ベガルタ仙台
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ベガルタ仙台 | |
原語表記 | ベガルタ仙台 |
---|---|
愛称 | ベガルタ |
クラブカラー | 金と青 |
創設年 | 1988年 |
所属リーグ | Jリーグ |
所属ディビジョン | ディビジョン2 |
ホームタウン | 仙台市 |
ホームスタジアム | ユアテックスタジアム仙台 |
収容人数 | 19,694 |
代表者 | 名川良隆 |
監督 | 望月達也 |
ベガルタ仙台(ベガルタせんだい、Vegalta Sendai)は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。
目次 |
[編集] クラブの概要・歴史
ホームタウンは宮城県仙台市。ホームスタジアムはユアテックスタジアム仙台(2006年3月に"仙台スタジアム"から改称)。練習会場は泉パークタウン、泉総合運動場が使われている。チーム名の「ベガルタ」は七夕の「織り姫」と「彦星」とされる星の名前、「ベガ(Vega)」と「アルタイル(Altair)」を合わせた造語。
前身は1988年に創設された東北電力サッカー部。1994年、Jリーグ参戦を目指すことから運営法人「東北ハンドレット」を設立し、クラブチーム化。"ブランメル仙台"(後述)に改める。1995年1月に開かれた地域リーグ決勝大会で準優勝(優勝は福島FC)してJFLに昇格を果たす。JFL昇格当初は特にヴェルディ川崎の選手を中心としてチーム編成をしたものの、戦力の低下が激しかった。また当時のホームスタジアムだった宮城県サッカー場(利府町)、宮城陸上競技場(仙台市)にナイター設備がないため、平日でもデーゲームを開催せざるを得ず、ファン確保の面でも苦戦を強いられた。
1996年、Jリーグ準会員承認。1997年、ナイター設備も完備された仙台スタジアムが完成。これを機に、徐々にファンを拡大していった。
1998年、健康食品メーカー「ジャパンヘルスサミット」がメインスポンサーとなったのを機に、同社の商品名「カニトップ」がユニフォーム胸部分に記されるようになる。そのため、インターネットの掲示板上で一部のサッカーファンからブランメルサポーターのことを"カニサポ"と称されるようになる。
1999年、Jリーグが2部制となったのを機に、J2(Jリーグ2部)入り。クラブ名も"ベガルタ仙台"に改称する(「ブランメル」(英:Brummell, 伊達男)という名称が他社の商標であったため)。
J2入り3年目の2001年シーズンで2位となり、東北チーム初のJ1昇格を果たしたものの、昇格2年目の2003年シーズンで全16チーム中15位に終わり、J2に逆戻り。同年シーズン終了を以って、「ジャパンヘルスサミット」がスポンサーから撤退。ユニフォームから「カニトップ」の名が消える。代わって、これまで準メインスポンサーとしてユニフォームの背中に広告を入れていた家庭用品メーカー「アイリスオーヤマ」がメインスポンサーに昇格。ユニフォームの胸部分に同社のロゴが記されるようになる。
J2降格1年目の2004年は第4クールで失速。早い段階でJ1昇格争いから脱落し、全12チーム中6位に終わる。
都並敏史を新監督に迎えた2005年は最後までJ1昇格争いに絡んだものの、最終戦でアビスパ福岡と引き分け、入替戦出場を逃した。
元フラメンゴのジョエル・サンタナを新監督に迎えた2006年は序盤こそ着実に白星を積み重ねていったものの、中盤以降は失速。浮上のきっかけを掴めぬまま、結局(13チーム中)5位に終わり、またしてもJ1昇格は果たせなかった。なお、サンタナ監督はシーズン終了を以って退団。これで3年連続で監督が交代することになった。後任にはヘッドコーチとしてサンタナ監督をサポートしてきた望月達也が就任。
熱狂的なサポーターが多いことで知られ、観戦環境がいいユアテックスタジアム仙台を擁し、地元メディアの露出度や観客動員力など地域密着度の高さはJリーグトップクラスである。その一例として、「週刊TVガイド」2007年4月6日号(3月28日発売)の宮城版にて、新潟版(アルビレックス新潟情報が掲載)と共に地元チームの観戦ガイドブックが綴じ込み付録としてつけられたことがある。
なお、東北電力サッカー部と、クラブチーム・ブランメル仙台に移行した初期のアマチュア選手が中心となって「電力ノスタルジア」という同好会チームを結成している。
[編集] チーム名の略号表示について
- 1998年(ブランメル仙台時代)、同じ宮城県・多賀城市を本拠とする社会人チーム・ソニー仙台サッカー部がジャパンサッカーリーグに昇格し、事実上仙台を拠点とするチームが2チーム参加する形となった。その為新聞や雑誌などの記事で掲載するチーム略号を区別するため「B仙台」(Bはブランメルの略)としたものもあったが、ソニー仙台が実業団チームであることで「ソニー」と表記した新聞社もあり、その場合は従前の「仙台」の地名だけの表示もあった。
[編集] チーム成績・歴代監督
年度 | 所属 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 順位 | 監督 | 総監督 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1995年 | 旧JFL | 30 | 27 | 9 | 21 | - | 15位 | 鈴木武一 | |
1996年 | 30 | 56 | 18 | 12 | - | 5位 | 佐藤長栄 | ||
1997年 | 30 | 40 | 15 | 15 | - | 8位 | ブランコ・エルスナー/ミロシュ・ルス/三浦俊也 | ||
1998年 | 30 | 43 | 18 | 12 | - | 7位 | 鈴木武一 | 壱岐洋治 | |
1999年 | J2 | 36 | 31 | 10 | 22 | 4 | 9位 | 鈴木武一/清水秀彦 | |
2000年 | 40 | 55 | 19 | 19 | 2 | 5位 | 清水秀彦 | ||
2001年 | 44 | 83 | 27 | 12 | 5 | 2位 | |||
2002年 | J1・1st | 15 | 20 | 7 | 8 | 0 | 9位 | ||
J1・2nd | 15 | 12 | 4 | 10 | 1 | 15位 | |||
2003年 | J1・1st | 15 | 12 | 3 | 9 | 3 | 15位 | ||
J1・2nd | 15 | 12 | 2 | 7 | 6 | 15位 | 清水秀彦/石井肇/ズデンコ・ベルデニック | ||
2004年 | J2 | 44 | 59 | 15 | 15 | 14 | 6位 | ズデンコ・ベルデニック | |
2005年 | 44 | 68 | 19 | 14 | 11 | 4位 | 都並敏史 | ||
2006年 | 48 | 77 | 21 | 13 | 14 | 5位 | ジョエル・サンタナ | ||
2007年 | 8 | 16 | 4 | 0 | 4 | 1位(暫定) | 望月達也 |
[編集] リーグ戦通算対戦成績(2006年シーズン終了時)
リーグ | J1 | J2 | JFL | 合計 | ||||||||
対戦チーム | 勝利 | 引分 | 敗北 | 勝利 | 引分 | 敗北 | 勝利 | 引分 | 敗北 | 勝利 | 引分 | 敗北 |
コンサドーレ札幌(←東芝) | 2 | 0 | 0 | 3 | 6 | 11 | 0 | 0 | 6 | 5 | 6 | 17 |
モンテディオ山形(←NEC山形) | - | 10 | 10 | 4 | 4 | 0 | 4 | 14 | 10 | 8 | ||
水戸ホーリーホック | - | 15 | 5 | 0 | 3 | 0 | 1 | 18 | 5 | 1 | ||
ザスパ草津 | - | 7 | 1 | 0 | - | 7 | 1 | 0 | ||||
東京ヴェルディ1969 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 2 | - | 2 | 3 | 3 | ||
湘南ベルマーレ | - | 12 | 3 | 5 | - | 12 | 3 | 5 | ||||
京都サンガF.C.(←京都パープルサンガ) | 1 | 0 | 3 | 5 | 1 | 6 | 0 | 0 | 2 | 6 | 1 | 11 |
セレッソ大阪 | 0 | 0 | 2 | - | - | 0 | 0 | 2 | ||||
徳島ヴォルティス(←大塚FCヴォルティス徳島) | - | 4 | 3 | 1 | 4 | 0 | 4 | 8 | 3 | 5 | ||
愛媛FC | - | 3 | 1 | 0 | - | 3 | 1 | 0 | ||||
アビスパ福岡(←福岡ブルックス) | - | 1 | 3 | 4 | 0 | 0 | 2 | 1 | 3 | 6 | ||
サガン鳥栖 | - | 12 | 1 | 11 | 2 | 0 | 2 | 14 | 1 | 13 | ||
鹿島アントラーズ | 1 | 1 | 2 | - | - | 1 | 1 | 2 | ||||
浦和レッドダイヤモンズ | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 3 | - | 0 | 1 | 7 | ||
大宮アルディージャ(←NTT関東) | - | 4 | 3 | 9 | 5 | 0 | 3 | 9 | 3 | 12 | ||
ジェフユナイテッド市原・千葉(←ジェフユナイテッド市原) | 0 | 0 | 4 | - | - | 0 | 0 | 4 | ||||
柏レイソル | 1 | 0 | 3 | 1 | 0 | 3 | - | 2 | 0 | 6 | ||
FC東京(←東京ガス) | 1 | 1 | 2 | 1 | 0 | 3 | 1 | 0 | 7 | 3 | 1 | 12 |
川崎フロンターレ(←富士通川崎←富士通) | - | 2 | 2 | 8 | 2 | 0 | 6 | 4 | 2 | 14 | ||
横浜F・マリノス | 1 | 1 | 2 | - | - | 1 | 1 | 2 | ||||
横浜FC | - | 6 | 6 | 4 | - | 6 | 6 | 4 | ||||
ヴァンフォーレ甲府 | - | 11 | 2 | 7 | 5 | 0 | 3 | 16 | 2 | 10 | ||
アルビレックス新潟 | - | 8 | 0 | 4 | 1 | 0 | 1 | 9 | 0 | 5 | ||
清水エスパルス | 2 | 1 | 1 | - | - | 2 | 1 | 1 | ||||
ジュビロ磐田 | 0 | 1 | 3 | - | - | 0 | 1 | 3 | ||||
名古屋グランパスエイト | 0 | 0 | 4 | - | - | 0 | 0 | 4 | ||||
ガンバ大阪 | 1 | 0 | 3 | - | - | 1 | 0 | 3 | ||||
ヴィッセル神戸 | 2 | 2 | 0 | 2 | 1 | 1 | 2 | 0 | 2 | 6 | 3 | 3 |
サンフレッチェ広島 | 2 | 0 | 0 | - | - | 2 | 0 | 0 | ||||
大分トリニータ(←大分トリニティ) | 1 | 1 | 0 | 3 | 0 | 9 | 5 | 0 | 1 | 9 | 1 | 10 |
本田技研(現-HONDA FC) | - | - | 2 | 0 | 6 | 2 | 0 | 6 | ||||
ソニー仙台 | - | - | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | ||||
デンソー(現-FC刈谷) | - | - | 5 | 0 | 1 | 5 | 0 | 1 | ||||
国士舘大学 | - | - | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | ||||
鳥栖フューチャーズ | - | - | 2 | 0 | 2 | 2 | 0 | 2 | ||||
コスモ石油四日市 | - | - | 1 | 0 | 3 | 1 | 0 | 3 | ||||
福島FC | - | - | 3 | 0 | 3 | 3 | 0 | 3 | ||||
西濃運輸 | - | - | 5 | 0 | 1 | 5 | 0 | 1 | ||||
ジャトコ | - | - | 4 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | ||||
合計 | 16 | 10 | 34 | 111 | 50 | 95 | 60 | 0 | 60 | 187 | 60 | 189 |
[編集] リーグ戦の主な記録
[編集] チーム記録
[編集] 最多得点試合
J1
- ホーム
- 5-2(2002年1st第3節(3月16日)・対柏レイソル)
- アウェー
J2
- ホーム
- 5-1(2006年J2第17節(5月20日)・対ザスパ草津)
- 5-2(2006年J2第43節(9月30日)・対ザスパ草津)
JFL
- ホーム
- 6-1(1998年JFL第15節(8月9日)・対ジャトコ)
- アウェー
[編集] 最多失点試合
J1
- ホーム
- 0-6(2002年2nd第8節(10月12日)・対ガンバ大阪)
- 1-6(2003年2nd第8節(9月27日)・対浦和レッドダイヤモンズ)
- アウェー
- 1-5(2003年1st第12節(7月12日)・対ジェフユナイテッド市原)
J2
- ホーム
- 2-6(2000年J2第31節(9月3日)・対湘南ベルマーレ)
- アウェー
JFL
- ホーム
- アウェー
- 1-7(1995年JFL第27節(10月15日)・対東京ガス)
[編集] 最多連勝
J1
- 5連勝(2002年1st第1節(3月3日)から第5節(4月6日))(昇格チームの開幕5連勝はJリーグ記録)
J2
- 4連勝(2000年J2第20節(6月21日)から第23節(7月8日)、2001年J2第18節(7月7日)から第21節(7月21日))
JFL
- 9連勝(1998年JFL第22節(9月20日)から第30節(11月8日))
[編集] 最多連敗
J1
- 6連敗(2003年1st第7節(5月5日)から第12節(7月12日))
J2
- 12連敗(1999年J2第9節(5月2日)から第20節(8月7日))
JFL
- 7連敗(1997年JFL第5節(5月15日)から第11節(6月21日))
[編集] 個人記録
[編集] 通算最多試合出場
J1
- 59試合 - 山下芳輝
J2
- 220試合 - 千葉直樹(継続中)
JFL
- 66試合 - 本明利樹
[編集] 通算最多得点
J1
- 21得点 - マルコス
J2
- 34得点 - マルコス
JFL
- 25得点 - 阿部良則
[編集] シーズン最多得点
J1
- 18得点 - マルコス(2002年)
J2
- 34得点 - マルコス(2001年)
JFL
- 14得点 - エジマール(1995年)
[編集] ハットトリック
J1
- 達成者なし
J2
- 3得点
- マルコス(2001年J2第8節(4月28日)・対京都パープルサンガ)
- ボルジェス(2006年J2第17節(5月20日)・対ザスパ草津、2006年J2第43節(9月30日)・対ザスパ草津)
JFL
- 3得点
[編集] 最多観客動員試合
J1
- ホーム
- アウェー
- 32,983人(2002年2nd第2節(9月8日)・対浦和レッドダイヤモンズ、埼玉スタジアム2002)
J2
JFL
[編集] 最少観客動員試合
J1
- ホーム
- 32,478人(2003年1st第10節(5月24日)・対鹿島アントラーズ、宮城スタジアム)
- 17,308人(2002年1st第3節(3月16日)・対柏レイソル、仙台スタジアム)
- アウェー
- 3,287人(2002年2nd第4節(9月18日)・対ジェフユナイテッド市原、市原臨海競技場)
J2
- ホーム
- 2,568人(1999年J2第7節(4月25日)・対大分トリニータ、仙台スタジアム)
- アウェー
- 951人(2000年J2第4節(3月30日)・対ヴァンフォーレ甲府、山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場)
JFL
- ホーム
- 1,293人(1995年JFL第28節(10月19日)・大塚FCヴォルティス徳島、宮城陸上競技場)
- 2,845人(1998年JFL第27節(10月15日)・対大宮アルディージャ、仙台スタジアム)
- アウェー
- 270人(1998年JFL第26節(10月12日)・対国士舘大学、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場)
[編集] 1999年
J2発足とともにJリーグ加盟。同年は9位。
[編集] 2000年
5位。
[編集] 2001年
新しくFWマルコス、MF岩本輝雄らが加わって、MF財前宣之、MF山田隆裕、GK高橋範夫らと共に活躍しJ2で2位となりJ1昇格。
[編集] 2002年
J1昇格の功労者マルコス、岩本、髙橋らに加え、新加入のFW山下芳輝、MFシルビーニョ、MF森保一、DF小村徳男らの活躍で開幕5連勝を含め、6勝1敗という開幕ダッシュに成功。山下が7戦5ゴールのJ1得点ランキング2位タイという活躍で日本代表候補に選出され、FIFAワールドカップ™開催に合わせたJリーグ中断に入った。しかし、リーグ戦再開後は急激に失速し、連戦連敗。しかし、序盤の貯金が効いて、年間総合順位は全16チーム中13位。どうにかJ1残留を果たした。
[編集] 2003年
GK高桑大二朗、FW佐藤寿人、DF根本裕一らが新加入。開幕当初こそ3連勝を挙げるものの、その後は一気に失速。19試合連続勝ち星なしという不名誉なJリーグ記録を樹立。シーズン途中、1999年途中から指揮を執ってきた清水秀彦監督を解任。スロベニア出身のズデンコ・ベルデニックを新監督に迎え、立て直しを図るものの、結果が出ず。そして、最後は第2ステージ最終節で大分トリニータに1-1で引き分け。年間総合15位(全16チーム中)に終わり、J2降格決定。わずか2年でJ2逆戻りとなった。
[編集] 2004年
J2逆戻り1年目。開幕から7試合で1勝6敗とはじめは低迷したが、その後はチームを修正しつつ、若手選手の台頭で盛り返し、J1昇格争いに絡んだ。しかし、第4クールで失速。早い段階で昇格争いから脱落。結局、全12チーム中6位に終わった。シーズン終了後、ベルデニック監督は解任となり、エースストライカー佐藤は更なる活躍の場を求め、サンフレッチェ広島へ移籍した。
[編集] 2005年
都並敏史を新監督に迎える。第1クールは思うように勝ち星を挙げられず、一時は全12チーム中11位にまで後退。第2クール以降になると持ち直し、順位も次第に上げてきた。第4クールでは6連勝を挙げ、一時は入替戦出場となる3位にまで浮上。しかし、第43節で京都パープルサンガに0-1で敗れると、続く最終節のアビスパ福岡戦は1-1で引き分け。最後はヴァンフォーレ甲府に勝ち点で追い抜かれ、4位。入替戦出場を逃した。シーズン終了後、都並監督は解任。財前等7選手が戦力外となり、攻守の要シルビーニョもアルビレックス新潟へ移籍した。
[編集] 2006年
ブラジルからジョエル・サンタナを新監督に招聘し、J2逆戻り3年目のシーズンを迎える。序盤は"開幕ダッシュ"に見事成功。第1クール終了時は自動昇格圏の2位(1位との勝ち点差は"1")。続く第2クールも好調を維持し、入れ替え戦出場となる3位(2位との勝ち点差は"1")でリーグ戦前半を折り返す。しかし、リーグ戦後半となる第3クールに入ると、これまでの勢いが徐々に失速。そして、同クール終了時には昇格圏外の4位に後退し、3位との勝ち点差も"7"に広がってしまう。最終・第4クールでも浮上のきっかけを掴むことが出来ず、最後はサガン鳥栖にも追い抜かれ、最終順位は5位。前年の都並監督に続き、サンタナ監督もシーズン終了を以って解任となり、1年でチームを去った。選手の方もGK高桑、ベテランの大柴克友等4選手が戦力外。チアゴ・ネーヴィスは期限付き移籍期限満了に伴い退団。26ゴールを挙げ、J2得点王となったボルジェスも母国ブラジルのサンパウロFCへ期限付き移籍。
[編集] 2007年
前年、チームのヘッドコーチを務めていた望月達也が新監督に昇格。同新監督の下、5シーズンぶりのJ1返り咲きを目指す。選手補強面では、モンテディオ山形から永井篤志、サガン鳥栖からシュナイダー潤之介とライバルクラブの主力を獲得することに成功した。
[編集] 獲得タイトル
- 2006年までなし
[編集] 個人別タイトル
- フェアプレイ個人賞
- J2得点王
[編集] ユニフォーム
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[編集] チームカラー
- チームカラーは「ベガルタゴールド」と呼ばれる黄色に近い金色。
[編集] ユニホームスポンサー
[編集] 過去のユニホームスポンサー
- 東日本ハウス(胸 1995-1997)
- カニトップ(胸 1998-2003)
- アイリスオーヤマ(背中 2000-2003)
- ストロベリーコーンズ(パンツ 2002-2003)
- 廣済堂「Workin」(背中 2004-2006)
[編集] ユニホームサプライの遍歴
- 1995-1998年(Jリーグ準会員) TOPPER(カメイ・スポーツ)
- 1999年- アシックス
[編集] 運営規模
運営規模(売上高に県・市からの助成金を加えた総収入)は、ジャパンフットボールリーグ時代の96年度-98年度は約5億円、J2に昇格した99年度から毎年上昇し、本気でJ1入りを目指した01年度には約10億円になった。J1元年の02年度には更に倍の21億5400万円へと規模が拡大し、03年度に22億円を越えた。しかし、J2に降格した04年度は約20億円に規模縮小し、05年度は約19億円、06年度は約18億円と、J2降格後の運営規模は縮小傾向になっている。
J1とJ2で大きな差が出るのは、グッズの商標料などを含むJリーグの分配金である。分配金は決算の翌年度に供されるので、1年遅れでチームの収入になる。そのため、J1昇格初年度は、他のJ1チームよりも不利な状況で戦わなくてはならない。ベガルタの場合、昇格初年度の02年度はJ2基準の分配金で戦ったが残留を決めた。しかし、J1基準となった03年度は、約3億円(J2なら約6000万円)の分配金をもらいながらも降格決定。分配金システムには激変緩和策があり、1年でJ1に復帰するとJ1基準が続くが、昇格できないままJ2の2年目を迎えるとJ1基準の半額になり、3年目にはJ2基準に戻る仕組みになっている。そのため、J2降格初年度の04年度は、運営上もなんとしても1年でJ1復帰したいところだったがJ2で6位となり昇格ならず(04年度はJ1基準の3億6300万円の分配金をもらってJ2の中では有利であったはずだが)。05年度の分配金は、J1基準の半額である1億3800万円だったが、結局で4位と昇格出来ず、J2にいる限りジリ貧状態が続いている。
[編集] チーム名変遷
- 1988年- 東北電力サッカー部
- 1994年- ブランメル仙台
- 1999年- 東北ハンドレッド・ベガルタ仙台
[編集] スタジアムDJ
- 大坂ともお(ブランメル仙台時代の1998年より担当)
[編集] 関連項目
- ベガルタ仙台の選手一覧
- ベガルタ仙台・ブランメル仙台に在籍した全選手一覧
- リトバルスキー
- ジョージ・ブライアン・ブランメル
- V PRESS(ホームゲーム時に発行されるマッチデープログラム)
- 2001年J2最終節
- 仙台のスポーツ
[編集] 外部リンク
ベガルタ仙台 - 2007 |
---|
1 小針清允 | 2 木谷公亮 | 3 渡辺広大 | 4 白井博幸 | 5 ジョニウソン | 6 熊林親吾 | 7 千葉直樹 | 8 ロペス | 9 中原貴之 | 10 梁勇基 | 11 ウィリアン | 12 サポーター | 13 中島裕希 | 14 中田洋介 | 15 大久保剛志 | 17 磯崎敬太 | 18 萬代宏樹 | 19 鈴木弾 | 20 関口訓充 | 21 萩原達郎 | 22 シュナイダー潤之介 | 23 田村直也 | 24 永井篤志 | 25 菅井直樹 | 26 田ノ上信也 | 27 富田晋伍 | 28 大橋良隆 | 29 金子慎二 | 30 左山晋平 | 31 丸山良明 | 32 細川淳矢 | 33 フェリッペ | 34 レアンドロ |
|
監督 望月達也 | ヘッドコーチ 手倉森誠 | コーチ 手倉森浩 | GKコーチ 佐々木理 | フィジカルコーチ 谷真一郎 | |
クラブ | |
Jリーグ 2007 | |
---|---|
J1 | |
鹿島アントラーズ | 浦和レッドダイヤモンズ | 大宮アルディージャ | ジェフユナイテッド市原・千葉 | 柏レイソル | FC東京 | 川崎フロンターレ | 横浜F・マリノス | 横浜FC | ヴァンフォーレ甲府 | アルビレックス新潟 | 清水エスパルス | ジュビロ磐田 | 名古屋グランパスエイト | ガンバ大阪 | ヴィッセル神戸 | サンフレッチェ広島 | 大分トリニータ |
|
J2 | |
コンサドーレ札幌 | ベガルタ仙台 | モンテディオ山形 | 水戸ホーリーホック | ザスパ草津 | 東京ヴェルディ1969 | 湘南ベルマーレ | 京都サンガF.C. | セレッソ大阪 | 徳島ヴォルティス | 愛媛FC | アビスパ福岡 | サガン鳥栖 |
|
過去に存在したクラブ | |
横浜フリューゲルス | |
ナビスコ杯 | オールスターサッカー | チャンピオンシップ | 入れ替え戦 | アウォーズ |