大阪市交通局30系電車
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30系電車(30けいでんしゃ)は、1967年(昭和42年)~1984年(昭和59年)にかけて製造された、大阪市交通局の高速電気軌道(地下鉄)用通勤形電車。
大阪市交通局30系電車 | |
30系ステンレス車・冷房改造車(八尾南にて) |
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編成 | 6両編成 (4M2T) |
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起動加速度 | 2.5km/h/s |
営業最高速度 | 70km/h |
設計最高速度 | 100km/h |
減速度 | 3.5km/h/s(通常) 5.0km/h/s(非常) |
定員 | 座席39名・立席91名(先頭車) 座席45名・立席95名(中間車) |
最大寸法 (長・幅・高) |
18,700×2,890×3,745mm |
軌間 | 1,435mm |
電気方式 | 直流750V(第三軌条方式) |
出力 | 120kW × 4基 × 4両 = 1,920kW |
歯車比 | 16:99=1:6.19 |
駆動装置 | WN平行カルダン駆動方式 |
制御装置 | 抵抗制御 |
ブレーキ方式 | 発電ブレーキ・電気指令式ブレーキ ハンドブレーキ |
保安装置 | WS-ATC CS-ATC(千日前線車両のみ。現・消滅) |
製造メーカー | 東急車輛製造、川崎重工業 日本車輌製造、近畿車輛 ナニワ工機(アルナ工機) |
備考 | 数値は冷房改造後の値 |
目次 |
[編集] 概要
車両長18mのアルミニウム合金またはステンレス鋼(但し骨組みは普通鋼のスキンステンレス)製の車体を持つ。片側に4箇所の客用扉とドア間に4枚(縦2分割×2)、運転台以外の車端部に1枚(同×1)の窓を有する。また、屋根には換気の為のダクトが通される。前面はATCの車上機器設置のために左側の窓が小さくなり、「前面は左右対称」という考えが一般的だった当時では画期的なデザインといわれた。1989年(平成元年)以降は警笛が更新され、独特の低音を発するエアークラクション[1]が順次取り付けられた。
ステンレス車体、アルミ車体の双方とも大阪市営地下鉄では本系列が初採用であり、また本系列が装備する電気指令式ブレーキ(局内呼称OEC-1形・三菱電機製MBS)に至っては日本で初採用である。1つの車両系列に2つの車体構造が採用されたのは当時ステンレス車体もアルミ車体も発展途上にあり、比較検討をするためで、同時期の山陽電気鉄道2000系や帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)5000系でも同じ現象が見られた。
座席は全てロングシートである。かつては一人ごとに独立したFRP製の枠にビニール張りの席(「セパレート」などと呼ばれた)を有する車両も存在したが、乗客から不評だったために現在は全て一般的なソファータイプの連続席に交換されている。
大阪市営地下鉄の現有車両でもっとも古く、堺筋線で使用されていた60系が2003年(平成15年)11月に営業運転を終了した後は、現有車両で唯一の抵抗制御車となった。
車体は腐食の心配が無いことから、最初御堂筋線に配置された時は全くの無塗装で使用された。その後、路線ごとのラインカラーを使用した案内を行うために、まず前面貫通扉が塗装され、次いで側面窓下に帯が入るようになった。色は御堂筋線がクリムソンレッド(■)、谷町線がロイヤルパープル(■)、四つ橋線がビクトリアブルー(■)、中央線がスペクトリウムグリーン(■)、千日前線がチェリーローズ(■)である。後に地上区間がある御堂筋線、中央線では前面ライト周りにも帯が入れられた。
側面帯は扉部分には入れられていなかった。また、ドア間には中央に一つずつ、片側に計3つの市営地下鉄シンボルマークが帯内に入っていた。ただし谷町線に現存する車両はこの説明とは異なる帯に変更された(後述)。
当系列の登場で、大阪市交通局の以降の新造車は堺筋線とニュートラム用を除いて全て18m片側4扉車体となり、輸送力増強に大きく貢献した。最盛期には363両(うち18両が元7000・8000形(後述)、56両が日本万国博覧会(大阪万博)終了後に北大阪急行電鉄(以下「北急」と表記する)から購入した元北急7000・8000形(後述))が在籍し、新20系電車登場まで局内最多両数を誇った。更に、相互直通する北急2000形も30系をベースに製造された。
[編集] 形式と編成
30系を構成する各車両の形式は以下のとおりであり、各車両の番号は4桁の数字の数字で示される。
↑南
- 3000形 (M1c)
- 八尾南駅方の先頭に連結される制御電動車。3300形とユニットを組む。制御器と集電靴を搭載する。
- 3300形 (M'2e)
- 2両目に連結される中間電動車。3000形とユニットを組む。蓄電池と電動発電機 (MG) 、空気圧縮機 (CP) を搭載し、3号車寄りの車端部には簡易運転台(営業時は扉の中に封印)が設置されている。
- 3600形 (T')
- 3両目に連結される付随車。2号車寄りの車端部に簡易運転台が設置されている。
- 3700形 (T)
- 4両目に連結される付随車。MGを搭載する。
- 3400形 (M1)
- 5両目に連結される中間電動車。3500形とユニットを組む。制御器、集電靴を搭載する。
- 3500形 (M'2ec)
- 大日方の先頭に連結される制御電動車。3400形とユニットを組む。CP、蓄電池、集電靴(運転台側のみ)を搭載する。
↓北
- 「ユニット」とは各車別々の機器を搭載し、それらを連結することで1つの機構として完成する方式のこと。
- 「e」は蓄電池搭載車を表す、大阪市交通局独自の記号。
- 編成は谷町線を基準にしている。
[編集] 製造時期による車種分類
[編集] 7000・8000形からの編入車
1967年に製造された、当初7000・8000形と付番されていた試作的な車両を30系に編入したグループ。他編成との併結運転を考慮し、乗客が楽に通行ができる様に前面貫通扉が広めにとられており、その分運転台が狭い、前面左側窓上に運行番号表示器が設置されていた[2]。車内も網棚が戸袋部のみにある等の差がある。
当初は谷町・中央・千日前線用として設計され、新造時こそ谷町・中央線で運用されたが30系編入時に御堂筋線へ転属、3098F(元7008F)は谷町線に戻ったが、他の編成は10系増備時に四つ橋線へ転属となった。また、7007F(→3007F→3071F)はATO試験車で対応機器が設置されていたが、御堂筋線転属に際し50系5070Fに移設された。先頭車のみの存在であった。
[編集] 30系としての新造車1(初期型)
1970年(昭和45年)の大阪万博に備えて量産されたグループ。基本設計は7000・8000形に準ずるが、併結運転は考慮しておらず前面貫通扉は狭くなった。このグループから車内の網棚が扉間にわたって設置されるようになったため側窓の天地寸法が狭くなり、側扉の窓ガラスは子供の事故防止のために小型化[3]された。
車体は7000・8000形同様のスキンステンレス車と、設計時に比較検討されていた軽合金車体(オールアルミ車)が登場した。
3008F(アルミ車)は当初2両編成で谷町・中央線に投入され、7000・8000形に混じって運用されていた。7000・8000系共々中間車の竣工と共に御堂筋線へ転属した後10系増備に伴い中央線に戻り3042Fに改番された。これら2両を除き、全て御堂筋線に新造配置されている。
[編集] 北急7000・8000形からの編入車
万博開催時の輸送力確保のため、北急は2000形の他に7000形スキンステンレス車40両、8000形オールアルミ車(現在の8000形とは無関係)16両を製造した。これらは万博終了後大阪市への譲渡を前提として製造されたため、2000形と違い完全な30系のコピー車であった。
7000形40両のうち、8両編成1本は先頭車のみで構成されており、残りの8両編成4本から中間車を3両ずつ挿入すると5両編成8本となるような編成を組んでいた[4]。大阪市が譲受後、計画通り組換えが実施され四つ橋線に配置された。
8000形は30系アルミ車8両編成そのものであり、大阪市譲受後も8両のまま御堂筋線に配置され3026F、3027Fとなった。この2編成は後に中央線へ転属し、3034F、3037Fに改番された。この内3526号は御堂筋線9両編成化に伴う組換えで一時的に中間付随車3817号に改造され、当時の鉄道ファンから注目を集めたが、中央線転用時に制御電動車に復元された。なお、御堂筋線9両編成化の際にこの2編成の中間車は全て付随車3800形に改造され、30系他編成に挿入された。このため中央線転用時は同じく転用される他編成から捻出された中間車と元自編成の簡易運転台付き中間車を機能復元の上挿入している。
[編集] 30系としての新造車2(後期型)
1973年(昭和48年)以降に製造された車両ではマイナーチェンジが実施され、「新30系」と呼ばれるグループとなった。最初は四つ橋線へ、続いて谷町線にも投入された。
これら新30系では電笛の設置、途中から座席の改良(モケット張りに変更)が実施された。また谷町線へ投入されたうちの6両編成6本はアルミ車で、大形アルミ形材を使用したため10系同様に車体軒けた上端に丸みが出た。ステンレス車では外板の継ぎ目が突き合わせで溶接されていたのが重ね合わせのみとなり、途中からスミ柱の形状と雨どいが変更された。
御堂筋線→中央線の転属に際し中間の2両を抜くことで6両編成化されたが、この転属第一陣の余った中間車8両(ステンレス・アルミ各4両ずつ)を活用すべく1984年に最後の30系車両が先頭車のみ2本分4両製造された。アルミ車用先頭車は車体形状が中間車と異なるため、該当する30-43編成の編成美は乱れていた。
また、このグループは30系としては比較的車齢が若かったため冷房装置搭載の対象となり、谷町線・四つ橋線の配置車に限り冷房化され、2007年(平成19年)現在も在籍する。
[編集] 運用線区ごとの特徴
[編集] 御堂筋線
30系が最もその輸送力を発揮した線区であり、8,9両編成で運用されたのは同線のみである。前面部は最初貫通扉のみ着色されていたが、地上区間があることから警戒色を兼ねてライト周りも帯が入るように変更された。
ステンレス車とアルミ車の両方が配置されていたが10系投入に伴う淘汰で最初はステンレス車が(→谷町、四つ橋、中央線)、続いてアルミ車(→中央、千日前線)が転属となった。
[編集] 谷町線
東梅田~谷町四丁目間開業に際し7000・8000形が最初に配置されたのは同線であるが、御堂筋線へ転属した際に50系と入れ替えられた。
その後、延伸区間の開業時に3098Fが復帰し、先頭車は新30系がメインの同線にあって長らく珍しがられていた。ステンレス車は30系と新30系の両方が、アルミ車は新30系のみが配置されていた。
現在は冷房化された新30系編成が集中的に運用されている(後述)。
[編集] 四つ橋線
この路線は元北急車や元7000・8000形がある程度まとまった数配置されていた。新30系編成は後に冷房化されたものもあったが、全て谷町線へ転用された。ステンレス車のみが配置されていた。
[編集] 中央線
谷町四丁目~森ノ宮間開業に際し7000・8000形3編成が新造され、既に落成していた6本(谷町線で使用)とともに共通運用に投入された。また、30系アルミ車第1編成である3008Fも2両編成で投入されたが、間もなくして御堂筋線から転属した50系と入れ替えられた。
その後、御堂筋線の10系投入に伴う余剰車発生と長田延伸、および近畿日本鉄道東大阪線(現・けいはんな線)直通運転開始に伴う車両確保のため転属及び新造が実施された。このため30系新造車(30系、新30系のそれぞれステンレス、アルミ車体)4種が同時に配置され、地上区間があることからライト周りにも帯が入っていた。
近鉄東大阪線直通のため、抑速ブレーキが装備されていた。
[編集] 千日前線
当初計画では7000・8000形が投入される予定だったが、実際に30系が投入されたのは10系の増備が進み御堂筋線から余剰車が大量に発生した1991年(平成3年)である。全てアルミ車で全電動車の4両編成を組んでいたが、すぐに新20系の増備が進み、同線では短期間で営業運転を終了した。御堂筋線時代にあったライト回りの帯は、全区間地下のため転属時に撤去された。
保安装置に車内信号式ATCを採用しているため、運転台には車内信号が設置された。
[編集] 現存車
現在は新30系のうち、アルミ車6両編成6本・ステンレス車6両編成7本の計13本78両全車が、谷町線で運用されている。
1992年(平成4年)~1996年(平成8年)にかけて冷房装置が搭載され、10系以降の車両と同等の冷房室外機が1両あたり2基搭載された。ただし、本系列は補助送風機として扇風機を併用する方式なので、冷却能力自体は他系列のものより低い。冷房風道は既存の通風風道が利用されているので、屋根上の換気ダクトも存置されている。
この改造による重量増から、アルミ車の動力台車はバネ定数の関係でステンレス車の廃車発生品(FS-366A・KH-54B(局内呼称DO-30A)→FS-366・KH-54(同DO-30))と交換されている。付随台車はFS-066A・KH-62A(局内呼称EO-30A)(ステンレス車はFS-066・KH-62(局内呼称EO-30))のまま変化ない。
また、冷房設置と同時に客室改良も施工され、座席はラインカラーを意識した紫色に1人ごとの着席区分のマークが入ったものに変更、化粧板も白色のものに張り替えられた。改造当初路線カラー帯は元のままだったが、すぐに太い紫の帯の中に細い白帯が一本入るものに改められ、ドア部分にも帯が入れられた。現在、シンボルマークはドア斜め上に紫で描かれる。
[編集] 保存車
3042号車(元3008号車、前述したアルミ車体で製造された第1号)が森之宮車両管理事務所で、3062号車(元7001号→3094号、7000形のトップナンバー)が緑木車両管理事務所で静態保存されているが、3042号車に関しては非公開である。ただし、これらの車両はイベント等で公開される可能性がある(3062号車画像)。
[編集] 脚注
- ^ 自動車では車検に通らないため、設置できない。
- ^ 30系への編入時に撤去されたが、痕跡ははっきりしていた。
- ^ 当時は窓を小さくすることで子供が外を見る(=窓に近づく)ことがなくなり、手の引き込みなどの事故が少なくなると考えられていた。
- ^ 中間車を含む編成も、30系の8両編成とは違う編成であった。
大阪市営地下鉄・ニュートラムの車両 |
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現役形式 |
10系・20系・新20系・30系・66系・70系・80系・100A系 |
旧在籍車両 |
100形(初代)・200形(初代)・300形・400形・500形・600形・1000形・1100形・1200形・800形・900形・50系・60系・100系 |