あかつき (列車)
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あかつきとは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が、京都駅~長崎駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線・長崎本線経由で運行している寝台特別急行列車。
2000年3月までは佐世保線佐世保駅発着の列車を併結していたが、寝台特急の全体的な利用客減は当列車も例外ではなく、寝台特急の本数削減の流れを受けて佐世保駅発着列車を廃止。以後は他線区へ向かう寝台特急との併結運転となっている。
目次 |
[編集] 運行概況
関西圏対長崎本線沿線を結ぶいわゆる「関西ブルートレイン」の一員である。「なは」と鳥栖駅まで併結運転で運行されている。
- 客車編成
- 牽引機関車
- 京都~下関間 : EF66形電気機関車(下関地域鉄道部下関車両管理室所属)
- 関西方面の団臨で使用される下関車両管理室所属のEF65形1000番台(PF形)が返却・送込回送の為運用に入ることがある。
- 下関~門司間 : EF81形電気機関車(大分鉄道事業部大分車両センター所属)
- 門司~長崎間 : ED76形電気機関車(大分鉄道事業部大分車両センター所属)
- 列車番号
- 停車駅
- ●:停車。
- ↓・↑:通過(矢印方向に運行)。
- ※:臨時停車。
- (運):運転停車。
駅名\運行方向 | 下り | 上り |
---|---|---|
京都駅 | ● | ● |
新大阪駅 | ● | ● |
大阪駅 | ● | ● |
三ノ宮駅 | ● | ● |
姫路駅 | ● | ● |
岡山駅 | ● | ● |
倉敷駅 | ● | ● |
福山駅 | ● | ● |
尾道駅 | ● | ↑ |
三原駅 | ● | ↑ |
新山口駅 | ↓ | ● |
宇部駅 | ↓ | ● |
厚狭駅 | ↓ | ● |
下関駅 | ● | ● |
門司駅 | ● | ● |
小倉駅 | ● | ● |
黒崎駅 | ● | ● |
博多駅 | ● | ● |
鳥栖駅 | ● | ● |
佐賀駅 | ● | ● |
肥前山口駅 | ● | ● |
肥前鹿島駅 | ● | ● |
諫早駅 | ● | ● |
市布駅 | (運) | ↑ |
現川駅 | (運) | ↑ |
長崎駅 | ● | ● |
[編集] 担当車掌区
[編集] 京阪神対長崎本線・佐世保線夜行優等列車沿革
「あかつき」の名称は1936年に朝鮮総督府鉄道の特別急行列車の名称として使用されたのが初出である。戦後、1958年~1964年まで東海道本線夜行急行列車の名称として使用された後に、1965年より関西圏対九州間運行の寝台特急(ブルートレイン)となる。
尚、本稿では前段に「あかつき」を使用した列車についてを記し、後段で現行の運行経路となる関西圏対九州特に長崎本線系統の夜行列車を中心に記す。
[編集] 朝鮮総督府鉄道 特急「あかつき」
- 1936年(昭和11年)11月 鉄道省の運営していた下関~釜山間の「関釜航路」に大型船が就航したのにあわせ、朝鮮総督府鉄道の釜山~京城(現、ソウル)間に朝鮮半島初の特別急行列車が運行を開始、同列車は「あかつき」と命名された。釜山~京城間を6時間45分で走破したが、これは当時東京~大阪間を8時間で運転していた特急「燕」より若干劣る表定速度であった。その後所要時間は伸び、1942年(昭和17年)10月改正時には、同区間は7時間10分を要するようになっている。
- 1943年(昭和18年)10月 太平洋戦争の戦況の悪化により、特急「あかつき」を廃止。
[編集] 東海道本線 夜行急行「あかつき」
- 1958年(昭和33年)10月 東海道本線の東京駅~大阪駅間で運行を開始した臨時夜行急行列車に「あかつき」と命名。
- 1961年(昭和36年)10月 臨時急行「あかつき」一旦廃止。
- 1962年(昭和37年)6月 急行「あかつき」、東京駅~大阪駅間を運行する定期列車として復活。
- 1964年(昭和39年)10月 東海道新幹線の開通により、夜行急行「あかつき」を廃止。
[編集] 関西~九州間 特急「あかつき」と、その周辺列車群
(山陽本線優等列車沿革の項目も参照)
- 1956年(昭和31年)11月 京都駅~博多駅間を運転していた準急列車を急行列車に格上げし、同時に運行区間が京都駅~長崎駅(大村線経由)間に延長され、これに「玄海」(げんかい)と命名。
- 1957年(昭和34年)10月 東京駅~長崎駅間に特急「さちかぜ」新設。これに伴い、「玄海」の運行区間を京都駅~鹿児島駅間に改める。
- 1958年(昭和33年)10月 東京駅~鹿児島駅間に特急「はやぶさ」が新設され、これに伴い運行区間を「玄海」の運行区間を京都駅~博多駅間に改める。また、京都駅~鹿児島駅間の急行列車は、「桜島」(さくらじま)に変更する。
- 1961年(昭和36年)10月 「玄海」の運行区間を長崎駅(長崎本線経由)まで延長、京都駅~長崎駅間の列車となる。また、大阪駅~佐世保駅間を運行する夜行急行列車「平戸」(ひらど)運行開始。
- 1965年(昭和40年)10月 新大阪駅~西鹿児島駅・長崎駅間を運行する寝台特急列車として「あかつき」の運行を開始。20系客車を使用し、ブルートレインとなった。また、「平戸」京都駅発着となる。
- 当初より東海道新幹線との連携を持つ列車であった「あかつき」は使用車両・設定種別のみならずこの性格も含めて「関西ブルトレ」の緒といわれる。
- 1968年(昭和43年)10月 「あかつき」、佐世保駅発着列車を運行開始。「あかつき」新大阪駅~西鹿児島駅・長崎駅間と新大阪駅~西鹿児島駅・佐世保駅間と2往復体制を敷く。また、東海道本線の急行整理の影響により、「玄海」を「雲仙」(うんぜん)と改称。この際それ以前は「雲仙」は東京駅~長崎駅間運行の列車であったが、これを大阪駅発着に切り替え、2往復体制とする。また、「平戸」の名称を「西海」(さいかい)に変更。
- なお、「玄海」の名は名古屋駅~博多駅間の昼行急行列車の名に転じた。山陽本線優等列車沿革も参照のこと。
- 1972年(昭和47年)3月 「あかつき」に新大阪駅~熊本駅・長崎駅間列車を設定。
- 1972年(昭和47年)10月 「あかつき」に新大阪駅~熊本駅間列車を設定。14系客車投入。
- 1973年(昭和48年)10月 「あかつき」に1往復「彗星」と門司駅まで連結する列車を含め、6往復に増強。また、運行区間も新大阪駅~西鹿児島駅・長崎駅・佐世保駅間になる。また、24系客車投入。
- 尚、当時の「彗星」と連結する「あかつき」は「西海」を格上げした佐世保駅発着列車であった。
- 1974年(昭和49年)4月 「あかつき」、7往復に増強。また、新製の24系25形客車が一部に投入され、これが2段B寝台のデビューとなる。
- ちなみに、この7往復が「あかつき」の本数面での最盛期である。具体的には次の通り。
- 新大阪駅~西鹿児島駅 : 下り2・4号、上り4・5号(上下の4号は一部編成を熊本駅で増解結)
- 新大阪駅~熊本駅 : 下り6号、上り2号
- 新大阪駅~長崎駅 : 下り3号、上り1号
- 新大阪駅~佐世保駅 : 下り5号、上り3号(新大阪駅~門司駅間「彗星」(下り3号、上り2号)を併結)
- 新大阪駅~西鹿児島駅・長崎駅 : 下り1号、上り7号
- 新大阪駅~長崎駅・佐世保駅 : 下り7号、上り6号
- ちなみに、この7往復が「あかつき」の本数面での最盛期である。具体的には次の通り。
- 1975年(昭和50年)3月 山陽新幹線の全通により、大阪発の夜行列車とその名称を整理。
- 「あかつき」は新大阪駅(下り1号・上り2号は大阪駅)~長崎駅・佐世保駅間の列車として名称を固定。長崎駅・佐世保駅発着(上下1号)、長崎駅発着(下り2号、上り3号)、佐世保駅発着(下り3号、上り2号)各1往復の3往復体制となる。なお、上下2・3号は熊本駅発着の「明星」を併結。「あかつき」全列車14系・24系客車での運転となる。
- 「雲仙」・「西海」、14系座席車に置き換えの上、新大阪~肥前山口間で併結運転を行う。
- 1978年(昭和53年)10月 「あかつき」、以下のように変更を行う。
- 「明星」との併結を廃止し、長崎駅・佐世保駅発着列車2往復体制とする。1・4号は大阪駅、3・2号は新大阪駅発着。
- 筑豊本線経由の「明星」が廃止されたため(「明星」自体は本数削減の上存続)、3・2号の佐世保編成を新たに筑豊本線経由とする。
- 全列車14系15形客車に置き換え。
- 1980年(昭和55年)10月 「雲仙」・「西海」運行終了。
- 1984年(昭和59年)2月 「あかつき」、全列車新大阪駅発着となる。同時に1・4号の佐世保編成を西鹿児島駅発着の「明星」に変更。
- 1985年(昭和60年)3月 「あかつき3・2号」の佐世保編成を博多駅経由に変更。これにより、筑豊本線を経由する本州直通列車は消滅した。
- 1986年(昭和61年)11月 「明星・あかつき1・4号」が廃止され、「あかつき」は長崎駅・佐世保駅発着1往復のみの運行となる。また、583系寝台電車のグリーン車以来となる寝台列車の座席車として、佐世保編成に普通車座席指定席を連結する。
- 1990年(平成2年)3月 普通車座席指定席車両の腰掛を変更し、グリーン席並みのリクライニングシートを備えた1人掛け腰掛け「レガートシート」を使用した車両に変更。長崎編成に連結。佐世保編成に連結されていた座席車はB寝台となる。
-
- 高速バス並みの座席配置である1人掛け腰掛を3列に配するなどプライバシーを重視した内装に変更した。
- 1990年(平成2年)頃 新大阪駅~長崎駅間に臨時急行「雲仙」運行開始。これは、臨時寝台特急「あかつき81・82号」に使用していた20系客車が陳腐化したため、急行に格下げしたものである。
- 1991年(平成3年)3月 「あかつき」、京都駅発着となる。
- 1992年(平成4年)3月 B寝台個室「ソロ」を長崎編成に連結。
- 1994年(平成6年)頃 20系客車の老朽化に伴い、臨時急行「雲仙」廃止。
- 1998年(平成10年)10月 「出雲」で使用されていたA寝台個室シングルDX、B寝台個室ツイン・シングルツインを長崎編成に連結。「ソロ」は佐世保編成に回された。
- 2000年(平成12年)3月 「あかつき」は南宮崎駅発着の「彗星」と併結運転となる。佐世保駅発着列車は廃止。またこれにより「彗星」で停車していた神戸駅を三ノ宮駅に停車駅を変更をするなどの措置を取った。
- 2005年(平成17年)10月 併結相手の「彗星」が廃止され、新たに京都駅~鳥栖駅間にて「なは」との併結運転を開始。同時に山陰本線普通列車の門司駅乗り入れも廃止され、JR九州にJR他社から乗り入れる列車は「なは」・「あかつき」と「富士」・「はやぶさ」のみとなった。
[編集] 当列車と競合する高速バス
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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