リビア
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- 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国
- الجماهيرية العربية الليبية الشعبية الإشتراكية العظمى
-
(国旗) (国章) - 国の標語 : なし
- 国歌 : 神は偉大なり
-
公用語 アラビア語 首都 トリポリ 最大の都市 トリポリ 革命指導者(事実上の元首) ムアンマル・カッザーフィー 全国人民委員会書記 バグダーディ・アルマフムーディ 面積
- 総計
- 水面積率世界第16位
1,759,540km²
極僅か人口
- 総計(2004年)
- 人口密度世界第103位
5,631,585人
3人/km²GDP(自国通貨表示)
- 合計(2005年)
413億リビア・ディナールGDP(MER)
- 合計(2005年)世界第64位
329億ドルGDP(PPP)
- 合計(2003年)
- 1人当り世界第83位
350億ドル
6,400ドル独立
- 日付イタリアより
1951年12月24日通貨 リビア・ディナール(LYD) 時間帯 UTC (+2)(DST: なし) ccTLD LY 国際電話番号 218
大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国、通称リビアは、地中海に面する北アフリカの国。首都はトリポリだが、行政機関の一部はシルテに移っている。
東にエジプト、南東にスーダン、南にチャドとニジェール、西にアルジェリアとチュニジアがある。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は、الجماهيرية العربية الليبية الشعبية الإشتراكية العظمى(ラテン文字転写 : al-Jamāhīrīya al-‘Arabīya al-Lībīya al-Sha‘bīya al-Ishtirākīya; アル=ジャマーヒーリーヤ・アル=アラビーヤ・アッ=リービーヤ・アッ=シャアビーヤ・アル=イシュティラーキーヤ・アル=ウズマー)。通称は、ليبيا(Lībiyā リービヤー)。
公式の英語表記は、Great Socialist People's Libyan Arab Jamahiriya。Great がついたのはごく最近のことである。通称は、Libya。
日本語の表記は、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国。また、社会主義人民リビア・アラブ国と訳す場合もある。 後者の名称は2004年まで用いられたが、CIA Factbook の名称変更に伴い、日本でも正式国名として前者の名称が採用された。通称は、リビア。
使用年 | 表記 |
---|---|
1951年 - 1963年 | リビア連合王国 |
1963年 - 1969年 | リビア王国 |
1969年 - 1977年 | リビア・アラブ共和国 |
1977年 - 2004年 | 社会主義人民リビア・アラブ国 |
2004年 - | 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国 |
各言語の国名に共通する Libya は、ギリシャ神話に出てくる、エパポス (Epaphus) とメムピス (Memphis) の娘、リビュエ (Libya) のことで、ポセイドンの愛人。そこから古代ギリシアでは、ギリシャから見て海の向こう側である北アフリカの地中海沿岸地域(エジプトより西)をまとめて Libyaと呼び、さらにこの語は、アフリカ大陸全体を指す場合もあったが、やがてこの名は消えた。その後、現在のリビアの領域は、北西部が首都トリポリ(アラビア語名タラーブルス)の名をとってトリポリタニア(タラーブルス)、北東部がキレナイカ(アラビア語名バルカ)、南部内陸部がフェッザーンなどの地域からなっており、16世紀にこの地を併合したオスマン帝国はこの地域全体を西タラーブルス州としていたが、1911年にイタリアがオスマン帝国からこの地を奪った際に、古名を復活させリビアとした。
[編集] 歴史
詳細はリビアの歴史を参照
7世紀にアラブに征服され、イスラム教が広がった。その後16世紀にオスマン帝国に併合、1911年にはイタリアが植民地にする。
第二次世界大戦中には連合国(イギリス)と枢軸国(イタリア、ドイツ)の戦闘が行われた。
1951年に国連の決議によりキレナイカ、トリポリタニア、フェッザーンの三州による連合王国として独立。ただし1963年に連邦制は廃止された。
1969年9月1日、ムアンマル・アル=カッザーフィーと同志の将校たちによるクーデターでトルコに滞在中だった国王イドリース1世を退位させ、現在のカッザーフィーを元首とする国家が成立した。
その後はイスラム教の原理に基づく国家を建設していったが、数々のテロへの支援などでアメリカやイギリスなどの欧米諸国と敵対していくようになっていった。
リビアの国旗は緑一色と非常に簡素だが、この国旗になるまではエジプトと共通の国旗を使用していた。しかし、エジプトが当時、リビアの敵対国であったイスラエルと国交樹立するとムアンマル・アル=カッザーフィーは怒り狂ってエジプトとの断交を決意し、同時に国旗を変えるように指示、部下に代わりの国旗をデザインさせたが、時間が足りなかったために緑一色という簡素なデザインになってしまったという。ちなみに、緑にした理由はイスラム教のイメージカラーだからである。
[編集] 地理
アフリカ大陸の北部、地中海に面しており、気候は温暖。サハラの一部で、国土の大部分が砂漠。南部には山脈が走る。降水は北部の地中海沿岸にわずかにある。
首都のトリポリ(タラブルス)、ベンガジ、第二次世界大戦当時の激戦地として知られるトブルクが主要都市である。
- リビア砂漠
- 地中海 - スルト湾(シドラ湾)
[編集] 地方行政区分
シャアビーヤと呼ばれる州・県レベルの自治体が34、
-
- クフラ(南東の端)
- フェッザーン(クフラの西、チャドに接する)
- ムルズク(フェッザーンの西、ニジェールに接する)
- 東部 アジュダビーヤー(クフラの北、ダルナの南)、ダルナほか4つ
- 首都周辺 8つ
- スルト
- ジュフラ(スルトの南、フェッザーンの北)、
- サウファジーン(スルトの西)
- ガダミス(ガルヤーンの西、アルジェリア、チュニジアに接する)
- 西部 ガルヤーン、シャーティ(ガルヤーンの南)、ゼフハ(シャーティの南東)、アウバーリー(シャーティの南)ほか1つ
その下にマハッラと呼ばれる自治体が468置かれている(2006年現在)。
[編集] 政治
リビアは人民主権に基づく直接民主制を宣言し、ジャマヒリヤと呼ばれる独特の政体をとる国家である。成文憲法は存在せず、1977年に制定された人民主権確立宣言が、その機能を果たす。またイスラム法も、主要な法の源とされている。
1969年以来、アラブ社会主義連合による一党独裁体制であったが、同党は既に解散しており、党の権能はそのまま国家機関へと移行した。以来、政党は存在しない。ただし反政府勢力は存在し、民主主義政権確立を目指すリビア民主運動やリビア国民連盟、カッザーフィー政権打倒そのものを目的とするリビア救国国民戦線、そして過激派テロ組織イスラム殉教者運動まで、その活動目的は幅広い。反政府勢力結集の動きもロンドンを中心に見られるが、王党派(イドリス国王の弟の孫が王位継承者)からイスラム過激派、民主主義派まで思惑は様々であり、反政府勢力の影響力は限定的とみられる。
リビアは直接民主制を標榜する国で、建前上国民の代表からなる議会は存在しないが、事実上それに代わる仕組みとして全国人民会議 (General People's Congress) が置かれている。議員は内閣に相当する全国人民委員会各書記(大臣)のほか、各マハッラ、シャアビーア、学校や職場などに置かれている人民委員会などから法律で役職指定されており、1000名前後(2006年現在)。法律上、リビアに元首は存在しないが、外国大使の信任状の接受は全国人民会議書記が行う事と定められており、同書記が事務的には元首代行の役割を担っている。なお、基礎人民会議には、原則18歳以上の全成人の参加が義務づけられており、年数回の会期中は市内の商店も閉店を余儀なくされるが、実際に会議に参加するのは政権に忠実な一部国民に限られ、そこでの討議内容もあらかじめ定められ不規則発言は許されないのが実態である。 内閣に相当する全国人民委員会のメンバーは、全国人民会議において選出され、首相に相当する役職は全国人民委員会書記。
[編集] 国家元首
現在国家元首に関する明確な規定は存在しないが、1969年9月1日の革命以来革命指導者の称号を持つムアンマル・アル=カッザーフィーが、事実上の元首として実権を握っている。ただし、公的役職には1970年代半ばから就いていないことから全国人民会議など公の会議には出席せず、会議後、会議出席者の「要請」を受ける形で国民への「助言」として事実上の施政方針演説を行うことが多い。
阪神淡路大震災が起きた際にはカダフィは「経済力で悪魔に奉仕してきた日本人に天罰がくだった」と国営ジャマヒリア通信を通じて声明を出した。
なお、「革命指導者」であるカッザーフィーは、各国のマスコミなどでは一般的にカダフィ大佐と呼ばれているが、「大佐」はニックネームであり、カッザーフィーが主導した革命当時の階級は大尉である。そのためリビア各軍の階級には大佐以上の階級(大将や中将など)も存在する。
[編集] 外交
リビアは反欧米・反イスラエルのアラブ最強硬派の国家である。1970年代や1980年代には欧米やイスラエルで数々のテロを引き起こしている(或いは過激派のテロの支援をしてきた)。このため欧米などから「テロ国家」と非難されてきた上、また核兵器の開発も秘密裏に進めていた。
また、1984年にはロンドンのリビア大使館員が路上で反政府デモを行っていたリビア人に大使館内から銃を発射し、デモの警備を行っていたスコットランドヤードの女性警察官のイヴォンヌ・フレッチャーが死亡。その後イギリスはリビアとの国交を断絶した。
1985年にはイタリアの客船をリビア人がシージャックしユダヤ系アメリカ人人質1名を殺害、同年にトランスワールド航空機がハイジャックに遭い人質が殺害された上、さらに同航空機が1986年に爆破テロに遭い、アメリカ合衆国はこれらの一連のテロがリビアの政府の支援のもと行われていたと断定し、リビアの最高指導者カッザーフィーを狙って空爆している。1988年のパンナム機爆破事件では国際連合に経済制裁を課せられてしまうなど国際社会から完全に孤立化した。
しかし近年は態度が軟化し、核開発の全面放棄やパンアメリカン航空機爆破事件の容疑者引渡しや犠牲者への補償にも、国として事件への関与を認めたものではないが、一部のリビア人公務員が起こした事件で遺憾に思うとして応じた結果国連の経済制裁は解除され、欧米との関係改善も進んでいる。
また、近年ではアフリカ連合の活動に積極的に参加するなど、リビア外交の重点が「アラブ」から「アフリカ」に移りつつあると見る向きもある。
この様な動きの中でアメリカはリビアを「テロ支援国家」指定から外し、その後2006年5月15日にアメリカはリビアとの国交正常化を発表した。なお、在外公館は大使館という名称を使わず、人民事務所と称しているが、アラブ圏におかれるものは「関係局 (Relations Bureau)」との名称が用いられている。
[編集] 司法
最高司法機関は最高裁判所で、その下に高等裁判所、第1審裁判所が存在する。また、国の治安に関する事案を扱う特別裁判所として人民裁判所が置かれていたが、近年廃止された。なお、多くのイスラム国家同様死刑制度がある。
[編集] 経済
パンナム機爆破事件に伴う国際連合の経済制裁が最近まで続き、かなり疲弊した。石油産出国で埋蔵量はアフリカ最大といわれている。輸出の大部分が石油で、貿易黒字を維持するため、輸出量は調節している。
近年は経済制裁の解除に伴い、一度は撤退したオクシデンタル・ペトロリウムなどの石油関連を筆頭とした外国資本が次々と流入し、それにあわせて経済状況が急激に回復してきたと言われている。
[編集] 国民
言語は公用語がアラビア語である。
[編集] 文化
日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
---|---|---|---|
[編集] 軍事
- 実戦部門 : 武装人民軍(陸軍)、海軍、防空軍(空軍部隊を含む)
- 最年少の兵士は、17歳。
- 軍事費は、13億ドル。GDP比は、3.9%。
[編集] 核開発
もともと核兵器の開発疑惑があったが、アメリカおよびイギリスとの9ヶ月にわたる秘密交渉の後、2003年12月に核兵器など大量破壊兵器開発をしていた事実を認め、即時かつ無条件の廃棄を表明、IAEAの査察も受け入れ、核兵器を全廃した。これ以降、アメリカとの半年後の国交回復など各国との関係改善が進み、2006年にテロ支援国家指定が解除された。これは核放棄の見返りを得る先例となった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- リビアからの写真
- 日本外務省 リビアの情報
- リビアをまた見なさい、古代都市、Lepcisのマグナ、ギリシャビザンティウム、RomanCyrene Ghadames、サハラ砂漠の砂漠、オアシス、湖、Tobrukの第二次世界大戦走行しなさい、旅行しなさい
- 世界の国々 > アフリカ
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