JR西日本207系電車
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JR西日本207系電車(共通事項) | |
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旧帯色時代の207系(1000番台、宝塚駅・2005/10/11) | |
両数 | 3,4,7両 |
起動加速度 | 2.7km/h/s |
営業最高速度 | 120km/h |
設計最高速度 | 120km/h |
減速度 | 3.5km/h/s(常用最大)
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車両定員 | 座席50・立席100(先頭車) 座席58・立席105(中間車) |
全長 | 20,000mm |
全幅 | 2,950mm |
全高 | 3,700mm |
軌間 | 1067mm |
電気方式 | 直流1,500V |
歯車比 | 1:7.07 |
駆動装置 | WN平行カルダン歯車形たわみ軸継手方式 |
ブレーキ方式 | 回生併用電気指令式空気ブレーキ |
保安装置 | ATS-SW,ATS-P |
メーカ | 川崎重工業・近畿車輛・日立製作所・JR西日本後藤総合車両所 |
207系電車(207けいでんしゃ)は1991年(平成3年)に登場した西日本旅客鉄道(JR西日本)の直流通勤形電車。
2006年(平成18年)現在、在籍する全車が網干総合車両所明石品質管理センターに配置されている。製造は川崎重工業・近畿車輛・日立製作所・JR西日本後藤総合車両所。
目次 |
[編集] 車両概要
[編集] 概要
JR西日本が民営化後に初めて設計した通勤形電車である。主回路制御には同社で初めてVVVFインバータを採用し、最高速度は登場当時の通勤形では初の120km/h[1]対応となった。製造当初から、地下鉄対策(後述)やドアの半自動機能や耐雪ブレーキといった寒冷地対策が施されており、JR西日本アーバンネットワークの直流電化区域全域での使用が可能となっている。
元々は片町線と福知山線を短絡する片福連絡線(現・JR東西線)が地下線で新設されたため、その乗り入れを念頭に旧来の通勤型主力車103系を駆逐すべく設計・導入された車両であったが、その後各線での共通運用や旧型車の置き換えを図るため、JR西日本の標準形通勤車両として広く導入・増備された。10年以上に渡って484両が製造されたが、初期と後期の車両を比べると見た目の相違は殆どないものの、駆動・制御系その他が多くの点で異なっている。また、高速運用時の蛇行を防止する台車のヨーダンパが、途中から追加装備されるようになり、当初準備工事に留まっていた初期車にも拡大装備されている。
[編集] 運用路線
- (野洲~)京都~大阪~神戸~須磨~西明石(~加古川)間を通し運転され、尼崎以西は後述の片町線(学研都市線)・JR東西線からの直通が加わる。
- 現在は京都~須磨が主な営業区間で、西明石~加古川は早朝のみ走行。稀に回送や試運転で加古川以西上郡まで運転されることがある。過去に1度だけ赤穂線(相生~播州赤穂)に入線したこともある。
- 東海道本線(JR神戸線)または福知山線(JR宝塚線)と直通し、(加古川~西明石)・(篠山口~宝塚)~尼崎~松井山手~京田辺~木津を通し運転される。
- 京田辺以南は5両編成以上は入線できない為、F1編成は基本的にJR東西線・片町線(学研都市線)に入る運用には充当しない。以前は西明石発のJR東西線・片町線経由松井山手行き普通電車に入ることがあった。
- 木津~奈良間。早朝・深夜のみ走行。4両編成が限定運用される。
[編集] 車体外観
JRの通勤形電車としては標準的な、片側4箇所に客用ドアを設けた20m車体を有する。構体の材質は1988年に阪和線用として投入された205系1000番台に続いてビード加工軽量ステンレス製で、在来の通勤形電車が車体幅2800mmだったのに対し、本系列は定員増を狙った近郊形電車に見られるような2950mmのワイドボディを採用した点が特徴である。
前面は中央に非常用貫通扉を設けた流線形。中央が膨らみ、上下が奥まった、横から見ると扇型に見える形状で、事故時の衝撃吸収の役割を持たせて厚めに造られている。前照灯と尾灯は四角型のものが横に合計4灯並べられている。
妻面には、妻壁外面に設置された消火器を車内に取り込む経路として、また非常時の換気用の開口面積を確保する目的で大型の一枚下降窓が備わっている。この関係で車両間同士を繋ぐ客扱いの貫通路が中央からずれてオフセットした位置(JR神戸線走行時で北寄り)に設置されており、左右非対称になっている。また、妻面壁の上部に通気孔が設けられている。
パンタグラフはJR東西線内の剛体架線区間での離線対策で、下枠交差式のWPS22Aをクモハ207形およびモハ207形1両あたり2基搭載する。現在、JR東西線以外では加古川・篠山口側のみを上げて走行する。
側面窓下には、JR西日本のコーポレートカラーと東海道本線・山陽本線(JR神戸・京都線)のラインカラーを表す濃淡ブルーと、境目に白色が入った帯を巻いていたが、2005年度に後継系列の321系と同様の[2]窓周りと窓下に紺色、窓下に上からオレンジ、白、紺の計4本の帯を巻くものに変更した。
帯色変更は2005年11月25日のT25編成(クモハ207-2012以下4両)を皮切りに急速に進められ、2006年3月15日のF1編成をもって運用中の全編成の変更が完了した。 従前は客用扉横の車体に直接貼付されていたシルバーシートマークが撤去され、代わりに優先座席傍の窓に「ステッカー」を直接貼付するようになった。
なお、車体帯色の変更については福知山線脱線事故による影響の項を参照のこと。
[編集] 種別表示器
種別・行先表示器は221系で採用した方式と同じ回転幕式と発光ダイオード(LED)式との併用である。回転幕は列車の種別・線区(後述)、LEDは行き先を表示する。 221系にあった号車番号表示は省略された。
種別表示の文字色は「普通」「団体」「臨時」「試運転」「回送」が白、「区間快速」が緑、「快速」(福知山線(JR宝塚線)系統のみ)がオレンジ、「新快速」(臨時のみ)が青色である。前面表示器ではごく稀に、「快速」が白の場合がある。
- 文字の下のラインはアーバンネットワークのラインカラーを示している。
- JR東西線直通運用時は常時(※)ピンク色(普通・快速)
- 片町線(学研都市線)の区間内運転時は黄緑色(快速幕もあるがJR東西線開業後は線内完結の快速列車が少ないため、普通の使用頻度が高い)
- 東海道本線・山陽本線(JR京都・神戸線)運用時は青色(快速・新快速幕もあるが通常は普通のみ使用)
- 福知山線・東海道本線(JR宝塚・京都線)運用時は黄色(普通・快速。快速は大阪発のみ使用)
- 快速・普通については、その他の色やラインカラーなしも用意されているが、通常使用されることはない。ラインカラーなしの普通幕は和田岬線や赤穂線での臨時運用時に使用された。
- 実際には使われていないが、「大和路快速」の幕も緑色のラインカラー入りで用意されている。(221系はラインカラーがない)
- ※JR東西線直通列車の場合、東海道本線(JR神戸線)や福知山線(JR宝塚線)内走行中もピンク色を掲出するが、区間快速については、JR神戸線・JR宝塚線内はピンク色の快速・普通表示で、尼崎から緑色区間快速幕となる。なお、207系の区間快速幕は黄色・緑色・オレンジ色とラインカラーなしがあり、本来の運行区間に該当するピンク色と黄緑色が用意されていない。
- 運行開始当時、列車種別の文字フォントはゴシック体で、その外側をラインカラーの枠で囲っていた。しかし枠線が3mm程度と細く、また列車種別の文字も細く視認性が低かったこともあり、現在のような形態に改められた。
- 2000番台では、それ以前の製造車より文字が微妙に広い。ただし、現在では0番台車を中心にそれ以前に製造された車両でも、交換により文字間隔が広めの幕を装備する場合がある。
- 英語表記はラインカラー上に掲載されている。以前は英語表記がない幕もあった。(現在も、ごく稀に英語表記が無いことがある。)
[編集] 車内設備
客用ドアの室内側は化粧板仕上げで、室内照明である蛍光灯にもカバーを設置するなどして、内装はソフトな印象になっている。バリアフリー対策として、ドアチャイム、ドア上部のLED式旅客案内表示器(広告媒体としても使用される)、2000番台のみ車端部に車椅子スペースを設置している。他にはドア付近にも吊革を設けたり、クッション構造を改良して着座性向上を図った座席など、従来の103系等に比べて格段に居住性が向上した。
一部編成にはバケットシートが試験導入され、後の321系で本格的に採用したが、その形状は全く異なる。
ドアチャイムは0・1000番台は閉まる時のみに鳴り、2000番台は開閉時どちらにも鳴る(1回のドア操作ごとに4打点が1回鳴る)。
[編集] 運転設備
運転台のマスコンは221系の設計を受け継いだ横軸ツインレバー式である。力行ノッチ6段、常用ブレーキ8段は、 後継機321系と共にJR西日本の電車として最大である。2000番台を除き、圧力計等の各計器類はデジタル表示となっている。運転台右横に設置された液晶モニタ装置では、車両の様々な状態を一度に監視したり、空調等の各設定を行うことが可能で、運転・車掌業務をサポートしている。JR西日本の新系列車両にはこの207系以降から一部の例外を除いてミュージックホーンを標準装備するようになった。
[編集] その他
- 1997年(平成9年)3月までに第二パンタグラフ、2003年(平成15年)までにヨーダンパ、2004年(平成16年)までに強化型スカート(排障器)が全ての編成に設置された。第二パンタグラフはJR東西線内でのみ使用され、京橋駅と尼崎駅で上げ下げする。
- 現在、定期列車は基本編成4両+付属編成3両の7両編成で運転され、片町線(学研都市線)京田辺以南は基本編成のみの4両で運転される。
- 通常は普通・快速(片町線(学研都市線)・JR東西線・福知山線(JR宝塚線)のみ)運用を務めるが、イベント開催時などの超多客期には臨時で新快速運用に入ることもごくまれにある。103系の代わりとして和田岬線の運用に入ることもある。
- 207系の製造は2003年度で終了し、2005年度からは321系に移行している。その為事故以降の稼動車は477両となり、実際の運用では7連1本分が他系列に置き換えられている。
- 2000番台は新造当初から転落防止幌を装備する。2006年より1000番台以前の車両にも追加装備が始まった。また、姫路向きクハの4位側の窓外の縁に、線路方向に1本手すりのようなものがついている。
[編集] 形式と編成
- クモハ207形
- モハ207形(1500番台除く)
- パンタグラフ、空気圧縮機、静止型インバータ、補助電源装置を有する中間電動車。0番台は単独またはモハ206形とユニットを組み、500番台はモハ207形1500番台とユニットを組み、1000・2000番台は単独で使用される。
- モハ207形1500番台
- モハ207形500番台とユニットを組んで使用される中間電動車。他のモハ207形と異なりパンタグラフを搭載しない。
- モハ206形
- モハ207形0番台からパンタグラフ、空気圧縮機、補助電源装置を省略した構造の中間電動車で、モハ207-0とユニットを組んで使用される。
- クハ207形
- 京都、京田辺向きの制御車。当初から電気連結器を装備して登場した車両は100番台と区分されたが、後に試作編成以外の0番台にも追加装備され、結果的に差はなくなっている。0番台のみに存在する。1000・2000番台は当該位置にクモハ207形が連結されるため存在しない。
- クハ206形
- サハ207形
- 付随車で、0番台は試作編成内の2両のみ在籍する。1000番台・2000番台では全編成に連結されている。T1~T14編成は製造当初は6両編成で組まれていたため、空気圧縮機を搭載した1100番台が連結されている。
※「ユニット」とは隣り合う電動車同士で別々の機器を搭載し、2両で1組の機構とする方式。それまでの車両は2両は検査などがない限り切り離されなかったが、207系は機器を集約することでモハ207形またはクモハ207形単独での使用も可能な設計にされている。
編成名 | ←京都・京田辺 | 単独で運用 | 西明石・新三田→ | ||||
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F1 | クハ207-0 | モハ207-0 | モハ206-0 | サハ207-0 | サハ207-0 | モハ207-0 | クハ206-0 |
編成名 | ←京都・京田辺 | 3両編成と連結→ | ||
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Z1~15 | クハ207-0 | モハ207-0 | モハ206-0 | クハ206-100 |
Z17~23 | クハ207-100 | モハ207-0 | モハ206-0 | クハ206-100 |
H1~16 | クハ207-100 | モハ207-500 | モハ207-1500 | クハ206-100 |
T1~14 | クモハ207-1000 | サハ207-1100 | モハ207-1000 | クハ206-1000 |
T15~19 | クモハ207-1000 | サハ207-1000 | モハ207-1000 | クハ206-1000 |
T20~30 | クモハ207-2000 | サハ207-2000 | モハ207-2000 | クハ206-2000 |
編成名 | ←4両編成と連結 | 西明石・新三田→ | |
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S1~55 | クモハ207-1000 | サハ207-1000 | クハ206-1000 |
S56~67 | クモハ207-2000 | サハ207-2000 | クハ206-2000 |
- ■の車両は平日の初電~9時と17時~21時は女性専用車に指定されている。
[編集] 車種・番台及び運用
音については下記外部リンクも参照。
[編集] 0番台
[編集] 試作車
1991年(平成3年)に7両固定編成(F1編成)として近畿車輛で3両、川崎重工業で4両が落成。
性能は量産車の項で記述する。
試作車であるが、「900番台」ではないので、1番台や量産先行車と呼ばれることもある。900番代としなかった理由としては、以下のようなことが挙げられる。
- 社の方針
JR西日本では、社の方針として営業用車両に試作車としての番代区分を設けていない。
- 重複回避
既に900番台は国鉄末期に製造されていたので、JR西日本が意図的に900番台を避けるよう付番した。
試作編成のみの特徴としては、客用両開き扉の窓を2枚まとめて大型一枚窓風に見せるようなスタイリッシュな仕上げになっていたことや、運転台右横に装備のモニタ装置がカラー表示ではなく221系に準じた橙色の単色表示かつ非タッチパネル式で下部に10個のボタンがあったこと、南海電気鉄道高野線30000系電車などに似た「デスク型」と呼ばれる独特な形状のマスコン・ブレーキハンドルを採用した点である。しかし、同年登場の量産車では標準的な形状に戻され、この試作編成についても後に量産化改造に伴い他の編成と同じ形状となった。
京田辺駅以東は5両編成以上が入線できないことから、7両固定編成である本編成はJR東西線・片町線(学研都市線)に入る運用には原則入らない。JR東西線開業当初と2005年4月26日~2006年3月17日の間の脱線事故による車両不足時にJR東西線・片町線(学研都市線)松井山手までの運用に限定して入線していたが、現在は再び東海道本線・山陽本線(JR京都・神戸線)主体の運用に戻っている。
1本だけの存在であることから、長らく半ば限定運用状態にあったが、後継車の321系がある程度出揃った2006年3月18日のダイヤ改正以降、321系と共通運用されるようになっている。運用時に他編成を連結することがないので、電気連結器は未装備である。
[編集] 量産車
0番台 | |
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車両重量 | 32.0t(モハ207形) |
モーター出力 | 155kW |
制御装置 | 3ステップパワートランジスタVVVFインバータ制御 WPC1(1C2M) |
学研都市線の103系の置き換えとして1991年から製造が始まったグループ。このグループからは日立製作所も製造に加わっている。1993年には福知山線(JR宝塚線)にも新製投入され、JR東西線開業後は直通の関係で東海道本線・山陽本線(JR京都・神戸線)でも使用されている。試作車が1~の番号を名乗っているので、2(モハ207形は3)以降の車体番号が与えられている。製造開始当時、4両編成のクハ206形と、3両編成のクハ207形およびクハ206形は自動解結装置・電気連結器を装備して100番台として区分されていたが、JR東西線開業前に4両編成のクハ207形(2~17)にも同装備が追加されたため、仕様差はなくなった。また、当初3両編成で製造された編成はJR東西線開業前に1500番台組み込み改造を行い、すべて4両編成となっている。もともと4連で製造されたものは当初は宮原所の103系の置き換えにも充てられ、4連8本32両の福知山線運用のカナリア色の103系のうち4本16両が玉突きで広島所へ転属している。
制御方式は、三菱電機製の前段にチョッパを採用したパワートランジスタ素子(GTR)による3ステップVVVFインバータ制御装置を使用し、加減速時の騒音を大幅に低減させている。パワートランジスタは電流容量が低いため、従来のインバータ制御と異なり台車単位の制御を行っている。音は使用素子の差異はあるが東日本旅客鉄道(JR東日本)209系電車などによく似ている。主電動機は出力155kwのWMT100。駆動装置は日本国有鉄道(国鉄)・JRを通して在来線電車としては初のWN平行カルダン駆動方式を採用した。
製造当初はJR東西線以外の区間でもパンタグラフを2基使用していたことがあった。冷房装置は集約分散式のWAU702を1両につき2基搭載している。
1993年に福知山線用に製造されたグループから仕様が若干変更され、座席下部が空洞の片持ち式となるとともに、4両編成のクハ207形も100番台(133~139)で製造された。
計140両が製造された。0番台量産車のみで組成された4両編成はZ編成として23編成在籍したが、クハ207-17以下4両のZ16編成(1992年・日立製作所製)はJR福知山線脱線事故で初の廃車となり、22編成が現存する。
[編集] 1000番台
1000番台 | |
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車両重量 | 24.6t(モハ207形) |
モーター出力 | 200kW(前期型) 220kW(後期型) |
制御装置 | 3レベルGTO-VVVFインバータ制御 WPC3A(1C1M) |
JR東西線の開業を前に東海道本線・山陽本線(JR京都・神戸線)の103系の置き換え、及び1997年のJR東西線開業にあわせての車両投入を目的として1994年(平成6年)に登場した。このグループから電動車ユニット方式が廃止され、同時に0番台には存在しなかったクモハが製造された。
この番台は、パワートランジスタ素子のVVVFインバータ制御装置を搭載した0番台とは異なり、東芝製のGTOサイリスタ素子を採用した。独特な柔らかい音を発し、耳障りは良くなったが音自体は0番台より大きくなっている。この制御方式は681系や223系0番台など、他の車両にも採用されている。音はJR東日本209系910番台(ソフト変更前)によく似ている。
急勾配の多いJR東西線に対応するため、主電動機は出力200kwのWMT102、3次車及び4次車は出力220kwのWMT104にパワーアップしている。運転台パネルの計器配置も変更している。冷房装置は小改良が加えられ、WAU702Bに形式変更した。数、設置場所は同じだが、角に丸いカバーを追加した点が外観上の相違点となっている。
当初は基本6連と付属2連がそれぞれ14編成112両製造され、6連または8連で使用されていたが、JR東西線開業前に組み替えが行われ、新製を含めT編成4両×19編成計76両とS編成3両×55編成計165両となっている。この時、片側(加古川、篠山口側)にしか設置されていなかったパンタグラフが、0番台と同じ2個設置に変更されている。一部の車両は後藤総合車両所で製造された(S54/S55編成)。このうち、クモハ207-1033以下3連のS18編成は福知山線脱線事故の時に連結されていたことから、2006年現在は兵庫県警が押収している関係で保留車となっているため、1000番台S編成は54編成162両が営業運転に就いている。
現在、S編成のクモハは和田岬線以外の営業運転で先頭に立つことはない。
[編集] 500+1500番台
1996年(平成8年)に改造で誕生した、0番台3両と1000番台1両で混結の4連を組成したグループ。JR東西線開業に備えて全編成基本4連+付属3連に統一することとなり、付属編成に1000番台を集中的に起用した関係で発生した。機器等については上2項目を参照。
1000番台6連+2連を4連+3連に組み換え、発生した中間車を0番台3連に挿入するという方法で登場した。モハ207形0番台とモハ207形1000番台が連結されることとなり、保守費用低減のためユニット化されて1500番台のパンタグラフは撤去した。モハの1000番台は不足したためモハ207-1534・1535を新造している。よってこれら2両は当初からパンタグラフがない。制御装置は種車のものがほぼそのまま使われたため、モータ音が別々になり、モハ同士の連結部では独特のハーモニーが聞こえる。
車両番号は元番号+500となっている。500番台+1500番台を組み込む4両編成はH編成として16編成が在籍する。
[編集] 2000番台
2000番台 | |
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帯色変更過渡期の207系2000番台(住道駅・2005/12/10) | |
車両重量 | 36.0t(モハ207形) |
モーター出力 | 220kW |
制御装置 | 3レベルIGBT-VVVFインバータ制御 WPC13(1C1M) |
東海道本線・福知山線(JR京都・宝塚線)の103系置き換えと車両増備のため、2002年(平成14年)に製造された。このグループの製造により東海道本線・山陽本線・福知山線(JR京都・神戸・宝塚線)から103系の運用を終了している。
連結部には転落防止の幌が取り付けられ(これは2006年度以降他の番台にも取り付けを開始している)、またJR宝塚線普通のデータイム全207系化のために製造された2003年度の2次増備車両はEB装置が標準装備され、窓ガラスに緑がかったUVカットガラスを採用しているのが特徴である。EB装置はその後1000・0番台の全車に改造で取り付けられている。また、電動車には機器冷却のための風洞が設けられ、外観上の特徴になっている。
機器艤装は基本的に223系2000番台をベースにし、主電動機も同車のものと同型のWMT102Bを搭載している。VVVFインバータの制御素子にはIGBT(三菱・東芝製)が採用され、発車・停車時の騒音は0番台と同程度まで改善された。但し音は全く異なる。台車も軸バネ部が乾式円筒案内式に変更された。
それまでのグループは運転台パネルにデジタル計器が使用されていたが、このグループはコスト削減や、乗務員から日光が当たると表示が見にくくなるという苦情があったために、従来のアナログ計器を採用している。
T編成4両×11編成44両とS編成3両×12編成36両が在籍。編成番号は1000番台の続番となっている。これらの増備を最後に207系の製造は終了した。
[編集] 福知山線脱線事故による影響
2005年4月25日の午前9時18分頃、福知山線(JR宝塚線)尼崎~塚口間で宝塚発同志社前行上り快速5418M(7両編成)が右カーブで7両中5両が脱線し、うち先頭2両が進行方向左側の線路沿いにあるマンション1階に激突、大破する事故が起きた。運転士1人を含む107人が死亡し、JR発足以来最悪の事故となっている。
事故にあったのは、(進行方向側から)Z16編成(クハ207-17+モハ207-31+モハ206-17+クハ206-129)の4両編成と、S18編成(クモハ207-1033+サハ207-1019+クハ206-1033)の3両編成。途中の京田辺駅で切り離す予定だった。このうちS18編成のクハ206-1033とサハ207-1019の塚口寄りの台車以外の全てが脱線、Z16編成の先頭車がマンション1階の立体駐車場に横転した状態で突っ込み、前から2両目が横転した状態でマンション1階側壁に衝突、この2両は原型が全く残らないほどに大破した。3両目、4両目も車体が歪むほどの衝撃を受けている。
脱線した車両のうちZ16編成の4両については事故当日に車籍を抹消され、復旧時に事故現場で解体された。S18編成は塚口駅へ人力で回送された後、DD51の牽引で宮原総合運転所に搬入され、4両目がぶつかったため前面が破損していたクモハ207-1033にはブルーシートが掛けられた。この3両は重要証拠として兵庫県警に押収され、現在は県警の施設で前4両の台車などと共に保管されている。
2005年秋発行のジェー・アール・アール刊『JR電車編成表`06冬号』内の車両配置表、さらに交友社刊『鉄道ファン』2006年7月号によると、これら3両は2005年度(平成17年度)内は警察の指示で返却または除籍許可が出るまでは車籍抹消ができないため車籍こそあるものの、車両が破損していることと、事故の証拠として今後の裁判に使用される可能性がある、また事故を風化させないために、JR西日本では警察から返却され次第除籍のうえで2007年3月に大阪府吹田市に完成の社員研修センター敷地内の鉄道安全考動館に保存する予定である。
また、前4両が早々と解体されたのに対して一部専門家からは「事故原因の特定が出来なくなるのではないか」といった意見も出ている。しかし、1、2両目については、「まだ車内に取り残されていた乗客の人命が優先されたため結局はやむを得なかった」との見方もある。
この7両が使用不能となったことにより大阪環状線から103系が貸出され、更には予備車確保のためにJR東日本から103系8両を購入し、代走車にするという前代未聞の非常事態が発生した。その後は、207系を補充するのではなく、321系を予定より3編成21両多く投入し、湖西線運用に入っていた207系を捻出して車両不足を補った。
さらに、「事故を思い起こさせるような色を見たくない」という遺族や被害者の感情に配慮するためか(※)、207系全車両の帯色が、当時製造途中だった321系と共に紺色とオレンジ色の帯に変更することとなった。一部の遺族、関係者からは「塗装を変える金があるなら保安装置の改善に回すべきだ」「新しい帯色がダサい」との批判があったが、結局帯色変更は実施されている。変更は2005年11月25日より始まり、2006年3月15日までに警察に押収され車籍の残る3両以外の全車両が変更された。最後に出場したのは奇しくも最初に濃淡ブルー帯を纏った試作車編成だった(この他、一部の鉄道雑誌では座席モケットの色彩も変更する計画があると報道している)。
その他、福知山線での脱線事故後、207系に搭載されていた非常管(自動空気ブレーキの原理を利用し、ホースが破裂するか乗務員室にある非常管スイッチを入れると非常ブレーキが作動する装置)のホースが交換期限を過ぎても取り替えられていないことが一部で報道された。そのため一斉に207系全車両において非常管の点検作業が行われた。
※各種報道ではそのように伝えられたが、JR西日本は公式な帯色変更の理由説明はしていない。
事故についてはJR福知山線脱線事故も参照のこと。
[編集] 車両商品
Nゲージ鉄道模型では、TOMIXが1000番台を発売している。ただし。事故があったため再生産はしていない。 KATOは2000番台を発売予定だったが、同じく事故があったため中止している。ただし、両社とも後継の321系はモデル化している。(TOMIXは発売済みで、KATOは3月に予定している)
[編集] 関連項目
- JR西日本の在来線車両 (■国鉄引継車を含む全一覧 / ■カテゴリ) ■Template ■ノート
[編集] 脚注
- ^ 同時期に登場した、JR東日本209系電車が最高110km/hである。
- ^ 321系も当初は本系列と同じデザインの帯で製造される予定だったが落成前に変更されている
[編集] 外部リンク
- 207系(JR西日本)
- 京阪神 URBAN NET‐各番台毎の走行音
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