新山口駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
新山口駅(しんやまぐちえき)は、山口県山口市小郡下郷にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅。
新幹線を利用した山口県の広範囲的玄関駅である。また山口県の新幹線の駅では一部は通過する便もあるものの、元来ひかり号の停車する本数が一番多く、のぞみ号においても同様のことが言える。2003年10月1日に小郡駅から改称した。
山陰(益田)方面には山口線、瀬戸内海(阿知須・宇部市中心部)方面には宇部線が接続しており、運転上の要衝。山口鉄道部車両管理室(旧小郡機関区)が併設されている。また、山口線の観光列車「SLやまぐち号」の始発駅でもある。
県庁最寄駅である山口駅には山口線利用で行くことが可能である。また、山口宇部空港へも直行バスが運行されている。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
[編集] 駅構造
山陽新幹線は相対式2面2線(間に通過線2本)の高架ホーム、在来線は5面9線の地平ホームを持つ。0番線は1番線ホームの東側の切り欠き部にある。 山口市内唯一の自動改札設置駅である。
0~2 | ■山口線 | 山口・津和野・益田方面 |
---|---|---|
3 | 旅客列車未使用(回送列車などの発着のみ) | |
4・5 | ■山陽本線(上り) | 防府・徳山・岩国方面(一部は6番線から発車) |
6・7 | ■山陽本線(下り) | 宇部・厚狭・下関方面(一部は2、5番線から発車) |
8 | ■宇部線 | 宇部新川・居能方面 |
11 | ■山陽新幹線(上り) | 広島・新大阪・東京方面 |
12 | ■山陽新幹線(下り) | 小倉・博多方面 |
2番ホームに「あきよし」「さんべ」の号車案内が残る
[編集] 駅周辺
新幹線口周辺は県の交通の中心ということもあり、全国企業の山口支社が多く設置されている。
新幹線口駅前に種田山頭火の銅像が設置されている。
[編集] 利用状況
- 1日平均の乗車人員は7,182人である(2005年度)
[編集] バス
[編集] 新幹線口
- 高速バス
- 一般路線(特急バス)
[編集] 在来線口
- 一般路線
- 高速バス
[編集] 歴史
- 1900年(明治33年)12月3日 - 山陽鉄道 防府駅~厚狭駅間の開通と同時に、小郡駅として開業。旅客・貨物の取扱を開始。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国鉄の駅となる。
- 1909年(明治42年)2月21日 - 大日本軌道山口支社線が乗り入れ。
- 1913年(大正2年)2月20日 - 山口線 当駅~山口駅間が開通。大日本軌道山口支社線が廃止。
- 1925年(大正14年)3月26日 - 宇部鉄道 阿知須駅~当駅間が開通。
- 1943年(昭和18年)5月1日 - 宇部鉄道が国有化。
- 1961年(昭和36年)1月1日 - 北口(在来線口)が現在の駅舎になる。
- 1975年(昭和50年)3月10日 - 山陽新幹線の停車駅となる。
- この頃現駅名の新山口駅への改称も持ち上がったが、当時の小郡町の猛反発にあい駅名はそのままとなる。
- 1984年(昭和59年)1月1日 - 貨物(車扱貨物)の取扱を廃止。北口駅舎の西側に有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
- 1987年(昭和62年)3月31日 - 貨物(臨時車扱貨物)の取扱を再開。但し、将来貨物設備を整備されることに備えたものであり、発着列車の設定は無い。
- 2003年(平成15年)10月1日 - 新山口駅に改称。同時に「のぞみ」停車駅となる。
- 2005年(平成17年)2月20日 - 山陽新幹線改札口に自動改札機設置。
- 2006年(平成18年)4月1日 - JR貨物の駅(貨物取扱)が廃止。結局取扱実績がないまま廃止された。
[編集] 隣の駅
- ■山口線
- ■宇部線
[編集] 駅名改称
旧駅名は町名に由来した小郡駅であった。最初に「新山口駅」への改称要請があったのは1975年の山陽新幹線開通時で、当時の国鉄などから山口地区への玄関口として「新山口駅」への改称を打診したが、小郡が山口市の一部としてみられることを嫌った当時の小郡町が拒否していた。
再度駅名の改称の機運が高まったのは2003年ののぞみ停車開始時で、JR西日本から駅名改称と同時ののぞみ停車について打診があった。このときは1975年当時と異なり、平成の大合併により旧小郡町が旧山口市などと合併することが具体化している状況にあり、県都山口の名を冠した新幹線停車駅が欲しい旧山口市と山口県庁、悲願であったのぞみ停車を実現させ合併後の山口市の中心地となることをにらんだ旧小郡町、そして改称により山口県の広域的な観光拠点としてPRしたいJR西日本の思惑が一致し、駅名を改称することとなった。また、同じ山陽新幹線主要駅の小倉駅と誤認する客が少なからずいたのもJR西日本が改称を打診した要因であるといわれる。
改称には旧小郡町民の反対運動もあったが、最終的には「小郡駅は山口県民の駅であり、小郡町民だけの駅ではない」という意見もあり、新山口駅へと改称された。
なお、改称後も県民の中には新山口駅ではなく、以前の「小郡駅」あるいは「小郡の駅」と呼ぶ者も多い。
- 駅名改称の経緯は、鉄道と政治も参照