コンゴ民主共和国
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- コンゴ民主共和国
- République Démocratique du Congo
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(国旗) (国章) - 国の標語 : Démocratie - Justice - Unité
(フランス語: 民主主義、正義、団結) - 国歌 : Debout Congolaise
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公用語 フランス語 首都 キンシャサ 最大の都市 キンシャサ 大統領 ジョゼフ・カビラ 首相 アントワーヌ・ギゼンガ 面積
- 総計
- 水面積率世界第12位
2,345,410km²
3.3%人口
- 総計(2004年)
- 人口密度世界第22位
58,317,930人
25人/km²GDP(自国通貨表示)
- 合計(2005年)
3兆1,411億コンゴ・フランGDP(MER)
- 合計(2005年)世界第113位
69億ドルGDP(PPP)
- 合計(2003年)
- 1人当り世界第81位
356億2,000万ドル
600ドル独立
- 宣言
- 承認ベルギーより
1960年6月30日通貨 コンゴ・フラン(CDF) 時間帯 UTC +1 ~ 2(DST: なし) ccTLD 不明 国際電話番号 243
コンゴ民主共和国(コンゴみんしゅきょうわこく)はアフリカ大陸中央部のコンゴ川流域に広がり、一部は大西洋に面するアフリカ大陸で第3位の面積を持つ広大な国。1997年に現在の国名に改められたが、それまでの国名のザイールとしてよく知られる。熱帯性気候。コンゴ共和国、アンゴラ、ザンビア、タンザニア、ブルンジ、ルワンダ、ウガンダ、スーダン、中央アフリカと接する。
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[編集] 国名
正式名称はフランス語で、République Démocratique du Congo(レピュブリック・デモクラティック・デュ・コンゴ)。コンゴ共和国との区別のために、フランス語などではコンゴ・キンシャサともいう。
公式の英語表記は、Democratic Republic of the Congo(デモクラティック・レパブリック・オブ・ザ・コンゴ)。
日本語の表記はコンゴ民主共和国。
- 1885年 - 1908年 コンゴ自由国 (ベルギー国王の私有地)
- 1908年 - 1960年 ベルギー領コンゴ
- 1960年 - 1967年 コンゴ共和国
- 1967年 - 1971年 コンゴ民主共和国
- 1971年 - 1997年 ザイール共和国
- 1997年 - コンゴ民主共和国
[編集] 歴史
13~17世紀にかけてコンゴ王国が栄えたほか、南部にはクバ王国があった。1885年にベルギーの国王、レオポルト2世の私有地「コンゴ自由国」(État indépendant du Congo)となり、1908年にはベルギー政府に所有権が移され植民地に。1950年代後半からジョセフ・カサブブのコンゴ人同盟、パトリス・ルムンバのコンゴ国民運動が独立闘争を開始。
1960年6月30日にコンゴ共和国(のちコンゴ民主共和国に改称)としてベルギーから独立。カサブブは大統領、ルムンバは首相に就任。
1961年、ルムンバ首相殺害で「コンゴ動乱」が始まった。
1965年11月、モブツ商務・雇用・貿易相がクーデターで実権掌握。1995年までの30年モブツ大統領の独裁が続いた。
1971年に国名をザイール共和国(République du Zaïre)に。革命人民運動(MPR)の一党独裁制を敷いた。1990年4月、民主化要求の高まりを受け議会は11月に複数政党制への道を開く憲法修正案を可決。12月任期2期を満了したモブツ大統領が、3選を禁止した憲法条項を無視し辞任を拒否。
議会は1996年4月、東部のツチ族系ムレンゲ人の追放を決議し政府軍が攻撃。バニィヤムレンゲ等の武装組織コンゴ・ザイール解放民主勢力連合(AFDL)がルワンダ、ウガンダ、ブルンジなどの支援で反撃し、1997年5月にキンシャサを制圧。モブツ政権は崩壊し、AFDLのローラン・カビラ議長が大統領に就任、国名をコンゴ民主共和国とコンゴに戻した。大統領は司法権を除く全権を自身に付与することを発表するなど、強権支配体制を敷いた。
カビラ大統領は、ツチ族系が政権を握るルワンダなどの影響力が強まることを恐れ、政権や軍部のツチ族系の排除を始めたために、1998年8月に東部を中心として内戦に発展。国内のダイヤモンドやコバルトなどの豊富な鉱産資源に関する利権も絡み、反政府勢力RCDを主にウガンダとルワンダが、政府軍を主にジンバブエ、ナミビア、アンゴラが支援。戦闘などで住民20万人以上が死亡し、紛争に伴う食糧・医薬品不足などでさらに150万人が死亡したとされる。
政府と介入5ヶ国は1999年7月、ザンビアのルサカで停戦協定に調印(ルサカ合意)。しかしカビラ大統領は国連部隊の自由な展開を拒否し、停戦は事実上無効化した。2001年1月16日、ローラン・カビラ大統領が警備員に撃たれ死亡。長男のジョセフ・カビラが26日に後任大統領に就任。
内戦の和平協定に向け、2001年10月15日からエチオピアのアディスアベバで対話が実現。ルワンダが支持するコンゴ民主連合(RCD)、ウガンダが支持するコンゴ解放運動(MLC)、そしてRCDから分離したコンゴ民主連合解放運動(RCD-ML)の主要反政府勢力3組織などが、協議継続などをうたった共同声明に調印した。
2002年2月25日、内戦終結を目指す国内各派の対話がボツワナのマシーレ前大統領を調停役として、南アフリカのサンシティで再開されたが決裂。対話は南アフリカのプレトリアで、セネガルのニアセ前首相の仲介で再開され、反政府勢力はRCDとMLCが参加した。12月にプレトリア包括和平合意が成立し、2003年7月、合意に基づき暫定政権が成立した。
しかし政権は国内すべてを掌握しておらず、依然として内戦状態は続いている。民族対立とも相まって東部は虐殺・略奪・レイプの頻発する一種の無法地帯となっている。
2003年、北部地方にエボラ出血熱が流行。死亡者は100名以上に及んだ。また、同国を生息地とするゴリラへも感染が飛び火し、全個体数の2/3が死亡したと発表されている。
和平合意により2005年に大統領選挙と国民議会選挙を行い民主的政権に移管する予定だったが、同年7月に選挙準備の遅れを理由に延期。2006年6月までに実施を予定していたが、実施されたのは同年7月30日であった。2005年12月には、この選挙の前提としての憲法草案に対する国民投票が行われ、賛成多数で可決した。この結果を受けて2006年2月18日に新憲法が発効された。
[編集] 政治
- 政治体制:共和制。
- 大統領:ジョゼフ・カビラ(Joseph Kabila、2001年1月26日)
- 内閣:閣僚は大統領が任免。新憲法下で首相職が新設され、現在はアントワーヌ・ギゼンガが首相。
- 議会:立法・憲法制定会議(300議席)が暫定議会として機能
- 政党:ADFLの後身人民権力委員会(CPP)のほか、旧モブツ政権下の独裁政党革命人民運動(MPR)、そしてキリスト教民主社会党(PDSC)など
2002年8月、ムベキ南アフリカ大統領の仲介により、和平が成立した(プレトリア合意)。
2003年7月、暫定政府が正式に発足。
2005年12月の憲法国民投票を得て2006年7月の選挙が実現した。しかし、各地で武装組織の活動が続き、不穏な情勢の中で投票日を迎えた。
2006年7月30日、大統領選挙と議会選挙が行われた。定数500。8月20日、大統領選挙の暫定公式結果が発表された。当選に必要な過半数の得票率の候補者がなく10月29日に上位二人の決選投票が行われることになった。
独立選挙委員会の発表によると、「大統領多数派連合」から立候補したカビラ暫定政府大統領の得票数は44.81%。「コンゴ解放運動」(MLC、元反政府武装組織)指導者で暫定政府副大統領のベンバが20.03%で2位。投票率は、約2500万人の登録有権者のうち70%が投票した。
[編集] 地方行政区分
コンゴ民主共和国の地方行政は、10の州といずれの州にも属さない首都市キンシャサに区分される。
西部
- 1バンドゥンドゥ州
- 2バ・コンゴ州(旧称バ・ザイール州)
北部
- 3赤道州(バンドゥンドゥ州、オリエンタル州、2つのカサイ州と接する)
東部
- 4オリエンタル州(旧称オー・ザイール州)
- 5北キブ州
- 6南キブ州
- 7マニエマ州
中部
- 8カサイ・オクシデンタル州
- 9カサイ・オリエンタル州
南部
- 10カタンガ州
[編集] 地理
主要都市:ルブンバシ、ムブジ・マイ、キサンガニ、カナンガ、ゴマ、ムバンダカ、マタディ、ブガブ
[編集] 経済
銅、コバルト、ダイヤモンドなどを産する世界トップクラスの鉱産資源国。輸出の約9割を鉱産資源が占める。コバルトの埋蔵量は世界の約65%。かつてはウランの採掘も行われており、1945年に広島市に投下された原子爆弾の原料はコンゴ民主共和国産であった。地下資源に恵まれるものの、1990年代の内戦などでインフラは破壊され、経済は壊滅状態となっており、世界最貧国の1つとなっている。
[編集] 国民
言語:公用語はフランス語。その他にキスワヒリ、コンゴ語、リンガラ語、ルバ語など多数
宗教:キリスト教のカトリックが約半数。プロテスタントが2割。イスラム教が1割
[編集] 文化
日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
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[編集] 内戦について
[編集] 関連項目
- コンゴ民主共和国関係記事の一覧
- 自衛隊ルワンダ難民救援派遣(1994年に自衛隊がルワンダ難民救援のために当時のザイールに派遣された。)
- ジョン・ムウェテ・ムルアカ
- シンコロブエ鉱山
[編集] 外部リンク
[編集] 公式
- 政府公式サイト
[編集] その他
- 日本外務省 コンゴ民主共和国の情報
- ピグミー Pygmies of the Congo Culture and music of the first inhabitants of the Congo
- 世界の国々 > アフリカ
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