山手駅
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山手駅(やまてえき)は、神奈川県横浜市中区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)根岸線の駅。
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[編集] 駅構造
相対式ホーム2面2線を有する高架駅。石川町方の第2竹之丸トンネル(約61メートル)と根岸方の矢口台トンネル(約612メートル)に挟まれた、500mにも満たない地上空間に位置する。周辺は山間に沿って建てられた360度住宅街であり、繁華街である関内・石川町方面から来ると、その閑静さに驚かされる。駅の下を何本もの道路が通っている。
駅舎は横浜方の高架下に設けられており各ホームの横浜方の端から階段で連絡している。大船方には駅舎や階段がなく、仮に大船方より反対ホームの大船方へ歩くと5分弱近くもかかる。また、周辺には養護学校や障害者施設が多いにも関わらず、駅の構造上のネックから未だにエレベーターやエスカレーターの設備がない。代わりに階段の手すりのところに車椅子用リフトが設けられている。駅舎内部には自動券売機・自動改札などが設置されているほか、みどりの窓口がある直営駅となっている。売店は改札外の駅舎を出て右手(東側)すぐの所にレッツキヨスク山手1号店があるのみである。
- のりば
1 | ■根岸線 | 磯子・大船方面 |
2 | ■京浜東北線・根岸線 | 横浜・川崎・品川・東京・上野・大宮方面 |
■横浜線・根岸線 | 横浜・新横浜・町田・八王子方面 |
[編集] 利用状況
2005年度の1日平均乗車人員は16,509人である。
当駅の周りには聖光学院中学校・高等学校、神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校や横浜国立大学付属横浜小学校など電車で通学してくる生徒を多数抱える施設が散在しているため特に朝には当駅は大変混雑する。
[編集] 駅周辺
駅周辺は住宅街となっている。駅前は狭く、周辺の道はほとんどが狭い路地のようなもの。横浜の山手地区は 港の見える丘公園や外国人墓地などを有する観光スポットだが、これらの最寄り駅はJR石川町駅とみなとみらい線元町・中華街駅である。
駅は北側が大和町2丁目、中央東側が立野、南側が矢口台に位置し、西側は仲尾台と、複雑にまたがっている。
- 根岸森林公園(旧横浜競馬場)・馬の博物館
- 根岸外国人墓地
- 横浜市立立野小学校
- 横浜市立仲尾台中学校
- 横浜国立大学付属横浜小学校
- 聖光学院中学校・高等学校
- 神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校
[編集] 路線バス
駅前広場は狭くバスロータリーなどは設けられていない。駅の改札を出て左に行くとバスのりばが一つだけ設けられておりここにすべてのバスが発着する。
- 山手駅前
- 横浜市営バス
- 山下ふ頭・山下ふ頭入口(20)
- 横浜市営バス
[編集] 歴史
1964年(昭和39年)5月19日、国鉄根岸線の桜木町駅から磯子駅までの開通に伴い、山手駅(やまてえき)として開業する。山手を名乗る駅は、本来山手地区に近い位置に「山手町駅」として予定されていたが、石川町の住民の運動により同駅は石川町駅となり、結果当駅が「山手駅」を名乗ることとなった。
元来の山手町は同駅より北側の、石川町駅寄りにあり、駅周辺とは全く別個の地区である。駅所在地はかつての久良岐郡根岸村であり、周辺の立野・大和町・竹之丸・仲尾台・矢口台・豆口台といった町名は同村の字(あざな)に由来している。開港時における外国人居留地としての歴史と伝統を持つ山手町の最寄り駅ではなく、寧ろかつての根岸の一部ではあるが、横浜市街の山手(やまのて)となった地区の最寄り駅である。駅名が決まった際には、ほかならぬ山手地区の山手東部町内会が、山手に来る人々がこの駅で間違えて降りてしまう危険性があることを理由として、この駅を山手にしないよう国鉄に請願を出したという。
山手駅ができる前、このあたりの人々の交通はもっぱら横浜市電に頼っていただけに、この駅の開業は画期的なことであった。反面、駅の北西にある大和町の商店街は、駅の南東の豆口方面からの人々が市電に乗りに行く途中にあって栄えていたため、この駅が開業すると一転して寂れることとなった。
国鉄山手線の行先表示は1971年(昭和46年)2月までは「山手」(やまて)となっていたが、山手駅の開業により紛らわしくなったことも影響し、「山手線」(やまのてせん)に改められた。詳しくは山手線#路線名の読み方についてを参照のこと。
かつて、全国で唯一広告のない駅として知られていたが、民営化に伴い広告を設置した。しかし利用者に不評であったため、数や内容を吟味する事になった。
[編集] 隣の駅
[編集] 参考文献
- 中区制五〇周年記念事業実行委員会『横浜・中区史』、中区制五〇周年記念事業実行委員会、1985年