東京圏輸送管理システム
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東京圏輸送管理システム(とうきょうけんゆそうかんりシステム、通称ATOS(アトス):Autonomous decentralized Transport Operation control System)とは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が首都圏各線に導入している、鉄道に於ける列車運行に関する情報の管理及び機器の制御を行うコンピュータシステムである。自律分散型列車運行管理システムとも呼ばれる。
列車の運行管理や旅客案内を総合的に管理する列車運行管理システム(PTC)の一種であり、現在日本国内で運用されているものの中で最も規模が大きい。
日立製作所との共同開発により、1996年に中央本線・東京駅~甲府駅間に初めて導入され、順次2011年までに首都圏の17線区に導入予定で、2006年8月現在12線区に導入済みである。
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[編集] 導入の経緯
そもそも、旧国鉄からJRにかけての運行管理は、駅中心の「駅梃子(転轍機)扱い」が中心で、各種規程なども駅での運行管理を想定して構成されていた。即ち、駅は駅長の管轄下にあり、乗務員は駅長権限で制御される場内・出発信号機などで与えられる条件に従い、駅間は完全に乗務員のみの判断で運行できる(当時は列車無線もなかった)。指令は指令といいながら列車の在線位置をつかむ設備すらなく、各駅との電話でのやりとりを基に運行状況を把握し、駅の後方支援を行いながら全体的な輸送管理の調整や方向付けを行うというものである。当時は風・雨規制なども駅長権限で行われていたのである。
しかし、近年、災害は基より高密度化された運行が行われ、地震や風などの災害対策、駅間での事故などに対して迅速な判断・処置が求められる様になった。一方、国鉄末期に急速に導入された列車無線の整備で、指令と乗務員が直接会話し情報を得たり処置のアドバイスをするケースが増え、指令は徐々に情報の集約と判断拠点としての性格が強くなっていった。
一方、閑散線区に於いては、列車本数が少ない事から「駅テコ扱い」を各CTCセンターで一括統合で行う「CTC」と、それをプログラム化した「PRC」が導入され、駅要員の合理化と指揮命令系統の一本化が図られる様になった。首都圏では、PRCが埼京線に導入されたのを皮切りに、京葉線にも導入されている。
指令の「情報の集約と判断拠点」「駅要員の合理化」というのはある意味理想型ではあったけれども、当時のPRCの技術ではCPUの処理能力が追い付かず、また運転整理も特殊なキー操作を必要としたりで、必ずしも使い勝手の良いものができなかった。運行管理上、情報の迅速な入手が必要な首都圏の運行管理が旧態依然の「駅テコ扱い」で残る結果となり、「判断拠点」と言いながら在線表示もなく情報の収集は駅との電話と列車無線だけが頼りであり、早急な対策が望まれていたのも事実である。
ATOSは、東京圏の超高密度運行に対応するために、従来のCTC及びPRCなどを発展・統合させた輸送管理システムである。都内にある東京総合指令室(列車無線の呼出名称は「とうてつしれい」=東鉄指令)と沿線の駅や車両・乗務員基地などの間を光ファイバーによる高速ネットワークで結合させた「自律分散型輸送管理システム」である。
メリットとしては、従来のCTC・PRCがいわば「中央集中型」のシステムであったのと対照的に、駅の進路構成は、中央装置から事前に配信されたダイヤデータを基に「駅サーバ」で行うため、中央装置障害時でも最低限「駅サーバ」の機能が保てれば全線で運行不能に陥る事が防げるなど冗長性が高い事、また基本的に各駅の駅PRC装置で進路制御を行うため、新宿駅や八王子駅など大規模な停車場の進路制御も自動化できる事、各現業機関がネットワークで有機的に結合されているので関係社員が情報を共有できる事、オフコン・パソコンなどの汎用機器の大幅な導入でコストダウンが図れる事…などが謳われた。
輸送障害時の運行整理も特殊なコマンド入力やキー操作を廃し、ダイヤ画面上での直観的なマウス操作が可能になりイメージがつかみ易く、指令員の入力内容が自動反映されて指令員の負担を軽減できる事や、復旧の迅速化などにも寄与する事を期待されて、ATOSは鳴り物入りで導入された。
しかし、導入当時ATOSは度重なるシステム障害や輸送障害時の運転整理能力の低さを露呈し、1998年頃に相次いだ東京圏のJR各線、特に中央線の運行トラブルの一因となってしまった。他の大手私鉄などが各路線に特化した専用システムを導入したのに対して、十分なシミュレーションを行わずに汎用システムを導入した事、アナウンスにおける継ぎ接ぎが酷いことで乗客の不満を買った(現在はほぼ改良されている)ことなどが問題点として指摘された。その後、JR東日本はATOSのプログラムの見直しなどの改良を行った上で、東京圏の各路線に拡大して導入した。
乗客が実際に触れるATOSの機能としては、行先・種別などの詳細な案内表示や自動放送などがあり、従来の案内システムからの変化を感じ取る事ができる。
また、導入エリア対象外のエリアでも、電子連動化により、ATOSと同等の旅客案内が使用されているケースもある。
[編集] 機能
- 「ダイヤ管理機能」
- 「運転整理機能」
- 「駅の進路制御機能」
- 「駅の旅客案内機能」
- 「保守作業管理機能」
[編集] 特徴的なATOS関連機器
[編集] 出発時機表示器
列車の運行間隔の調節や運転抑止時などに表示され、列車の乗務員や駅係員に情報伝達を行う。運転関係で一般人が唯一目にする事のできるATOS特有の設備。但し運転本数があまり多くない区間には設置されない。また、設置末端駅では運行形態によっては片側のみの設置もある(例として、高尾駅では上りのみに設置され中電側の下り側には1つも設置されていない)。出発時機表示器が全く設置されていない区間は、中央線(相模湖~甲府)、東海道線(早川~湯河原)、常磐線(神立~羽鳥)、宇都宮線(自治医大~那須塩原)、高崎線(深谷~神保原)、川越線(西川越~武蔵高萩)である。これらの区間では、出発時機表示器設置区間よりも運転本数が少ない。
[編集] 表示例
- ある区間で列車の運行を抑止(指示あるまで出発見合わせ)させる場合には「抑止」と点滅。
- 駅間停車防止のため、先行の駅から列車が出発した事を確認してから当駅を出発させる「通知運転」発令中の場合には「通知」と点滅。
- 運行間隔を調節するために定刻より遅らせて出発させる場合には「延発」と出発時刻(○○分○○秒)を交互に表示(右の写真を参照の事)。
- 退避列車の退避駅の変更などで列車の発車時刻を早めたい場合には「出発」と出発時刻(○○分○○秒)を延発と同じ様に表示する。
- つくばエクスプレス運行管理システムでもこれと同じものが「抑止表示器」として導入され、同線各駅で目にする事ができる。
[編集] 導入路線
[編集] ATOS導入済みの路線
- 中央本線(緩行線含む):東京駅~甲府駅間 - 1996年12月14日
- 山手線・京浜東北線・根岸線:全線 - 1998年7月4日
- 総武本線:御茶ノ水駅~千葉駅間 - 1999年5月29日
- 総武快速線、横須賀線・横須賀線:千葉駅~東京駅~大船駅間 - 2000年9月30日
- 東海道本線:東京駅~湯河原駅間 - 2001年9月29日
- 東海道貨物線:新鶴見信号場~小田原駅間 - 2001年9月29日
- 常磐快速線・常磐線:上野駅~羽鳥駅間 - 2004年2月14日
- 常磐緩行線:亀有駅~取手駅間 - 2004年2月14日
- 東北本線(宇都宮線):上野駅~古河駅間 - 2004年12月20日、古河駅~那須塩原駅間 - 2005年10月16日
- 高崎線:大宮駅~神保原駅間 - 2004年12月19日
- 東北貨物線:田端操駅~大宮駅間 - 2004年12月19日
- 山手貨物線・埼京線・川越線:大崎駅~池袋駅~大宮駅~武蔵高萩駅間 - 2005年7月31日
- 南武線:川崎駅~立川駅間・尻手短絡線:尻手駅~新鶴見信号場間 - 2006年3月26日
[編集] ATOS導入予定の路線
[編集] 利点と欠点
分散していた指示拠点を統合する事で、今までは首都圏の路線が大規模に運転障害を発生した時、駅同士と指令が連絡を取りつつ運転整理をしなければならなかったものを、1つの拠点で一括して情報を管理できる様になった事で、合理的な指示が出せる様になり、指令にとっての一応の理想型が完成しつつある。 特殊な例として1区間に複数の指令が存在していた山手貨物線池袋~大崎間(埼京線列車のみPRCを導入)では、遅延時などにPRC管理の埼京線列車が優先的に流され、湘南新宿ライン列車のみが同区間に進入できず、駅ではないところで1時間以上動けなくなっていた(この時は、埼京線の遅延時間約10分のみ公表されていた)事態が解消された。
しかし、「情報を集中させすぎたために、複数路線にまたがるなど大規模な運転障害の時に、指令所が逆に混乱する」「指令員の能力・要員不足による、運転整理能力の低下(路線ごとにあった指令がATOSに統合する前に比べて。全ての場合とは限らない)」「情報を一極集中させたため情報入手手段が失われた駅が混乱してしまう」といった様な問題もある。システム化は避けて通れないものではあるが、駅・乗務員・指令員への支援システムが確立されているとはいえないまま、指令への一極集中を進める事はあまり好ましくないといえる。
[編集] 関連項目
- 新陽社 LED式発車案内表示機
- 運転指令所
- 新幹線総合管理システム(東北・上越新幹線の列車運行管理システム)
- 新幹線運行管理システム(東海道・山陽新幹線の列車運行管理システム)
- 阪和線運行管理システム(JR西日本の列車運行管理システム)
- 遅延証明書(一括で情報管理ができることを生かして、ATOS導入区間におけるWeb上の遅延証明書発行サービスを開始)
- 発車標