佐藤友亮
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佐藤 友亮(さとう ともあき、1978年6月13日 - )は、パシフィック・リーグ・西武ライオンズ所属のプロ野球選手である。ポジションは外野手(入団時は内野手)で、背番号は10番である。
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[編集] 人物・来歴
慶應義塾高等学校時代は投手。1995年夏の神奈川大会では決勝まで進出するも甲子園出場を逃す。この時は非常に珍しい「1番・投手」であった。慶應義塾大学では一塁手、その後外野手に転向。4年の春まではずっと1番を打ち、最後の秋には5番に打順を変更しリーグ優勝に貢献する。
2001年に外野手として入団するが、正二塁手が不在の当時のチーム事情から、新人ながら2番・二塁手として開幕スタメンに名を連ねた。不安視された守備だが予想以上の動きを見せ、センスの高さを印象付けた。
しかし2002年は高木浩之が再び二塁手に定着し、打撃でもアピールできずレギュラーから遠ざかることとなった。
2003年は課題だった打撃が向上し、本職の外野守備に専念することで再びレギュラー争いに名を上げる。入団後しばらく本塁打がなかったが、2003年に当時ルーキーだった和田毅(ダイエー)から自身初の本塁打となる逆転の満塁本塁打を打ちチームの勝利に貢献した。
2004年シーズン終盤に1番に定着。パ・リーグ全チームから3割以上打つという素晴らしい結果を残し、松井稼頭央移籍後の不動の1番打者の地位を獲得した。その年の中日ドラゴンズとの日本シリーズではチームトップの打率.394をマークする大活躍を見せ、チームの12年ぶりの日本一に貢献した。
2005年は4月2日の楽天戦(フルスタ宮城)でフェンスに激突した際、左肩の脱臼及び左足首内踵骨骨折の重傷を負い、9月に復帰したもののシーズンの大半を棒に振ってしまった。代わりに栗山巧や高波文一、柴田博之らが1番右翼手として活躍することとなり、一度つかみかけた1番バッターの座からは遠ざかることになった。
2006年は開幕当初から打率が上がらず、福地寿樹の加入もあってレギュラーからは外れてしまった。大学時代から得意にしているソフトバンクの和田毅が先発するときにはほとんど例外なく1番バッターとしてスタメン出場したものの、出場試合も少なく納得のいかないシーズンとなってしまった。
和田一浩、G.G.佐藤、栗山巧など守備に不安のある外野手の中で、堅実に守備をこなす選手として信頼されている。2007年は同じようなタイプの高波文一が楽天へ移籍したこともあり、守備をアピールして再びレギュラーを狙う。
走攻守三拍子のバランスと小技が持ち味。特に粘りと右打ちを身上とするバッティングは、1980年代後半~1990年代前半の西武ライオンズ黄金期を支えた辻発彦を彷彿とさせ、往年の西武野球を実践出来る選手としてファンからの期待が大きい。また、バントの技術が優れており、送りバントをするための代打で出たこともある。
2006年シーズンより、背番号を30番から慶大そして西武ライオンズの先輩に当たる髙木大成がつけていた10番に変更した。
[編集] 略歴
[編集] 通算成績
年度 | チーム | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 失策 |
2001 | 西武 | 46 | 143 | 131 | 14 | 31 | 1 | 0 | 0 | 32 | 5 | 5 | 3 | 0 | 9 | 0 | 16 | 1 | .237 | 4 |
2002 | 西武 | 31 | 57 | 51 | 1 | 7 | 2 | 0 | 0 | 9 | 3 | 2 | 6 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | .137 | 0 |
2003 | 西武 | 85 | 236 | 205 | 24 | 59 | 13 | 3 | 2 | 84 | 22 | 4 | 15 | 0 | 15 | 1 | 28 | 6 | .288 | 1 |
2004 | 西武 | 105 | 348 | 306 | 54 | 97 | 9 | 2 | 2 | 116 | 27 | 11 | 11 | 1 | 27 | 2 | 36 | 8 | .317 | 0 |
2005 | 西武 | 17 | 74 | 67 | 3 | 16 | 2 | 0 | 0 | 18 | 4 | 0 | 1 | 1 | 4 | 0 | 7 | 1 | .239 | 1 |
2006 | 西武 | 64 | 120 | 99 | 14 | 22 | 2 | 1 | 0 | 26 | 6 | 9 | 5 | 1 | 14 | 1 | 13 | 1 | .222 | 1 |
通算成績 | 284 | 858 | 760 | 96 | 210 | 27 | 5 | 4 | 259 | 61 | 22 | 36 | 2 | 55 | 3 | 95 | 16 | .276 | 5 |
[編集] 国際大会
- 2001年IBAFワールドカップ(開催国 - 台湾)日本代表
0 大崎雄太朗 | 2 柴田博之 | 3 中島裕之 | 4 高木浩之 | 5 和田一浩 | 6 後藤武敏 | 7 片岡易之 | 8 平尾博嗣 | 9 赤田将吾 | 10 佐藤友亮 | 11 岸孝之 | 12 河原純一 | 13 西口文也 | 14 小野寺力 | 15 大沼幸二 | 16 涌井秀章 | 17 山崎敏 | 19 長田秀一郎 | 20 山本淳 | 21 石井貴 | 22 野田浩輔 | 23 許銘傑 | 24 松永浩典 | 25 正津英志 | 26 星野智樹 | 27 細川亨 | 28 岡本篤志 | 29 三井浩二 | 30 ジェーソン・ジョンソン | 31 吉見太一 | 32 石井義人 | 33 江藤智 | 34 クリストファー・ギッセル | 35 岩崎哲也 | 36 山岸穣 | 37 銀仁朗 | 38 西川純司 | 39 貝塚政秀 | 40 ジェフリー・リーファー | 41 木村文和 | 42 アレックス・カブレラ | 43 原拓也 | 44 高山久 | 45 水田圭介 | 46 G.G.佐藤 | 47 帆足和幸 | 48 松川誉弘 | 49 上本達之 | 50 田沢由哉 | 51 大島裕行 | 52 栗山巧 | 53 福地寿樹 | 54 アレックス・グラマン | 55 黒田哲史 | 56 黒瀬春樹 | 57 田中靖洋 | 58 松坂健太 | 59 山本歩 | 60 中村剛也 | 61 星秀和 | 62 朱大衛 | 63 藤原虹気 | 64 石橋尚登 | 65 内田和也 | 66 宮越徹 | 68 田原晃司 | 69 東和政
83 監督 伊東勤 | 71 土井正博 | 75 荒木大輔 | 80 森山良二 | 78 立花義家 | 81 植田幸弘 | 72 清水雅治 | 79 笘篠誠治 | 87 原井和也 | 74 二軍監督 渡辺久信 | 76 田辺徳雄 | 77 石井丈裕 | 86 潮崎哲也 | 89 森博幸 | 88 相馬勝也 | 70 河田雄祐 | 98 大迫幸一 | 99 坂元忍 |
カテゴリ: 慶應義塾大学野球部の選手 | 日本の野球選手 | 西武ライオンズ及びその前身球団の選手 | 1978年生 | 神奈川県出身の人物