
- 忍耐のキャンプイン
- 嵐の中のテスト生
- ビル・サンダーの秘策
- 鬼のスクリュー特訓
- 必殺のスライディング
- 新たなる決意・背番号3
- 背番号3への誓い
- 無念の初舞台
- 恐怖の殺人盗塁
- 飛雄馬対カケフ
- サンダーの裏切り
- 非情のバント作戦
- 血みどろの挑戦
- カケフとの対決
- オールスター戦の謎
- 大遠投の波紋
- 長島宣告の怪奇
- 王貞治ノーコン投法
- 右腕の初勝利
- 打倒! タブチ・カケフ
- 自滅の死四球
- 決戦! 飛雄馬対左門
- 奪回! 栄光のV1
- 逆転! 日本シリーズ
- 驚異! 殺人ライナー
- 真実のカムバック賞
- 父一徹の贈り物
- 闘志に燃えた友情
- 始動! 宿命の星・花形
- 喧嘩屋マックの挑戦
- 輝け栄光! 王貞治
- ミスター虎の正体
- 試練のテスト生・花形
- 華麗なる復帰
- 右投手用ギブスの成果
- コンピューター対飛雄馬
- はばたけ! 飛雄馬
[編集] スタッフ
- プロデューサー:佐野寿七、稲田伸生
- 脚本:荒木芳久 ほか
- 演出:今沢哲男
- 音楽:渡辺岳夫
- 協力:東京読売巨人軍
- 制作:よみうりテレビ、東京ムービー
- 主題歌
- コロムビアレコード
[編集] あらすじ
行方不明だった飛雄馬が草野球の助っ人として現れ、どん底にあえぐ長嶋監督を救うため、既に引退している伴の協力で再び巨人に入団する。復帰当初は代打専門の打者として殺人スクリュー・スライディングを武器に阪神の掛布と激闘を繰り広げ活躍する。花形も引退していたが、ヤクルトでの復帰を決意する。すっかり白髪になり老け込んだ一徹は飛雄馬の球界復帰に「大どんでん返し」の秘密があると語る。その秘密とは右投手として不死鳥の如く復活するというものだった。
[編集] 前作との設定の違い
前作最終回で提訴試合に発展した判定は「完全試合達成」という結果になり、左手の指を動かせなくなったはずの星飛雄馬は、復帰のため「左肩を壊した」という平凡な設定に変わっている。星が花形の車で過去を語る最後の一球の直後の回想シーンでも、飛雄馬が左肩を抑えている場面に変わっている。また、飛雄馬は一徹に負ぶさって球場を後にしたはずが、この続編では「マウンドから担架で、球場出口から救急車で運ばれた」ことになっている。試合の途中から花形の傍で観戦していた明子は、この作品では「試合終了後に駆けつけた」という話に変更されている。
[編集] 新・巨人の星 II
- 放送期間:1979年4月14日 - 1979年9月29日(全23話)
- 明日の栄光をつかめ!
- 対決! 飛雄馬対花形
- 吠えろ! 南米の虎
- 左門の握った秘密
- 王貞治の忠告
- 高校野球の暴れん坊
- 丸目、野球に賭けろ!!
- 型破りの新入り
- めざせ! 大リーグボール
- 大リーグボールへの壁
- 完成! 大リーグボール右一号
- 驚くべき魔球
- 蜃気楼ボールの秘密
- 見えた!? 蜃気楼ボール
- 悲運の天才児・難波
- 燃やせ! 青春の炎
- 恐怖・死神ゴスマン
- 飛雄馬の恋
- 愛の二死満塁
- 魔球攻略作戦
- 激烈!! ツバメ返し打法
- 蜃気楼ボール・破れる!!
- 新たなる出発
[編集] スタッフ
- 脚本:金子裕、城山昇、荒木芳久
- 演出:今沢哲男、永丘昭典 他
- 作画監督:香西隆男、荒木信吾
- 原画:前田実、鈴木欽一郎 他
- 主題歌
- 『心に汗を』(作詞:山川啓介/作曲:渡辺岳夫/歌:水木一郎)
- 『ゆけゆけ飛雄馬』(作詞:東京ムービー企画部/作曲:渡辺岳夫/歌:ささきいさお、こおろぎ'73)
- コロムビアレコード
[編集] あらすじ
右投手として復活した飛雄馬はライバルの花形・左門、南米から助っ人として阪神に入団したロメオ南条らと激闘を繰り広げる。しかしモーションに欠陥があり、投球が見破られるという弱点が見つかったため、二軍で調整をすることに。そしてF1カーに乗り込み、162km/hのスピードの中でヒントをつかみ、後輩の丸目太と特訓の末、新魔球「大リーグボール右1号(蜃気楼ボール)」を完成させる。この魔球は目立った弱点もなく、飛雄馬は一軍に復帰、勝利を重ねていた。シーズン終了間際、花形は「ツバメ返し打法」で「蜃気楼ボール」を打ち破るが、その特訓がもとで現役を引退する。ストーリー終盤では花形と明子の間に子供ができた。飛雄馬はリーグ優勝した勢いで、これまでの4種類の大リーグボールを駆使して完全試合・日本一を成し遂げたが、その息子の勇姿を見取り、一徹は一人息を引き取る。そして飛雄馬は大リーグ挑戦のためアメリカへ旅立つ。
[編集] 原作とアニメの違いの理由
「大リーグボールの変遷」の項目にあるように、原作とアニメでは飛雄馬の右腕時代の結末は大きく異なっている。
『新・巨人の星』最終回の舞台は78年だが、現実の巨人はV逸でヤクルトに優勝を明け渡した。原作ではこの「史実」を動かすことができず、シーズン中に飛雄馬の活躍も終了せざるを得なかったのだろう。一方、アニメでは歴史を「改竄」して「巨人優勝」という結果にした。
細かく見ると、原作ではヤクルトの花形が蜃気楼の魔球を打った後、ヤクルトが打倒策を秘密にしたので、巨人はヤクルト以外のセリーグ他球団に対しては、引き続き飛雄馬の蜃気楼を切り札にして勝ち続ける。その結果、ペナントレース(勝率争い)ではヤクルトが漁夫の利で浮上。こういう展開は飛雄馬が左腕投手だった『巨人の星』では有り得なかった。まもなく左門も蜃気楼を打つが王貞治の美技でアウトになる。試合は巨人が勝つがここで日本シリーズを待たずに『新・~』は終了。原作は飛雄馬のぎりぎりでの降板とヤクルトの浮上で「ヤクルトV」の事実に合わせた格好だ。
一方、アニメでは巨人が優勝し、日本一も獲得。現実のプロ球界で果たせなかった78年巨人Vをアニメで「実現」した形だが、そのために蜃気楼を打てる花形の方を途中退場させる結果になったと思われる。 『巨人の星』と『新・~』の間の『侍ジャイアンツ』でも、やはり、最終回の舞台となった74年は巨人ではなく中日がリーグ優勝したため、最後は番場蛮の急死で強引な幕切れ。一方、73年シーズンが舞台のアニメ版では番場は死なず(巨人はV9達成)、日米ワールドシリーズ(これは架空)で大リーグチームを破り巨人が世界一という結果になっている。原作が「梶原一騎」で、アニメが「よみうりテレビ」という点が共通しているのは言うまでもない。
[編集] 最高視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)
- 巨人の星 - 1970年1月10日放送の36.9%
- 新・巨人の星 - 1980年2月19日放送の28.2%
[編集] 映画版
- 巨人の星(1969年)
- 巨人の星 行け行け飛雄馬(1969年)
- 巨人の星 大リーグボール(1970年)
- 巨人の星 宿命の対決(1970年)
- 新巨人の星(1977年)
- 新巨人の星(1978年)
- 巨人の星(1982年) - 公開前年に巨人が8年ぶりに日本一になったのを記念して、冒頭部分に当時の巨人の主力選手(原辰徳ら)がリアルなタッチのアニメで登場する場面が追加されている。
[編集] パチンコ・パチスロ
- CR巨人の星(2002年・高尾)
- CR巨人の星2(2005年・高尾)
- パチスロ巨人の星(2003年・アリストクラート)
- パチスロ巨人の星2(2004年・アリストクラート)
- パチスロ巨人の星3(2005年・アリストクラート)
[編集] 夜空に輝く「巨人の星」について
一徹が「巨人星(きょじんせい)」と命名した星またはそれを含む「巨人軍の星座」が天球内のどの星々なのか、劇中ではわからない。これについて、背景や季節、一徹の指の角度から真面目に分析してホームページで発表している人もいる。
作品から分析すると以下のようになる。
- 飛雄馬が青雲高校野球部に入った1967年春、柔道部キャプテンだった伴宙太が飛雄馬との対決を経て野球部に移ることを宣言、飛雄馬は長屋の路地から「巨人の星」を仰ぎ、「巨人の星よ、今は遠いが、俺は素晴らしい捕手を得た」と心で語りかけている。
- 1969年2月の巨人軍宮崎キャンプの時期、飛雄馬と美奈は日南海岸に座り、飛雄馬は海(太平洋)の方角に見える「巨人の星」を指差していた。冬の夜に九州東岸から南東の方角に見えた星らしい。
- 1970年のシーズン中、オールスターの前で晩春から初夏あたりのころ、星一家の育った長屋がスーパーマーケット建設のために取り壊され(長屋の元住民は飛雄馬に連絡しなかった模様)、当時「青春のぬけがら」になっていた飛雄馬は現場から「巨人の星」を見上げ、「もはやスーパーマーケット上空の星にすぎん、ふふふふ」と心の中でつぶやいている。もっとも、夜空の星がスーパーマーケットの上空で固定されているはずがなく、これは飛雄馬の悲しい心理状態を表現したセリフに過ぎない。
- また、『巨人の星』の最終回の「エピローグ」で、1971年の年明け(おそらくまだ寒い冬のころ)、飛雄馬が川崎の教会の脇から夜空を見上げたときもこの「巨人の星」が見えているから、冬でも見える明るい星らしい。
- 『新・巨人の星』の「泥濘の章」(舞台は1975年の夏から秋にかけて)で、カープのセリーグ優勝が決まった時期の前後、飛雄馬と伴が伴重工業のグラウンドのベンチに座っていた場面で、暗くなり始めた秋空の高いところに見えた「一番星」が「巨人の星座の明星」らしい。そうなると「宵の明星(=金星)」の可能性もあるが、金星が「星座」を形成しているのは妙である。
- また、同じく1975年秋、日本シリーズが終わって阪急がカープを下して日本一になった日の晩、日没からさほど時間がたっていない時分に長嶋茂雄が飛雄馬の秘密練習を視察したあと、飛雄馬はまた「巨人の星」を見上げ、「巨人の星への片想い」を語っている(『新・巨人の星』「鳴動の章」、アニメ版第12話「右投げ・新たなる波紋 」)。飛雄馬は地面とほぼ垂直に真上を見上げており、「巨人の星」は天頂に見えたらしい。原作では、なぜか、夜空の中で天頂だけが大銀河のように明るかった。この時点では一徹は「飛雄馬もあの星を本当につかめたとは言えなかった」と批判的だった。
- 『巨人のサムライ炎』によると1978年「蜃気楼の魔球」を打たれた飛雄馬が1979年シーズン中に現役引退するまでの間、飛雄馬がまた「巨人の星」を指差しており、一徹は「左腕と右腕で2度も巨人の星になれた、本望と思え」と諭している。
このように季節と関係なく見えるらしいので、星座を形成する恒星で一年中見えるとすると小熊座の北極星が考えられるが、日南海岸から海の方向に星空を見た場合、方角が少なくとも90度ずれてしまう。「巨人の星」という星は「夜空でひときわ明るく輝く星」なので、北極星より明るい星、例えば大犬座の天狼星(シリウス)ぐらいの明星かもしれないが、大犬座は冬に一番よく見える星座で、春や夏には見えない。
人名としての「巨人の星」については下記の「その他エピソード」参照。
[編集] その他エピソード
- ジェイムズ・P・ホーガン作のSFで『"Giants Star"』という作品があるが、これをそのまま日本語にすると、「巨人の星」になってしまうため、日本語の題名は『巨人たちの星』になっている。ちなみに、『巨人の星』が「巨人軍に属する星という名の選手」の意味であれば、英語の人名 Starr は最後の r が2つになるので、『空想英語読本』のマッシュー・ファーゴ(Matthew Fargo)は『Starr Of The Giants』という題名を提案している。しかし、『巨人の星』の英語のタイトルは『Star Of The Giants』が慣用らしく、「巨人軍を象徴する“夜空の星”」または「巨人軍の“スター選手”」という意味になっている。もちろん、原作における「巨人の星」はこれらの全ての意味を兼ねている。
- 2004年ドラフト会議で6巡目指名の星孝典捕手(東北学院大学)が入団し、チーム創立以来初の巨人の「星」が誕生した。
- 『巨人の星』は歌も大ヒットした。『巨人の星』のレコードとソノシートは1969年6月までに計42万枚のセールス。最終的には更に売り上げを重ねたと思われる。
- 「オーロラ三人娘」の「クールな恋」は、CR巨人の星2や、「中井正広のブラックバラエティ」のオープニングテーマとして30年以上の時を経て復活を遂げた。またアニメ「巨人の星【特別編】猛虎・花形満」のエンディングにも使われ、三人娘は花形と直接関係ないので、この「特別編」ではエンディングにしか出てこない。また、1993年4月7日に千葉麗子、千葉千恵巳、山下玲子、山下真希、橋本市子によって結成されたオーロラ5人娘が『クールな恋』をカバーしている。
- エポック社のヒット商品である「野球盤」には、本作の人気にあやかって「消える魔球」機能が搭載され大好評であった。ホームベース手前で羽目板が沈んでボールがボード下にもぐりこむ仕組みで、その後も「SFF」などに名を変えて同シリーズに使われ続けた。
- 「こち亀」によれば、『目の幅涙』(目全体から滝のように涙を流す)の元祖は星明子である。真偽は定かではない。
- 一徹が怒ったときのちゃぶ台をひっくり返すシーンは、後日パロディ化もされた。ただ実際劇中で、一徹がちゃぶ台をひっくり返すシーンは一度しかなく、それも飛雄馬をひっぱたいたために、ちゃぶ台も巻き添えになっただけだった。主題歌の流れるエンディングの映像に毎回流れる事から、一徹は怒ると毎回ちゃぶ台をひっくり返すという印象がついたとされる。またちゃぶ台は丸いテーブルのイメージがあるが、実際は四角である。
- 今や整地ローラーの代名詞となったコンダラに関しては、実際にはオープニングには登場せず、第12話『鬼の応援団長 伴宙太』において登場したものである。
- 『新・巨人の星』は、花形、左門に「蜃気楼の魔球」を攻略されたところで完結しているが、その後の飛雄馬の姿は梶原一騎の次作『巨人のサムライ炎』(画・影丸穣也)で見ることができる。長く絶版状態だったが、2004年9月に海苑社から復刻された。
- 『巨人の星』では台詞がそれなりに美しかったが、連載末期、そして『新・巨人の星』以降は、台詞が非常に長ったらしく、かつまわりくどくなっている。また、「なきにしもあらず」「思わんでもなかった」「嬉しくないと言えば嘘になる」「思い当たる気がせんでもない」「みっともいい話じゃないがやるしかあるまい」「わからんでもない」という二重否定の肯定が頻出する。
- 「女にはわからない男の世界」「男の世界のことに明子は口を出すな」等の男尊女卑の言い回しが多い。また原作では難しい熟語の言い回しが多く、登場人物の台詞も「この○○にも」などのように一人称として苗字を名乗る場合が多い。
- 作中、「剛球」では「剛」の文字が使われるが、「豪速球」では「豪」という字が用いられる。アニメ主題歌の歌詞に「剛球燃えろ」とあるように、飛雄馬は当初、「剛球投手」というイメージだったが、辞書では「剛球」は速くて「重い」球という意味で受け取られることが多いらしい。後になって飛雄馬の「球質」が判明するあたりで彼の投げる「軽くて速い球」は「豪速球」または単に「速球」と表現されるようになった。ちなみに「球質の重い軽い」に関しては今の科学では疑問視されており、詳細は他項参照。
- 1995年に発行された講談社漫画文庫版の表紙のタイトルは、文字の配列により、「巨人の星」とも「星の巨人」とも読める。
- 英語の“Come on”のカタカナ表記は、スペンサーの場合は「カムオン」で、“ビッグ”ビル・サンダーの場合は「カマン」になっていた。
- 原作の『巨人の星』では飛雄馬が「中日球場」に向かう直前に書いた速達を東京のアパートで左門が受け取った。試合のテレビ中継の最中で、左門はそのまま自宅で試合を観戦したようだ。アニメでは設定が異なり、アパートで飛雄馬からの手紙を読んだ左門がタクシーで球場へ向かい、最後の一球と同時にスタンドに到着した。アニメでは最後の試合は後楽園球場だったかも知れない。アニメの最終回では花形、明子、牧場も観戦していた(花形と星明子は大阪にも職場があったのでこれだけでは球場を特定できない)。アニメ『新・巨人の星』で明子が当時を回想したシーンでは、「後楽園球場」になっている。もっとも、この場合、旧作で試合の途中から観戦していた明子が「試合終了直後に駆けつけた」ことになるなど、設定が大幅に変えられている。
- 梶原一騎の構想では中日ドラゴンズが舞台となるはずだった。しかしオファーに対して中日が難色を示したため(理由は不明)、巨人が候補に挙がった。梶原作品では中日は星一徹、オズマ、伴宙太、大砲万作といったライバルの所属球団として描かれた。
- 板東英二も登場しオズマに1球投じる。
- 実名で劇中に登場し作品を盛り上げる実在野球選手・球界関係者は、作品終了後も現役選手や監督として活躍を続け、その多くが野球殿堂や名球会入りを果たしている。
- TBS系の『テレビ探偵団』で金田正一がゲストに出演した際、アニメ版の当人出演シーンが放送された。劇中での金田はかなり辛辣な言葉を飛雄馬に投げかけていたが、本人による再アフレコではかなり穏やかになった。「巨人の星の登場人物一覧・実在野球選手」の項目参照。
- 劇中の印象的なヴィジュアルは川崎のぼるの創造によるところが大きい。大リーグボール二号の「高くあげた右足が土ぼこりを舞い立てる」コマを梶原は絶賛したという。そもそも消える魔球の原理は、川崎のぼるが描く飛雄馬の投球フォームを見た梶原が思いついたらしい。
- アニメ放送前、青年の飛雄馬の声は野沢雅子に決まりかけていた。しかし古谷徹の何かしらにスタッフは心動かされ、古谷を青年の飛雄馬役に決定した。青年期は声変わりがするので女性が声を当てるのは不自然である。
- 飛雄馬の子供時代も古谷徹が演じていたが、なぜか回想シーンでは野沢雅子が演じていた。しかし変声期前の少年の声であれば女性が声を当てても不思議はない。
- 『巨人の星』が連載終了し、翌号の「週刊少年マガジン」には梶原一騎と川崎のぼるの対談が掲載された(1971年1月24日号)。これによると、当初主人公の名前の第一候補は「星明」(ほし あきら)だった。しかし結局は、宮本武蔵と坂本龍馬のイメージを重ね合わせ、人間的に悩みながら成長するという意味で英語の「HUMAN」から「飛雄馬」となった。この「明」という名は姉に引き継がれ「明子」となった。宮本武蔵と坂本龍馬はどちらも一徹が飛雄馬に語った人生訓話に出てきており、飛雄馬の人生に大きな影響を与えた。
- 日本テレビ系のクイズ番組『マジカル頭脳パワー!!』で本作のキャラクターが出題したことがある。またテレビ朝日系の討論番組『ビートたけしのTVタックル』でも、VTRで飛雄馬・一徹・明子が出演したことがあった。
- アニメ中、戦争や後楽園球場のシーンでは、実写が使われていたことがある。
- オズマの「見えないスイング」は当時からスイングアウトでストライクになるのではといわれていた。また、飛雄馬の「スクリュー・スピン・スライディング」(回転しながらドロップキックを野手のグローブにかまして、ひるんだ隙にベースを踏んでセーフになる技)及び、掛布の「スクリュー・スピン・スライディングかえし」(その飛雄馬に下方から同様の技を仕掛け、足の裏と足の裏をぶつけて撃墜する技)も反則になるといわれていた。実際の野球ルールに照らしてみると、どちらもアウトである。
- 同じ原作者で井上コオが描いた『侍ジャイアンツ』は『巨人の星』に似ているが、『新・巨人の星』はもっと『侍ジャイアンツ』に近くなっている。主人公が打撃も得意でノーコン剛速球を投げ、コントロールが改善すると投球フォームで球種を読まれるところ、二枚目のライバルがヤクルトにいて、外国から来たライバルが阪神にいる点、主人公が「球が分身する魔球」を投げ、それが大幅に体力を消耗する点。更に、上記にある「スクリュー・スピン・スライディング」とその「かえし技」は、ウルフ・チーフの殺人スライディングを番場蛮が破った技に似ている。また、『新・巨人の星』には井上コオ作画版もあった。
- 『新・巨人の星』は大人向けの「劇画」で、絵も一層写実的になった。その分、投球や打撃のシーンはよく見るとコピーの繰り返しが多く、飛雄馬が手に巻いた包帯が途中のコマでなかったりする場面もある。(ユニフォーム、打順、点数など、絵や台詞の矛盾点は「批判意見」の項目を参照)アナウンサーや記者、観客、子供の顔は相当、ギャグマンガ風にデフォルメされており、川崎のぼるの「てんとう虫の歌」や「いなかっぺ大将」の絵と共通点が見られる。
- 『トリビアの泉』では上記の「星飛雄馬のクリスマスパーティ失敗」の他、『巨人の星』に舞台版があったことも紹介された。
- イタリアに輸出放映されたアニメ版"Tommy, la stella dei Giants"シリーズ における登場人物名は現地の視聴者の理解のため星飛雄馬がトミー・ヤング 、一徹はアーサー 、花形はアレクサンダー・ミッチェル、左門はサイモン・ホールデン、伴はチャーリー・ベン(『チャーリー・レッド』説もあり)などと置き換えられている。
- 各種アニメの名場面を特集する古舘伊知郎司会の某バラエティー番組で「飛雄馬に魔球開発のヒントを与えた実在の投手は誰か(正解は金田正一)」というクイズが出たとき、4組のタレントの回答者が出した答が「堀内恒夫」、「王貞治」、「ジャイアント馬場」の3とおり(一つは2組で重複)で、もちろん全員不正解だった。馬場は飛雄馬と大内山の会話で絵だけが出ており、また、『タイガーマスク』のほうに馬場の出番が多く、番組の出演者は記憶が混乱していたようだ。堀内は作中に出番が多いものの、飛雄馬とは入団テストで対戦しただけで、主人公に助言する場面はない。王貞治は打者として飛雄馬と何度も対戦し、大リーグボール1号の実験台にされ、「蜃気楼の魔球」を命名しているが、元投手としての飛雄馬へのサポートはノー・ワインドアップ投法を教えたくらいである。少なくとも、『巨人の星』は非常に有名でありながら、世間の人が意外と曖昧に覚えていることを示す一例であった。
- 一徹が飛雄馬に教えた坂本龍馬の台詞「死ぬときはどぶの中でも前のめり」は出典不明。また、漫画で龍馬がどぶの中で前のめりに倒れる絵が何度か出てくるが、もちろん、龍馬が実際にそういう死に方をしたわけではない。
- 一徹が飛雄馬を育てる時の教育方針の比喩として、「ライオンは我が子を谷に突き落とし、這い上がってきたものだけを育てる」という話が頻出するが、ライオンは実際にはそんな事はしない。雄ライオンは他のライオンの子供を殺す(雌は子供がいる間は雄になびかないので、なびかせる為に殺す。ちなみに猫も同様)という話が誤って伝えられたために生まれた俗説だと思われる。
- 日本テレビ系列で放送された、「前田武彦の天下のライバル」という著名人を競わせたバラエティ番組の一コーナーで、1969年9月6日に「巨人の星対鉄腕アトム」というアニメが放送された。これは飛雄馬達がアトムの住む未来に行き、アトムと野球の試合をするというコラボレーション企画であった。なお、アニメ制作は虫プロダクションで、アトムの声優は違う人が演じていた。
- よく漫画でショックを受けた時などに使われる表現「ガーン」は作者である梶原がこの漫画で使い始めたのがキッカケ(ティンティンTOWN!で明らかになった)。
- NHKラジオの特別番組「あざやかにスポーツシーン」内でラジオドラマ版「巨人の星'95」が放送された。いまだ現役の飛雄馬がオールスターでイチローと対戦する内容。古谷徹、加藤精三らが声優を務めた。「こひゅうま」と一徹が呼ぶ、飛雄馬の子供が登場するが、花形や左門は登場しない。
※かつて北海道での再放送(札幌テレビ)では、決まってスポンサーがよつ葉乳業だった。その際、古谷徹や製作元に依頼してまで独自のCMを展開していた。(牧場をバックに飛雄馬が牛乳を一杯飲むなどの内容)
[編集] 関連事項
- 梶原一騎 『小説 巨人の星』1~5(講談社、1968)
- 山本鎭雄 「劇画『巨人の星』を読む(第2部・第3部補遺)」 『社会学的世界 増補改訂版』 (恒星社厚生閣、2001)
- 河崎実と重いコンダラ友の会『「巨人の星」の謎』(宝島社、1993)
- 安恒理『「巨人の星」から「ルパン三世」まで“アフター・ストーリー”全掲載!!―気になる名作マンガ“ヒーローたちのその後”』(辰巳出版)
- 豊福きこう著『水原勇気1勝3敗12S』(講談社文庫、『巨人の星』のデータを検証している)
- 堀井憲一郎著『「巨人の星」に必要なことはすべて人生から学んだ。あ。逆だ』(講談社文庫)
- 柳田理科雄著『空想科学漫画読本1~4』
- 魔球
- コンダラ
- 東京ジャイアンツ (小惑星)
[編集] 外部リンク
[編集] 前後番組の変還
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