ダウンタウンのごっつええ感じ
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ダウンタウンのごっつええ感じ(だうんたうんのごっつええかんじ、英字:Gottsu "A" Kanji)とは、フジテレビ系列で1991年12月8日から1997年11月2日までにかけて放送されていたバラエティ番組である。日本バラエティ史に残る数々のコントを生み出した。放送時刻は毎週日曜日の20:00 - 20:54(JST)。通称『ごっつええ感じ』、『ごっつ』。
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[編集] 概要
- 1991年正月放送の『ダウンタウンのごっつええ感じ マジでマジでアカンめっちゃ腹痛い』、さらにゴールデンタイムに進出し『火曜ワイドスペシャル』の枠で行われた2度のトライアル放送が好評を博し1991年12月8日にレギュラー化された。『おかんとマーくん』や『Mr. BATER』などの名作コントで人気爆発。後からDVDやVHSでもリリースされ、ベストセラーになる。
- ちなみに、松本人志のみの出演で『一人ごっつ』→『新・一人ごっつ』→『松ごっつ』が兄弟番組として深夜帯に放送されていた。
- 尚、司会のダウンタウンの2人はこの番組の終了以降、松本がごっつ終了直後同局深夜で再開された『新・一人ごっつ』でコントを続けていた以外は、ダウンタウンとしてのコントは原則として行っていない。例外としてビデオ『VISUALBUM』と後に放送されたこの番組のスペシャル『ものごっつええ感じスペシャル』でコントを行った。
[編集] 出演者
[編集] 司会
[編集] レギュラー
- 松雪泰子(~1992年3月)
- 伊藤美奈子(~1992年3月)
- 吉田ヒロ(~1992年9月)
- 山田花子(1992年10月~1993年3月) - プロレスラーに転身するため卒業(その後芸能界復帰)。
- 西端弥生(~1994年5月) - 出産のため卒業し、そのまま芸能界を引退したと思われる。俳優・古田新太の妻。
- YOU(~1997年3月)
- 篠原涼子(~1997年3月)
- 今田耕司
- 130R
- 東野幸治(1994年10月~) - 東野はレギュラー放送前のスペシャル「あかんめっちゃ腹痛いマジでマジで」には出演していたが、レギュラー放送開始では130Rに変更となった。理由は、浜田から「東野は協調性がないからアカン」の一言があった為。
※1997年3月のYOUと篠原卒業から番組終了までの間は男性のみとなり、華はないがよりダウンタウンの意向が反映される内容になった。同時にコントが激減し、ロケ企画がメインになった。
[編集] 準レギュラー・コーナー出演等
- 爆風スランプ
- ユニコーン
- 木村祐一
- 鈴木蘭々
- 岸田今日子
- 原田大二郎
- 藤岡弘
- 若本規夫(結婚前提戦士ラブラブファイヤーのナレーションで出演)
- 橋爪光男(オジンガーZ役)
- 福井敏雄(オジンガーZの宿敵、恐竜テイキアツザウルス役で出演。また他のコーナーにも出演)
- しのざき美知
- 日吉ミミ
[編集] 2001年復活スペシャルのみ出演
[編集] ごっつ事件史
- エアバッグ事件
- 初期のコーナー「なんなんなあに何太郎君」で、「車のエアバッグは本当に出るの?」というのを確かめる回で、スタッフがエアバッグの威力を事前に確認するのを怠り、爆発するエアバッグを顔面に受けた松本が、顔面に全治一週間のケガを負ってしまう事故が発生した。撮りだめがなかったため、次回放送は急遽、番組史上最初で最後の生放送となったが、レギュラーコーナーは全て予定通りこなした。森口博子やウッチャンナンチャンがゲスト出演したほか、オープニング曲を歌っていたすかんちも出演、スタジオでオープニング曲を歌った。当時、療養中の松本の自宅に見舞した作家・高須によると、顔中カサブタだらけで腫れ上がっており、しかも何太郎君のメイクも残っていて凄まじい顔だったが、それを態度に出すまいと平静を保ったという。事故直後、病院に向かう際にスタッフに松本は「ここまでやってんからできる範囲でオンエアしてや」と言ったという。次の回の「何太郎君」では、登場のときに車のハンドルを持たされ「まだちょっと怖いんじゃ!」とキレていた。当時、忙しくてなかなか休めなかったダウンタウンであったため、お兄さん(浜田)が「ゆっくりできたじゃないか」と言うと「あんなメイクも取られへん休みいらんわ!」と返していた。
- コント打ち切り事件
- 初期の連続コント「ご存知!ハマダ芸能社物語」に続いて新コント「鳴呼!花の番頭さん物語」が始まった。潰れそうな温泉旅館が舞台で、そこの熱血若手社員が板尾、ぼっちゃんが今田、番頭が蔵野、前シリーズからそのままのキャラがスライドした「人生・幸子」の松本とYOU(お笑いをやめて、流れてきて板前をしているという設定)、そして旅館再建のために取引銀行から送り込まれてきたのが浜田など、お約束的な配置で旅館を建て直していく、というのが話の軸。しかし、その浜田が属する銀行の名前を実在の『なにわ銀行』というのを使ってしまい、なおかつドラマの中で相当な悪役として描かれた(「ケチ銀」などと言われる)ためか、猛クレームが来たらしくこのコーナーは1回っきりであっさり終わってしまう。次週の放送では謝罪のテロップが入った。
- 板尾降板事件
- 板尾が、自称18歳だという女性を自宅に招いてお年玉をあげたら、実は14歳だったということで青少年育成条例違反で逮捕され、しばらく謹慎期間になり1994年5月からごっつを降板した。しばらくそのまま続けていたが、「ごっつええ感じあかんめっちゃ腹痛いマジでマジで」に出演していた東野幸治が1994年10月からレギュラー入り。謹慎期間後、普通ならほとぼりが冷めても復帰は絶望的な状況だが、松本のバックアップで1995年1月からカムバックを果たす。復帰第一弾のコントで板尾は篠原に「お前も半年休め!」というツッコミを繰り出した。
- 浜田骨折事件
- スタジオの準備が遅れてることに怒った浜田が、楽屋のロッカーを思いっきり蹴ったところ、右足を亀裂骨折してしまった。以後しばらくはギプス姿で出演していた。松本はなんで怒ってるのかわからず、数年ぶりに電話で浜田と話したらしい。
- グラサン破損事件
- 1996年の春の2時間スペシャルの「THE TEAM FIGHT」で以前「HEY!HEY!HEY!」で「チームファイト」に出たいと要望があったザ・ハイロウズと梶原善がゲスト出演し、「ハイロウズ」チームと「ごっつ」チームに対戦。ドッジボール対決(双方の壁後ろに何台ものピッチングマシンが仕掛けられ、どこから飛んでくるかわからない)を行い、1勝1敗のまま最終対決で7人-7人に合わせる為に松本が「ハイロウズ」チームに移行した、ゲーム終盤に当時ハイロウズのメンバーだった白井幹夫の顔面に当たり、大切なサングラスが壊れるハプニングが起きる。その後、白井はボール変わりに使ったベッドを用意し途中退場となった。
- 松本ボイコット事件
- 1997年春頃にゲームコーナーのセットが、指示したとおりの物ができていなかったという理由で、ちゃんとできるようになるまでと松本がコントの収録をボイコットし、浜田も同調した。浜田は松本と相談したわけではないが、人伝に話を聞いて、「松本には絶対折れるなって言うといてくれ」とマネージャーに言ったという。理由は、松本はなんだかんだ言って優しいので、きっと謝られると折れてしまうだろう、それではいけないと思ったため。その間、番組は4週に渡って過去の傑作選でしのいだ。スタッフに対して積もり積もった不満が二人ともあったらしく、この事件で爆発した形。スタッフへの不信はさらに高まり、後々突然の打ち切り劇(後述)につながる。
[編集] 番組への評価
放送時から「親が子に見せたくない番組」の上位にランクインしていた。しかし松本は、「別にね、『子どもが見たい番組』の上位になってるわけじゃないでしょ?もしそうやったら問題かも知れんけど。親も見せたくないし、子どももそんなに興味を持っていないんですよ。ならいいじゃないですか!」と語っている。
[編集] 視聴率
- 初回視聴率は18.2%とバラエティ番組の中では健闘していた。これはダウンタウンが解答者として出演していた『ごっつ』開始前の番組『世界の常識・非常識!』が好調なうちに終了したこととスペシャル版も高い人気を得ていたことからこの結果となった。
- 平均視聴率は15.8%、最高視聴率は1995年11月12日に記録された24.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。『ごっつ』が放送されていた時間帯にはNHK総合で『大河ドラマ』、日本テレビでビートたけしメインの『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』が放送されており、いずれも高い人気を誇っていたが『元気が出るテレビ』は1994年8月、たけしの事故により番組に影響が生じてしまい翌年の1995年10月にリニューアルするも人気が伸び悩み1996年10月に終了となった。
- 特に1995年は平均視聴率も18.9%と最も高く、この年のフジテレビのバラエティ番組トップに登りつめた。
- 晩年の視聴率は後述。
[編集] 突然の番組打ち切り
- 改編期でもない1997年11月2日という時期に番組が終了したのは、同年9月下旬にスペシャルが放送される予定だったが、放送される前日土曜日にプロ野球・ヤクルトスワローズが優勝までのマジックナンバー「1」になり、フジテレビ側は急遽、日曜日に放送予定だったスペシャルを翌週に変更しセ・リーグ優勝決定試合に差し替えられた、しかしその連絡すらなかった事に松本側が激怒したからと伝えられている。松本が差し替えられる事を知ったのは、その日・日曜日の昼過ぎで、松本はフジテレビの編成局へ連絡しスペシャルの放送を要望したが、フジテレビ側は聞き入れずセ・リーグ優勝決定試合を放送した。
- 実際、松本は大のプロ野球嫌いで、他の番組でもプロ野球中継やリーグ戦のあり方等、プロ野球を何度も非難していた。尚、その時の松本の言動を聞いた当時の吉本興業の社長だった中邨秀雄は激怒し、松本を呼び出し大説教まで行なった。
- また、打ち切り直前の1997年4月にロケ企画がメインになってから、視聴率は10%前後と低迷しており、改編期を待ってからの打ち切りでは、ダウンタウンのプライドが許さなかったのではないかという説もある。前述の「松本ボイコット事件」は、スタッフに対して積もり積もった不満が一気に爆発した形で勃発した。
- もともとフジテレビの属するフジサンケイグループは、ヤクルトスワローズの株を持ち経営にも関与している提携会社なのである。そのため、スワローズ優勝の放送はいわば身内のことであり、視聴率目的だけではなく、フジテレビとしての責務もあった。
- 更に、番組打ち切りの原因として挙げられるのが、番組そのものの内容である。「一歩間違うといじめや差別の促進になりかねない」「下品・過激な言動、セクハラ的行為が見られる」「ダウンタウンだけが特別扱いされ、他のレギュラーが不当に扱われている」など「低俗番組」として、批判が後を絶たなくなっていた。このため、製作局のフジテレビもこの時点で既に番組に見切りをつけていた、と言う見解もある。フジテレビのある幹部が『テレビ局が1タレントの言いなりになってたまるか!!』や『松本が我が局を私物化しようとしているのには不愉快だ!』などの発言もあり、スタッフ側を援護した。
- あまり知られていないが、松本はこの件でプロ野球関係者からも批判され豊田泰光からは週刊ベースボールのコラムで名前こそ出さないものの「野球関係者に対する侮辱ですよ」と非難されたらしい。また、当時の社長中邨秀雄から大説教を食らった件は中邨自身が学生時代ラガーメン(ラグビー選手)でありスポーツ関係者全般に対する侮辱だと感じていたため「言語道断だ!」と憤っていたいう説もある。
- 一方で大沢啓二は、自分の仕事にプライドを持つ松本の姿勢を高く評価していた(萩本欽一が、野球中継への差し替えは当然のこと、松本のような行動をとったら笑われるとコメントしたことに対して)。
- この一件のしばらく後に、他の番組で古田敦也らヤクルト選手と共演し、この件をネタに話をしていた。その為お互い個人的なわだかまりはないことを強調していた。
[編集] 一度だけの復活
- 2001年10月12日、当時のレギュラーの一部に新メンバーを加えて、『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』として復活。内容は往年の人気コントの続編、新作コント、出演者にアドリブで歌を歌わせるドッキリ等。フジテレビの自社制作であったレギュラー放送時とは違い、ダウンタウンと太いパイプで繋がっている映像制作会社のワイズビジョンが同特番の制作を担当した。
- 伝説の番組が復活するということで、かなり前評判が高かったが、結果としては9.0%という視聴率に終わり、テレビ東京の「ポチたまスペシャル」の9.5%を下回るこの日同時間帯のワースト視聴率となった。この日同時間帯で放送された「ジャニーズ大運動会」を演出したTBSディレクター合田隆信は、高須光聖との対談で、「ごっつが(自分の番組の)ウラに来るのを知ったのは放送2、3日前。それを知ったときスタッフに対しごっつは18%行く、うちの番組は8%~9%」と語ったが、実際は「ジャニーズ大運動会」のほうが最高視聴率をとっている。この件を受け、松本は後に雑誌のインタビューで「本当に面白い事はもうテレビではできない」と語っている。
- この特別番組に出演した藤井隆は、レギュラー時代にも出演した事がある。1997年5月11日放送の「紅白若手お笑いリアクション大合戦」で、他のどんな芸人よりも目立つリアクションを披露しており(『入った喫茶店の客が全員ヤクザだったら?』というリアクションで、藤井は『Here we go!』と連呼しながらヤクザにダンスを見せつけ、ダウンタウンらを爆笑させた)、現在の藤井の芸風の片鱗が垣間見れる。
- このスペシャルの未公開を含む全編が2003年に発売されたDVD『THE VERY BEST OF ごっつええ感じ 4』に収録されている。
[編集] 主なコント
詳細についてはダウンタウンのごっつええ感じのコントを参照。
[編集] コント以外の主なコーナー
- 「間」に入りましょう
- レギュラー達がさまざまなお題に沿って浜田・松本の間に入れるかといった和気藹々とした雰囲気のコーナーだが、結果が出ると雰囲気は一転、間に入れなかったメンバーを蔑ろにするというコーナー。実は「最近生意気になっている今田を懲らしめよう」という趣旨で行われた、いわゆるドッキリである。
- エキセントリック少年ボウイ
- 同タイトルの架空のヒーロー物(番組?)のキャラクターに扮した男性メンバー全員が、その主題歌を歌いきって終わるコーナー。末期に毎週放送されていた。基本的に歌のみであり(歌詞の中の台詞はあるが)、実際のストーリーなどはなかったが、番組が終了せずに続行していれば本編のコントも作られる予定だった。また、同作の歌「エキセントリック少年ボウイ」のCD(エキセントリック少年ボウイオールスターズ名義)も発売され、オリコン最高4位のヒットとなり約50万枚を売り上げた。第二弾として「日影の忍者勝彦」も用意されていて、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』で日影の忍者勝彦オールスターズが結成された。
- オジャパメン / マウヤケソ
- 韓国のアイドルグループ『消防車(ソバンチャ)』(オジャパメン)、『トゥルコヤンイドゥル』(マウヤケソ)の楽曲を男性メンバーがカバー。日本人の耳には珍奇に聞こえる韓国語の発音が笑いを誘う。韓流ブーム以前、「韓国の芸能人のイメージといえばオジャパメンだった」という人は結構多いのではないだろうか。ソバンチャとは『HEY!HEY!HEY!夏のチャンプカーニバル』で本家との共演が実現した。
- 俺ならこう描く!
- 浜田がお題を見て絵を描き、他のレギュラーが浜田がどんな絵を描くかを予想するクイズ。だが、浜田の絵画センスが(ある意味で)はるかに上を行っていたため、正解が出ない事が多かった。正解した時は賞品として、浜田の絵がプリントされた絵皿やTシャツがプレゼントされた。賞品があまりにも好評だったため、その後は視聴者プレゼントにその絵皿やTシャツが選ばれた。
- キャリー東野のアイドル虎の穴
- WWWWチャンピオンの女子プロレスラー・キャリー東野がマネージャー・ドンキング松本の呼び寄せたアイドルとプロレスをやり、時に手加減抜きで技を仕掛けたりする。第一回は篠原涼子をキャリーがプロレス技で痛めつけると言うコントであったが、後にちゃんと客入れをしてプロレスを行うという人気コーナーに発展した。タッグマッチの際は無二の親友・キムラちゃん(ヤワラちゃんのパロディ)が登場する。出演アイドルは初期は新島弥生、水野あおい、平成おんな組、ピンクサターン、T-BACKSなど実に渋いメンツであったが、後には天地真理(電流爆破デスマッチ)や日出朗・日景忠男・志茂田景樹といったイロモノタレント、そして後にジャガー横田&バイソン木村(東野がぶちのめされるドツき役)、べジー・ベネットといった本物の女子プロレスラーなども登場した。
- きょうふのキョーちゃん
- 松本人志原作アニメ。詳細は上記に参照。
- 巨大料理に挑戦!
- 男性レギュラー全員で巨大な料理作りに挑戦する。巨大プリンは保冷車を冷蔵庫代わりとし24時間かけて冷やしたにも関わらずまったく固まらなかった。その他にも失敗が多くPTAに「食べ物を粗末にしている」とクレームを付けられたこともあった。
- 蔵野孝洋の俺は本当はモテるんだ!
- 本当はモテると豪語する蔵野の言葉を検証するため、イケメン芸能人と蔵野のどっちと付き合いたいかを街行く女性達にインタビュー。女性一人一人が蔵野以外の男性を選ぶ度に、蔵野はダウンタウンから折檻を受けなければならない。しかし対戦相手があまりにもイケメンなため当然蔵野には一票も入らない事がほとんどであった。そのため蔵野から泣きが入り、「浜田さんとやらしてくれ!」と提案。結果はほぼ五分五分であった。
- ゲストとのトークコーナー
- 番組最初期に行われたコーナー。内海好江や結城貢などがゲストで出演したが、最多出演は西川きよし。きよしは火曜ワイドスペシャルの頃から出演しており、きよしの好きなもの三つについてトークを繰り広げ、さらにその三つが放送されたコントのテーマとなっていた。松本はきよしの好きなものにクレームをつけ、「君は人間がなっとらん!」と説教されていた。松本の嫌いなもの三つについてもトークを繰り広げた。
- ごっつの車窓から
- ダウンタウンの2人が上野駅から京成電鉄スカイライナーで成田空港へ向かう途中に、窓から外を見るとごっつのメンバーがバカなことをしているという企画。特にダウンタウンが爆笑していたのは、なぜか草原や倉庫の屋根に何匹もエレキングが横たわっていて、その先では板尾がエレキングと戦っているというシーン。二弾目として相模湖ピクニックランドのジャングルツアーで同様の企画が行われたが、そこでも主役はやはり板尾。なぜか真剣な表情で墓石を見つめる喪服姿の板尾に二人は大ウケ。「ごっつ墓石見てるやん!何があったんや!」と大爆笑した。この企画は、松本がドラマ『北の国から』で、蛍が電車で去っていく母親を見送るシーンに着想を得たもので、「あれを母親目線で、電車から見える蛍がボケてたら面白いんじゃないか」という発想から作られた。なお、冒頭のナレーションは本家「世界の車窓から」の石丸謙二郎がつとめた。
- ザ・選挙
- 楽屋でたたずむ浜田にいきなり松本が「選挙出~や~」と言った事から発展したコーナー。松本がブレーンとなり浜田を候補として祭り上げ、ハゲヅラに省エネスーツ、「ウシシシシ」と嗤う「浜田まさとし候補」が誕生した。選挙カーで街に出て本格的な街頭演説も行い、「ツッコミのある街づくり」を有権者に訴えた。そして「ガンバッテアナタ」しか言わない外人の奥さんと共に一ヶ月に渡る選挙活動を行った結果、浜田候補は4404票を獲得。しかしこの結果に松本は「何やそれ!何日もやって4千ナンボって!やめさせてもらうわ!」と捨てゼリフを残し、企画は終了した。ちなみに無効票も何票かあり、何故か松本に86票が入り、中にはガッツ石松の名前もあったらしい。
- ザ・対決
- 視聴者からの架空のハガキに基づき、ダウンタウンの2人がゲームで対決する。前述の「改造人間カスタムひかる」終了に伴い、そのゲーム対決部分に絞る形でスタートした。今田扮するレフェリー「ジャッジ公平」が仕切り、毎回視聴者(なぜか芸能人が多い)から来ているという設定のハガキにより、「○○と××ではどっちが強いんですか?」という疑問に答えるという設定で、ライバル関係のキャラクターに松本・浜田がそれぞれ扮装してそのキャラクターにちなんだゲームで対決を行う。基本的に浜田はわりと器用に対応してしまうことが多いため、ジャッジ公平がグズる松本に肩入れしたズルをし、浜田に「お前全然ジャッジ公平ちゃうやん!」とつっこまれることがよくあった。
- 対決終了後、壮絶な対決を笑って見ていた今田に対し、浜田の命令でジャッジ公平の一人コントの名目で無理矢理今田が命懸けのゲームをやらされる事も少なくは無かった。
- 特別ゲストでダウンタウンのファンである甲本ヒロトと真島昌利(当時THE BLUE HEARTS)が出演し、乳首相撲など対戦した。
- THE TEAM FIGHT
- 前期の名物コーナー。レギュラーが2チームに分かれ、体を張った大掛かりなゲームで対戦する。前項「ザ・対決」のチーム版といったところ。番組予算の大半はこのコーナーのセットに使われており、数千万円かかったものもあった。
- 「ザ・対決」に続き、特別ゲストでザ・ハイロウズが出演。ドッジボール対決(双方の壁後ろに何台ものピッチングマシンが仕掛けられ、どこから飛んでくるかわからない)を行う。当時ハイロウズのメンバーだった白井幹夫の顔面に当たり、大切なサングラスが壊れるハプニングが起きる。
- 実験クイズ
- 教育番組に模した最初期のコーナー。ダウンタウンの2人が体を張って「浮力」「滑車」「残像」などの物理実験を行い、視聴者の疑問を検証する。
- 10万円分食べよう
- 低価格の飲食チェーン店などで、男性メンバーが総額10万円に達するまでひたすら食べ続ける。結局一度も10万円には届かず、怒ったダウンタウンが他のメンバーに「FUJIYAMAに10万円分乗る」と言う罰ゲームを科した。
- 出動!メカライオン
- 松本扮する博士が開発したメカライオンで動物と戦う企画。1000万円という破格の費用を投じて製作されたメカライオンだが、わずか2回で打ち切りとなり松本やスタッフを大後悔させた企画。
- 数字を当てましょマジでマジで!
- ダウンタウンが以前やっていた帯番組「4時ですよ~だ」でやっていた「私の数字(スージー)」というコーナーと全く同じ。ゲストに来たタレントが提示する自分にまつわる数字を、一体何の数字かレギュラーメンバーが当てるクイズゲーム。 ちなみに同コーナー放送当時、NHK総合テレビで古舘伊知郎司会による「ゲーム数字でQ」(1991年4月-1993年3月)という類似番組があった。
- 青春プレイバック
- 1996年の200回スペシャルにて、ダウンタウンが故郷・尼崎を訪れたロケ。また江守徹・石立鉄男によるダウンタウン結成までの再現ドラマも放送された。高層マンションが建ち並び小綺麗になった尼崎の姿は青春時代の面影が失われつつあり、二人は「空が狭なった」と少し寂しげだった。
- 民生くんとアベくん
- 最初期にユニコーンのメンバーが出演した歌ネタのコーナー。1993年9月、ユニコーン解散とともに終了。同様のコーナーに爆風スランプのサンプラザ中野とパッパラー河合が出演したコーナーもあった。
- チクリのコーナー(中期のエンディングコーナー)
- 視聴者からのハガキネタを読み、全員でトークするミニコーナー。
- 電撃パフォーマンスドール
- 電撃ネットワークのテーマ曲のリズムに乗りながら、篠原涼子に漢字を書かせてみるコーナー。「野球」を「矢九」と書くなど、義務教育を受けていたのかも疑うほどの間違い方を本気でしていた。スタッフは大笑いしており、コーナー終了時に浜田も「このコーナー続けよう」と言っていたが、事務所からクレームがついたのかは定かではないが、その後二度と放送されなかった。
- なんなんなあに何太郎くん
- 教育番組に模したコーナー。松本が人形の「何太郎くん」、浜田が「お兄さん」に扮し、ロケをする企画。初期の「実験コーナー」の発展版で、まともな質問に対してバカバカしいロケを、ダウンタウンが体を張って立証するコーナー。主な実験内容は「10円玉を回して、表と裏が出る確率は本当に5対5か?」「震度5の自身はどれくらいか?」「車のエアバックはどのぐらいの衝撃で出るのか?」「牛はどのくらいミルクを出すのか?」等。なお、松本はこのコーナーで顔に怪我を負った事がある。
- パイマン
- SMアイテム(マウスボールやレザー製拘束着のような衣装など)の男「パイマン」(東野)が街頭の女性や動物にパイを投げつけるコーナー。パイマンの調教師「コギャル」(松本)が命令を下す。あまりに怖い猛獣と対峙した際は、一切しゃべらないはずのパイマンが東野幸治に戻ってしまい、饒舌にレポートしてしまったこともある。
- このコーナーが何回か放送された後、東野は「世紀末戦隊ゴレンジャイ」にも「パイマン」の扮装で登場した。
- 浜ちゃん遊ぼ!
- 浜田とゲストが気ままにロケを楽しむ。後の番組『浜ちゃんと!』の原型とも言えるコーナー。坂本龍一が出演した時は「浜ちゃん遊んで!」に変更された。
- 木瓜の花
- 連続テレビ小説風のミニドラマ。浜田扮する浜子がある料亭で繰り広げる人間模様を(浜田や今田が女性役を演じる事以外は)ほぼ笑いの要素ゼロで演じた。番組のレギュラー以外でも俳優の佐藤蛾次郎、冨士真奈美、宮川一郎太、八名信夫らが出演するなど、ドラマ面からいってもクオリティの高い本格的なものであった。登場人物が浜子によって次々と殺されていく最終回は衝撃的であった。しかし、真相はYOUの演じる仲居が真犯人だった。
- ボケましょう
- あるシチュエーションで発するボケの一言の面白さを競う。ドラマ仕立てで有名俳優が相手役を演じたり、豪華なセットを用いるなど、大喜利としては破格の予算をかけたことがある。松本が「ボケー」という単位で判定する。東野のあまりのふがいなさに「サムー」という単位が登場する。
- ボディコンかあちゃんコンテスト
- 「ごっつええ」では数少ない一般公募企画。40~50代になっても優れたプロポーションを持つ母親達が登場し、そのセクシーさを競う。5名の参加者はボディコン衣装に身を包み、後姿のみを見せてジュリアナダンスを踊りながら登場。ここで司会を勤める浜田や審査員達から様々な質問が飛び交い、最後は母親達が考える「悩殺ポーズ」(無論本人たちなりに考えた“悩殺”なので、爆笑をさらうものも多かった)を披露した後、一番の支持を集めた人が優勝。
- 最後に参加者は全員振り返って素顔を見せる。だがある回では、そのうちの一人が本名でエントリーしていた五月みどりだったため会場は騒然となったことがある。
- 新ドッキリカメラ
- ダウンタウンが仕掛け人になり、メンバーを様々なドッキリで驚かす企画。
- 主な企画
- 東野の頭(髪の毛)があまりにもカタ焼きそばに似ているぐらいチリチリなことから、同じ日に色々な場所(楽屋、タクシー、宿泊先のホテル等)で、「東野さんの頭ってカタ焼きそばに似てますね。」を合図に他のメンバーが東野の頭に熱々の八宝菜をかけた。新メンバーになったばかりの東野を迎えるためのコーナーでもあった。「こんなもんドッキリちゃう!」と東野はキレまくった。
- 仕掛け人はダウンタウンと大崎洋プロデューサー。控え室でダウンタウンと大崎プロデューサーが周囲に響き渡るほどの怒鳴り声で大喧嘩を行い、他のメンバーはそれを聞きながら呆然とする。そして、ダウンタウンが控え室のガラスを叩き割って姿を現すと、実は三角木馬をやっていたというドッキリ。板尾と蔵野は、黒のスーツ姿で控え室に入った大崎プロデューサーが姿を現した瞬間、赤い服を着ているのを見て「血まみれになってる」と勘違いした。また、今田はドッキリと判明した後に何故か1人だけ号泣していた。
- 「シンデレラ」のコントで、YOUが浜田の頭をハイヒールで叩いたことに浜田が激怒。止めに入ったADは殴られ、女性陣(YOU、西端、篠原)は顔面蒼白。スタジオから出ようとするとき、今田が元祖どっきりカメラの野呂圭介に扮した格好でネタばらしをし、YOUは「(ガキ使いでのドッキリの)梅宮さんの倍怖かったわ!」と半泣きで怒っていた。松本によると、現場で一番平気そうに見えた西端はこれが終わった後、ショックで楽屋から二時間出てこなかったらしい。
- 「東野に芸人根性はあるのか!」と銘打ったドッキリ。永井豪原作のマンガ「けっこう仮面」のパロディコント。東野が演じる正義の味方で、覆面以外は全裸。敵の顔を股間に押し当てる「シンボルアタック」などの得意技を持つ、という設定。「こづれ狼」でこのキャラに扮した東野が、これを主役にコントをしたいと言い出したらしく、メンバーとスタッフがその願いを叶えると見せかけてドッキリを仕掛けた。助け出す女性をYOUが演じると脚本にはあったが、本番ではそれが東野の妻(当時)に入れ替わった。東野は女性が妻に入れ替わったことに気付くと仮面を脱ぎ捨て「こんな屈辱初めてや!」と絶叫した。
- 全編大阪ロケのスペシャルにおいて、蔵野がはめられたドッキリ。NGKの舞台に客を入れて蔵野がホスト役のトークショーをやるというもので、ゲストがオール阪神・巨人。番組が始まる前からベロンベロンに酔わされていた蔵野は番組中もグダグダで、逆に巨人は番組を成立させようと気を使うが阪神が怒って番組中帰ってしまう。阪神の激怒を目の当たりにした蔵野は一気に酔いが醒め、巨人の楽屋に謝罪に行くが、こっぴどく怒られてしまう。もちろん阪神と巨人は企画を全て理解した上での演技だが蔵野は泣いてしまった。
- 「野生の王国」と言うコントで、浜田演じる親ライオンが蔵野演じる子ライオン(被り物のため素顔は見えない)を鍛えると称して様々な方法でしばきまくるはずが、本番では子ライオンが別人に入れ替わっていると言う、浜田に仕掛けたドッキリ。それを知らない浜田は子ライオンを思い切りしばきまくるが、途中でウサギに扮した蔵野の登場に、どうして良いか分からなくなるほど動揺してしまう。解説役の松本に正体が坂本龍一であることを告げられ本人が素顔を見せると、慌てて土下座するも坂本にしばき返され最後は崖に突き落とされた。その慌てぶりは実況役の今田に「正直あんな親ライオン(浜田)の顔は(今まで)見たことがない」と言われるほどであり、すっかり困憊した浜田はスタッフのOKコールに「OKやあるかあ!」と絶叫した。
- 藤岡弘と遊ぼう
- レギュラーメンバーと藤岡弘、が鬼ごっこなどをして遊ぶロケ企画。メンバー(子供の扮装)と藤岡弘、(スーツ姿)のテンションの温度差が秀逸。汗だくでマジメに子供の遊びをする藤岡を小バカにした者には合気道の技でおしおきしたりするが、なついた者には抱きしめて「お前はかわいいなぁ!」と可愛がる。
- レギュラーメンバーオーディション
- 最末期、女性レギュラーメンバーが抜けた後、新レギュラーオーディションと題し笑福亭鶴瓶(第一回)、ガッツ石松(第二回)、八代亜紀(第三回)という面々をごっつメンバーが全くの新人として扱ってオーディションするという企画。受験者は功成り名遂げた一流芸能人ばかりなのだが、コーナー内ではド新人扱いなので受験者が必死に芸を見せたり体を張ってもごっつメンバー側の反応が極薄だったり、鶴瓶に至っては、松本から「つるへ君」「鶴光君」などと呼ばれ極めて失礼に扱われ、「尼崎のドブの中から生まれた人間が、なにぬかしとんねん」「おまえらなぁ、だいたい長者番付にのんのが(載るのが)おかしいねん。なんでのんねん」「うちの息子なぁ、家(息子の部屋?)ばぁっと入ったら、おまえの「読め!」ゆう本とか「松本」とか、おまえ、見とってんどっ! ゆうことは、まわりまわっておまえとこ払ろとるんやないかいっ!!」と反撃するが相手にされず、「仁鶴に言うぞ! 仁鶴に!」「仁鶴兄さん、吉本の裏番長と呼ばれてるでしょ?」と、兄弟子で吉本興業所属の笑福亭仁鶴にカメラ越しに助けを求めたが、それもダウンタウンからは軽く流されてしまう。のちに、「ガキの使いやあらへんで!!」で同じ趣旨の企画を鶴瓶の弟子の笑福亭笑瓶で行った。この番組ではホテルで開かれたが、ガキの使いでは体育館を舞台に巨大風船やパイ投げマシーン、カートなどを使った大規模なものになっていた。
- 芸能界草野球王への道
- 浜田率いる草野球チームが数々の芸能人チームと対戦するガチンコ野球企画。元々は1994年に巨人の槙原寛己が完全試合を達成した事に感動した浜田が、「俺も完全試合がしたい!」と完全試合に挑戦した企画が発端。しかしあまりにも投げすぎた浜田は翌日体を壊し、「ガキの使い」の収録を休むほどであった。
- 力也ちゃんと遊ぼう
- レギュラーメンバーが安岡力也に関するゲームを行う。ゲームは「マジカル力也」「力也ンルーレット」「世紀末力也」の3つ。「マジカル力也」ではマジカルバナナの要領で、「力也と言ったら○○」のように答え、その内容を力也が判定する。「力也ンルーレット」はテーマにあったものを順番に答えていくが、力也のきらいなものを言ってしまうとアウト。罰ゲームはテキーラを飲む。
[編集] テーマ曲
- 恋のマジックポーション(すかんち)- この番組を代表する曲。最終回はこの曲を使用。
- 恋のミラクルサマー(すかんち)
- きらいだよ(FAIRCHILD)
- オジャパメン(オジャパメン)
- マウヤケソ(オジャパメン)
- 日曜日よりの使者(THE HIGH-LOWS)
- エキセントリック少年ボウイのテーマ(エキセントリック少年ボウイオールスターズ)
- ああエキセントリック少年ボウイ(エキセントリック少年ボウイオールスターズ)
[編集] スタッフ
[編集] レギュラー放送時代
- 構成:松本人志、浜田雅功、廣岡豊、清水東、かわら長介、倉本美津留、小笠原英樹、内村宏幸、三木聡、高須光聖、松井洋介、福原太、長谷川朝二、木村祐一、岩崎夏海、三浦亜矢
- アドバイザー:島武実
- 音楽:増田俊郎
- 音響効果:志田博英、田中寿一
- スタイリスト:高堂のりこ
- 協力:ヒットユニオン、TOWER RECORDS、シュラトン・グランデ・トーキョー・ベイ・ホテル&タワーズ、佐藤動物プロ
- 技術協力:共同テレビ (初代) 、ニユーテレス (2代目)
- 照明協力:FLT
- 制作協力:吉本興業、NCV
- ディレクター
- AP(プロデューサー補)
- 小須田和彦(初代)(コス)
- 徳光芳文(2代目)
- 演出(後期)
- プロデューサー
[編集] 2001年「ものごっつええ感じスペシャル」
- 構成:かわら長介、倉本美津留、三木聡、高須光聖、川野将一
- AP (アシスタントプロデューサー)
- 原武範(フジテレビ)
- ディレクター
- 協力プロデューサー
- 江間浩司(NET WEB)
- 演出
- 伊藤征章(フジテレビ)
- 監修
- 小松純也(フジテレビ)
- プロデューサー
- オーガナイザー
- 白岩久弥(当時ワイズビジョン、現在は映画監督・吉本興業コンテンツ系番組やDVDのオーガナイザーとして活動)
- 制作協力
[編集] 提供スポンサー
[編集] 関連商品
- VHS
- 『ダウンタウンのごっつええ感じ コント傑作集』HISTORY1~10、『幻のコント傑作集 HISTORY0』の計11巻が放送期間中に発売された。発売元はポニーキャニオン。
- エキセントリック少年ボウイオールスターズ(CD)
- シングル『エキセントリック少年ボウイ』(1997年9月25日発売)、アルバム『ダウンタウンのごっつえぇ感じ 音楽全集』(1997年12月15日発売)がある。発売元はイーストウェストジャパン。
- DVD
- 『THE VERY BEST OF ダウンタウンのごっつええ感じ』(全5巻、各3枚組)が2003年6~12月に発売。1000本を超える作品からダウンタウンの2人が自ら厳選した傑作コント等を収録。大ヒットを記録した。発売元はR and C。
この他、番組放映当時にはコントに登場したキャラクターのシールがおまけに付いたスナック菓子などが発売されていた。
[編集] 前後番組の変遷
フジテレビ 日曜20:00枠 | ||
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