船橋市
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船橋市(ふなばしし funabashi.City)は、千葉県北西部の都市。中核市に指定されている。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 船橋市を構成している旧町村
[編集] 船橋市の地名の由来
- 伝説では、 日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、海老川を渡るために船で橋を作ったのが地名の由来とされている。実際、船橋の地名が世間で言われるようになったのは鎌倉時代とされており、鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」に『船橋』という地名が出てくる。地名の由来は現在でも定かでは無いが、最も有力な説として、市内を流れる海老川(現在よりも水量、川幅があったとされ、現在の陸地の一部には夏見干潟と呼ばれる大きな入り江があり、湊として栄えていたという)に船を並べ、その上に板を渡し橋を造った事に由縁するといわれている。※そのような船で造られた橋の事を「船橋」と言う。
[編集] 沿革
- 海老ヶ作貝塚や高根木戸貝塚など規模の大きな貝塚が発見されていることから、縄文時代からかなり大きな集落が存在していたと思われる。
- 平安時代中期の『日本三代実録』に「下総の国意富比神」とみえる。この意富比(おおい)神社が船橋大神宮の前身とされる。
- 中世には、海老川河口の港として、交通の要地となり、また意富比神社の門前には市がたって、大変な賑わいを見せた。
- 近世には佐倉街道沿いの宿場町として栄えた。特に、成田山信仰が盛んとなると、成田山への参拝客の休憩地として一層発展した。しかし、宿場町としての繁栄は、1897年の総武鉄道の全線開通によって、東京から成田への日帰り旅行が可能となって、終止符がうたれた。以後は、物資の集散地として商業都市として発展した。
- 1889年の市町村制施行によって、船橋町・葛飾村(1931年、町制施行)・八栄村・法典村・塚田村・二宮村(1928年、町制施行)・豊富村となった。
- 1937年4月1日、船橋町・葛飾町・八栄村・法典村・塚田村が合併して、船橋市となった。県下で4番目の市制施行。(当時の人口は約43000人)
- 1953年8月1日に二宮町、1954年4月1日に同豊富村を編入して、現在の市域となった。
- 敗戦直後、戦災を免れたうえに物資の集散地だったことから、闇市が隆盛を極め、「日本の上海」という異名をつけられたこともある。
- 戦時中から、東京から工場が疎開していたが、京葉工業地域の成立によって、工業が発展した。しかし、工業都市としての性格よりも商業都市・東京のベッドタウンの性格が今日でも強い。
- 1983年、人口が50万人を突破した。
- 2003年4月1日、中核市に指定されている。
- 2005年7月、人口が57万を突破。
- 2007年4月1日、船橋市制70周年。
[編集] 人口
船橋市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 船橋市の年齢・男女別人口分布図 |
■暗紫色は船橋市 ■緑色は全国 |
■青色は男性 ■赤色は女性 |
総務省統計局 平成17年国勢調査より |
市内の人口は今のところ増加傾向にあるが、平成26年度をピークに減少すると考えられている。 また、それに伴い急激な少子高齢化が進行するとも言われている。
[編集] 地理
[編集] 隣接している自治体
[編集] 千葉県
[編集] 船橋市の河川
海老川、長津川、前原川、飯山満川、北谷津川、金杉川、高根川、念田川、宮前川、坪井川、駒込川、桑納川、木戸川、三咲川、金堀川、鈴身川、二重川、二和川、葛飾川、木海川、神崎川、田喜野井川
[編集] 地質・地形
船橋市域の中央部一帯は20-30mの高度を示すいわゆる下総台地の一部を形成する平坦な洪積台地で、最も高いのは習志野台5丁目標高の31.2mで、分水界を形成している。下総台地は西部を南流して海に注ぐ海老川、東北部は東流して印旛沼に注ぐ神埼川その他の小河川があり、主に海老川水系と印旛沼水系(神崎川水系)に別れている。これらの河川による樹枝状侵食谷には谷津田(谷戸)が営まれ、台地上は林と畑であったが現在は巨大な住宅団地化している。台地の前面の沖積平野は低湿地でその前面は沿岸流によって形成された砂丘地帯でこの砂丘は最も海寄りの海神・宮本の台地をおおい、市川から千葉へと続き古くから市街地化していた。砂丘の後背の低湿地には天沼・蓮沼を残し前面は遠浅の海岸であったが現在は殆ど埋め立てられている。
[編集] 各地域の特徴
- 南部は商業施設や工場が多く、中部は住宅地が開発されて人口が多い。北部には農地もあり、米はじめ多くの種類の農産物が栽培されている。特にニンジンや梨の栽培が有名である。
- ラムサール条約登録運動のある三番瀬(『さんばんぜ』と読む)がある。
- 船橋駅からやや東より、京成電鉄の大神宮下駅と船橋競馬場の間に東経140度の経線が通る。国道14号線ぞいには、そのことを記した標識がある。
- 船橋市には隣接する市川市との間に市境の未確定地(どちらの市にも属していない土地:境界未確定地)がある。場所はふなばし三番瀬海浜公園近くの海岸(砂浜)。未確定分の面積は0.14km²。また、丸山地区は鎌ヶ谷市に囲まれた飛地の状態で存在している。
[編集] 交通
[編集] 概要
- 鉄道網が発達しており、9本の鉄道が通り、37の駅が存在する。その一方で、市内の南北を連絡する鉄道は市の西端にそって走るJR武蔵野線と東武野田線のみしか存在していない。また、東西を結ぶ数少ない主要な道路は、慢性的な交通渋滞に見舞われている。
[編集] 鉄道路線
[編集] 中心となる駅
[編集] 道路
- 主要地方道
- 一般県道
- 千葉県道135号津田沼停車場前原線
- 千葉県道156号船橋埠頭線
- 千葉県道179号船橋行徳線
- 千葉県道180号松戸原木線
- 千葉県道189号千葉ニュータウン北環状線
- 千葉県道193号小室停車場復線
- 千葉県道203号下総中山停車場線
- 千葉県道283号若宮西船市川線
- 千葉県道288号夏見小室線
※()内は道路の旧呼称。
[編集] 港湾
[編集] 行政
[編集] 市長
- 藤代孝七(ふじしろ こうしち)
- 船橋市の歴代市長(西暦は初就任の年)
[編集] 市議会
船橋市議会は定数50人。
- 会派の構成
会派名 | 議席数 | |
自由民主党 | 12 | |
公明党 | 9 | |
日本共産党 | 8 | |
新風(民主系) | 8 | |
緑清会(自民系) | 6 | |
民主・市民クラブ(民主系) | 4 | |
市民社会ネット | 3 |
[編集] 千葉県議会議員
船橋市1市で千葉県議会の選挙区をひとつ構成する。すなわち船橋市選挙区であり、その定数は7である。
2007年4月8日の選挙の結果、自由民主党 3議席、民主党 2議席、公明党・日本共産党がそれぞれ1議席ずつという配分となった。
- 2007年県議会議員選挙結果(船橋市選挙区)
- 最終投票率:41.16 %
候補者名 | 当落 | 政党 | 得票 |
石川信一 | 当 | 公明 | 27,730 |
堀江はつ | 当 | 民主 | 26,682 |
丸山慎一 | 当 | 共産 | 24,293 |
田中明 | 当 | 民主 | 23,184 |
西尾憲一 | 当 | 自民 | 21,755 |
田久保尚俊 | 当 | 自民 | 19,781 |
矢野光正 | 当 | 自民 | 17,362 |
田口賢 | 自民 | 13,979 | |
佐藤浩 | 無所属 | 9,729 | |
山本和志 | 無所属 | 2,769 |
[編集] 国会議員
県議会と同様に船橋市1市で衆議院小選挙区をひとつ構成する。すなわち千葉4区である。
- 2005年総選挙結果
候補者名 | 当落 | 政党 | 得票 |
野田佳彦 | 当 | 民主 | 129,834 |
藤田幹雄 | 比当 | 自民 | 128,890 |
仁木利則 | 共産 | 24,138 | |
永野耕士 | 無所属 | 6,311 |
- 2003年総選挙結果:最終投票率:54.29 %
候補者名 | 当落 | 政党 | 得票 |
野田佳彦 | 当 | 民主 | 135,522 |
長谷川大 | 自民 | 80,051 | |
津賀ゆき子 | 共産 | 27,441 |
- 2000年総選挙結果
候補者名 | 当落 | 政党 | 得票 |
野田佳彦 | 当 | 民主 | 116,156 |
西尾憲一 | 自民 | 76,067 | |
石井正二 | 共産 | 44,586 | |
秋元豊 | 自由連合 | 8,899 |
- 1996年総選挙結果
候補者名 | 当落 | 政党 | 得票 |
田中昭一 | 当 | 自民 | 73,792 |
野田佳彦 | 新進 | 73,687 | |
小島孝之 | 民主 | 45,924 | |
丸山慎一 | 共産 | 37,300 |
[編集] 問題
- 職員の給与水準が高いことでも知られている。平成17年、総務省発表では、ラスパイレス指数が全国で7番目に高い水準であり、中核市の中では1番高い水準にあることが判明。国家公務員よりも、はるかに優遇された給与水準が浮き彫りになった。
- その一方で毎年の経常収支が健全とされるボーダーラインの80%をはるかに超えた90%台であり、財政の健全化が求められている。
- 市制記念日:4月1日
[編集] 産業
[編集] 農業
[編集] 漁業
- 東京に「江戸前」の魚介類を供給する。海苔の養殖などが盛んで、近年、三番瀬でのりの養殖が再び始まり、「三番瀬のり」というブランド名で売り出されている。
[編集] 商業
「県都」千葉に対し「商都」船橋との形容もある位、商業は盛んである。船橋市の商業の特徴は江戸時代からの宿場町・魚農産物の集積地の流れも汲んでいるが、戦後の闇市としての姿や高度成長期の大規模団地の建設、船橋ヘルスセンターや中山競馬場などの行楽・歓楽地として姿などの影響をうけて形づくられている。
かつては旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りが中心であったが、昭和40年代に国鉄船橋駅南口に西武百貨店、1977年北口に東武百貨店が進出。ほぼ同じ頃津田沼駅周辺に相次いで大型店が進出した事から両駅周辺が中心となった。1981年には船橋ヘルスセンター跡にららぽーとがオープンし船橋商業地の第三の核となった。その後は宅地開発に伴う大型店進出や工場跡地などの再開発事業によりそれら以外の比重も高まっているが、市内のみならず東京都心・周辺地域との競争もあり商環境が厳しい事もあって旧商業地の地盤沈下が著しく対応が求められている。
-市内の主な大型店・ショッピンクセンター-
- 西武百貨店船橋店 船橋市内では最古参の百貨店。
- 東武百貨店船橋店
- イトーヨーカ堂船橋店
- 津田沼パルコ 津田沼駅周辺の大型店では唯一船橋市にある(他は習志野市)
- エポカ高根台
- 三山ショッピングセンター 隣接する東習志野(習志野市)地区と一体で商業集積が進んでいる。
- ららぽーとTOKYO-BAY(首都圏最大級のショッピングモール)
- ViVit SQUARE 2004年12月にオープン。2005年11月にキャピタランドが買収し運営を続けている。
- イケア船橋 2006年4月オープン。※ららぽーとスキードームSSAWS跡地。
[編集] 製造業
[編集] 市内に本社のある主要企業
- 旭テクノグラス(ガラス製品等製造・旧岩城硝子)
- あらた(卸売)
- 石井食品(レトルト食品製造)
- 日本建鐵(電機製品等製造)
- フジフーズ(コンビニエンスストア向け食料品製造)
- ユアサ・フナショク(食品卸・ホテル経営・パン製造)パン製造は2005年12月をもって工場閉鎖、及び撤退。
- アイ・エス・ガステム(ガス事業)
[編集] 市内に工場のある主要企業
[編集] 姉妹・友好都市
[編集] 教育
[編集] 学校教育
[編集] 小中学校
2004年4月末現在、市内には船橋市立の小学校55校と同中学校27校があり(船橋市立の小中学校一覧) 、児童・生徒数は次の通りとなっている。
船橋市の公立中学校の特徴として、1990年代まで学校長に対するナチス式敬礼を導入していた。これは学校長が答礼しない変則的な敬礼であった。
- 小学校 - 29,202人(男 14,908人、女 14,294人)
またこのほかに私立学校として、千葉日本大学第一小学校、千葉日本大学第一中学校がある。
[編集] 高等学校
- 千葉県立
- 船橋市立
- 私立
[編集] 大学
[編集] 養護学校
[編集] 専門学校
[編集] その他の学校
[編集] 図書館
市内には4つの市立図書館、13室の公民館図書室(うち7室はオンライン未整備)、1台の移動図書館と、1つの私立図書館がある。※しかし、館内でのノートパソコン等の使用は禁止されている。
蔵書量はある程度充実しているが、周辺の自治体(市川市・浦安市)などの図書館と比較すると、参考業務なども含め、水準が十分であると言い難い。平成13年8月には、西図書館で焚書行為だと批判された船橋市西図書館蔵書破棄事件が起きた。
- 市立図書館(ノートパソコン等の使用は禁止)
- 中央図書館 - 蔵書数 220,507冊
- 西図書館 - 蔵書数 255,204冊
- 東図書館 - 蔵書数 329,598冊
- 北図書館 - 蔵書数 255,233冊
- 移動図書館
- 私立図書館
[編集] 公民館
市内には25の公民館があり(ほぼ1中学校区に1公民館)、各公民館で市民サークル・クラブなど様々な活動が行われている。
[編集] 文化施設
- 市民文化ホール - 本町二丁目2-5 船橋駅から近い場所にある文化ホール。成人式や各種コンサートが開かれるが、設計の古さが目立ってきている。
- 市民文化創造館(きらら) - 本町一丁目3-1フェイス7階 船橋駅南口再開発によって新しく作られたビル(フェイス)の中にあるホール。可動式の観客席がある。
- 勤労市民センター - 本町四丁目19-6 ホールの他にトレーニングルームなどもある。
- 郷土資料館 - 薬円台四丁目25-19 国道296号、陸上自衛隊習志野駐屯地の向かいにある。入り口には蒸気機関車D51、明治天皇駐蹕之処の碑が置かれている。
- 飛ノ台史跡公園博物館 - 海神四丁目27-2
[編集] スポーツ施設
「あせ一平」「風さやか」のキャラクターで生涯スポーツを推進している船橋市には、様々なスポーツ施設がある。主なスポーツ施設は次の通り。
- 船橋市立夏見運動公園 - 船橋市夏見台六丁目4-1 市内で最も大きいスポーツ施設。高校野球の千葉県予選もここで開催される。
- 船橋市総合体育館(船橋アリーナ) - 船橋市習志野台七丁目5-1 習志野台に出来た比較的新しいスポーツ施設。5,000人収容のメインアリーナでは、バレーボール・バスケットボールなどのプロスポーツの試合や、プロレスの興行も開かれる。オープン後数年間は成人式の第二会場としても使用された。
- ふなばし三番瀬海浜公園 - 船橋市潮見町40 東京湾に浮かぶ船橋中央埠頭に海に面するようにある。初夏は潮干狩り、盛夏は流水プール、冬春は流水プールに魚を放流し釣り堀となる(2004年5月13日、釣り堀内のまごいからコイヘルペスが確認された)。テニスコートや野球場、体育館などもあり通年を通して楽しむことが出来る。旧称「船橋海浜公園」。
- 大穴市民プール - 大穴町644-18 幼児・子供用プール、25mプール、50mプールがある。25mプールには開閉型の屋根があり、5月から10月まで利用することが出来る。
- 法典公園
- 武道センター
- NTT東日本船橋グラウンド
上記の他にも、市立小中学校の体育施設やナイター設備を利用することが出来る。また、夏休み期間中に限り、市立小学校・養護学校のプールを無料開放している。
[編集] そのほかの施設
- 船橋県民の森 - 大神保町586-2 船橋市北部の15ヘクタールに広がる森林公園。野外炉がありバーベキューも楽しむことも出来る。下のアンデルセン公園のすぐ近く。
- ふなばしアンデルセン公園 - 金堀町525番 船橋市の姉妹都市オーデンセ市に生まれた童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンにちなんで作られたレジャー施設。最初「ワンパク王国」がオープンし、その後南へ拡張する形でアンデルセン公園が作られ、ワンパク王国はアンデルセン公園の一部分になった。
- 船橋市立一宮少年自然の家 - 千葉県長生郡一宮町東浪見7493-2 九十九里海岸に面する一宮町にある市立の研修施設。
[編集] 国の施設
- 税務大学校(船橋市行田)
- 海軍無線電信所船橋送信所の跡地にある
[編集] 名所及び観光施設
- 大型商業施設としてららぽーとTOKYO-BAYがある。この施設は、楠トシエのコマーシャルソング(作詞:三木鶏郎)で有名な、船橋ヘルスセンター跡地に作られたものである。
- 隣接地に人工雪スキー場「ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)」が1993年7月15日に開業したが、営業収支は黒字だったものの建設費償還が上回ったため2003年9月で閉鎖、2004年までに解体された。
- 作家、太宰治は1935年から1936年にかけて船橋に住み、彼の植えた夾竹桃の木は、同市本町の市民文化ホール前で今も見ることができる。
- JRA中山競馬場。毎年、皐月賞や有馬記念などの有名レースが行われる。また地方競馬場である船橋競馬場もあり、全国でも珍しい同じ市に中央・地方競馬場を持つ市となっている。さらに、船橋オートレース場もある。
- 海岸沿いは基本的に工業地域であるが、その一部に干潟を再生し(元々航路があったが、付け替えにより使われなくなり、再度埋められた)、ふなばし三番瀬海浜公園としている。潮干狩りが楽しめるほか、谷津干潟の鳥の餌場となっている。
[編集] 市内の文化財
[編集] 祭り
- 習志野駐屯地の納涼夏まつり
- 北習志野商店街の七夕祭り
- 習志野祭
[編集] 宗教施設
- 神社
- 寺院
- 教会
- 船橋教会
[編集] 城址跡
[編集] 船橋市ゆかりの人物
[編集] 船橋出身の偉人・有名人
- 千葉胤春(千葉氏族良胤の末子)(千葉祠官の祖)
- 斎藤園女(江戸時代の俳人)
- 鈴木鵞湖(江戸~明治時代の絵師)
- 鶯亭金升(明治~昭和時代の俳人)
- 升月亭居山(江戸~明治時代の俳人)
- 大野潤(医学博士)
- 大野博(海軍軍人)
- 石井鼎湖
- 石井柏亭
- 石井鶴三
- 藤代孝七(政治家)(船橋市市長)
- 寺田恵子(SHOYA)
- 田中美奈子(タレント)
- 倉木麻衣(歌手)
- 永田ルリ子(元アイドル)
- さとう珠緒(タレント)
- 持田真樹(女優)
- 千秋(タレント)
- 市井紗耶香(元モーニング娘。、歌手)
- 山下智久(NEWS)
- 藤田和之(格闘家)
- h-wonder(ミュージシャン)
- 奥華子(ミュージシャン)
- 川幡由佳(タレント)
- FLIP-FLAP(タレント)
- 遠藤雅也(北海道テレビ放送アナウンサー、元中部日本放送アナウンサー)
- 宮田修(NHK元エグゼクティブアナウンサー)
- 石村舞波(元Berryz工房、アイドル)
- 佐久間紅美(声優)
- 渡辺明乃(声優)
- 伊藤淳史(俳優)
- 伊藤隆大(俳優)
- 竹下恭平(俳優)
- 田中美和子(元ラジオパーソナリティ)
- 鈴木大地(元水泳選手)
- 黒鳥文絵(元水泳選手)
- 野田佳彦(政治家)
- 敷島勝盛 (元大相撲力士)
- 佐藤勇人 (ジェフユナイテッド市原・千葉)
- 山本梓(タレント)
- ヒデ (ペナルティ・お笑い芸人)
- 宇喜多秀臣(宇喜多宗家の現当主。宇喜多秀家の末裔。):船橋市
- 土橋勝征(元プロ野球選手)
- 長冨浩志(元プロ野球選手)
- 林昌範(プロ野球選手・読売ジャイアンツ)
- 小笠原孝(プロ野球選手・中日ドラゴンズ)
[編集] 舞台となっている漫画・アニメ
- エリートヤンキー三郎(主に出てくる市を船橋市=船城市とし八千代市=谷千代市、習志野市=秋志野市となっており実際市名となっていない地名津田沼が沼津田市として存在している。ちなみに舞台となる県内屈指の凶悪校私立徳丸学園高等学校らしき学校は存在しない)
- 地球防衛家族
[編集] 路上喫煙防止に取り組む船橋市以外の市
[編集] その他
- 世帯数 236,456世帯(住基台帳 2004年12月1日)
- 外国人登録人口 9,346人(2004年12月1日)
- 市外局番は市内全域で「047」であるが、船橋MAの区域(047-4XX)と市川MAの区域(047-3XX)が存在する。市川MAに属するのは西船橋駅・下総中山駅・船橋法典駅周辺の一部。
- 船橋市行田にある直径約800mの円形道路は、かつて存在した海軍省所管(後に逓信省との共同利用)の通信施設「船橋無線電信所」で1915年の完成当時「東洋一」の規模と称された。1916年11月16日ハワイを中継し船橋とサンフランシスコ間で、アメリカのウイルソン大統領と大正天皇が祝電をとりかわした。この日を境に世界地図に「funabashi」の地名が表記される事が多くなる。1923年の関東大震災時には日本全国に救援依頼の電波を放ち、また国内各地から被災地への公私の通信を処理するなど、復興に大きく貢献したが、反面朝鮮人暴動のデマを独断で発信してしまい無用な動揺を全国に与えてしまった。1941年12月、日米開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃。その攻撃命令を艦隊に知らせる暗号文「ニイタカヤマノボレ1208」は、瀬戸内海の柱島付近に停泊していた戦艦長門から発信され、船橋無線塔を経由して伝達されたとされる。戦後、無線電信所はGHQに接収され1971年5月、施設はすべて解体され、無線電信所を囲む円周道路だけが残される形となった。現在円形道路の内側にあるのは、税務大学校東京研修所、住宅都市整備公団(現・都市再生機構)が建設した団地、小・中学校、県立行田公園など、公的施設が多い。また、県立行田公園内には当時を伝える「船橋無線塔記念碑」が建てられている。
- 市川市や松戸市などを合併させ、政令指定都市にする計画が立てられている。
- 温泉が出る場所が幾つか点在している。その多くは泉質不明の銭湯であるが、玉川旅館の「湊温泉」のみ唯一の温泉法の温泉(メタ珪酸・メタ硼酸)として知られる。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
[編集] 外部リンク
- 千葉県の自治体等
-
千葉市: 中央区 | 花見川区 | 稲毛区 | 若葉区 | 緑区 | 美浜区 その他市部: 銚子市 | 市川市 | 船橋市 | 館山市 | 木更津市 | 松戸市 | 野田市 | 茂原市 | 成田市 | 佐倉市 | 東金市 | 旭市 | 習志野市 | 柏市 | 勝浦市 | 市原市 | 流山市 | 八千代市 | 我孫子市 | 鴨川市 | 鎌ケ谷市 | 君津市 | 富津市 | 浦安市 | 四街道市 | 袖ケ浦市 | 八街市 | 印西市 | 白井市 | 富里市 | 南房総市 | 匝瑳市 | 香取市 | 山武市 | いすみ市 印旛郡: 酒々井町 | 印旛村 | 本埜村 | 栄町 香取郡: 神崎町 | 多古町 | 東庄町 山武郡: 大網白里町 | 九十九里町 | 芝山町 | 横芝光町 長生郡: 一宮町 | 睦沢町 | 長生村 | 白子町 | 長柄町 | 長南町 夷隅郡: 大多喜町 | 御宿町 安房郡: 鋸南町