ワンマン運転
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ワンマン運転(ワンマンうんてん)とは、バスや列車に車掌が乗務せず、運転士1人だけが乗務して運転することである。
目次 |
[編集] 概説
「ワンマン」は和製英語であり、英語では"conductorless"(車掌省略)とされているが、一方、アメリカ合衆国内では一般的に用いられていた形跡がある(パシフィック電鉄の項目を参照のこと)。
バスの場合はワンマンバス、列車の場合はワンマン列車・ワンマンカーと呼ばれ、日本でこの方式により列車を運行する場合は、法令によりその旨(「ワンマン」)を車両に表示することが義務づけられている。だが仙台市営地下鉄南北線やディズニーリゾートライン、都営地下鉄大江戸線、阪急電鉄今津(南)線など、表示を行っていない路線等もある。バスについてもかつては「ワンマン」表示が義務付けられていたが、現在では義務ではなくなっており、「ワンマン」表示を省略する例が多い。また、「ワンマンカー」としていながらも、時間帯や乗降客の多い区間などでは、車掌などの係員が乗務することもある。この場合の車掌は、列車運行に関する役務(扉開閉、安全確認等)には一切タッチせず、車内精算や検札(車内改札)だけを行う場合が多い。
なお、特にワンマン運転と区別するため、運転士と車掌の両方が乗務している運行をツーマン運転(もしくはツーメン運転)と呼ぶことがある。
[編集] 背景
1960年代以降、特に大都市圏から隔たった地方においては、自家用乗用車の普及(モータリゼーション)や、過疎化、少子高齢化(人口減少、特に子供の人口の減少による通学の減少)が進行した。このため地方の公共交通機関は乗客の減少に苦慮していた。また、都市の公共交通機関においても新路線の建設費の高騰(減価償却費の増大)による利益の減少・将来の若年労働者の減少に備える事が求められるようになってきた。
そのため、合理化策として車掌乗務を廃止したもので、従来は車掌の業務であった運賃授受や発車時の安全確認などの業務は運転士が兼務する。路線バスや路面電車では1970年代以降一般的な運転形態で、特に1980年代中期以降は私鉄やJRのローカル線を中心に鉄道でも実施されるようになった。人件費節約によるコスト削減効果が著しい。
大都市圏の大手私鉄では輸送量の小さい支線を中心に、車内での整理券の発行や運賃の受け渡しを行わない、従来通りの駅収受方式のワンマン運転が増加している。大都市近郊でよく見られる方式なので都市型ワンマンとも呼ばれている。また、地下鉄においても運行コスト削減を目的に、1990年代以降は自動列車運転装置(ATO)による自動運転や、ホームドア、運転席でホームを監視できるモニタなどの支援により、当初からワンマン運転を前提に建設されるケースが増えており、既存路線でも、都営地下鉄三田線、東京モノレールなどのように各種支援機器を設置して、ワンマン運転へ移行することも行われている。
近年の新交通システムやモノレールでは、さらに一歩進んで、中央コンピュータから遠隔制御される自動運転も行われており、運転操作を行わない監視要員や、係員の全くいない完全な無人運転もある。
[編集] 歴史
[編集] 戦前の例
ごく古い車掌省略の例では、1923年の関東大震災後、東京市において、寸断された路面電車網の補完のために東京市電気局の手で、フォードT型トラックシャーシに簡易車体を架装して運行された市内バス(通称「円太郎バス」)がある。あくまで災害に伴う緊急措置であり、その後に路面電車が復興、またより本格的なバスの運行が行われるようになったことから、従来通り車掌乗務が復活している。
鉄道では、馬車鉄道や、超小型客車の人力による後押しで運行される「人車軌道」(明治~大正期に各地で若干の例が存在)等を除けば、岡山県の井笠鉄道(鉄道線は1971年廃線)が確認できる最初と見られる。
762mm軌間の軽便鉄道であった同社は1927年7月に定員20人の超小型ガソリンカーを導入したが、同年10月には監督官庁に対し車掌省略の特別許可を申請、認められている(運賃収受は駅にて行う。もとより定員が少な過ぎたのが車掌省略措置の一因と言える)。いつごろまで車掌省略運転が行われたかは不明である。
車掌省略は、井笠鉄道に続いて超小型ガソリンカーを導入した下津井鉄道(のち下津井電鉄。鉄道線は1990年廃線)、播但鉄道(のち国家買収により国鉄加古川線ほかとなる)でも追随する形で一時行われていたという。
[編集] 戦後の例
日本の大量輸送型交通機関における本格的なワンマン運転は、1951年6月から大阪市交通局が一部路線のバス(当時の今里~阿倍野)で夜間に限り行った例が最初とされる。これは、当時バスに乗務していた女性車掌が、当時の労働基準法で規定された女子の保護規定(深夜勤務の制限)に抵触して夜間の乗務ができなくなり、代替要員が確保できなくなったことによるものである。
- 1999年の労働基準法改正まで、看護師(看護婦)など一部の職種を除き、22時から翌朝5時まで女性の勤務はできなかった。近年まで鉄道の車掌や運転士などの乗務員、駅員が男性ばかりであったのは深夜時間帯の勤務があったことによる。
1960年代以降、大都市からワンマンバスが広がり始め、やがて地方のバスも山間部や狭隘路線のような特殊なケース以外はワンマン化されていった。
路面電車では名古屋市電が閑散路線の合理化策として、下之一色線で1954年2月から開始したのが最初である。一般の鉄道で、バス等に準じた形態の現代的なワンマン運行を行った最初は、1971年の関東鉄道竜ヶ崎線と日立電鉄(2005年廃止)であった。
[編集] 運賃支払方法
[編集] 乗車時
乗客は、乗ったバス停や駅を証明するため、車内に設置された機械で発行される整理券や、駅に設置された機械で発行される(或いは駅に備え付けている場合もある)乗車駅証明書を取得しておく。ただし均一運賃を採用しているバス路線や、全駅に自動券売機が設置されている路線を走る列車などでは、整理券を発行しない場合がある。
鉄道の場合、駅によっては乗車前に自動券売機や業務委託先などの発券窓口で乗車券を購入できる場合もある。またバスにおいても、バスターミナルなど乗車券を購入できるバス停もある。この場合は整理券を取る必要はない(但し、乗車人員を調査するために乗車券、回数券、定期券利用者にも整理券を取ることを求める事業者もある)。
整理券などを取り忘れた場合は、始発バス停や始発駅からの乗車とみなされることがある。始発バス停や始発駅からの乗車の場合には、「整理券なし」区分として、整理券などの発行が省略されていることもある。
[編集] 降車時
降車時には、運転席横の運賃箱に、整理券・乗車駅証明書ともに運賃を投入する。運賃は車内の運賃表に表示される。通常つり銭は出ないので、運賃ちょうどの金額がない場合は、運賃箱に内蔵された両替機で予め両替しておく。大都市内に多い料金均一制の路線では、乗車時に運賃を支払う仕組みになっている場合が多く、この場合はつり銭が出る。あらかじめ乗車時に降車停留所を告げて、乗車時に運賃を支払う方式もある。(「前乗り後ろ降り」の節で詳述)
定期券での乗車の場合は、整理券を取る必要はなく、降りる時に運転手に定期券を見せるだけで済む場合が多い。しかし、一部には乗車人員を調査するため定期券客であっても整理券を取る規定になっている会社もある。
前述のように乗車時に乗車券を購入した場合は、乗車駅証明書や整理券は必要なく、運賃箱には乗車券を投入する。また、有人駅や改札付きバスターミナルで降車する場合には、運賃は車内ではなく駅で支払うようになっている場合もある。
[編集] 鉄道の場合
JRと第3セクター鉄道・私鉄線と駅舎・ホームを共有している有人駅で下車する場合は、JRでは駅改札(規模が大きい駅では精算窓口、自動改札のある駅でも切符を持っていない場合は有人の改札口または精算窓口となる)で運賃を支払うことが多い一方、第3セクター鉄道・私鉄線の場合、運賃は車内で精算し、乗務員から精算済みの証明書が渡され、証明書を駅改札口にいる駅員に渡すことが多い(駅によっては運賃箱が閉鎖され、駅改札や精算窓口で運賃を支払う場合もある)。
乗換駅が無人駅の場合、切符や定期券を持っていない場合は乗車した駅から乗換駅までの運賃をいったん精算した上で乗務員から精算済みの証明書が渡された後、乗り換えの列車に乗車し、到着(下車)の際に精算済みの証明書と一緒に差額分の運賃を車内または駅で支払う場合もある。また、自動改札のある駅で下車する場合、切符を持っていれば自動改札機を通すことができるが整理券は通すことができない。そのため設置されている専用の回収箱に整理券を入れ、間違っても自動改札機に通さないよう注意を促している。
ワンマン列車から車掌乗務の列車に乗り換える際、切符をもっていない場合は整理券を持ったまま駅窓口で切符を購入する。ただし、乗り換え時間が少なくすぐに乗り換え先の列車に乗車する場合、整理券を持ったまま乗り換え先の列車の車掌から切符を購入する。いずれも、ワンマン列車で乗車した区間の運賃の精算を兼ねている。
ワンマン列車は通常運転士のみ乗務するが、ワンマン化されて間もない路線やJR九州の一部路線などでは、列車や乗降客などに応じて社員が区間限定で乗務することがある。この乗務員は車掌の資格を持たない社員のこともあり、乗車券の販売と乗り換えの案内をするのみで、ドアの開閉などその他の業務は運転士が行う。これは乗り換えの切符を求める乗客や乗客への案内など、運転中の運転士では支障をきたすとき社員が補助する役割である。なお、不正乗車防止のため、車掌が乗務して車内改札を実施することもある。
[編集] ワンマン運転車両での乗車カードの利用方法
- 均一運賃制のバスの場合、運賃支払時に運賃箱付近に設置(運賃箱と一体型の場合が多い)のカードリーダーを利用する。
- 多区間運賃制(整理券方式)のバスの場合、乗車時に整理券発行機付近のカードリーダーを利用し(乗車停留所を記録)、降車時に降車口付近のカードリーダーを利用する(乗車区間相当分の運賃を引き落とす)。
- 乗車時のカードリーダー利用を忘れると、降車時に「乗車記録なし」のエラーとなり、運転士に乗車停留所を申告し、手操作で金額を設定して引き落とすシステムの事業者が多いが、事業者によっては始発停留所からの運賃を差し引かれるシステムになっていることもあるので、注意が必要。
- 乗車時にバーコードが印刷された整理券を取り、降車時に運賃箱が整理券のバーコードから自動的に引落し金額を計算して引き落とす方式を採っているバスもある。
- 乗車時には整理券を取るだけで、降車時に運転士が整理券をもとに手操作で金額を設定して引き落とす方式を採っているバスもある。
- 鉄道の場合は、通常は駅の自動改札機か、センサーやカードリーダーだけの簡易改札機(無人駅)を利用する(JRのSuicaやICOCA、Jスルーカード、また私鉄のパスネット・トランパス・スルッとKANSAIなど)。これらの設備がない場合は、車両にバスと同様のカードリーダーが搭載されているので、これを利用する(京福電鉄・叡山電鉄など)。
-
- カードシステム対応の鉄道会社であっても、ワンマン運転の路線内ではカード利用を認めていないところもある。例としては、近鉄田原本線など。
いずれの場合も、カード残額が不足する場合は、別のカードか、現金で不足分を支払う。ICカード等、チャージ(積み増し)が可能なカードの場合は、カードにチャージして精算することもできる。
[編集] 乗客の乗降方法
※車内で運賃を支払う路線バスや路面電車、地方の列車を対象とする。地下鉄や都市近郊鉄道路線の場合は、全部のドアが開閉される。
混雑度や途中地点での乗り降りの頻度などにより、各種の方法が取られる。鉄道や一部の路面電車では、各駅(停留所)に停車してドアを開け閉めするが、バスや一部の路面電車の場合、停留所に着くまでに降車ボタンを押さないと降車できない(通過してしまう)ことがある。
[編集] 自由乗降
鉄道において、鉄道の有人駅や遠隔監視・巡回による自動改札化区間では、すべての自動扉が乗降に利用できる場合が多い(自由乗降方式)。(JR四国のように、有人駅でも後ろ乗り前降りを採用する場合もある。)
例えば広島電鉄の場合、広島駅(早朝・深夜等の閑散時間帯を除く)と広電宮島口駅での降車については改札員への後払い方式で行われている。また伊予鉄道の軌道線でも、ラッシュ時間帯では一部停留所に係員が配置されるため、すべての扉からの降車が出来る。
JRではワンマンで運転を行っている列車でも、通勤・通学時間帯といった多客時に後ろ乗り前降り方式の2扉では乗降客を停車時間内に捌けず、ダイヤに遅延を引き起こす可能性があるので、その路線の所属する指令所の判断によりワンマン運転対応の駅でも全てのドアを開くこともある。
なお路線バスにおいて「自由乗降」という言葉は、「停留所以外でも乗降できる方式」を指す。フリー乗降制を参照。
[編集] 前乗り前降り
乗客の乗り降りが少ない区間、もしくは路線運賃体系上で整理券を発行しない(有人駅でも整理券を発行していることもある)第一区間以外で用いられるものである。乗降口が一箇所しかない高速バスがこれに該当する。前払い方式と整理券方式の後払いがある。一般路線バスでも採用されている場所がある(前ドアのみか前ドア以外はしめきりのバスに限る)
[編集] 採用路線
[編集] 鉄道
- JR北海道 - ワンマン運転を行う全区間
- JR東日本 - 大湊線・左沢線
- JR西日本 - 紀勢本線(紀伊田辺~新宮)
- 津軽鉄道
- 十和田観光電鉄
- 三陸鉄道
- くりはら田園鉄道
- 茨城交通湊線
- 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線
- 鹿島鉄道
- 関東鉄道常総線(水海道~下館の単行普通列車)
- 上信電鉄
- 銚子電気鉄道
- えちぜん鉄道
[編集] バス
- ほとんどの高速バス
- 函館バス(中長距離路線)
- 下北交通
- 弘南バス(五所川原市内循環100円バス等は除く)
- JRバス東北 - 青森支店・大湊営業所管内
- 十和田観光電鉄(十鉄バス)
- 羽後交通
- 関東自動車
- 千葉交通(成田ニュータウン内など一部除く)
- 神奈川中央交通(伊勢原営業所以外の運賃後払い方式の路線は全てこの分類)
- 箱根登山バス
- 豊橋鉄道(豊鉄バス)レイクタウン線の一部(エアロミディMJ使用)(過去には、牟呂線・神野ふ頭線・フラワーシャトルの殆どや、三本木線の一部でも行っていた)
- 濃飛乗合自動車(一部除く。飛騨地区における雪対策による)
- 奈良交通(駅から住宅地方面行きのバスの一部)
- 均一料金でない場合でも整理券が発行されず、運賃の支払いが降車時自己申告制であることが特徴(磁気カードやICカードの場合はリーダが使用できる)。
- 大隅交通ネットワーク
- 琉球バス交通
- 沖縄バス
- 那覇バス(那覇市内線は除く)
- 東陽バス
[編集] 後ろ乗り前降り
後払い(整理券)方式の乗客の乗り降りが比較的多い区間、または路線運賃体系上の第一区間(整理券発行不用区間)で用いられるものである。後扉(入口)には整理券発行機があるので、乗車の際に整理券を取り、降車の際に整理券番号に応じた運賃を払う。関西地方では、整理券を発行しない均一料金制の路線バスも、後乗り前降り(降車時払い)になっている。キセル防止のため、前扉を先に開けそこから降車させ、少し遅れて後ろ扉を開けそこから乗車させるようにしたり、ホームに乗客がいないと後ろ扉をすぐ閉めている運転士も多い。またその観点から、駅の出入口付近に列車を停車させるようにした駅もある。
[編集] 採用路線
- 一般路線バス
- ほとんどの路面電車
- 本州・四国・九州のローカル鉄道路線
[編集] 備考
一部のバスや路面電車では、特定の停留所で乗り換える場合に「乗り換え券」を発行する場合がある。乗り換え時に最終目的先までの運賃を支払って発行してもらい、乗り換えたバスや電車で降車時に乗り換え券を運賃箱に投入する。
なお、鉄道線へ接続するターミナル停留所(鉄道駅)などを終点とするバス路線で、ラッシュ時など特に降車客が多い時間帯には、降車時間短縮のため、停留所に係員が常駐して後ろ扉からの降車を行うこともある。この場合、運賃は後部ドア横の係員に直接支払う。これは、たとえば甲子園駅(阪神本線)で、しばしば見ることができる。
[編集] 前乗り後ろ降り
前払いの、主に均一運賃の区間で用いられるものであり、乗車時に運賃を直接運賃箱に入れる。終着地点ですべてのドアが利用できるので降車時間が短くなる(前述の鉄道駅を終点とする路線のラッシュ時には特に威力を発揮する)。少数だが、対キロ制運賃区間でも採用されており、乗客は乗務員に降車地を申告して運賃を支払う(信用制前払い、東急バスの一部路線等)。
[編集] 採用路線
[編集] 運転士の役割と車両などの装備
バス停留所や駅では、運転士が戸を開け客扱いを行う。出発する際には、運転士が安全確認を行い戸閉め操作を行う。車内放送も運転士が行うが、テープなどによる自動放送を主体とし、運転士は自動放送で対処できない内容を補助的に放送するようになっていることが多い。
鉄道の場合、運転士が意識を失ったなどで一定時間機器操作がなされなかったときに非常ブレーキで停止するEB装置や、事故時に付近の列車を停止させる列車防護無線装置、車内の乗客との非常通報・通話装置などが設けられる。また、ホームにミラー(道路のカーブミラーに似たもの)やビデオカメラとモニターを設置し、照明の増設や上屋の高さを高くするなど安全確認をしやすくする改良も行われる。
バスの場合、バスジャックが発生した際の非常通報装置が設けられることもある。また、狭い道の区間では、後部モニター装置つき車両を導入したり、そこだけ誘導員を乗車させたりすることがある。
[編集] 運転士省略(driverless)
運転士省略とは、運転操作を全て中央監視(コンピュータによる自動制御)で行い、車掌または巡回係員のみで運行を行うものである。一部のモノレールや新交通システムなどで行われており、車両に係員の乗車しない完全な無人運転もある。また、ケーブルカーやロープウェイのように、車両の性質上、運転士の乗務を必要としない場合もある。
ホームドア・転落検知装置・モニターカメラなどをホームに、自動列車運転装置(ATO)・監視員などへの通報通話装置などが車両に装備されている。